第9話 それぞれの仕事

 俺はオフィスに戻った。メンバーはそれなりに覚悟を固めたのか、後ろ向きな顔はしていなかった。

 金木はもうやる気でこぶしの骨をバキバキ鳴らし、狩野はため息交じりにスーツの襟を直している。霧島はもともと前向きだ。課長も腕を組んで、天羽さんの言葉を待っている。


「傾注」


 天羽さんがそういうと、俺は自然と背筋が伸びた。鼻垂れだった俺を男に鍛え上げた口調だったからだ。


「当面の目的は、怪異対策課に懐疑的な警察そのものに存在感を示すこと。いくら我々が口出しをしても、根本的な解決をするには実績を積み上げるしかない。だからホシを挙げまくること」

「……具体的には?」

「イーブルワンがこちらに来ている以上、怪異事件はその危険度を跳ね上げている。今までの単独行動は危険よ。昔みたいに、班を組んでもらうわ」


「じゃあ俺は兄貴と――」

「狩野、金木ペアが第一班。伏見、霧島ペアが第二班。久留米課長には司令塔として働いていただきます。私たちは裏の手回しを中心に、情報の共有と収集、事後処理を担当するわ」

「まあ、姉御となら……」

「俺は司令塔、ねえ。まあ、昔と変わんねえか。ぶっちゃけ現場出てるほうがいいんだが」

「文句を言わないでください、久留米課長。ええと、それで……」


 天羽さんがボードに張り付けられた箱辺市の地図をレーザーポインターで示した。


「第一班にはコンテナターミナルで目撃情報が相次いでいる半魚人の捜査をお願いするわ。第一発見者は倉庫にたむろしてた地元高校生の不良」

「……あんたの同類ね。馬鹿を更生させるのはあなたの得意分野でしょう」

「いやあの俺、東大出でクソ真面目でしたけどね」


 事実である。金木は中学時代には荒れていたが、ある刑事が殴って更生させた。

 根本的な性格こそ変わらないが、その後真面目に勉強し、東大を出た。が、自分を救ってくれた刑事を忘れられずに警察になったのである。


「……私、ああいうのと話をすると気分悪くなる」

「姉貴の色気で黙らせ――いってえ!」


 狩野が左拳を金木の脇腹に叩き込んだ。拍手を送りたくなるような見事なレバーブローだ。


「いい? その後、港湾作業員を中心に目撃情報が出てる。刑事の基礎基本、靴が磨り減るまで聞き込み。不良たちはまあ、金木くんに任せるわ。狩野くんは彼のサポートを」

「……わかりました。ちなみに、半魚人が敵性怪異だった場合は?」

「殺害して。怪異は説得できない。通常犯罪とは根本的に違うわ。人為的なものでなんであれ自然災害に近い。人狼みたいな知性を持ったものならまだしも、半魚人にはそれがないわ。万が一会話が可能であれば、一応意思疎通を図ってみて」

「了解っす、ボス!」

「……なんか、天海祐希さん扱いされてない? 私あそこまで美人じゃないわよ」

「天羽さん、そいつはそういうやつです。徹底した縦社会の生き物なんですよ。で、俺ら第二班は?」


 俺が話題を切り替えると、天羽さんは赤い光点で山のあたりを示した。


「箱辺山で失踪事件がここ数年で七件、合計二十七人の被害が出てる。普通じゃない。あそこは自殺スポットでもなんでもないから尚更。地元派出所が調べた結果、あろうことかそこの巡査まで帰ってこなかった」

「ミイラ取りがミイラになる、ってわけですね。じゃあ、私と先輩がそこの調査を?」

「ええ。生還した人の証言をまとめると、黒いヒトガタを見た仲間がおかしくなった、服を脱いでまるで野生に帰るように……」


 ピンときた。俺は言う。


「アガリビトですか?」

「そうよ」

「先輩、アガリビトってなんですか?」

「アガリビトってのは野生に帰った人間のなれの果てだ。山の神に魅入られた、とかって言い方もする。

 イノシシなんかが山を『下って』家畜になったように、人間が山を『上がって』野生に戻る。オカルトスレッドでも話題になるやつだよ。田舎ではそういうことがよくあるらしい」


 俺がそう言った後で久留米さんが補足した。


「自然が豊かなところに行くと開放的な気分になる。それは本能が野生を思い出すからだ。アガリビトっていうのはその境界線を越え、壊れたものだな。霧島、元は人間とはいえアガリビトも怪異だ。躊躇わずに撃て。いいな」

「私だって怪異対策課です。問題ありません」


 一見柔和そうに見える彼女だが、怪異にはためらいがない。幼い頃、彼女の妹が面白半分でひとりかくれんぼという降霊術を試した結果、彼女が修学旅行で家を空けているうちに一家がみんな死に絶えていた、という事件を経験したからだ。多分俺以上に怪異を憎んでいる。


「じゃあ、さっそく行動開始。ああ、任意に休憩は取って。あなたたちの替えはいないのよ」

「FBIも働き方改革してんですか」

「日本の就労状況がおかしすぎるだけよ」


 俺の冗談に、天羽さんは真顔でそう言った。


「そういえば織田おりたは?」

「彼は県外で仕事にあたってもらってる」


 織田とは、俺にくねくねを押し付けた悪友だ。サバゲーサークルの仲間で、あいつが俺をかばったりいろいろして、結果的に助かったのである。

 あいつはその後捜査四課に入ったが、少しして怪異対策課に来たのである。

 織田は少し特殊なんだが……まあ、悪いやつじゃないとだけは言っておく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

フィヨルド — 怪異対策課の捜査日誌 — 雅彩ラヰカ/絵を描くのが好きな字書き @9V009150Raika

作家にギフトを贈る

ご声援、ご支援していただけましたら嬉しい限りです。
カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ