第4話 わカらナいホうガいイ

 その昔、ある村に恐ろしい呪力を持った大蛇が現れ、人々を襲った。その村の巫女の一族でも歯が立たず、日に日に被害は拡大していった。

 ある日、一人の巫女が大蛇と戦った。

 互角の戦いの末、巫女は不意を突かれて大きな傷を負うが、大蛇もまた追い詰められていたために、村人にある取引を持ち掛けた。


 その娘を食わせろ。そうすれば、お前たちの命だけは助けてやる。


 村人たちは非情にも、巫女の手足を切り落として大蛇に食わせた。

 しかし大蛇は知っていた。こうなることを。腹の中で絶望する巫女に、聞かせてやった。


 お前はあまりにも強かった。巫女の一族はお前が邪魔だった。だから謀殺を企てた。


 そう、巫女の死は、仕組まれたものだった。

 巫女は大蛇を、村人を、家族を恨んだ。呪い、怒り、憎み――

 その底なしの呪力はとうとう大蛇を飲み込み、村を滅ぼした。


 その後大蛇は別の退魔師に祓われたが、時代を渡る死蝋は消えず、今も各地の山々を転々として封印の祭祀が行われている。

 俺たち怪異対策課第二班が担当したのは、その事件だった。

 そして俺は、その事件で俺を慕う後輩であり、バディで、恋人だった女性を失った。


 病院で目を覚ました俺は、その話を聞き、しばらく精神科医にかかるはめになった。というか未だにくそったれなカウンセリングを受けさせられている。時間の無駄でしかない。

 けれど刑事として復帰した。もう二度と、大切な人を失いたくなかったから。誰にもこんな絶望を味わわせたくないから。


     ◆


「……あれ」


 気づくと朝だった。それはいいとして。……なぜ、俺は道端で寝ているんだろう?

 家ではない。あたりを見渡す。なにもない。……昨日、確かに家で寝たはずだ。

 そういえば、互いに名乗っていない。あの女性は……。……まさか、狐にでも化かされたのだろうか、俺は。


 なにはともあれ、俺は帰ることにした。くねくねに関する情報は充分集めたし、それで足りなければたったいま俺が経験したことをネタにすればいい。二つも怪異事件のネタがあれば現地調査の成果としては上々だろう。


 バス停に向かう。一応、俺は車を持っているが、今回は距離があるために公共交通機関を使っていた。ガソリン代に比べると割高な気がするが、自前の車は高速道路のETC代金が結構するのだ。どのみち交通費はどうせ警察が出すので、事件の情報さえつかめれば俺の懐にダメージはない。


 自家用車と公用車。とはいえ機動力と隠密性を重視する怪異対策課では、犯人に特定されないように特別な措置で自家用車のナンバープレートを定期的に変える。カルト組織から命を狙われるエージェントは、FBIの捜査歴史上何度もあることらしく、この国でも対策が練られていた。

 税金泥棒などとは言われたくないので、必死に仕事はするが、それでも節約は心がけたいのが俺の本音。実家が貧乏だったからな。

 市街地……と言っていいのかわからないエリアを抜け、田園風景が広がる場所へ出る。


 はは、はははははっ、はははは。

 あはっ、ははっ、ははははは。

 ぎゃぁっは、ぎゃはっ、ぎゃははははははははは。


 笑い声。なんだろう、老人を沸かせるような面白い話題でもあるのか。俺は彼らに近づいて顔色をうかがい、息を呑んだ。

 彼らは笑い声こそあげているが、顔は一切笑っていなかった。怒っていたり、泣いていたりする、あるいはそのどちらでもないちぐはぐな顔でげらげら笑い、共通して涙を流して狂ったように笑い転げている。


「ちょっとおい! どうした!?」


 一人の老婆が振り向き、言った。


「わカらナいホうガいイ」

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