第3話 困っている女性

 どこかに人当たりのよさそうな人はいないかと歩いていると、村に一軒しかないコンビニから出てきた女性が大きな買い物袋を手に、腕を振るわせて歩いていた。

 どう考えてもあんな細腕で支えられる重量物ではなく、仮にも警察である俺は善意で声をかけた。


「家まで送りますよ。神奈川県箱辺署に勤めている者です。これが警察手帳です」


 かえって胡散臭いか。警察手帳など、そっくりな模造品が出回り、警察と偽った犯罪もあるほどだ。俺は頭を掻くが、女性は俺の腰のホルスターを見て目を丸めた。


「特免を持っていらっしゃるのですね」

「ええ。一級ですが」


 特免とは、特殊銃刀免許のことだ。これは何度も言うが厳しい審査、精神鑑定、筆記試験などをこなさなければもらえないものである。

 刑事の俺には、どれもこれも楽なものだったのだが、一般人にとってはかなり難しいだろうな。特に一級はまず無理だ。軍隊並みの専門知識がいる。ミリオタ程度じゃまず無理だ。現職の軍人とかでないと困難な知識、実践的な技能がいる。

 その辺、俺は優越感を人並みに抱いていた。嫌な刑事だ。


「一つ、持っていただけますか?」

「わかりました。そっちの重そうなほうを持ちます。あなたは軽いほうでいいですよ。……その、生理用品とかでしょうし、俺が持つべきじゃないと思いますから」

「ふふ……律儀な刑事さん。ありがとうございます」


 女性がほほ笑む。歳は二十代後半か。濡れ羽色の髪に、海外の血が混じっているのか瞳は碧眼だ。肌も白く、鼻梁も通っている。とてつもない美人だ。

 外は暗くなりつつあり、五月もそろそろ半ばだというのに東北地方は冷える。少しだけ冬よりの生地の厚い服を着てきてよかったな、と俺は思った。

 少し進むと、民家から離れたエリアに出た。そこに一軒の古びた家があり、そこが彼女の家らしかった。


「じゃあ、俺はこれで」

「待ってください。お礼をしたいので、上がってもらえますか?」

「え、ああ……ご迷惑では?」

「いえ、大丈夫です。一人ですから」


 下心が全くないと言えば嘘になるが、俺は悪徳警官ではない。まっさらだ。不正なんて許さない。だから警察学校も優秀な成績で卒業し、若くして刑事になり、怪異対策課に引き抜かれたのだから。

 とはいえ俺も男。まあ、厳しい訓練で禁欲生活には慣れている。たまに無性に煙草を吸いたくなること以外は、食欲も性欲も睡眠欲も我慢できる。

 上がってみると、外観こそ古びているが内装は綺麗なものだ。こまめに掃除しているのか汚れはない。


「こちらでお待ちください。すみません、お昼の残りですが、今食事を持ってきますので」

「いえ、そこまでしてもらわなくていいですよ」

「泊まるところがないのでしょう? 村の人でもないのにこんな時間まで外にいるのは、ツーリングに来た人たちで、だいたい行く当てなんてない人ですし」

「……そういっていただけると正直有難いです。我々は少々特殊な警官ですので、人の力を借りることが多いんですが……。廊下でいいので、毛布を一枚かしてもらえますか? 朝には出て行きますので」

「こちらの居間でよろしければ、ゆっくりしてください。その、さすがに寝室で二人で眠るのは……すみません、警官の方とはいえ、私はまだ嫁入り前なので。男性と二人きりだと勘違いされてしまいそうで……」

「そこまで不躾なことは言いません。居間だけでも充分な寝床ですし」


 女性は頭を下げ、居間から出ていく。

 俺はちゃぶ台の前に座り、彼女がつけていったテレビを見た。

 相変わらず政治家のハチャメチャな議論、芸能人のスキャンダル、先行き暗い国際情勢などと陰鬱な気分になるようなことばかりをやっている。

 ニュース番組の大半が大手広告メディアの傀儡であることは、誰もが知っている。スポンサーにとって都合の悪い事実は誰も報道しない。同じ商品を持っているのに三つも四つも買ってしまうのは、順調に洗脳されている証拠だ。

 警察をはじめとする組織が怪異事件を一切報道しないように、だ。少し皮肉めいているか。


 しばらくして、女性が料理を運んできた。

 肉じゃがにさんまの塩焼き、みそ汁と白米、白菜の漬物。質素だが古き良き日本の食事という具合で、彼女が「どうぞ、おあがりください」と言って、俺は手を合わせて「いただきます」としっかり口にしてから、箸を手に取った。

 俺は久しぶりに誰かの手料理を食った気がする。居酒屋や定食屋のそれももちろん手料理だが、そういう意味ではなく……。

 そうやって食事をしているうちに、自然と六年前のことを思い出していく。

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