第2話 憑かれている
俺は夕方まで聞き込みを行ったが、それらしい手がかりはつかめなかった。ただ、口々に住民は「そんなことがあったかなあ」とか「どうだったか」とあいまいな答えを返した。
怪異事件が一般に知られないのは、怪異は人の恐怖で肥大し、拡大し、拡散するから、あらゆる政府・情報機関がそれを統制しているからだ。言論の自由がきいてあきれるだろ?
でもな、自由がいい、とは限らないんだ。
今の時代ネットを軽く漁れば、ホームセンターで子供でも爆弾や銃を作れる。それは本当に必要な情報か? 自由がもたらす幸福と言えるのか? 俺は、子供に手錠をかけるなんてまっぴらだ。
話を戻そう。
怪異事件が一般に知られない理由のもう一つ。それは、
『怪異そのものが人の記憶に定着しにくいから』、である。
俺たちのような特別な訓練を受けた人間ならまだしも、一般人はよほどの恐怖を植え付けられない限り、十年もあれば怪異事件を忘れる。
恐らくは戦後間もない頃の怪異事件など、どれだけの恐怖を煽ったにせよ忘れ去られてしまっているのだろう。無論、俺もこうなることは予想していたので、だからこそ現地調査してなんらかのネタを掴むことに同意したのである。
仮にも刑事だ。事件、犯罪の予防対策は徹底したい。とはいえ、子供の頃からオカルトが好きだった俺に、今の仕事を取り上げられたらなにも残らなくなる。仕事と趣味、そのあたりの線引きが難しいところだった。
民宿かなにかはないかと村を歩いていると、神社が見えた。神主やなんかは怪異に対する高い耐性を持つ。もしかしたら、くねくねのことを知っているかもしれない。
俺は足を神社に向け、階段を上った。
水で手と口を清め、ひしゃくを戻す。
お土産売り場もあるが、今は閉まっていた。神主はどこだろうと思っていると、たった今視線を外したと思っていた場所に禿げ上がった頭の、六十代半ばほどの男性が立っていた。
「すみません、神奈川県箱辺署の怪異対策課から来ました、伏見燈真です。戦後間もない時期にこの村で起きた——」
「お主、憑かれておるな」
「じけ、ん…………は?」
「女難の相が出ておる。女には気を付けろ」
「……女運は昔からよくないんだよ。ろくな目に合わねえ」
「ふ、そうか。すまんね」
「ああ……いえ。それより、戦後間もない時期にこの地域で起きた集団発狂事件について、なにか知っていることはありますか?」
神主と思しき老人は、一つ頷いて、
「あれは呪いだ」
「呪い? ですか」
「間引かれた子供が黄泉にも渡れず、親を求めてさまよい、かかしにとり憑いた。いいか、認識するな。あれが『なに』かを理解したら、引きずり込まれるぞ」
それだけ言って、老人は奥の建物に去って行った。
「あ、あの!」
「なんだね」
「ホテルかなにか、ありますか?」
「こんなへんぴなところに、そんなしゃれたものなんてあるはずもなかろう」
俺はそれもそうかとため息をつく。
どこかの家に頼んで、泊めてもらうしかない。こういう土地なら、古き良き日本の風習が残っているかもしれない。都会者は嫌われるかもしれないが、野宿の備えなどないし、そうするしかなかった。
さて、どこなら泊めてもらえるだろう。部屋の掃除、風呂、トイレ掃除くらいならさせてもらうつもりだ。翌日力仕事をしてほしいというのなら喜んでやる。体力には自信がある。警察官だからな。それにネタにも繋がる。
神社を出て歩いていると、俺の携帯に着信が入った。呼び出し音がやかましく、耳障りで嫌いな俺は常にバイブにしているので、ポケットで震えていた。
名前を見て、俺は眉をしかめた。
「もしもし」
「よかった、出てくれたのね、伏見くん」
「え——、エリートの大手編集者勤めが、俺みたいな田舎の雑誌記者になんの用です」
彼女は俺の先輩で、FBIの特殊怪異対策チームに選抜され警視庁から引き抜かれたエリートだ。盗聴の危険がある一般回線でそれを口にするのは危険である。
「今どこ?」
「閑守村。東北地方の……」
俺は正確な場所を告げた。すると天羽さんは少し黙り込んで、
「破魔の短刀は持ってるわね」
「ん、ええ。二年前に法改正されて、特殊銃刀所持免許が交付されたからね。まあそのせいで銃の密造だの密売だのとアメリカじみた犯罪が多発してるみたいですが……。俺はオカルト担当の記者なので、これくらいの備えはしてますが……普通は。……ってなぜそんなことを?」
「手放さないで。いいわね」
有無を言わさぬ語気だった。
「すぐに向かうわ。下手に動かないで。いいわね、絶対よ」
「なんですか一体、くねくねなんてただの創作じゃ——」
「言う通りにしなさい。いいわね」
ぷつん、と電話を切られた。
言いたいことを言えば切る。あの女は昔からそうだ。人の話を聞かない。
俺はため息をついて、天を仰いだ。
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