フィヨルド — 怪異対策課の捜査日誌 —
雅彩ラヰカ/絵を描くのが好きな字書き
File1.くねくね
第1話 閑守村へ
「
「ド田舎ですよ。今バスから降りたけど、バスが三時間に一本なんて、これこそ都市伝説だと思ってました」
俺は怪異対策課課長の
久留米さんは「そうか」と言って、
「いいからなんかネタ掴んで来いよ。いいな」
「へいへいわかりましたよ」
まるで編集長のような口ぶりだが、むべなるかなとも思う。
年々増加するのは怪異事件ではなく、法改正が原因の殺人事件や銃の密造密売といった組織犯罪であり、捜査一課、捜査二課、捜査四課などが色々と優遇されている。
オカルトマニアだったり色々な問題児がそろう怪異対策課への風当たりは強い。
伏見
携帯をジーパンのポケットに入れ、俺はあたりを見渡す。
田園風景が広がり、農作業をする老人たちの長閑な声が響いている。
凶悪犯罪の多発によって、法令が改変されて二年。一般人でも拳銃の所持が認められ、タグが埋め込まれたそれを持ち歩いている。無論、所持には厳しい審査と試験を経たうえで免許が交付されるわけだが、俺は怪異対策課の一人として必須である一級のそれを取っていた。
三級の場合は単発式の拳銃、二級の場合はセミオートマチック、一級の場合においてはライフル、爆発物の使用までもが許可されるのだ。
腰のベレッタ・モデル9の感覚を確かめ、歩き出した。手には重たいライフルケース。中にはP90という、サブマシンガンサイズでありながらライフル並みの貫通力を持つ専用弾を使うPDWが入っていた。こいつの許可も、一級からであった。
◆
三日前。五月九日、土曜日。
「伏見、くねくねって知ってるだろ」
「田園地帯でみられる一種の蜃気楼。怪異でもなんでもない、ただの科学的に証明された事象だよな。それがどうしたんだよ」
居酒屋の小上がり席で、俺は同僚であり、大学時代から付き合いがある悪友と酒を飲んでいた。今の仕事があるのは、ほとんどこいつのおかげだ。
「もうずいぶん前だが、閑守村ってとこで集団発狂事件が起きたらしい。その元凶がくねくねだ、ってタレコミが来たんだ。匿名でな」
「事件は実際にあったのか?」
「あった、らしい。俺も詳しくは知らん。戦後間もない頃だ。まだ怪異対策課が発足される前だぜ。資料なんてろくなのがねえ」
「俺たちのジジババ世代じゃねえか。最悪、よほどの長生きでなきゃそのジジババだって死んでるぞ」
今年で互いに二十九。来年には仲良く三十路の仲間入りである。それはあまり受け止めたくない現実だった。
「んで、課長がタレコミの確証を探せってうるさいんだ。お前ならなにかあってもある程度切り抜けられるだろ?」
「それで奢る、なんて言い出したわけか。まあ、どうせなにかあるとは思ったけど」
俺はビールを呷り、頭を掻く。ハゲの血統ではないのが、俺の嬉しいところだ。
「頼む、お前にしか頼めねえんだ。実際に集団発狂が起きてたとしたら、刑事として放っておけないだろ?」
「てめえも刑事だろうに」
サバの西京焼きの骨を取りながら、答える。
俺はふと思い出した。風説に過ぎないと思っていたことが現実となった怪異事件。
六年前、俺が担当した怪異事件だ。怪異対策課史上最悪にして、最大の事件。ある山の中で起きた最悪の悪霊による――
「おい伏見、聞いてるか?」
「悪い。なんだ」
「行ってくれるか、閑守村」
「俺意外にやるやつがいないんだろ。ったく。ああ、お姉さん、餃子一人前追加で」
「助かるよ、ほんと。俺は別件があって、はずせねえんだ」
そういって、悪友は手を合わせた。
◆
バス停近くの自販機でコーヒーを買おうとした。千円札を入れるが、吐き出される。
しわでもあるのかと、俺は札を伸ばして入れるが、何度やっても出てきた。
「お兄さん、その自販機、紙は入らんよ」
「……マジですか」
「悪いねえ。ところでお兄さん、物騒な鉄砲持ってるけど、刑事さんかい?」
「ああ。俺は私服警官。ほら、警察手帳」
「へえ。こんななんもないとこを調べて、なんになるってんだい」
俺は小銭を自販機に突っ込み、微糖のブラックを買う。
プルを開けながら、俺は老爺に問う。
「戦後間もない頃起きた集団発狂事件について、なにか知ってることはあるかい」
「うーん……どうだったかなあ。こんな田舎じゃ、そういうおかしなことがよく起こるもんでなあ」
「そっか。悪いな、忘れてくれ」
俺は軽く謝って、空き缶をゴミ箱に入れて歩き出した。
刑事の勘。恐らくあの老人は嘘を言っていない。
事件は起きなかったのか、あるいは本当に忘れているのか。
「時間がかかりそうだな……」
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