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実は俺、最強でした? 作者:すみもりさい

第二章:子ども時代のすったもんだ

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続、王宮のあれこれ

今回は主人公以外の視点の三人称です。


 閃光姫ギーゼロッテ・オルテアスの第一子が死産と発表され、オルテアス王国は哀しみに包まれた。

 しかし翌年には新たな王子が生まれる。しかも母には及ばないものの、素質は十分。哀しみを乗り越えて期待に応えた彼女は、ますます人気が高まった。

 

 対する国王ジルク・オルテアスの権威は失墜する一方だ。

 目立った失敗はない。ただし目立った功績も皆無。

 ギーゼロッテが持ち上げられたから、相対的に民衆は王を蔑んでいた。

 

 八方ふさがりの王が縋るのは、ただひとつの光明。

 

 ラインハルト王子が森に捨てられて、十年――。

  

 

 

「陛下、お呼びでしょうか?」


 王の私室に金髪碧眼の美しい少女が訪れた。

 十二歳の彼女は年相応のあどけなさを抱きながら、どこか大人びた妖艶さを醸している。

 

「おお、マリアンヌ。よくぞまいった。こちらへ、さあ、もっと近くへまいれ」


「失礼いたします」


 一礼した彼女は、洗練された緩やかな動きで歩み出す。

 

「そう畏まるな。ここは余の部屋。そして余とそなたの仲ではないか」


 目尻をだらしなく下げたジルクはこの十年でずいぶんと老けこんだ。

 

 少女――マリアンヌは彼の手が届く位置に立つと、にこやかに微笑んで耳元の金髪をかき上げた。

 

 その左手の甲には、〝王紋〟が浮かんでいる。

 彼女は前王妃の娘だ。ハルトとは母親違いの姉にあたる。

 

「それでお父様、夜分に私を呼び立ててのお話とは、なんでしょうか?」


 王が座る横長のソファーの隣に腰かけ、マリアンヌが尋ねた。

 

「うむ。次の地方視察のことでな」


「私の初となる公務ですね。ご心配なさらずとも、立派に役目を果たしてまいります」


「それが、だな。ライアスの奴が、連れて行けと抜かしおったのだ」


「ライアスが? しかし、あの子はまだ九歳。長い旅で体調を崩したら一大事です。なにせ――」


 マリアンヌの次なる言葉に、ジルクは顔を紅潮させて立ち上がった。

 

 ――次なる王なのですから。

 

「あやつを王になどさせるものか!」


 怒声にマリアンヌはのけ反る。

 

「次の王はそなただ、マリアンヌ。けっしてライアスではない」


「私は……女です。王国に女王の前例はありません」


「ならばそなたが男児を生み、それを次の王とする。これは余の決定である」


「どうして、それほどライアスを嫌うのですか? 少々わがままなところはありますが、素質は私よりもずっと上です」


 マリアンヌもさほど低くはない。しかも現在魔法レベルは一般的に一桁中盤をうろつく十二歳で、15に迫る逸材だった。

 しかし閃光姫の血を引く王子ライアスの素質はそれ以上で、めきめきレベルを上げている。

 

「ともかくだ。あやつの言動には十分に注意しろ。何を企んでおるか知れぬからな」


 ジルクは懐に手を入れ、短剣を取り出す。

 

「これを持ってゆけ。そなたの主属性たる【風】の精霊を封じたものだ。危機を察知して防御魔法を展開する機能も備わっている」


 押しつけられた短剣は歪な形をしていた。大きく刃が反り返り、刀身は短く太い。切る、刺すといった用途では使いにくそうだ。

 

「お心遣い、感謝いたします。しかし――」


「言うな。今回の護衛はみな余の直属。彼らには余からも注意を促しておく。しかしライアスの護衛は王妃ギーゼロッテの息がかかっている。心は、許すな」


 ああ、そうか。とマリアンヌは肩を落とす。

 

(お父様はライアスではなく、お義母(かあ)様を憎んでいらっしゃるのか……)


 マリアンヌは祖母――先王の后である王太后が危惧していたことを思い出した。

 世間では『王が王妃の人気に嫉妬し、王家を乗っ取られると妄信している』と囁かれている、と。

 

 マリアンヌにとって王妃は、憧れの対象だ。

 救世の英雄『閃光姫』のイメージが強く、血の繋がりがないものの王妃から冷たくされた記憶はなかった。むしろ剣や魔法の技術をよく教えてくれ、鍛えてくれたのだ。

 

 もし王妃がマリアンヌを殺そうとするなら、とっくの昔に実行しているはず。


 王にはもはや、頼る者が愛娘以外にはいなかった。

 ギーゼロッテの陰謀を阻止するため、ライアスの対抗馬としてマリアンヌを育て上げるつもりだ。

 

 しかし今回の密談は逆効果と言えよう。

 

(身内でいがみ合っては内乱を招いてしまう。国のため、国民のため、私がお二人の仲を取り持たなくては)


 マリアンヌは短剣を胸に、この旅で弟ライアスとも仲良くなろうと心に決めるのだった――。

 

 

 


 翌日の離宮にて。

 

 王の側近である騎士が一人、ギーゼロッテの下を訪れた。彼はマリアンヌの地方視察で護衛隊の隊長を務める男だ。当然、訪問は秘密裏に行われている。


「そう。相も変わらず、陛下は『抜けた』お方ですこと」


 大きなソファーに寝衣のままごろりと転がり、ギーゼロッテはくすくすと笑う。


「危機意識があるのはよいけれど、あらぬ方へ向けては意味がないどころか、正面からの攻撃にも対応できなくなるわ。これだからいくさ経験の乏しい男性は……」


「もはや王の耳には、我らの言葉も届きません。姫殿下のみに目を向けられ、まつりごともないがしろにされております」


「でしょうね。だからこうして貴方のような王直属の騎士が、わたくしに傅いているのよ」


「むろん、それだけではありません。王妃様こそ王国を導くにふさわしいお方と確信してのことです。むしろそちらの理由のほうが大きいでしょうか」


 騎士はにやりと口の端を持ち上げた。

 

 口では王国のためと嘯くも、彼らには将来の勝ち馬に乗ることのほうが重要だ。

 忠節を重んじるはずの騎士が、打算で主を裏切る。

 魔王が討伐されて十数年、平和な時代が長く続いて国の中枢は堕落しきっていた。


「もとより王位継承権は王子が筆頭。マリアンヌ姫殿下が今後最大魔法レベルまで成長されましても、それは揺るぎません。次代の王国は、貴女のものです、王妃様」


「ええ、そうでしょうとも。今さらあんな小娘一人、殺したところで益はないわ。それよりも――」


 ギーゼロッテはゆるりと起き上がり、ワイングラスを手に取った。赤い液体をひと口飲みこむ。鋭く変じた目つきは戦場でのそれ。閃光姫が殺意を露わにする。


「邪魔なのは王家の血を引き、わたくしよりも素質をもって生まれたシャルロッテ・ゼンフィスだわ。あの忌々しい娘は、早急に排除しなくてはね」


 騎士は背に怖気を感じてごくりと唾を飲む。

 

「け、計画に支障はございません。ただ、姫殿下の意識がライアス様に強く向くような事態が想定され、であれば多少は注意が必要かと」


「ふぅん。陛下の『怖がり』が予想外の障害になるかもしれないのかしら? あ、そうだわ」


 ギーゼロッテは一転して少女のような笑みを咲かせた。

 

「マリアンヌに、罪をなすりつけるのはどうかしら?」


 計画では、歳の近いライアスがシャルロッテを誘い、そこで彼女を事故死に見せかける予定だった。ライアスにも危険は及ぶが、そこは慎重に彼だけ守るよう厳命してある。

 

 ライアスを気にかけているなら、どうせマリアンヌも付いてくるだろう。ならばそれを利用し、シャルロッテの事故死を彼女のせいにしてしまえばいい。

 

 うまくいけば国王派でもっとも力のあるゼンフィス卿と王を仲違いさせられる。

 王は拠り所を無くし、すべてを諦めてくれるだろう。

 

 出立にはまだ時間がある。早速ブレインたちを集めて、計画を詳細に練り直さなくては。

 

 ウキウキのギーゼロッテに、騎士が恐る恐る尋ねた。

 

「ところで、ゼンフィス卿にはもう一人、男児のお子様がいらっしゃいます。彼はどのようになさるおつもりなのですか?」


「ああ、そういえばいたわね。けれど最大魔法レベルが2のクズという話よ? 養子でもあるし、捨て置いて問題ないわ。ついでに死ぬのは別に構わないけれどね」


 魔法レベル2。

 ギーゼロッテにとって黒歴史を思い起こさせる言葉だ。自然、眉間が寄る。

 

(でも、あんな極端なクズが同じ時代に二人も現れるなんて、逆に珍しいわよね……?)


 かつて森に捨てた王子と同じ。それを知るゼンフィス卿だからこそ、平民の孤児をわざわざ養子にしたのは理解できる。顔に似合わず情に絆されやすい男だ。

 

(ま、クズのことなんて考えても気分が悪くなるだけね)


 けっきょく考えるのをやめた彼女は知らない。

 

 彼こそかつて捨てた我が息子であり、自身最大の障害となることに――。

 


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