7月某日、世界の宇宙ビジネスの最先端を走る企業の重役が、日本橋のオフィスに現れた。
民間宇宙飛行士の訓練施設の設立や有人月面探査車の開発など、宇宙にまつわる数々の事業への参入を発表する、アメリカの宇宙開発企業Sierra Space(シエラ・スペース)のジョン・ロス副社長と上級副社長兼ゼネラルマネージャーのニーラジ・グプタ氏だ。
Sierra Spaceは、ジェフ・ベゾス氏創業の宇宙ベンチャー・Blue Originとともに、商用宇宙ステーション「Orbital Reef(オービタル・リーフ)」の開発にも乗り出していることでも知られている。Orbital Reefには、日本の複数の宇宙ベンチャーがパートナー企業として加わっており、日本とのかかわりも深い。
またSierra Spaceは、事業の中核を担う人や物資を宇宙ステーションに輸送するために、民間で最初の両翼宇宙往還機「Dream Chaser(ドリームチェイサー)」を開発している。このDream Chaserの着陸拠点の候補として、日本の大分空港を検討することが2022年2月に発表された。
宇宙ビジネスの最先端を走る企業がここまで日本との連携に重きを置くのはなぜか。Sierra Spaceのジョン・ロス副社長とニーラジ・グプタ氏を取材すると、日本の宇宙産業の特徴が見えてきた。
宇宙企業が続々参入する、商用宇宙ステーション事業
国際宇宙ステーション(ISS)の本格的な運用が始まった2000年以来、宇宙には途切れることなく宇宙飛行士が滞在し続けている。
近年は、月面探査や月面有人着陸に力を注ぐ国が増えているが、地上からアクセスしやすい宇宙ステーションは科学実験や月面で利用する機器の実証の場として今後も欠かせない。
ただ、NASAはそのISSの運用を2030年で終える計画を発表している。
ISSの後継として注目されているのが、民間企業が構築しようとしている「商用宇宙ステーション」だ。
NASAは商用宇宙ステーションの構築を計画する3つのプロジェクトを選定し、総額4億1560万ドルを支援している。Sierra SpaceとBlue Originのプロジェクトもその一つだ。
旅行や出張で滞在できる宇宙ステーション「Orbital Reef」
Sierra SpaceとBlue Originが構築しようとしている「Orbital Reef」は、微小重力環境を生かした研究開発や観光、映画撮影などでの利用が想定されている「複合型ビジネスパーク」だ。
このうち、Sierra Spaceは実験スペースと居住スペースが入っている3階建のモジュール「LIFE™ habitat」と、それらをつなぐ結合モジュールを開発。Blue Originはモジュールのドッキングポートがあるコアモジュールと電力モジュールなどの開発を担当する。
Orbital Reefは、初期設計で重要なシステム要求審査を2022年4月、システム定義審査を7月に完了させた。開発状況についてロス副社長は、こう話している。
「この2つの審査を完了させたのは、(NASAのプログラムに選定された計画のなかで)私たちが初めてです。
商用宇宙ステーションを建設しようとしているほかのどの企業よりも進んでいます。Orbital Reefを2027年に軌道に打ち上げて、ビジネスを始められるように、予定通り開発しています」
スピード開発の鍵は「桁違いの資本力」と「独自の輸送手段」
このスピード感のある設計開発の背景には、Sierra SpaceとBlue Originの圧倒的な資本力の高さがある。
「Orbital Reefの特徴の一つは、資本力が非常に高いことです。Sierra Spaceは2021年12月にシリーズAラウンドで14億ドル(約1600億円:当時1ドル=114円換算)を調達しました。この規模の資金調達ができたのは、我々の開発技術とビジョンが評価されたからだと思います。
パートナーのBlue Originはジェフ・ベゾス氏が支援しています。商用宇宙ステーションの構築には数十億ドルもの資金が必要ですが、私たちは非常に恵まれています」(ジョン・ロス副社長)
Sierra SpaceがシリーズAラウンドで調達した14億ドルは、航空宇宙分野の企業が実施した資金調達で過去2番目に大きい額だ。ジェフ・ベゾス氏も、アマゾンの株を売却して得た資金をBlue Originに投資していると公言している。
また、ハードウェア面では、構築開始から稼働までにかかる期間が短いことを特徴として挙げる。
「ISSは構築に40回の打ち上げが必要で、(完成までに)長い年月がかかりました。Orbital Reefの初期バージョンの構築に必要な打ち上げは3〜4回で、数カ月でISSの使用可能エリアの約90%のキャパシティを確保する予定です」(ニーラジ・グプタ氏)
一般的な企業が、宇宙でこういった巨大建築物を構築するには、輸送手段を外部から調達しなければならない。しかし、Sierra Spaceは人や物資を宇宙ステーションに輸送するDream Chaser、Blue Originは大型ロケット「New Glenn(ニューグレン)」をそれぞれ自社で開発しているため、それを活用して短期間での構築を実現できるという。
Dream Chaserは2023年に打ち上げへ
現在、肝心のDream Chaserは、2023年の初フライトを目指し、開発が進められている。
Sierra Space のDream Chaserは、飛び立つ際にはロケットで垂直方向に打ち上げられるが、帰還時にはかつての「スペースシャトル」と同様に、滑走路に着陸する。
この着陸拠点の一つとして検討されているのが、ほかならぬ大分空港だ。
Dream Chaserの開発計画が公になったのは2004年。
Sierra Spaceの前身であるSierra Nevada Corporationが買収したSpaceDevがNASAと共同で開発を始めた。2014年にNASAの支援対象から外れたものの、開発を続け、2016年にISSへ物資を輸送する契約を獲得。2023年に貨物輸送用のDream Chaser「DC100」でISSに物資を運ぶ予定だ。
グプタ氏によると、DC100はすでに機体構造試験が完了しており、NASAのニール A. アームストロング試験施設での試験が完了次第の打ち上げとなる。
宇宙飛行士や旅行者が搭乗するDream Chaser「DC200」の開発も既に始まっている。DC200は2025年から2026年頃の打ち上げを目指しているという。
「世界各地に宇宙港を」
Dream Chaserの本格稼働に向けて、アメリカのハンツビル国際空港とスペースポート・アメリカ、イギリスのスペースポート・コーンウォール、そして大分空港など、Sierra Spaceは世界各地のスペースポートとの提携を進めている。
ロス副社長はその理由を次のように話す。
「空港と同じで、スペースポートは自分がいる場所の近くにあった方が便利です。宇宙に行きたい観光客や宇宙を利用して新製品を開発したい企業の拠点の近くにDream Chaserが着陸できれば、宇宙の恩恵を受けやすくなりますよね。
空港のように数千カ所までは必要ありませんが、世界各地にDream Chaserが着陸できる場所を持ちたいと考えています」(ジョン・ロス副社長)
近年、人工衛星の需要が急増したことにより、ロケットが離発着するスペースポートの整備を始める国や地域が増えている。そのなかで、なぜ大分空港に注目したのか。
ロス副社長は「大分空港はDream Chaserの着陸地として理想的な場所」だと語る。アメリカでは、企業が国外で宇宙機を着陸させる場合にも、アメリカ連邦航空局の認可を得なければならない。
大分空港は人口密集地の通過せずに海岸側からアプローチでき、アメリカ連邦航空局が課す着陸地の条件を満たせる数少ない空港だ。
さらに、ロケットの射場がある鹿児島県の種子島宇宙センターへもアクセスしやすいことも大分空港を着陸候補地として選んだ大きな理由だった。
「Dream Chaserが大分空港に着陸した後、すぐにもう一度Dream Chaserを種子島宇宙センターから打ち上げられれば、宇宙に定期的にアクセスできるようになります」(ニーラジ・グプタ氏)
「私たちはDream Chaserを日本のH3ロケットで打ち上げることに興味を持っています。Dream Chaserを打ち上げられるロケットは非常に少なく、日本はそのロケットを持つ数少ない国です」(ジョン・ロス副社長)
Dream Chaserを打ち上げる能力を持つアメリカ以外のロケットは、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)と三菱重工業が中心となって開発している「H3ロケット」、そして、欧州の「アリアン6」のみ。大分空港の地の利と日本の宇宙輸送技術がDream Chaserの誘致につながっているわけだ。
(文・井上榛香)