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痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。 作者:夕蜜柑
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防御特化と滅殺。

に、二回行動です。

夜遅くに。

ハクやシロップに乗っての移動はあまりにも目立ち過ぎてしまう。そのためツキミとユキミがいるマイとユイの二人を除く六人は、イベント中限定の一定時間モンスターを使役できるアイテムで、フィールドをうろつくモンスターの力を借り、それに乗って移動していた。

平地には馬や牛など、乗ることのできるサイズのモンスターはいくらでもいるのだ。


「そろそろ境界線だから降りるよメイプル」


「分かった!」

長距離移動が終わり、モンスターとも別れた八人は、崖に挟まれた、氷混じりの風が吹くエリアの前までやってきた。このエリアは移動速度の低下だけでなく、武器による近接攻撃以外は射程が大幅に減少する厳しいデメリットがある。

ここはマップ上にいくつかある、わざわざ入りたくないエリアの一つだ。


「ここで待ち構える相手は少ないはず」

近接攻撃相手なら【悪食】の残るメイプルが有利を取れる。遠距離攻撃もこの重いデメリットがあれば怖くないというわけだ。


「じゃあまずここに設置していくわね。フェイ【精霊のいたずら】」

イズは爆弾を取り出すと、休息できそうな窪みにそれを並べていき、最後に一つセンサーを設置する。


「ほー、これで敵には見えてないってわけか」


「そうよ。前のイベントではこのスキルのお陰で上手くいったの」


「森が爆発していたあれのことだな?」


「ええ。ここはこれくらいでいいけれど……敵陣に入ったらもっと本格的にね」


「僕達に気づいていない間に奥まで入り込まないとね」

ゆっくりと着実に自分達が罠を張るエリアを拡大していくのが今回の目標だ。このイベントに向けてイズが作ってきたアイテムは、普通のものよりも長時間その場に残り続けて、姿を消し効果を発揮するその時をじっと待っている。それは突然敵に牙を剥き、時に戦況を変えるだろう。


「ここまま進むよ。メイプル。盾はずっと構えてて。マイとユイはクロムさんの後ろで」


「分かった!」


「「はいっ!」」

メイプルの【身捧ぐ慈愛】があれば普通のプレイヤーが踏み入りづらいエリアにもずかずかと入っていける。

本来通るだけ損なルートを被害なく通り抜けることで、敵の警戒網をくぐり抜けるつもりなのだ。


「次は一定間隔でダメージだから、メイプルよろしく」


「おっけー!」

爆発物を置きながら【楓の木】が進軍していることを今はまだ誰も知らないのだった。




踏み入ることで人が死ぬ。そんな危険地帯を広げつつ、メイプル達はそのまま敵サイドのエリアを移動する。

そうして先に進む中。深い霧が立ち込め、モンスターが地面の奇襲してくるエリアで、サリーはぴたりと足を止めた。


「……誰か来る!」


「分かった!」

サリー以外にはまだ何も感じ取れていないものの、その言葉を疑うものはいない。

素早く物陰に隠れた八人は息を殺して霧の向こうをじっと見つめる。すると、少しして濃い霧の中に人影が浮かんでくる。


「十人……か?」

単純な数では不利だが、メイプルもいる今なら相手にできる数ではある。クロムは念のため大盾を構えつつ、他に敵がいないかを確認する。


「……十人で間違いない。マイ、ユイ。いける?」


「大丈夫です」


「や、やれますっ」


「オーケー。カナデ」


「うん」

サリーはカナデに声をかけると迅速に作戦の実行に移る。



先に状況を把握したメイプル達に対し、敵は依然として【楓の木】に気づけていない。


「……誰もいないか?」


「こうも霧が濃いとな」


「でも気をつけて。隠れている可能性もあるわ」

十人で固まって、できる限り死角を減らしながら移動する。大盾使いを外に、魔法使いを内に。

これならば接近にも気付くことができ、魔法でも問題はない。そうして警戒を続ける十人。


それを、目に見えない何かが一瞬にして消し飛ばした。スキルを発動する暇もなく。【不屈の守護者】によって生き残った一瞬に思考を整理するよりも早く。起こったことを認識できないまま十人はこのフィールドから消滅した。

それを見て、メイプル達は物陰から出てくる。


「おー!二人とも流石だね!」

メイプルが何もない空間に声をかけると、一瞬遅れてマイとユイが突然現れる。


「上手くいきました!」


「よかったです……」

ホッとしたような二人。その足元では、二匹の朧が得意気な顔でこちらを見上げていた。


「じゃあまた一旦返すね。はい、こっちがユキミ」


「僕の方がツキミ。落とさないようにね」

カナデとサリーは預かっていた【絆の架け橋】をマイとユイに手渡し、かわりに預けていた方を受け取った。


「これが抜け穴ってわけだ」


「確かに。交換することは可能だからな」

【絆の架け橋】を一人一つしか持つことはできないのは確かだが、互いに装備を解除して受け渡せば力を借りることはできる。勿論、プレイヤー間の信頼関係がなければ成り立たないが、【楓の木】ならば問題ない。


「朧とソウの【瞬影】が使えるタイミングならまたやってもらうね」


「「はいっ!」」

【瞬影】は少しの間姿を消すスキル。サリーやカナデが使っても、戦況を大きく変えるのは難しい。

ただ、マイとユイなら。触れるもの全てを塵に変える圧倒的な破壊力を持つ二人であれば、接近さえできれば十六の大槌が何もかもを終わらせられる。

誰も生き残らせない。何も持ち帰らせない。

逃げ出す暇も与えなければ、ただ死亡したという最小限の情報だけが残されたギルドメンバーに伝わるだけだ。

であれば確かめなければならない。何かが味方を倒したのは間違いないことであり、それは敵の接近を意味するからだ。


「メイプル、迎え撃つよ。全部飲み込んであげて」


「うん!頑張るよー!」

やってくるプレイヤーは多ければ多いほどいい。そうであればあるほど、ただ無為に死体は積み上がる。


八人は罠を張る。どこまでも過剰に、何一つ残さないように。

それに気づかないまま。いや、気づくことなどできるはずもないまま、敵陣営で部隊の再編は進む。それが死への行軍になるとも知らずに。


「イズさん。ここで待機します」


「分かったわ。じゃあ皆手伝ってくれるかしら?」

敵プレイヤーが来る前に、用意を全て済ませる必要がある。霧深いこの場所は、待ち構えるには都合がいい。

全員で準備をして、あとはじっと敵が来るその瞬間を待つのだった。





じっと。じっと待ち続けて、そしてしばらく。岩陰から覗いた先、霧の向こうにゆっくりと近づいてくる軍勢の影が見えた。

十人が一瞬で死んだという事実を重く受け止めたのだろう、霧で正確な数は測れないものの、明らかに先程倒した偵察目的のパーティーとは規模が違う。


「メイプル、やるよ。あれはさっきみたいに二人だけじゃ倒しきれない」


「大丈夫。準備できてるよ!」


「じゃあ着いてきて。今のうちに……」

サリーを先頭に静かに物陰から物陰へと移り、有利なポジションを取り直す。

そこはちょうど障害物が減り、大人数で戦うのに適した広い空間との境目だ。

数をの有利を活かしたいなら、この位置まで敵は踏み込んでくるだろう。


「必要になるギリギリまで【身捧ぐ慈愛】は待って」


「うん」


「ふー、ちょっと怖くはあるが……」


「やると決めたからにはやりきろうじゃないか」


「私達も……」


「【巨人の業】がありますっ」


「僕が着弾までは補償するよ」


「いつでも準備はできてるわ」

全員の意思を確認して、サリーは【糸使い】によって生み出した糸でメイプルに全員を縛り付ける。

メイプルは地面に向けた片腕を砲身に変えながら、目の前の広い空間にプレイヤーが次々に入ってくるのを確認するとサリーの方を見た。


「朧、【影分身】!」


「【守護者ガーディアン】!」

クロムが全員のダメージを受け持つスキルを使用したと同時に、メイプルは砲身を爆破させ、くくりつけられたギルドメンバーと共に前方斜め上へと吹き飛ぶ。


「何か来る!」


「正面からだ……いや、上もか!」

先に飛び出した【影分身】にほんの一瞬気を取られて、飛び上がったメイプルへの対処が僅かに遅れる。


「【範囲拡大】【守護の輝き】」

カナデが全員を短時間の間無敵にし、襲いかかる魔法が無効化され、地面が近づく。


「避けろ!」

深い霧の向こう、飛んできているものが何かもよく分からないまま。ただ、なんであれこのままでは着弾するのは間違いない。

強襲を受けた彼らは、武器を構えつつスペースを開け、全員で着弾後を狙う体勢を整える。


大きな音と共に砂煙が舞う中、確かに落ちてきたはずの何かはしかし忽然と姿を消していた。

それだけではなく、走り込んできていたプレイヤーもいつの間にか全ていなくなっている。


「消えた……?」


「幻か?」


「本体が狙っているはずだ!警戒しろ!」

幻を生み出すスキルは、プレイヤーの持つスキルが多様になるにつれ見る機会も増え、警戒すべきものとして周知された。本体が今もこちらを狙っているはず。それは当然の予測であり、外側を向いて全員で密集した陣形を組んだのも悪い選択ではなかっただろう。

着地と同時に霧と砂埃に紛れて地中に消えた。これを予想するには似たスキルは少な過ぎたのだ。


「な、何だっ!?」


「沈んで、うぉ……ぐあっ!?」

突然地面が泥のように変化したかと思うと、赤黒いスパークが地面を駆け抜け、青いレーザーが檻のように足を取られた全員を囲い込む。

何が起こったのか分からないまま、状態異常と持続ダメージがHPをガリガリと削り、そこに移動速度低下がさらにのしかかる。

続く爆発、巨大な蔦、体勢を崩す濁流。

それら全ては正に一瞬の出来事だった。スキルの発声もなく、事前のエフェクトもなく。突然最初からそうであったかのようにその場に現れたのだ。


「脱出!脱出しろ!」


「足が……!」

訳も分からないまま、何も認識できず、対応する余裕を奪われての蹂躙。

奇襲というにはあまりにも派手、かつ相当な下準備がいるはずの殺戮の舞台。その中心にいる存在を彼らは最後の最後、ようやく認識できた。

泥濘んだ地面を避け、沈んだものを近づかせないよう生み出した岩の高台の上で、見覚えのない黒い四枚の翼と見覚えのある白い二枚の翼をそれぞれその背から伸ばし、死をもたらす青と赤の光をばら撒く怪物。

奇襲性能、殲滅能力。第四回イベントの時からはるかに成長したメイプルを見て、彼らは誘い込まれ嵌められたことを理解するのだった。



メイプルの【滅殺領域】は文字通りそこにいたプレイヤー全てを滅殺した。

味方を巻き込む強烈なデメリットと引き換えに得た異様な範囲と、そこから敵を逃さないための【楓の木】全員での移動速度低下スキル。突然最悪と言っていい状況に叩き落とされた敵陣営は混乱して適切な対処ができなかった。


「【大地の揺籠】つええなあ。俺もそれ取っとくべきだったかあ」


「メイプルのスキルと相性がいいのが大きいとは思うが……そもそも避難できるだけでも強力だろう」

【大地の揺籠】で地面に潜った際、発動したスキルや取り出したアイテムは効果終了時に地上に弾き出される。今回はそれを利用したのだ。


「うーん、流石にいきなりあれだけのスキルが襲いかかってくるとは思ってなかっただろうね」


「それはそうよ。それに、メイプルちゃんの【滅殺領域】なんて見たことがある人はいなかったでしょうし」

まだ知らないものを複数叩きつけられた時、対処できる余裕があるかどうかが重要になる。今回は完璧な奇襲により、その余裕を完全に奪い取ったため、一方的な勝利を収めることができた。


「よかったー!上手くいったね!」


「うん。メイプルの【身捧ぐ慈愛】を使わずに着地できたのも大きかった。もし飛び込んできたのがメイプルだって分かってたら皆逃げちゃうからね」


「そりゃそうだな」


「メイプルさん、強いですから」


「皆さん警戒しているでしょうし……」

君子危うきに近寄らず。基本的にわざわざこんなものと望んで戦ってやる必要はないのだ。

スキルを使わなければ足も遅い。そう、この魔王からは逃げられるのだから。


「次はもっと多くの人が来るかしら?」


「……少数精鋭に切り替えてくると思います」


「僕もそう思う。これだけ倒されたって分かったら同じようには来ないよね」


「じゃあここからは慎重に、だね!」


「そう。メイプルのスキルのクールダウンのこともあるし、誰も逃してないとはいえ、メイプルがいるって気づかれている可能性も高いと思う」

強力なスキルを持つプレイヤーは増えてきているものの、それでも敵を一網打尽にし、戦場を滅茶苦茶にする程の飛び抜けた能力を持つプレイヤーは一握りだ。こうもボロボロに負ければ、そこにいるのが誰かは自ずと透けてくる。


「急いでイズさんのアイテムを置いていこう。【不屈の守護者】がないのは事実だし、五分五分の戦闘はできる限り避けたい」


「分かった!」


「なら援軍が来る前に急いで移動しよう」

ここまで派手に敵を殲滅してはもう隠密行動も何もない。メイプル達は、次の部隊が来る前にハクに乗って移動し、イズの透明な爆弾をあちらこちらにばら撒いていくのだった。

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