防御特化と小手調べ。
【楓の木】が戦闘に参加したのと同時刻、そこから少し離れた位置を進む【集う聖剣】は、遭遇したプレイヤーを全て倒しながら、王城へと進軍を続けていた。
「ねー、全然誰も止めに来ないけどー?」
「いいことじゃねーか。戦わなくて済む」
「流石に城につく前には誰か来るだろ」
現在【集う聖剣】がいるのは森を抜けた先の高低差が激しい岩石主体のエリアである。エリアの固有効果は被ダメージ増加となっており、決して喜ばしいものではないが、特別注意しなければならないほどのものでもない。
「本当に来るのかなー?……!」
暇そうに杖をくるくると回していたフレデリカは、直後目の前で白い光がいくつも弾けたのを見て、一瞬で真剣な表情に切り替わる。
「皆、正面だ!」
ペインの呼びかけで全員が正面からの射線を切るように岩陰に隠れる。
「【矢避けの風壁】!」
フレデリカは先程も効果を発揮した飛び道具に限り無効化できる風の障壁を展開して、敵の追撃に備える。【集う聖剣】ともなれば、待ち構えられての先制遠距離攻撃にも対処できるスキルを持っているのだ。
「ノーツ【ソナー】!……正面、あの石柱の上。ん?ふ、二人だけ?」
フレデリカはノーツのスキルで攻撃してきたプレイヤーの位置と数を把握する。
周囲にエフェクトが広がっていき、フレデリカは索敵範囲内に正面の二人以外に敵陣営のプレイヤーがいない事を確信する。
「ははっ、二人で十分ってことか!」
「そいつら【ラピッドファイア】のリリィとウィルバートでいいな?」
「そー。テイムモンスターもこのイベント中にアイテムでテイムできるモンスターもなーんにもいないよー」
それを聞いてギルドメンバーも少しざわつく。現状、圧倒的な人数差がある。追い返そうとしているというより、むしろ罠を張って誘い込もうとしているのではないかと疑ってしまうような戦力差だ。
「勝算がある……もしくは最悪のケースでも負けはしないで退却できると考えているのだろう」
ペイン達もそれなりの人数で移動しており、敵陣に踏み込んでいる以上、退路は確保しておく必要がある。
「自信の源を確認するとしよう。その上で、隙を見せたなら斬り伏せる」
「オーケー、俺が道を作る。まずは作戦通りにやってくれりゃいい」
それが一番敵の対応力がどれほどのものか測りやすいと、ドレッドはシャドウを呼び出す。
「開戦だ。シャドウ!【影世界】!」
パーティーメンバーを地中に潜り込ませて移動させるこのスキルは、今回のイベント中に限り範囲内の同陣営のプレイヤー全員を対象とする。
【集う聖剣】は全員が素早く影の中を走り抜け、バラバラに次の遮蔽へと安全に移動していく。
いかにウィルバートといえど地面の下は射抜けない。対処が難しくなるよう様々な角度から狙いがつけられるように陣形を整えて、地上に戻ってすぐに、複数方向から一気に魔法を浴びせかける。
「【多重煙幕】!」
フレデリカは敵の視界のみを阻害する白い煙を発生させて、地面を完全に覆い隠すとそのまま上の様子を確認しようと岩陰から少し顔を出す。
「うわっ!?」
その瞬間、顔の前で【矢避けの風壁】が発動したことを示す白い光が弾け、慌てて顔を引っ込める。
「これでも見えてるのー?おかしいなー……」
「やっぱアイツの目は特別って訳だな。何のスキルかは知らねえけど、こっちの場所は完璧に分かってるみてえだぜ」
「でも、万能ではないよねー」
必殺の矢を放つことができるとはいえ、矢が飛ぶ方向は構えた先だけだ。今の【集う聖剣】の布陣なら、同時攻撃を仕掛ければ必ず複数箇所狙えない場所が出る。
「ノーツ【伝書鳩】!はい、これでおねがーい!」
ピヨピヨと鳴くノーツのスキルは本来範囲外の味方にも選択したバフを届けることができるものだ。距離に応じて時間はかかるものの、これによって【矢避けの風壁】を全員に行き渡らせる。
「行くぞ!」
準備が整ったその瞬間、ドレッドの掛け声で、全員が遮蔽から飛び出し一気に距離を詰める。
それに合わせて、空からは全域を無差別に射抜く矢の雨が降り注ぐ。
強烈な攻撃。しかし、飛んでくると分かっている範囲攻撃を対処できない【集う聖剣】ではないのだ。
「「【大規模魔法障壁】!」」
「シャドウ【影潜り】」
「アース!【ロックドーム】!」
全員の練度が高い【集う聖剣】であれば標準搭載されている効果の高い防壁でそれぞれが矢の雨の威力を減衰させ、その中でも突出したドレッド、ドラグは短期間で育て上げたテイムモンスターの力を使って、それぞれ影の中と分厚い岩の壁と内側に体を隠し、より完璧に矢を無効化する。
「アースはちゃんと防御も考えててえらいねー」
「指示してんのは俺だぞ!【地震】!」
ようやく範囲内に入ったドラグは地面を叩きつけると、大きな揺れを発生させる。それは地面の延長である岩の柱を伝わって上に影響をもたらす。
「ハッ!落ちな!」
ドラグのスキルの影響を受ければどんなプレイヤーもノックバックにより、強制的に吹き飛ばされる。それが狭い足場の上ならば、その効力は絶大だ。
「ペイン!頼んだよー!」
フレデリカが産み出した煙幕を切り裂いて、白い竜が空へ舞い上がり、真っ直ぐに標的に迫る。
「「【クイックチェンジ】!」」
それを見て、リリィとウィルバートは空中に放り出された状態で装備を切り替える。
「【飛行機械】【従者の椅子】」
リリィがスキルを発動すると、エフェクトと共にドローンのような機械が大量に出現する。それは続くスキルによって無理矢理に接合していき、飛行する性質はそのままに、床となって二人を受け止める。
「レイ、【全魔力解放】【光の奔流】!」
ペインの剣が凄まじい光を放ち始める中、リリィも大量の召喚兵を産み出してそれに備える。
「【聖竜の光剣】!」
「【傀儡の城壁】!」
振り下ろされた剣の軌道にそって噴出した光は、積み重なった命なき兵の壁を凄まじい速度で削り取っていく。
「【再生産】【リペア】!」
それでもリリィの生産速度も負けておらず、次々に湧き出す兵士が命を投げ出して壁になっていく。
直後、ペインの放った光の奔流はリリィの作った壁を破壊し後方へ抜けていく。
ただ二人としても軌道を逸らし、時間を稼げさえすれば問題はなかったようで、光が収まった時には少し後ろの足場に移り、ペインに対して銃を向ける兵士を並べていた。
「なるほど。手強いな」
「ははは、それは嬉しいね。ペインにそう言ってもらえるとは。な、ウィル」
「ええ。では仕切り直していきましょう、リリィ」
ウィルバートがバフをかけようとしたその時、辺り一帯の地面が赤く輝き出す。
「……!」
「これは……ウィル!」
「ええ、上から来ます!」
リリィ達にとっても想定外らしい現象にペインはチラと空を見る。
そこには空に浮かぶ大量の魔法陣と、それに向かい合うようにして、一体の黒い巨大なドラゴンがいた。
そう。両国の王もこの戦闘には参加している。行われるのはプレイヤーの使う範囲攻撃の次元に収まるものではなく、マップ全域に影響を及ぼす、超広範囲の無差別攻撃である。地面の赤い光は攻撃の着弾地点を示すものだったのだ。
「王の攻撃が来る!ドレッド!」
「シャドウ【群れの解放】【影世界】!」
ドレッドの指示を受けてシャドウの周りから影が広がり大量の狼が駆け回る。効果はスキル一つのクールダウンの解消だ。
全員が再び地面に潜り、一気にそして安全にその場を離れていく。
「水を差されなければ、次は最後まで」
「勿論そのつもりだ」
ギルドメンバーを多く連れてきている【集う聖剣】はこのままでは被害が大きく、これを捌ききる頃には敵の援軍も迫ってくるだろう。
リリィ達からしても、退いてくれるなら追撃する理由はない。
空から降り注ぐ多様な魔法とドラゴンの吐き出す強烈なブレスが着弾する前に両陣営は素早くその場を離れていく。
リリィは召喚した騎兵を【従者の椅子】によって足場として、迫るブレスから逃れ自陣へ退却する。
「ふー、流石。ペインは倒せると見るや躊躇なく飛び込んでくるね」
「もう少し恐れてくれるかと思ったのですが、すみません」
「いやいいさ。相手の連携が上手かった。それに……」
リリィがしばらく走っていくと前方に雷を落としつつこちらに走ってくる人影が見えた。
「あれっ、【集う聖剣】はどこっすか!?」
「……それに、こっちの援軍もちょっと遅れてたしさ」
重力制御によって隣に無理矢理くっついているヒナタを連れたベルベット。到着しさえすれば戦況を大きく変える戦力ではあったものの、元いた位置が遠かったのが不運だった。
「また次の機会に頑張ってもらうよ」
「ベ、ベルベットさん、次はもうちょっと余裕を持っていきましょう……め、目が回りました」
「だ、大丈夫っすか?」
「乗っていくといい。ここもブレスが降ってきてもおかしくないからね」
「警戒はしておきます。もし【集う聖剣】が反転してくるようなら、ベルベットさん。よろしくお願いしますね」
「分かったっす!」
こうして、リリィ特製の騎兵に乗って四人は自陣へと戻っていくのだった。