防御特化と黎明。
メイプルがその後も人を詰め込んで空輸していることなど知る由もないサリー達は、先行していた集団に追いつきその近くの森の中を移動していた。
「今のところ敵影はねえな」
「サリー、どうだろうか?」
「……少なくとも今すぐ戦闘になる距離にはいないと思います」
「突然の攻撃にも気を付けておかないとね。メイプルちゃんもそれで危なかった訳だし」
「うーん、見えてさえいれば合わせられるスキルはいくつもあるんだけどね」
カスミ、イズ、カナデの三人は一撃死を防ぐためのパッシブスキルを持っていない。そのため、もしウィルバートに狙われていた場合抵抗できず撃ち抜かれる可能性がある。
だからこそ射線を通しにくい森の中かつ、クロムの真後ろをついていくように歩いているのだ。
「弓使いが待ち構えるなら斜線が通せて近付かれにくい場所だ。ここから先は高台も増えてくるからな。注意していてくれよ」
クロムも全力で守るつもりではいるが、敵陣に踏み込んでいくこの状況は不利なものであることに違いはない。
「そろそろ境界線を越えて相手陣営だけど……サリー、【集う聖剣】からは?」
「まだ薙ぎ倒しながら前進中」
「言ってた部隊が先にどっちに現れるかだが……」
このまま進軍を許せば何処かで【集う聖剣】にも対処しなければならない時が来る。
「とはいえ、ちょっと不気味だよな。俺達もあの集団も敵陣まで入り込んでるが……」
待ち構えている可能性がある。クロムがそう口にしようとしたところで、前方に巨大な火柱が上がる。それは遂に味方部隊が敵陣営と衝突したこと、そしてそこに誰がいるかはっきりと分かるものであった。
「加勢します!」
「【心眼】が必要なら合図を頼む」
「っし、気を引き締めていくぞ」
「うん。あれは間違いなく……」
「【炎帝ノ国】がいるわね」
自陣までは距離がある。下手に撤退を選択しても追撃され文字通り焼き払われるだけだ。
こちらも大部隊が動いている。もとより勝って戦況を有利にするために、全員がここまで進軍してきているのだ。
続け様に発生した火柱が天を焦がす中、サリー達は主戦場へと飛び込んでいった。
炎が舞い散る戦場では、両陣営のプレイヤーが互いに激しい攻撃を繰り返している。だが、じわりじわりと押されているのは味方側だ。
それもそのはず。何もない平地であるはずの敵陣営側には、多くのプレイヤーを守る強固で巨大な砦があり、イズが外壁前に設置したものにも負けないほどの大量の壁が行く手を阻んでいる。そしていくら死んでも問題のない砂や水の召喚兵が大量に発生して攻撃に参加しているのだ。
そうして足を止めた所に遠距離から炎といくつもの浮かぶ剣と風の刃が襲いかかっている。
「やっぱミィ達か!」
「カスミ!一旦リセットして欲しい!」
「ハク、【超巨大化】だ!」
戦況を見て、サリーは一度立て直す瞬間が欲しいとカスミに指示を出す。
カスミは一つ頷いて返事をすると、巨大化させたハクを戦場を横断するように突撃させる。
森から飛び出した瞬間の奇襲。まだ五人が認識されていない中で突然突撃してきた巨大な白蛇は反応する間もなくそこにいたものを一瞬で轢き潰し、召喚兵は問答無用で粉々して、プレイヤーも次々にHPをゼロにしていく。
「……!」
それは立て直しの時間稼ぎでは止まらずに、一瞬で戦況をこちらの有利にする程の強烈な一撃だったが、直後、HPが無くなったプレイヤーが次々に復活して起き上がり、召喚兵も追加されていくのを見てそう簡単にはいかないかとサリーは表情を険しくする。
「ハク、戻れ!サリー!」
このままではただ的になってしまうハクを一旦呼び戻すと、カスミが振り返ってサリーの方を見る。そして、言われずとも五人は今やるべきことを認識した。
「ミザリーとマルクスを落としに行きます!」
「ああ、じゃなきゃジリ貧だ!話になんねえ!」
「僕が道を作るよ」
「足止めくらいならできるわ!」
ばら撒かれ続けるゲーム内最高クラスの強烈な範囲回復と、いくらでも使い捨てにできる大量の兵士。そして何とかしようと固まったプレイヤーに降り注ぐ業火と剣。これを何とかしなければこちらだけ数が減っていく。
数と数がぶつかり合う戦いは味方の大部隊に任せ、五人は主戦場から少し外れて、一直線に砦へと向かいこの戦場の中心となっている【炎帝ノ国】の面々を倒しに向かう。
「あの砦もマルクスのトラップだから、ダメージを与えれば壊せるはずよ!」
高い耐久力を持ってはいるものの破壊できないわけではない。
「爆弾お願いします。壊しながら、引き摺り出します!」
「分かったわ!」
イズがインベントリから手当たり次第に爆弾を取り出すと、誘爆用の時限爆弾を中に混ぜ込む。
「【鉄砲水】!」
耐水性も問題ないイズ特製の爆弾は、サリーが発生させた大量の水に押し流されて砦の奥に滑り込んでいく。
それは激しい爆発を引き起こし、砦に大きなダメージを与えるが、それでも破壊には至らない。
ただ、この爆発には相手に対処を強要するだけの圧はある。このまま放っておくならそう時間はかからず砦を破壊できると、そういう訳だ。
「っと!そこまで好き勝手されると困るんだけどなぁ!」
「シン!」
「よう、カスミ!で、後四人……極振り組は留守番か?」
シンは一纏めにした剣の上に器用に乗って五人の前まで飛んでくる。【崩剣】を利用して足場を作るのは第八回イベントでもやっていたことだが、その練度はさらに上がっているようだ。
「生憎うちのギルドマスターはちょっと準備中でなぁ。俺が相手になるよ」
そう言うとシンの背後にテイムモンスターのウェンが現れ、風の刃が吹き荒れ、足場にしていた剣は最低限の数を残し、シンを中心にして空中に拡散する。
「メイプルがいない中、捌き切れるか?」
できるものならやってみろと、五人を大きく上回る手数によって、強烈な圧力を放つシンはそのまま襲いかかってきた。
「ウェン【風神】!【不可視の剣】!」
吹き荒れる風の刃が五人へと向きを変え、【崩剣】によって分裂した剣は風を纏いさらに強くなる。
「ハク【硬質化】!」
カスミはハクを前面に立たせると、体表を硬質化させて風の刃を遮る。しかし、シンが自ら操作する【崩剣】はそれでは止まらない。
「二人は自分で頼む!ネクロ【幽鎧・堅牢】!【マルチカバー】!」
「【十の太刀・金剛】!」
サリーとカスミに関しては各自の対応力を信頼し、クロムはネクロに防御形態を取らせてイズとカナデのカバーに回る。
カスミがその場でダメージをカットしつつできる限り多くの剣を叩き落とす中、サリーは一人前に出る。
体を捻り風の刃を当然のように躱し、的確に向きを変えて自分に迫る剣を、シンの操作精度を上回る回避によって無力化し、青いマフラーを風に靡かせて、まるで何もされていないかのようにほぼ減速なしで突撃した。
「ははっ!化物め!」
「その首、もらいたいです」
「やれないね!」
シンはここからが本番だと足場にしている剣を急加速させる。ここまでこのスキルだけを研ぎ澄ませてきた。それは高速で移動する剣を足場にし、そのまま移動手段とする異様な戦闘スタイルを確立させたのだ。
「次いくぞっ!」
弾かれた剣が勢いを取り戻し四方八方からサリーに襲いかかる。サリーにも負けない速度で滑るように移動するシンに追いつくのは難しい。サリーもまた比類なき技術によって回避し続けているが、前進しつつ避けられない攻撃も存在する。
距離を詰めようとすると、シンは剣を一方向からショットガンのように放ち、横に避けさせて時間を稼ぐのだ。たった一度の被弾も許されないサリーにとって、それは避けるほかない。
「クロム、行って。こっちは僕が守る」
「……!オーケー、任せた!」
このままやっていてもキリがないとカナデはクロムをサリーの援護に向かわせる。
「ソウ、【大規模魔法障壁】!」
呼び出したソウに巨大な防壁を張らせ、自分も本棚を出して咄嗟に大技を使えるようにしつつ、基本の魔法で周囲に水や砂の壁を作って防御を固める。
使えるのは基本一度きりという制約はあるものの、魔導書を使いさえすれば瞬間的な防御能力はクロムにも負けていない。
イズも攻撃が届かない時間がある程度できた隙に、外壁前に設置したものと同じバリケードを取り出してさらに防御を固める。
「【カバームーブ】【カバー】!」
「【血刀】!」
防御を固めることに成功し、後方を気にする必要がなくなったところでカスミは液状になった刀を振るい飛び交う剣を叩き落とし、クロムはサリーに殺到した剣を受け止める。
それによって一歩前に抜け出したサリーが【崩剣】が再度迫る前にシンに肉薄する。
「【水纏】【超加速】!朧、【妖炎】!」
サリー攻撃に水の追撃が乗り、炎によってその短剣のリーチを一段階伸ばす。
ほぼ互角だったシンとのスピードを【超加速】によって一気に上回り、残る距離を詰めにいく。
「……!」
【崩剣】の速度は移動速度を上げても変わらないため、逃げきれないと悟ったシンは盾を構えつつ、防御のために体の周りに待機させていた残りの剣をサリーに放つ。
しかし、それくらいならとサリーは当然のように隙間を縫い、叩き落として回避する。
「全く、軽々と!」
「はぁっ!」
【剣ノ舞】によるダメージアップも乗った一撃は盾で受け止めきれなかったシンの体を切り裂いて大きなダメージを与える。
「いってえ!本当に短剣使いかよっ!?」
シンは剣全てを引き戻すことで背後からサリーを狙うものの、サリーであれば回避を優先すれば問題なく避け切れる。
ただ、これによってシンは再度距離を取り直すことに成功した。
「はー……メイプルがいないとはいえ流石に俺じ一人じゃあキツイなぁ」
相手は【楓の木】であり、そのうち五人が相手では一対多に長けたシンといえど厳しいものがある。
「また会おうぜ!生きてたらな!」
「シン、逃すつもりはないぞ!」
「ああ、俺達もだ」
そう言ったシンの背後で突如巨大な火球が膨れ上がり空へと昇っていく。
目標としていた砦よりもさらに大きいその炎の塊は砦の屋根を突き破り、太陽さながらに戦場の中心で煌々と輝きを放つ。
「じゃあな!」
シンは引き戻した剣を正面に向けて全て放ち、追撃を拒絶すると一気に後方へ引いていった。
サリーの【鉄砲水】によって水浸しになった砦の中、ミザリーとマルクスは前線を支えながらサリーとイズによる爆撃のリカバリーも行っていた。
「はぁ……罠も滅茶苦茶にされたし、壁も壊されたし、ハクやだなぁ……」
「ええ、困りましたね。ですけど」
「やっちゃってー、ミィ……」
二人が見上げる空。戦場に生まれた太陽の中心で、ミィはイグニスに包まれるようにしてその身に纏う炎をより強大にする。
「準備はできた。やるぞイグニス」
炎が限界まで強まったその瞬間、ミィのスキルが一つ解放される。
「【黎明】」
赤い炎に白が混じりだし、噴き上がる炎が火球のの表面を走り抜ける。
効果は単純で明快。次の攻撃をダメージ無効化スキルによって防げなくする。ただ、それだけだ。
「【インフェルノ】!」
その時をずっと待っていたように。
空中に輝く太陽は地面へと落下し、触れたもの全てを焼き焦がす、防ぐ術のない灼熱の炎となって、戦場のあらゆる全てを飲み込んで灰へと変えていった。