防御特化と参戦2。
今日は二回行動です。
【楓の木】と比べれば大部隊ではあるが、まだイベントは始まったばかり。全てのプレイヤーを集めての総攻撃というわけではないため、王城正面に広がる平地を進軍するのはリスクが高い。偵察に出ていた少人数パーティーなどが相手なら数の差で一気に勝ち切れるだろうが、もし待ち構えられているようなことがあれば多くのプレイヤーが一度に危険に晒される。
「戦闘になりそうなら合図がある。そうしたら【身捧ぐ慈愛】を頼む」
「はい!」
変わらずメイプルは中央で荷車に乗せられている。【身捧ぐ慈愛】はエフェクトも派手であり、ただでさえ隠密行動が難しい大部隊がより遠くから認識されやすくなってしまうため、危険が迫るまでは使わないでいるのだ。
現在メイプル達は特に地形効果のない荒地を進んでいる。いよいよ敵陣らしい地形も見られるようになってきて、巨大な岩石の並ぶ荒野に緑が混じり、溶岩溜まりと氷の柱がどちらも存在する異様な風景が広がっている。奥には豊かな森が見え、そこからは明確に敵陣営のエリアとなる。
緊張感も高まる中、事前に調べておいた、身を隠せる岩陰に潜んで森側の様子を確認する。
森までは身を隠す場所が少なく、大人数となると森に潜んでいる敵がいた場合、接近に先に気づかれてしまう。そうなると不利な状況となるため、ここは慎重に様子を窺っているのだ。
「……います!」
双眼鏡で森の方をじっと見ていた一人が、そう声を発したことですっと周りの空気が変わる。
「敵は森の中か、人数は?」
「はっきりとは……ちょうど今陣取ったところで、そう多くないようには見えましたね」
先にポジションを取れていたこともあって、相手の様子を一方的に確認することができはしたが、それでも詳細までは分からなかった。これ以上は逆に敵に見つかってしまう可能性が高まるため、迂闊に顔は出せない状況だ。
こちらの方が数で有利だと見てリスクを覚悟で突撃するか、ここで相手のさらなる進軍を待ち構えるか。一度の死も許されない以上、確実に有利な場面で慎重に戦いたいのも当然だ。
イベントがまだ続くことを考えると味方を一人も失わないで勝てるのがベストだ。
「どうするか……ん?」
そこで頭によぎるのは本来組んでいた作戦の上にはいなかった怪物の存在。振り返るとちょうど目があった理外の化物。すなわちメイプルがいれば話は変わる。
「……ここは突っ込む。味方に最強の盾がいる今がベストだ」
それを聞いて全員が武器を構え、それぞれにいよいよ戦闘かと集中する。
「改めて作戦を伝えるぞ!」
「……はいっ!」
作戦が共有されたところで、陣形を整え、メイプル達は一気に岩陰から飛び出した。
自然と水の国陣営の森の中。こちらでは前方を確認していたところに岩陰から飛び出してくる大量のプレイヤーを見て、顔を顰めて後方に指示を出す。
「敵が来た!かなり多い、援軍を!」
ダメージを防ぐため大盾使いを先頭にして進撃してくるのを見て、地の利を活かし遮蔽のある森の中から一気に魔法を撃ち込まんとする。
しかし、それは相手も想定済みのようで突然大量の白い煙が噴き上がり、辺りを覆い尽くす。
「くっ!……皆準備しろ!」
それでもと魔法を撃ち込むものの、それだけでは止めきれず、煙の中から大盾を構えた前衛が突っ込んできて、手前にいるプレイヤーから順に飲み込んでいく。
しかし、それでもやはり先に陣取っていたことの有利はあるわけで、辺りから炎や風が発生し、一瞬でその勢いを強める。
「防御準備!」
「「「【大規模魔法障壁】!」」」
巨大な防壁で味方を守った直後、辺りを凄まじい量の炎が包み込み焼き尽くす。風に乗って広がる炎は竜巻のようになって前衛を乗り越え、迫り来る敵全員を飲み込んだ。
「どうだ!?なっ……!?」
炎の壁を貫いて伸びてきた剣が深く体を斬り裂く。頭上のHPバーは全く減少しておらず、それはつまり何かしらのダメージ無効によって完璧に対処されたということだ。
用意した策が全く機能しなかったことに困惑し、光となって消滅していくその最中、後衛まで全員が無事に走り込んでくるのが見えた。
そして、死ぬ間際にようやく気づく。煙と炎に紛れて輝く地面と、奥から瞬間移動によってついてくる天使の翼を持ったプレイヤーに。
「め、メイプル……!」
その断末魔は怒号と剣戟、魔法の轟音に飲み込まれて消えていくのだった。
前衛を薙ぎ倒したメイプル達はそのままの勢いで後衛に雪崩れ込む。
「このまま突き進む!逃すな!」
相手の策が上手い具合に噛み合って、炎と煙がメイプルの存在を隠し続けている今が最大のチャンスだ。
ただ、前衛が稼いだわずかな時間と、退却ルートを先に確認してあったことを活かされて上手く詰めきることができない。
「ちっ!【AGI】バフか」
「多少は無理できる。さっきのはメイプルが防いでくれてるんだ!」
メイプルの防御範囲から飛び出ることになるもののそれでもここでより多くの戦力を削っておきたい。メイプルが守り抜いたことによりリソースは残っているため、ここは追撃一択だ。
その判断が功を奏し、遅れたプレイヤーから順に斬り捨てて進み、森を抜ける頃には十分すぎる戦果を手にできていた。
森を抜けた先、氷の柱が立ち並び【AGI】低下のデバフがかかるエリアに出て少し進んだところで、辺りを見渡し敵プレイヤーがいないことを確認して武器を収める。
「これ以上の追撃は無理か」
「そうだね」
「……みなさーん!だ、大丈夫ですかー!」
後方からかかった声に反応して振り返ると、そこには少し遅れた魔法使いについてくるメイプルがいた。
「問題ないですよー!」
「お陰で助かったぞ」
「流石に常識外れな硬さだったなあ、罠もなんのそのだ」
今も足元で輝く【身捧ぐ慈愛】のフィールドは、普段あるパーティー内のみの制限を取り払われ、範囲内全員を守っている。
結果として無敵スキルなどを使わずに済んだ前衛から、直接炎から守ってもらった後衛まで、全員がメイプルを囲んで褒めるため、もう慣れてしまった【楓の木】にはない新鮮な反応に小柄なメイプルは見上げるようにして照れ笑いを浮かべる。
そうして、ここで一旦引き返そうとしたその時、メイプルは空から雨のように降る赤い光をその目に捉えた。
「……何か来ます!」
メイプルの声に反応し全員が空を見上げる。降り注ぐのは赤い光を纏う大量の矢。範囲から飛び出すことは難しく、魔法使いが次々に障壁を展開する。
しかし、それは矢が当たる度に全て砕け散ってメイプル達に向かって勢いそのままに落ちてくる。
「集まれ!」
全員がメイプルの【身捧ぐ慈愛】の範囲内に入ったところでメイプルはサリーの言葉をふと思い出していた。
相手はプレイヤーであるということ。そして攻撃を仕掛けてきたということは、【身捧ぐ慈愛】を発動したメイプルがいるということも分かっている。であれば普通なら弾かれるだけのこの攻撃には、何か敵の意図があるはずだ。
「ぴ、【ピアースガード】!」
危なそうなら使うこと。サリーと練った作戦通りメイプルは貫通対策をとったのだった。
自分が放った矢の雨を遥か遠くの氷柱の上で確認したウィルバートは隣のリリィに結果を報告する。
「……弾かれましたね」
「【ピアースガード】か。意外だね。ここで落とせると思ったが……サリーの入れ知恵かな」
無条件にカバーする。それは【身捧ぐ慈愛】の弱みでもある。広範囲の貫通攻撃は対策のない状態で直撃していれば反応する間もなくその命を刈り取っただろう。
ただ、まだ攻撃の手を緩めるつもりはない。二人には圧倒的な射程の有利がある。
「ウィル、ここで落とせ。相棒のいない今が好機だ」
「勿論」
「【楓の木】のメンバーならともかく、急造の部隊ではメイプルの強みも弱みも……完璧には理解できていないさ」
「……【砦落とし】!」
ウィルバートは弓を引き絞ると、遥か向こうで盾を構えるメイプルに向けて、赤黒い光を纏う一本の矢を放つのだった。