アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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9.公私

 

 

 

 

 

 ──モモンガをここへ呼んだ本当の理由。

 

 

 ラナーは正面きってぶつけられた質問を躱しはしない。彼女は持っていたティーカップを静かにソーサーに置いた。

 

 

「お察しのとおり、実はモモン様に折り入ってお願いがあり、こちらに呼ばせていただきました」

 

 

 真剣な眼差し。

 モモンガはその目が『愛らしいお姫様』から『一国の王女』の色に変わったことを感覚的に覚えた。彼自身も、その視線を受けて今一度姿勢を正す。

 

 

「……そのお願いとは?」

 

「『八本指』という組織があるのはご存じでしょうか」

 

 

 ──八本指。

 

 それは、モモンガの記憶にも新しい名だった。

 リ・エスティーゼ王国の裏を牛耳る闇の組織であり、ツアレを玩具のように甚振ってくれた外道集団だ。

 

 なるほどそっち方面の話か、とモモンガの眉が顰む。

 

 

「……詳しくは知りませんが、巨大な犯罪組織……ということぐらいは」

 

「ざっくり言えばそんな感じですね。彼らは窃盗、麻薬の販売、違法奴隷の斡旋など、とにかく悪事の限りを尽くし、王国を蝕んでいる存在です」

 

 

 違法奴隷。

 ツアレを預かっているモモンガとしては、決して無関係ではない話だ。ラナーが僅かに唇を噛み締めたのが見える。その姿はまさに、王国を憂う王女そのものの姿だ。

 

 

「実は現在『蒼の薔薇』と私に協力してくれる貴族の私兵だけで、王都に点在している『八本指』の拠点を一挙に襲撃・殲滅する大規模作戦を立てています」

 

「……つまり私にその作戦に加わって欲しいと?」

 

「話が早くて助かります」

 

 

 モモンガは顎に指を添えて、話の概要を自分なりに咀嚼した。そうしている間に、ラキュースが口を開く。

 

 

「『八本指』には警備部門というものがあり、『六腕』と呼ばれる六人のアダマンタイト級の猛者もいます。私達だけでも対処できるとは思いますが、不慮の事態を考えると戦力はいくらあっても困りません。もしモモンさんが力添えしてくださるなら、これ以上心強いことはないんです」

 

 

 ラキュースは続ける。

 

 

「今、王国の平和は『八本指』に確実に蝕まれています。奴らのせいで大勢の罪のない民……それも子供までもが奴らの被害に遭っているんです。麻薬漬けにされたり、攫われて奴隷に堕とされることなんて珍しくないんです」

 

 

 膝に置かれているラキュースの拳が、義憤によって震えている。瞳からは怒りと悲しみの色が滲み出ており、側に座すモモンガの肌にもその激情の一部が触れるようだった。

 

 その姿は、ガゼフ・ストロノーフにも通ずるものがある。

 

 ……いや、真に弱者を憂うことができる強者こそが、この様な姿を見せることができるのだろう。ラキュースは落とした視線を返すと、真っすぐにモモンガを見つめる。透き通る碧眼が、綺麗だとモモンガは思った。

 

 

「……モモンさん、どうか私達に力を貸してくださらないでしょうか。無理を言っているのは分かっています。ですが『八本指』のせいでこの王国の罪なき人々が食い物にされているのは揺るぎない事実なんです。『困った人がいたら、助けるのは当たり前』……そんな信条を持った貴女なら、きっと私達と心同じくしていただけると思っています」

 

 

 心からの嘆願。

 ラキュースは王国で育ち、生きる一人の人間として、真摯に頭を下げた。

 

 モモンガはラキュースの願いを受けて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………お断りさせていただきます」

 

「……え?」

 

 

 

 

 ──丁重に、それを断った。

 

 モモンガは申し訳ございませんと添えて、頭を下げる。

 

 対するラキュースはモモンガからの返答に、思わず言葉を失っていた。決してショックだったからではない。『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』を有言実行する聖人のモモンが、これを断るとは思っていなかったからだ。

 

 今回の作戦が成功すれば、将来的に何万という王国の民の命が助かるというのは想像に容易い。ならばあの強きを挫き弱きを助くを地でいく英雄モモンならば、当然これを承諾するはずだろう……それがラキュースの考えだった。

 

 しかし、それに対するモモンガの考えはこうだ。

 

『……何故、自分がそんなことを手助けせねばならない?』

 

 

 少々ドライで無慈悲にも思える。

 

 しかし彼は決して見捨てたいわけではない。

 自分と関わりのない人間がどこでどうなろうと構わないのは確かだが、それでも無垢な人々の命は助けられるべきだということには、彼も心から賛同できる。

 

 だが、何故無関係の自分がわざわざ首を突っ込まなきゃいけないのかとモモンガは素直に思ってしまう。命を賭けるリスクもある。作戦に参加して、『八本指』を解体した彼がその後に買うヘイトも少なくないだろう。

 

 ラナーと『蒼の薔薇』に恩を売れるというメリットもあるが、デメリットも大いに存在する。

 

 モモンガはカップに口をつけて一拍置くと、静かに語り出した。

 

 

「……今回の作戦、ラナー殿下が集めた兵と『蒼の薔薇』で決行されるそうですが、何故国王陛下主導のもとに大々的に執り行わないのでしょうか。『八本指』とはこの国の癌のはずでしょう」

 

 

 当然の疑問。

 ラナーが僅かに困り眉を作って、申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

「……お恥ずかしい限りですがリ・エスティーゼ王国は一枚岩というわけではなく、『八本指』に与する貴族も大勢おります。国を挙げての作戦となると内通者が出てしまいますので、信用できる人間だけで人員を構成し、当日まで水面下で動く必要があるのです」

 

「なるほど、だから公には動けないということですね」

 

 

 モモンガにもそれは想像のついたこと。

 ……しかしだ。

 

 

「だからと言って、冒険者(ぶがいしゃ)の私がそれに協力するというのは如何なものでしょうか」

 

 

 冷酷に突き放つというよりは、当然のことを当然のままに言っている……そんな平らな声音だ。

 

 

「私は困っている人が目の前にいたら手を差し伸べます。ある程度のリスクを被ることも覚悟しましょう。『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』……それは私の行動理念の一つでもありますから」

 

 

 ぽつりぽつりと語るモモンガに、乙女達は真摯に耳を傾けている。

 

 

「しかし……だからと言って、困っている『国』に手を差し伸べるというのは少し話が違ってくるとは思われませんか?」

 

 

 モモンガは助けを求める人間がいたなら、たっち・みーの言葉に則って救うことを厭わない。

 

 しかし善悪問わず、一枚岩ではない陰謀が錯綜する国に一石を投じる様な真似は遠慮したいのが本音だ。それが大勢の人間を救うことになっても、裏を返せば大勢の人間が死に、国の変革に大きく関わることは事実。

 

 

「一国が公に対処出来ない国の事情に、私は首を突っ込むつもりはございません。確かに同情はしますし、食い物にされている人間を思えば憐れにも思います。しかし内政にも関わっている多くの貴族が『八本指』と手を組んでる以上、これに関しては明らかにこの国の問題です。私が今回の作戦に関わってしまうと一国の片側の派閥に私情で助力することにもなると思いますが」

 

 

 モモンガの言っていることは正論だ。

 

 しかしラキュースはそれを理解できても、納得はできない。何故なら彼女はその正論を蹴っ飛ばしてでもラナーを手助け、多くの命を救いたいからだ。理屈じゃなく、ラキュースは国を思う愛で動いている。そしてそれもまた正しい決断の一つだ。

 

 

「で、ですがモモンさ──」

 

「モモン、あんたの言ってることは正しい」

 

 

 反論に転じようとしたラキュースの言葉の頭を、ガガーランが押さえる。ガガーランはカップの中に砂糖を加えながら、ラキュースを視線で牽制した。

 

 

「そもそも俺達が姫さんに手を貸してること自体、冒険者としてはグレーどころか完全アウトだからな」

 

「ガガーラン……」

 

「ラキュース、言いたいことも分かるがモモンをこれ以上誘うのは止せ。モモンは冒険者として真っ当な判断をしている。間違ったことをしているのはむしろ俺達のほうだ」

 

 

 

 人として正しいことをしようとしているのは確かにラキュースかもしれない。しかし冒険者として正しいのは、明らかにモモンガだ。それはこの場にいる誰もが分かっている。当のラキュースでさえ。

 

 モモンガは小さく頭を下げた。

 

 

 

「ガガーランさん、ありがとうございます」

 

「いや、礼を言われるどころか謝らなきゃならねぇ。悪かったな、時間を取っちまって」

 

「いえ。『蒼の薔薇』の皆さんとラナー殿下とお話できたのはとても有意義な時間でした。今回の件は残念でしたが……モンスター相手であればいつでも手を貸しますので、その時はよろしくお願いします」

 

 

 モモンガはそう言って、ゆっくりと立ち上がる。

 カップの中の紅茶は既に空。これ以上部外者の彼がここにいては、作戦に関する話が滞るだけだろう。

 

 

「ラナー殿下、紅茶とても美味しかったです。これ以上私がここにいてはできる話もできなくなるでしょうし、この辺りでお暇させていただきます」

 

「……分かりました。モモン様、今日はお越しいただいてありがとうございました。また機会がありましたらお会いしましょう。クライム、モモン様をお連れしてあげて」

 

「承知しました」

 

 

 モモンガは今一度ラナーと『蒼の薔薇』に礼を告げると、クライムに連れられ、退室した。

 

 扉の音の後、静寂が満ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……フラれたな」

 

 

 モモンガが後にした部屋の中、静寂を突いたのはガガーランのひと言だった。

 

 

「フラれてない」

 

「お前のことじゃねぇよレズ忍者」

 

 

 ガタリと立ち上がったティアに、ガガーランが呆れた様に溜息を吐いた。むくれるティアを意にも介せず、静観を決め込んでいたイビルアイが口を開く。

 

 

「……ふん。『困っている人がいたら、助けるのは当たり前』なんて言ってる奴の頭がどれだけ花畑なのかと思っていたが、予想よりはずっとまともな奴だったな。むしろ同じ冒険者としては好感が持てるくらいだ」

 

「まさか、イビルアイもモモン狙い?」

「ドキッ☆ 女だらけの三角関係」

 

「どつくぞアホ姉妹」

 

 

 イビルアイのドスの利いた声を、忍者姉妹は意にも介さない。こういったやりとりは日常茶飯事なのだろう。ラキュースはカップから上る湯気を見ながら、小さく零した。

 

 

「……まさか、断られるなんてね」

 

 

 ラキュースが溜息を漏らすと、賛同するようにラナーも頷いた。

 

 

「正直私も意外でした。ですけれど、モモン様は冒険者として正しい判断をなされたのです。無理に引き留めはできません」

 

「……そうね。ねぇ、ラナー。貴女から見て、モモンさんはどういう印象だった?」

 

 

 ラキュースから何の気のない質問を投げかけられたラナーは、顎に手を添えて僅かに逡巡する。少しの間を置いた後、ラナーは絞る様に自身が感じた印象を吐露した。

 

 

「……そうですね。心と体がバラバラな人、というのが素直な印象でしょうか」

 

 

 抽象的と言わざるを得ない。

 要領を得ないラキュースは「どういうこと?」と、その真意を問う。ラナーは頷いて、言葉を探りながらそれに答えた。

 

 

「モモン様は『蒼の薔薇』でさえ個では太刀打ちできない強大な力を持っていらっしゃいますし、とても教養を感じさせるお人柄でした。ですがその本質はまるで……包み隠さずそのままの言葉でお伝えするなら……その、貧民……の様だと感じました」

 

「……貧民?」

 

 

 イビルアイが、その言葉に怪訝な声を上げる。

 彼女達が見たモモンからは、そもそも貧しいというワードは絶対に浮かんではこない。身に着けている装備は一級品を超えたものばかりな上、あの言動や立ち振る舞いはまるで上等教育を受けた貴族の様に丁寧だった。カップを取る仕草や椅子に座す姿は淑女そのものであり、トドメにあの美しさだ。ひとたびドレスを纏えば──纏わなくとも──きっとやんごとない身分の女性だと誰もが思うだろう。

 

 そんなモモンを、ラナーは仮にも貧民だと言った。一同はその真意を理解できないでいる。

 

 

「ど、どういうことなのラナー」

 

「本当に貧しいと言っているわけではありません。ですがモモン様はどうにも……持たざる者にしか分からない、個の安寧の価値を真に理解しているように思えます」

 

 

 言いながら、ラナーはモモンの言動の全てを思い返していた。記憶を辿りながら、齟齬が生まれない様に、彼女は言葉を紡ぎだす。

 

 

「私や『蒼の薔薇』の皆さんは、やはり持たざる者の気持ちを理解できにくい立場ではあると思います。権力であったり、才能であったり、私達が恵まれている立場なのは否定のしようもありません。それ故に、例えば食事を安全な場所で食べられるということの価値をついつい忘れがちです」

 

「確かに、そういったことは軽視しているのは否めないかもしれないわね……私達は飢える心配もないし、地位も蓄えもあるもの」

 

「ええ。ですが、モモン様はそうではないように思えます。ご自身が飢える未来を僅かでも防ぐ為に、他者を切り捨てられる冷静(クレバー)な一面も持っているような印象を受けました」

 

 

 冷静というよりは、むしろ冷酷とも……という言葉を、ラナーは飲み込む。その言葉を発する利も必要もない。

 

 ラキュースはラナーを見据えて、言葉を返す。

 

 

「まあ……冒険者をやる上ではそういう決断力は必要ね。私達も時にはそういった選択を取ることもあるわ。でも私達のそれとは違う性質……だと貴女は言いたいのでしょう?」

 

 

 ラキュースの言葉に、ラナーは小さく頷いた。

 冒険者としてではなく、何か人格形成の基盤を形作るバックボーンそのものが、ここにいる人間とは違う様にラナーは感じていた。

 

 

「個人的に……あくまでも推測ではありますが、モモン様は過去に不当に虐げられる様な……過酷な環境に身を置いていた可能性が高いと、私は思います」

 

「そ、それって……」

 

 

 ラキュースの目が見開かれる。

 皆の脳裏に、同じことが過ぎる。

 

 

「……モモンは、元々奴隷だったってことか……?」

 

 

 ガガーランが、敢えてそれを口にする。

 ラナーは静かに、小さく頷いた。

 

 

「……あくまでも私が受けた印象というだけですし、推測にはなるのですが」

 

「だが……なるほどな。確かにそういう過去を持ってりゃ、俺達よりも『自分だけのささやかな幸せの価値』ってもんを重んじられるのかもしれねぇ……国や貴族のごちゃごちゃに関わりたくなさそうなのも、そういったところが起因してるのか。困った人間がいたら助けてやりたいって気持ちも、そういう過去があったからと考えると……」

 

 

 それにあれだけの美貌の持ち主だ。

 どれだけ過酷な状況下に置かれていたかと考えると、肝が冷える。

 

 どれだけ強くなろうと、どれだけ富を築こうと、確かに元来が奴隷であったならば、その時代の価値観が植え付けられて離れないものなのだろう。

 

 ……重たい空気が沈殿する。

 

 どんな苦難も突破し、人々を助けるスーパーヒーローというモモンへの印象は良い意味で砕かれた。等身大のモモンという人物像に触れ、『蒼の薔薇』は英雄モモンに対する認識を改められることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





※社畜

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