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キューブリックのレンズにかける愛情

石川幸宏 / HOTSHOT編集長

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スタンリー・キューブリック監督作品のデジタルリマスター版を何本か見た。「時計仕掛けのオレンジ」「2001年宇宙の旅」など数々の名作。最後の作品「アイズ・ワイド・シャット」でも、撮影時期はすでに30年前だというのに、全く褪せることない美しい映像から今でも新たな発見がある。それはやはり元がフィルムで撮影された作品であるという理由も大きいが、昨今のカメラやレンズ事情と照らし合わせて、決して、それだけではないことにも気づかされた。

ところで、2004年から世界各国を巡回展示しているスタンリー・キューブリック回顧展。HOTSHOT#05でも紹介した、ドイツのフランクフルト映画博物館を皮切りに、その後世界各国を巡回して開催されている。残念ながら日本での開催はまだないが、私は偶然にも2013年にロサンゼルスのカウンティ美術館(LACMA)でこの回顧展を訪れた。その展示内容の密度の濃さと情報量が膨大すぎて、とても一度の入場では見切れなかったため、その後もう一度訪れた。
未公開を含むキューブリックの全作品に関する展示があり、各名作の舞台裏が垣間見えるのは興味深い。次は2018年10月24日からスペイン・バルセロナ現代文化センター(Centre de Cultura Contemporania de Barcelona)での開催が決定したそうなので、もしキューブリック作品好きで、バルセロナに行く機会のある方はぜひ訪れてみることをお薦めする。

さて、本題はここにも展示されている、Carl Zeiss Planer 50mm f/0.7レンズにまつわる話。知っている方も多いかもしれないが、これは「バリー・リンドン」を撮影する際に使われたもの。舞台となる18世紀の絵画にヒントを得て、人工照明なしの自然光(ろうそくの光)だけで撮ると決めたキューブリックが、その撮影を可能にする明るいレンズを探し求めた結果、カールツァイス社がNASAの月面撮影のために作ったf/0.7という明るいレンズを発見、これを入手してミッチェルのフィルムカメラに取り付けられるようにシャッターや絞り羽根の大改造を施し、本作の撮影に臨んだという。

しかしf/0.7という明るいレンズでも光量の少ない現場での撮影では、絞りを開放にしなければ撮影できない。当然、被写界深度も非常に狭くなり、シビアなピント合わせが要求される。当時は優れたAFやピーキング機能などあるわけがない。役者には横にしか動くなという指示が出されたものの、そう簡単にいくものではない。
そこで撮影部が考えたのは、役者の横側にテレビカメラを設置して、映像が映し出されるブラウン管に縦のラインを書き込み、役者のピント位置を確認しながら撮影した。f/0.7というレンズに辿り着いたが、それを効果的に使うには、現場ではそれ以上の工夫が必要だったのである。

今まさに旬の技術トレンドであるラージフォーマットのシネマカメラ。そして対応するレンズも出てきており、新たな映像市場の創造の準備はできた。しかし、単にラージフォーマットというだけでは、f/0.7の時と同じく被写界深度も狭くなり、動く被写体を捉える映像を撮るには使いづらいだけかもしれない。この時代の映像制作が、どのような工夫によって使いこなされ、その結果、どんな新たな映像を生むのか? 興味は尽きない。