もしX線による透視能力をもっていたりすれば、きっと楽しいことだろう。例えば、カードゲームでいかさまができる。それに、引っくり返した3つのカップのどれかひとつに何かを入れ、どこに入っているかを当てる、あのゲームだって楽勝だ。
もちろん、X線による透視能力にはマイナス面もある。観察するものすべてに放射線を浴びせることになってしまうことだ。そこで、SFに登場するあらゆるものを具現化しているマサチューセッツ工科大学(MIT)のコンピューター科学・人工知能(AI)研究所(CSAIL)の研究者たちは、壁の向こうを透視するために別の手段をとった。それは電波だ。
標準的なWi-Fiの1,000分の1という超低消費電力の電波信号を放つことで、壁越しにいる人を検知できる。それだけでなく、細かい動きまで追跡できるという。
このシステムは、航空機を検知するレーダーとたいして違わない。だがこの「透視」信号は、航空機に反射して地上に戻ってくる代わりに壁を透過して人間に反射する(人体の大部分を占める水は、電波信号が透過しにくい)。そしてまた、壁を透過して検出器に戻ってくるのだ。
コンセプトはシンプルだが、実行に移すのはこれまで難しかった。というのも、検出器に戻ってくる電波信号には、膨大な量のノイズが混ざっているからだ。
MIT CSAILのコンピューター科学者で、このプロセスをまとめた最新論文の共著者でもあるディナ・カタビは、「人体に反射したものだけでなく、あらゆるものに反射した信号が戻ってくるのです」と説明する。「壁に反射して戻ってくる信号は、壁を透過してから人体に反射しまた壁を透過して戻ってくる信号と比べて、はるかに大きくなるのです」
「83パーセントの確率」で個人を特定
確かに厄介である。だが、ニューラルネットワークはそのためにある。従来の機械学習は、ラベリングに頼ってAIを訓練している。つまり、写真に写った物体を認識させる場合は、例えば「これはネコです」と教える。
あるいは、ドラマシリーズ「シリコンバレー」の例なら、「ホットドッグ」か「ホットドッグではない」か、だ[編註:ドラマのなかではホットドッグを認識するアプリが登場する]。
電波信号は、それよりも……不可解だ。ある信号を見ただけでは、「ああ、ひじだな!」とはわからない。そこでMITの研究チームは、賢い次善策を考案した。電波信号を浴びる人間を同時に記録するカメラを設置したのだ。
「この画像から、人体の主なポイントを抽出できるのです」とカタビは言う。「映像を解析して“注釈”のように使い、電波信号を処理しているニューラルネットワークの教師役として利用します」
動画で訓練されたAIはその後、混沌とした電波信号を動画と照らし合わせ、ラベリングされた人体の各パーツを、壁を透過して戻ってくる微妙な電波反射と関連付けられるようになる。「子どもに算数の問題を教えていると、突然賢くなり、あなたが解けない問題を解けるようになるのを想像してもらえればいいと思います」とカタビは語る。