[4b-29] 夢想吸血花 ミアランゼ
ジャレーが通過する予定のルートは、人の消化器が折りたたまれて身体の中に詰め込まれているみたいに、複雑に街中を巡るものとなっている。
だがそんな中で、ぽっかりと『穴』になっている区画があった。
倒壊した建物が、まるで柵のように地に突き立ってぐるりと壁を作っている。
その有様はクレーターか、あるいは壁に囲われた闘技場か。
そこに、五人が居た。あるいは四人と、一匹が。
「捕らえたぞ、“怨獄の薔薇姫”……」
「捕らえた?」
包囲するは四人の
彼らが純白の楔を地に打ち込んで、結界を展開していた。
“怨獄の薔薇姫”を中心に、正確に東西南北に一人ずつ。
地に描かれた光の紋様は、四方と四大属性と神の威光の調和を示し、命の流れを示し、幸福な秩序を示す。
魂を捕らえる結界。
本来なら事前に仕掛ける類のものだが、此度は四人で使っていた。
しかし街が異変に見舞われてすぐ、“怨獄の薔薇姫”が姿を現し、それを追跡していた。
「見つけさせて
気が付いていないなら、まだまだ」
「光の心得の書、三章二十節。『邪神に祈る者の口から、真実の言葉は紡がれない』」
隊士の一人が吐き捨てた。
その言葉を絶対の真実と信じている様子で。この一言で“怨獄の薔薇姫”を全て否定できるのだと信じている様子で。
「戒師ジュマルレの仇、ここに討つ」
「あなたも復讐者なら、その復讐を祝福するわ。
……笑わず、
言葉を掛けられることすら身の穢れと思っているのか、隊士たちの表情が歪む。
もっとも、ルネも相手にどう思われようと構わず、徹頭徹尾己のエゴを言葉としてぶつけているだけなので、ある意味ではお互い様だった。
『おおっと!? 下水には謎の毒液が流れているぞ!?
でもご安心、天井から垂れ下がる蔦をご覧下さい! これに掴まったら渡れるんじゃないかなぁ~』
浮かれたアナウンスが遠く響く。
聖なる輝きが夜闇を照らす中、狂騒から隔離された空間で、戦いは始まった。
*
『「
「あの馬鹿ども!
見え透いた挑発に引っかかりおって。闘牛の方がいくらか賢いぞ」
観測手から
トウカグラを望む荒野。丘の陰に隠すように、まるで金庫のように堅牢な馬車が一台停めてある。
そこがオズロの詰めている臨時指揮所だ。
情報集約、全体への指示、軍への連絡等々の役目を持つ……はずだったが、街が丸ごとひっくり返され、街に居た警官がほとんど捕まってしまった現状、手をこまねいているに等しい状況だった。
そして今、状況を打開できそうな駒が、勝手に動き出していた。
――
賢い犯罪者は、警察がされたくない事を的確にやってくる。
敵の行動指針がオズロにもうっすら見えていた。
ジャスミン・レイの行動もそうだが、あのバカ騒ぎも、もはや誰もが『シエル=テイラ亡国』の差し金だと知っている。しかし、だとしても『シエル=テイラ亡国』を表には出していない。ジャレーが戦っている相手もゴーレムばかりで、ゾンビやスケルトンの姿は確認できない。
その意図がどうあれ、今さら“怨獄の薔薇姫”が出てくるとは考えにくい。特に、何万という共和国市民が見ている舞台には。
この状況、おそらく
だから敵は先手を打った。
“怨獄の薔薇姫”自ら囮となり、邪気を振りまいて
オズロは十秒間考えた。
そして、起動しっぱなしだった
「……ゴメスだ。状況は把握しているな?
金貨の捜索と、可能なら奪還に応援が欲しい」
相手は、此度対応に当たっている共和国第三軍司令官だ。
『
「物事には優先順位というものがある。
私の考えで言うなら、今はまず人質の無事。第二に金貨。第三にこの茶番をぶち壊すこと。
“怨獄の薔薇姫”はその次でいい。
もっとも、これで“怨獄の薔薇姫”を討ち取れるなら加勢もやぶさかでないが、どう思うね」
『難しいだろうな……こんな戦いは想定していない』
「だから特に戦える者を金貨に回すべきなんだ。連中のキモが金貨だと仮定するなら、無血では終わらぬだろう。
少なくとも
『了解した』
軍はオズロの指揮下になく、あくまで共和国軍総司令部の決定に基づき、協力している立場。
そして軍の仕事はこの場合、武力的な脅威への対抗だ。ただ持ち去られた金貨を人海戦術で探すため呼んだわけではないのである。
本来は、警察では対処できない規模の敵戦力が街に現れた場合、軍に任せるつもりだった。
そして現在、確かにそうなってはいるのだが、街を完全に制圧され、配置した警察官さえ無力化されている現状、突入によって解決する見通しも立たない。
――しかし、人質を確保しておいて、我々への要求は何も無しか……?
警察や軍は、近づくなとすら言われていない。
その事をオズロは疑問に思ったが、考えていても解決しない。
結局は、対処できる問題に対処していくしかないのだ。
返事がなくなった
*
「お力添えを」
エルフの戦士が祝詞のように言うと、金庫室が揺れた。
巨大花の足下から、根とも蔦とも言い難い何かが、いくつもいくつも鎌首もたげた。長さは10メートルを下らない。これは隠していたのでなく、おそらく今生えたものだろう。
エルフの自然魔法は虫や植物を操る。養分や魔力というリソースがあるなら、この程度は容易い。
仰々しく鋭い茨が生えた蔦の先には、巨大花の蕾をそのままミニチュアにしたような、小さな紅い花が咲いていた。
それらはチカリと、睨むように輝くと、赤黒いものを鋭く吐き出した。
吸い上げた血をそのまま噴き出したかのような、ブレスにも似たある種の魔法だった。
無数の蔦の間を縫って、それは正確にマドリャを狙う。
「はっ!」
揺らいだマドリャの髪の先を、血の閃光が奪っていった。
マドリャを狙う蔦は一本ではない。血閃は角度を変えて次々打ち出される。床を削るようにマドリャは走り、転がり、横たわる巨大な蔦を飛び越え、矢継ぎ早の攻撃を回避。
器用にも戦斧を持ったまま前転して、起き上がりざまの横一閃。血閃の蔦が三本まとめて刎ね飛ばされ、斬首された人のように血を流した。
……その瞬間、高所より襲い来る矢!
そこに割って入る一枚のカード!
マドリャの眉間を正確に狙った矢が、
「助かったわ。……
「ええ。警部には相性が悪い」
スティーブとマドリャは蔦の間で背中合わせに立った。
スラム街の洗濯紐みたいに、複雑に宙に渡された蔦の上で、エルフの戦士は弓を構えている。
「降りてきなさいよ腰抜け!」
マドリャの挑発にエルフの戦士は、矢で答えた。
牽制の一撃をマドリャは、戦斧の腹で弾いて防ぐ。
「分が悪すぎるわ」
マドリャは舌打ちした。
ドワーフは種族の特性として、高所での身軽な動きを苦手とする者が多い。地面に穴を掘って暮らす種族だからなのか、地に足を付けていなければ行動が覚束ない。それはマドリャも例外でなく、よじ登って追いかけたところで餌食になるだけだろう。
そしてスティーブは、どこで戦おうと、あのエルフの戦士に敵わない。
「なお悪いのは、あれが時間稼ぎくさいって事ですね」
「それ、計ってるの?」
「ええ。あの攻撃は充分危険ですが、本体の蓄えているエネルギーと比較したら、本気とは考えがたい」
スティーブは八枚のカードを指の間に挟んだまま、腕時計型の魔力計をチラリと見る。
純粋な魔力濃度に加え、邪気を含む各元素を別軸で検知可能なものだ。相手が『シエル=テイラ亡国』と知って急遽取り寄せたものである。経費で落ちるかはまだ分からない。
実際、巨大花の戦い方を見ていても、みみっちいという印象はあった。
大量の蔓の合間を縫って射撃できるような性能を持っているのに、やることはそれだけだ。まるで、ぐうたらな巨人が寝そべったまま手を振って虫を追い払っているような、そんな印象を受けた。
「……一つ、危険なご提案があるんですが、いいですか」
「敵さんを本気にさせてみるってわけ?」
「結果的には『はい』です」
「クールだわ」
この花を止めれば、今宵の奇妙な大犯罪計画は頓挫するはずだ。
ならば公僕たちは退けないのだった。
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