第5話 醜猿と風狼と、砲弾と

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 発熱剤に水を注いで温めたカレーライスを平らげる程度の体力は残っていると見え、レンは安心しつつレーションに付随していたやたらと甘ったるいカフェオレを飲んでいた。

 廃墟の一角、危険なトラップの類を遠隔で解除しているが、一階や二階などはまだ起動中である。火薬を用いらないスプリングとワイヤーで発射するナイフやボルトのトラップは、無音で幻獣を仕留めて周りの連中に気取られない彼女の工夫だった。


 ラヴィと名乗った人狼族の少女は、レーションにくっついていた煙草がバニラフレーバーの紙巻き、スクリーム・バニラの三ミリグラムであると知るとさらに機嫌を良くして尻尾を振った。

 レンのマッチで火をつけた彼女は甘い香りがする紫煙を肺まで吸い込んでから、ゆっくりと吐き出す。


 彼女の腕の処置をし終えたロアが、「五日前の戦闘とは、どのようなものでしたか?」と本題を切り出した。

 煙草の煙が渦を巻いて、部屋に甘い香りを振り撒く中でラヴィは右目をなぞりつつ口を開いた。


「すぐそこにダンゴムシの幻獣ヌノサプンソが居座ってたの。北の端、荒野に接しているところに。ここから四ブロック先ね。そいつの動向をスコープで眺めてたら、突然爆散した。遅れて砲声がして、砲弾で攻撃されたんだって悟った」


 霊光砲弾の初速は、物にもよるが平均しておよそマッハ九から十四ほどだ。

 火薬式の火砲では秒速二〇〇〇メートル前後であることを考えればいかに砲口初速が得られているのかわかる。

 音速を超える砲弾が炸裂したとなれば、当然弾着と音の到達はずれるだろう。


「物凄い光だった。義眼の方で眺めてて正解だった」


 彼女の右目は綺麗な翡翠の色だった。生身であろう左目も、やはり綺麗な銀のそれであるが。


「それから?」

「音の位置から砲撃位置を探った。オオカミって耳がよくって、訓練されていれば純人種でもできるけど……まあ、そうやって砲撃地点を割り出して目を向けた。そしたら北西の方から一機の、遠くてわかりづらいんだけど……都市戦闘モデルのをいじった多脚戦車型のERAが歩いてた。

 でもそれからすぐにツチグモが襲いかかって、退けたら別個体に襲われて……っていう。最後に砲手席の緊急脱出装置が作動して、あとはもう見えなかった。

 ただ、私の無線機が傍受してたんだけど、どうも生き残りがいたみたいでね。街の北端にあるコンビニ跡に逃げ込んだらしいわ」


 レンとロアは顔を見合わせた。

 そこだ。

 きっとそこにハンターが生き残って隠れているか、データを置いているに違いない。

 救出を条件にすればきっとデータを譲ってくれるだろうし、最悪ぶんどってもいい。もちろん、抵抗如何によっては置いていくが、助けを求めるなら同業の情けで助けるのもやぶさかではない。

 どうせ救える命なら、救っておいた方がこっちとしても夢見が悪くならずに済む。


「ロア、〈ネメシス〉をここまでオートパイロット。キャビンにはまだ余裕あったろ」

「ええ。人一人は余裕です。無線手兼代理、雑用を乗せる席ですがね」


 ラヴィがレンを見て聞いた。


「どういうこと? 置いていかないの?」

「ERAやオートマタをいじれるメカニックが欲しいんだ。なんなら俺の装備も見てほしい。お前、無線設備やトラップやら揃えられるんだから、手先は器用なんだろ」

「え、うん。祖父ちゃんから機械いじりを教わった。……っていうか、最初は遊び半分でって感じだったけど」

「整備は?」

「できる! 得意だよ、機械いじりは! あー、でも料理と家事は苦手でさ……あの、お風呂とか入りたいし、ベッドで寝たいのは本当。でもいいの?」

「整備士として働いてくれるんなら、相応の報酬は用意する。それに家事全般はロアがやってくれるから問題ないし、整備中の護衛も彼女に任せる。歩哨には俺が立てば——」


 そのとき、ラヴィの無線端末がノイズを吐き出した。


「一階入口、トラップ作動」


 合成音声でそう吐き出される。レンはハッとして窓に向かい、小さな取っ手のついた、小型の自撮り棒の先にミラーをつけたような道具で顔を出さずに外を確認する。


「クソ、幻獣だ。トラップは何箇所ある」

「ここにくるまでで確実に通るルートに三つ。入口を入れて」

「あと二回じゃ仕留められそうにない。醜猿グノンタドどもだから、風狼ルルトゥナも来るかもな。ロア、戦闘準備。ラヴィは俺が担いでいく。〈ネメシス〉に乗り込めば俺たちの勝ちだ」

「仰せのままに」


 ロアの右手がブレードに、左腕が霊光腕砲レヴアームカノンになる。アームカノンはオートマタに見られる普通の兵装の一つであり、前腕部にレヴェナジーそのものを圧縮して放つエネルギー弾、あるいは専用砲弾を一発ずつ装填して撃つことも可能なものだ。

 頼りになるオートマタの腰には、その専用砲弾のケースももちろんあった。


 ラヴィの体を左肩に担いだレンは、「これからは比較的食えるようになるから、もうちょい体力つけろ。軽すぎる」と言った。

 オオカミ少女は顔を赤くしてから、自由になる右手でそばの机に手を伸ばしてオートマチックを握る。


「後ろに回られたら、これで応戦する。多少乱暴でもいいから、お願い……、助けて」

「了解、任せろ。いくぞロア」

「了解です、主人様」


 不活性になっているトラップを無視してドアを開け、部屋を出る。下からは獣の唸り声と、トラップに突き刺された幻獣たちの悲鳴が響き渡ってくる。

 階段を飛び降りるようにして駆け降りたロアは、出会い頭に醜悪な顔をした《サル型幻獣》グノンタドが飛びかかってくるが、素早く右腕のブレードを薙いで切り払う。

 超高圧のレヴェナジーの刃に切り裂かれた皮膚から血飛沫が舞い、ロアの豊満な死体をどろりと汚す。


 見るも汚らしい、はっきり言って幻獣という字面を真っ向から裏切るグノンタドはまだいる。

 一見するとテナガザルのような外見だが、奇妙に血色の悪い灰色の肌と焦茶色の体毛がどこか『毛を生やした宇宙人リトルグレイ』のように見せており、やや濁った低い鳴き声は猿というよりは酔い潰れたおっさんのようでもある。

 そんなグノンタドはロアを見るなり、食えないけど動くもの、という認識をしてから、仲間の死体を見てまたやかましく鳴き交わした。


「どいていただけますか。あと、その声が少々苛立つのです」


 アームカノンを放つ。圧縮されたレヴェナジーが吐き出されて、グノンタドを一体二体、三体吹き飛ばす。

 着弾するなり上半身が弾け飛び、接近されても右のブレードで切り返して叩き潰し、あるいは素早い蹴撃しゅうげきに顎と頸椎を砕かれて絶命する。

 ロアのボディは総重量一四八キロ。その肉体が放つ強烈な打撃は、『重いものが速く動けば、それだけ威力が増す』というそれに則った結果、凄まじい威力を発揮していた。


「あの子、製造元は?」

「不明。ラブドールとして作られて、そのあと勝手に陸戦型にされて動かなくなってたところを拾った。そのとき機械いじりが好きなやつがそばにいたから、そいつにいじらせた」

「ハイブリッド、ってことね。レヴエンジン・コアの排熱は背部の、ハイレグのスリットから出てる肌から行ってるのね。あの、放熱用のウィングで」


 ロアの露出した背中からは、現在小型の翼のような骨格が伸びていた。その先端が髪の毛に触れない位置にあり、ノズルから排熱蒸気を放っている。


「そう。普通の戦闘用オートマタは胸も性器もないから全裸にして、排熱に特化した性能にできるけどロアはそうもいかないからな。……俺の大切な家族だから、モノ扱いは好きじゃないし」


 ロアに撃ち漏らしはない。それでもレンは拳銃をしっかりと構えつつ階段を降りていく。

 やや躊躇いがちなラヴィに、レンはうっすらと微笑んで、彼女が問い質したいところを口にした。


「『オートマタ性愛Automatiphilia』か、って聞きたいんだろ?」

「うん、……その、ごめん」

「いいよ。その質問には肯定だ。俺はロアが好きだ。最初は肉感的な外見に……まあ胸と尻が大きすぎたけど、それに一目惚れして拾ったんだ。直してもらったら献身的に、甲斐甲斐しく接してくれた。

 生まれて初めてだったんだ、誰かに優しくしてもらうのは」


 自嘲気味に笑い、「ほら、童貞って優しくされると勘違いするだろ? あれだよ」とレンは言った。


 窓から飛び込んできたグノンタドを、レンは即座に照準。アイアンサイト越しに気持ち悪い顔を睨む。

 弾道の安定性を保持するためのロングバレルゆえにフロントが重い大口径拳銃を片手で構える筋力は、見聞きするのと実際に行うのとでは違いすぎる。

 が、レンは平然とした顔だった。

 引鉄を引き絞る。


 ガツン、と肩を蹴られるような衝撃が掌から肘、上腕を通って駆け抜けた。

 発砲炎が昼間もなお明るく発生し、一定以上の音を減音した上でソフトウェアが補正して耳朶を打ってくれるヘッドセットをしていても、その銃声は完全には抑えられなかった。

 同じようなヘッドセットをしていたラヴィも驚いて短く悲鳴をあげる。


 加速、そして着弾した弾丸。六四口径の弾丸がグノンタドの半身を木っ端微塵に吹き飛ばした。

 せいぜい小柄な人間くらいのサイズであり、特別頑丈な外殻を持たない幻獣にはオーバーキルも甚だしいようだが、威力ははっきりした。充分だ。


 レンは撃鉄を起こして次のシリンダーをセット。窓から飛び込んできた風狼ルルトゥナを照準。

 野生のルルトゥナは獰猛なハンターであり、おそらくは人間が目的なわけではなく集まってきた格好の餌であるグノンタドをあさりにきたのだろう。

 一匹狼の気質が強い、猛禽類と狼を掛け合わせたようなそいつは甲高い遠吠えに近い咆哮をあげて室内にスライディング。


「主人様ッ!」

「問題ない!」


 撃発。頭から尻までだけで一六〇センチに達する巨体に、六四口径弾がめり込む。

 右の眼窩に吸い込まれるようにして命中した弾丸はそのまま脳味噌と頭蓋骨を粉砕、肉を激しく引っ掻き回して脊髄を抉り、右の翼の付け根を吹き飛ばしつつ腰から抜ける。

 肉片と骨片、血をぶちまけながらルルトゥナが運動エネルギーの収支で後ろへ吹っ飛び、壁に叩きつけられて絶命した。


「凄い威力だ。欠点は射程距離かな」


 一階の大きく口を開けた壁まで辿り着いた。すでに外には〈ネメシス〉が待機しており、機銃が周りの幻獣を掃討している。

 ERAに搭載できるAIには、大きな武力による自己進化・その末の反乱を防ぐ名目で学習機能に大きな制限と、感情表現の禁止というルールが明確にあった。


 それは形骸化していると思われつつも、どこかに潜んでいて睨みを聞かせているエルゼリア皇帝一族、そして元老院が決めたものだった。

 単に元老院と呼ばれる連中がどう影響をもたらしているのかは不明だが——


「操縦手、車長砲手を確認。コクピット・アンロック」


〈ネメシス〉のガンマウントアームが後ろへ倒れ、ハッチが開く。

 最初にレンが指をかけて片腕の力だけでラヴィと共に乗り込み、ロアが追い縋るグノンタドに砲弾を叩き込んでから操縦席へ。

 すぐに装甲が閉じられ、アームが戻った。


「砲塔旋回! そんなに腹減ってんなら焼夷弾でも食ってろ」


 レンは砲塔を回転させ、霊光炎熱焼夷弾を装填。狙いはさっきいたビルだ。安全なスペースにいたラヴィは「あいつらみんなぶっ飛ばして!」と口にする。


「目標よし、弾種炎熱焼夷弾! 撃ぇ!」


 自分で号令し、撃つ。トリガーを押し込むと八八ミリ砲が火を吹き、霊光炎熱焼夷弾が放たれた。

 グノンタドやらルルトゥナが群がるそこへ弾着した瞬間、ビルの一階、大きな広間の窓という窓から白んだ炎が噴き出す。

 焼かれた風狼やら醜猿がのたうち回り、己をかきむしりながらバタバタと倒れていった。


「ふぅー……。あらかた片付いただろ。……さて、目標のコンビニで生存したハンターを探そう」


 荒れるように早鐘を打ち、興奮する鼓動を落ち着けるようにレンは深呼吸。今日の夜は久しぶりにロアと体温を共有しようと決め、レンはモニターの類に神経を尖らせた。

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