第3話 ようこそ、"クソったれの"ハンターズギルドへ!!

3


「直径三〇〇メートル……地表面積七〇平方キロメートルですか。地上二階層、地下は不明……。人口は五十三万人前後でしょうか」


 ロアが周囲から確認できる景色や喧騒、文字や声、放送などからそのように割り出していた。

〈大戦争〉によって人口は激減したが、こういった安全な拠点内部に限って言えば人口は増加傾向にある。


 生産量よりも消費が勝れば、当然制限が働くもので、中流市民ではない階級のもの、主にそれ以下の下流市民以下は配給制の暮らしを余儀なくされていた。

 中流市民階級にあるものであればいいが……そうではない下流市民や農民と俗称される連中は配給される限られた物資で生活しており、物流は力のあるものが堰き止めてしまっている。


 レンたちはこの場では外部から来た客——賓人まろうどにあたるため、例外的な立場であった。金さえ払えば中流市民階級と同程度の扱いであり、金がなければ配給札さえもらえないという両極端な位置にいる。

 市長がおわす市庁舎は第一階層と第二階層を貫き、そして恐らくは地下の生産プラントまで伸びているのだろう。

 いざとなれば、市長やその腰巾着は安全な地下シェルターにふんだんの食料や水と共にこもれるわけだ。


「物資補給所、荒れてましたね」

「ああ……」


 ついさっき、〈ネメシス〉を降りた二人は近隣にあった物資補給所へ向かった。配給所が併設されていることもおおいそこは、人口の半数以上を占める下流市民以下が押し寄せており、配給品を奪い合ったり、限られた支給品をめぐって怒鳴り合い、場合によっては殴り合いにまでなっていた。

 レンたちが手にしていた物資補給リストが見つかれば暴動が起きかねない、そんな有様だったのである。


 幸いにしてすぐに係員を見つけて手筈を済ませたが、その係員も面白くなさそうな顔でレンたちをジロリと睨んできたのだ。

 ロアがすぐに「我々の荷物ということにして、何かちょっとした嗜好品を増やせますよ」と言ってことなきを得ていた。

 こういったやり口はズルだが、それでも事を円滑に運ぶ上で身につけておくべき処世術である。

 係員は「すまない」と初めて笑みを浮かべ、ビールいちダースを追加していた。


「あまり、貧民区画エンダーゾーンには近づかない方がいいでしょうね。これまで通り、ですが」

「当たり前だ。上等な身なり・・・・・・で行くもんじゃない」


 そう皮肉げにいったレンは防弾・防刃性能を持つ、幻獣の皮を使った煉革ねりかわの鎧と布鎧に、その上から灰黒い色合いの青色のコートという姿だ。見るからに荒事専門、という風体である。

 一方のロアも同じような防具だが、彼女は本来『性的サービス』が目的で造られた生命・・・・・・であり、下着は性欲を掻き立てるハイレグな衣装だったりしているのだ。


 そんな格好で貧民区画に入ればいらぬ敵対心を煽ったり、強姦を誘発するようなものだ。

 こういった連中——探索狩人ハンターは稼ぎを得た直後はその報酬を現金で持ち歩くため、不意をついて身包み剥いでやろうなんて手合いが出てくるのである。


「それにしても、一ヶ月分の物資で六十万リム、か。ここを出る前に軽く稼ぎたい」

「物資が揃うのは最短で二日、最長で五日ですね。ここで七日以上伸びた場合、都市側にもペナルティがあるのですが……」

「余計な滞在費を突きつけてくる、か。そのときはそのときだ。腐れ役人の目玉に銃口突きつけてやればいい」


 冗談なのか本気なのか、過激な物言いにロアは無表情ながらにどこか呆れたように目を伏せるだけだ。

 第二階層の床であり、第一階層の天井はところどころ穴があり、そこから上の様子が見える。鉄格子越しに。

 外では雨が降っているのか、雨どいを水がごろろろろ、と音を立てて流れていた。


 その水でも金がない、配給札すらもらえない連中にとっては貴重な資源であり、穴が空いたパイプへホースを突き刺し、水を集めていた。

 あの中には排水だってあるだろうに。

 思っても口には出さず、レンは乞食を尻目に道を行く。


 夜の街には博打を打つ男女や、怪しげな薬を売り捌く男、娼婦や女装した男娼がひしめいている。背徳的で甘美で官能的なひと時を過ごそうと、市民や賓人がそれらに手を伸ばしていた。

 レンは娼婦から「どう、一晩」と声をかけられたが、目を細めて嫌悪を顕に睨む。女は舌打ちし、次のターゲットに擦り寄っていた。


「ヒト科のオスとして、溜まったものは出すべきかと」

「一人でしごいてりゃいい。どんな病気うつされるかわからねえだろ」

「ごもっとも。なんとなれば、いつものように・・・・・・・私で済まして・・・・・・くださいね・・・・・

「……そこまで溜ちゃいないよ」


 無表情のロアはそこでようやく髪留めを解き、ストレートヘアを解き放つ。

 濡羽色の美しい毛が流れ、肩甲骨を滑って背中で止まった。


 彼女は元々、ラブドールだった。とはいえ全く動かない本当の意味での人形ではなく、性処理用のオートマタということだ。

 それがなんの因果か武装化されて、挙句にはラブドールに搭載するにはあまりにもアンバランスな陸戦兵士型のソフトウェアを上書きされていたのだ。


 当然のように起きたシステム上の不具合が理由で、ロアはかぴかぴに乾いた精液やらローションやらで汚れ、泥に埋まるようにして荒れ果てた側溝に頭を突っ込んでいる姿勢で路傍に捨てられていたのである。

 その死体とすら言える体を子供が犯していて、レンはそれをレイプ現場だと——しかも死姦の——と思ってガキを追い払ったが、実際にはオートマタだった、そういう出会いだったのだ。


 現在ではもう契約が満了して離れているが、システムエンジニアの少女がロアを直してくれたおかげで、今の『レンの従者としてのロア』がそこにある。

 彼女は過去の記憶を持ち、無理やり戦わされそうになったことも覚えていた。休眠中の扱いについても、レヴエンジンを動かす予備レヴェナジーレヴェナンツ・ルーメン・エナジーで認識していたらしく、全て覚えていた。

 その上で彼女はレンについていくと、ある種の致命的なバグである『自我』がそう決めていたのだった。


「主人様、ハンターズギルドです」


 ロアがそう言って指差したのは、エルゼリア訛りが字の癖にも出ている、エルゼリア癖字と言われる文字が躍る看板だった。

 西アルヴンウォーク大陸で広く使用されているゾラフ語の文字で『ハンターズギルド』とあり、そんな看板が電飾に覆われて設置されていた。


クソったれのウェルカム・トゥ探索狩人組合・ファッキン・酒場へようこそハンターズギルド!!』——看板の側にある乱暴な殴り書きは、そう踊っている。


「常套句だな、これ。どこにいっても置いてある」

「ヒトの面白いところですね。子供の下ネタ好きは一周回って、やはり元の文句で返ってくるんですから」

「歳食うと、体も心も赤ん坊みたいになってくって、偉い人が言ってた。それに男はガキから大人までチンコで喜ぶ生き物なんだよ」


 クソったれハンターズギルドの重い緞帳をかき分けて中に入ると、むっとする煙草の煙やにおい、酒やら肉やらの香りが押し寄せてきた。

 ハンターたちの熱気と混ざった煙が雲の様にして、橙色のランプの下に滞って渦を巻いている。

 換気口もあるにはあるが、人々が吐き出す量に比して作業量が釣り合っていないようだ。


 レンたちはただそこにいるだけで酔いそうになる酒場を進んでいく。

 胸を張って肩で風を切る堂々たる歩みであり、周りはその物怖じしない様子や顔立ちなどからルーキーではないと判断した。

 また目が肥えているものは装備やオプションパーツから品質を品定めし、彼らが駆け出しで、喧嘩をふっかければ搾り取れるほど素人気質が抜けていなかったり、タマなしの腰抜けではないと察していた。


 辿り着いたのは一枚の大きなコルクボードだ。それは依頼掲示板クエストボードと呼ばれる、依頼書が貼り付けられているものである。

 それらの依頼は様々で、当該地域における幻獣の指定数討伐、特定幻獣の生体サンプル採取、〈大戦争〉以前のデータ回収から研究チームやキャラバンの護衛、レイダー退治の依頼などなど。

 レンはその中で一つ、比較的短時間で終わりそうな依頼を一つ手に取った。おまけにそれは高額報酬が約束されている、緊急のハンコが押してあるものだ。

 隣で手を出すか否か悩んでいた男が、短く「あっ」と声を上げたが、無視する。


 張り出されて間もないのだろう。レンがむしった紙は全く埋もれていない。本来すぐに誰かに取られる緊急、という赤い判子が捺してある依頼書によると、データの入ったメモリーカードの回収らしい。

 北西にある旧市街で消息を絶った、〈ドーラ号〉乗組員の最後の通信によれば旧時代のデータを回収したが、帰路でツチグモの襲撃を受けチームは壊滅……とのことだ。

 ユージーンというその生き残りも傷が深く、最期に遺言を残して無線越しに死んだという。

 けれど遺体の捜索は依頼には含まれておらず、レンは目を細めて肝心の部分を見た。


 成功報酬金、百万リム。


「馬鹿に羽振りがいいな」

「ツチグモの脅威を鑑みているのか、よほど重要なデータか、ですね。まあ、詮索するだけ無駄なように思えますが」

「それもそうだ」


 クエストの報酬金はターゲットだけでなく、そこに至るまでの状況を鑑みた総合的な難易度によっても左右される。

 今回の依頼はツチグモという厄介極まりない幻獣が付近にいる危険性と緊急性の高さ、あと触れられてはいないし触れればどうなるかわからないデータの重要性などから、諸々の口止め料などを込みで百万という報酬になっているのだろう。

 早い者勝ちに拍車をかける緊急性のあるクエストは、往々にしてこんなものだ。


 レンはその紙を手に受付に向かった。

 カウンターの向こうの女は大柄なウェアウルフの女で、まだらに黒が混じった金髪をあちこち跳ねさせている。オオカミというより豹じゃないかと思ったが、黙っておく。

 ハンターズギルドの受付嬢の制服である白と水色のメイド服を模したそれは似合っていないが、それについても口のチャックを緩める真似はしない。


 女は気づいているのかいないのか、ラジオの周波数をいじっていてこちらに目も向けなかった。

 依頼書を差し出して、天板をやや強めに平手で叩いた。


「こいつを受注したい」


 女はじろっとした目でこちらを一瞥した。

 かすかに羽虫のような音がする。レンとロアをそれぞれ見て、「受注契約金」とだけ言って、トレーを差し出した。


 愛想がないな、と思わなくもないが黙っていた。

 ハンター連中には奔放な者もおり、受付嬢だろうと手篭めにしようとする手合いがいる。

 気弱な町娘やお嬢様に、この受付の仕事はできないのだ。多少、心臓に毛が生えていると思われるくらい図太く、芯がなければやっていられない。


 クエストを受注する際には、別の誰かが受けている間はそのクエストの遂行権限がその人物にあることを示すため、『クエスト中のある程度の自由を黙認してもらう権利』と、『誰かに横取りされない権利』をギルドに一時的に補償してもらうための契約金を支払うのだ。

 一律して報酬総額の十パーセントとされ、今回でいえば十万リムいる。


 無論これは、『一時的な権利を一時的に補償するための一時金』に過ぎないため、依頼完遂後に帰ってくるので出費にはならない。

 が、クエストQuest失敗Failedとなれば、契約金はペナルティとして、諸々の事務手数料ということでギルドに取られる。


 女は硬貨を確認して、黙って依頼書に『受注済』のサインを添えた。

 それから壁の検査員に見せる臨時通行証を脇の機械で発行する。霊光インクを使った専用の捺印が捺されており、ごまかしが利かないものである。


「宿と晩飯。ここの二階、空いてる?」

「一部屋で充分でしょう? あいにく、オートマタに別の部屋を貸せるほど余裕はないし」

「構わない」

「なら……これ」


 渡されたのは二一七号室の鍵。


「食事はすぐに用意できるものでいい? 一人一〇〇〇リムになるけど」

「それでいいよ。他所にいくとぼったくられる」

「懸命な判断ね。宿泊費込みで、二人合計して一六〇〇〇リム」

「他所に行くよか格安だ」


 そうはいうが、ギルドの食事を安い金で食えるのはハンターだけだ。

 その街に居着くハンターではない、いわゆるフリーランスとか流れとか言われる奴らでも、ハンターズライセンスはギルドの発行したものを持つしかない。

 とどのつまり、ハンターは全員がそう名乗る以上は、この探索狩人組合という組織に首輪をつけられるのだ。

 財布からまたも硬貨を取り出す。しっかり一六〇〇〇リム、だ。


「確かに。……狩人様、ようこそ、ハンターズギルドへ。良い夜をお過ごしください」


 そこでようやくウェアウルフの女は、どこか冷めている営業のそれとわかりきった、作りものの華やかな笑みを浮かべて見せた。

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