【本編】

第2話 検査、そして通行料


2


「大陸暦一六八五年四月十九日金曜日、時刻は——後、じゅ——九時、——七分です。最新の——ートに動きはなく——」


 ノイズがひどいラジオに、車内にいた黒髪の青年は「このオンボロめ」と毒づいて、がん、とコンソールの側面を叩いた。するとあれだけ調子の悪かったラジオが、さっきまでの調子が嘘のように明瞭な音声を吐き出す。


「叩いて直すのは正解だな」

「単に、電波妨害エリアを抜けただけですよ」

「なんだ。……いい加減、こいつも取り替えないとな」

「資金的には可能ですね。まあ、その後のやりくりに苦労しますが」


 応対するのは車内にいるもう一人。女の声で、凛としつつも鈴の音のような透き通った、なんとなく綺麗と感じてしまう声だった。

 薄暗い車内には計器類の光とラジオの周波数の値、それから外部カメラが捉えた景色がホログラフィック・モニターに投影されており、それらが主な光源であった。


 そんな一台のERA——装甲を貼り付けた全地形対応多脚戦車ビークル・タンク型のそれが、自立防衛セルフ・ディフェンス都市機構・ポリスにたどり着いたのはもう一時間前だ。

 そこから検疫だのなんだのと経て、現在は手荷物・・・検査員待ちである。


 駐機場で待つようにというアナウンスが掲示板に出ており、女がビークルを操縦して誘導に従う。

 青年はラジオに耳を傾けていた。大切なのはレート情報、また周辺地域の情勢や確認された幻獣、乖賊レイダーの出没情報だ。

 今はそれらもすっかり終わって、旧時代のロックナンバーを流している。


 自立Self防衛Defence都市機構Polisとは、その頭文字をとってSDP、または単にポリスと呼ばれている現代の自治体の一つである。


 これらのポリスや、その同盟である『都市商人同盟ハンザ』は、あの激しい〈大戦争〉を生き延びた人類が築いた都市規模単位のコミュニティであった。

 元々は大きな地下壕で戦争を凌いでいた祖先がそれらの地盤を築いているもので、元々は軍や民間施設が建造した防衛拠点の名残なのだという。


 大きな外部装甲防壁は高さだけで四〇メートルに達し、地表においては半径一五〇メートルの範囲をぐるりと取り囲んでいる。

 恐らくこれまで通ってきた都市と同じなら、内部は階層構造になっているに違いない。

 ビークル型のERA——〈ネメシス〉の中で、車長席に座る黒髪の青年、レンはそう思った。


 駐機場で待たされること二十分。

 なかなかこない検査員に苛立ちを募らせている中、前部の運転席に座っていた女が振り返り、こちらを見上げた。前後の座席で高低差があるので、彼女は自然とレンを見上げる形になる。


「どうした、ロア」

主人あるじ様、検査員です」


 女——ロアにそう言われ、レンは顔を上げた。

 モニターに映るのは紺青の詰襟を着た若い男だ。儀礼的なサーベルと霊光拳銃だけ。

 感情が伺えない顔だが、オートマタだろうか。だとしたら旧型か、ソフトウェアで感情を抑制されているかだろう。

 オートマタだって、今時の現行機や次世代機ならば、感情表現くらい造作もない。


 抑揚のない声の女はたらと胸を強調したグラマーなボディで、長い黒髪を車内のパーツに巻き込まれぬようお団子にくるりと纏めている。

 扇情的なボディは彼女の経歴に由来しているが、レンはそれを思うと人の業の深さを思い知らされずにはいられない。


 やってきた男がビークルの外装をコンコン、と叩いた。言外にさっさと開けろと言っていることはわかっている。

 レンは車長席でロックを解除。搭乗部のハッチを展開した。

〈ネメシス〉の背部ガンマウントアームの八八ミリ砲が後部へ倒れていき、一応だがFCSがオフラインなのを確認しておく。それから素早く『セルフディフェンス・モード』を起動した。


 検査員数人が〈ネメシス〉本体と、それが引いていたカーゴを点検しはじめる。

 霊光レヴ光学走査機ライトスキャナーで、木箱やプラスチックケースの中身をチェックしていき、違法な品がないかを確認していた。


「違法薬物の類はない。もっとも、この都市の違法が何を指すのかは知らないけど」

「違法なものは、市長が違法と決めたものだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「法は市長が決めるのか? 市民じゃなく?」

「そうだ。なぜなら市長が法だからな。わかりきった質問をするな」


 ——どこも同じだな、腐っていやがる。

 レドは内心吐き捨てた。

 本当に分かりきった質問だった。法とは弱者を守る砦ではない。

 今や法というものは暴力、財力、そして権力、それらを持つものたちの特権だ。そいつら偉くて強くて絶対だ。


 不満な顔を表情筋に乗せないくらいの芸当は、十八年も生きていれば身につくものだ。

 レドの表情は凪いだ水面のように静かである。


「大陸暦一六八五年、四月十九日木曜現在で、本都市で違法指定されている品はない。

 通行料として旧エルゼリア硬貨もしくは、その他アルヴンウォーク大陸国家で流通していた硬貨で、現在換算価値で一人二万リムを徴収する」


 思わず舌打ちが漏れた。足元見やがって、と。

 荷物をチェックした段階で補給が必須なのをわかって、それでこうして金をせびっているのだ。悪質極まりない。

 おまけにERAはこの駐機場で待機させねばならないため、都市で金を作って後で払うからと言ってもここから体よく抜け出すことはできない。

 仮にERAを捨てたとしても、執拗に追われることが目に見えているのだ。


 悪どいことがまかり通る時代である。下手したら臓器を抜かれて売られるか、それ以下の奴隷生活の幕開けだ。

 レンは懐の財布から銀色の硬貨を四枚取り出した。


「ちょうど四万になるはずだ。レートが変わっていないことは知ってるぞ。今さっきまでラジオを聴いていたからな」

「よろしい。楽しい内地のひと時を過ごしてくれ。

 なお、一週間後、八日目に突入した場合はその時のレートで再び一人二万リムを徴収する」

「そんなに長居したくはないね。行くぞ、ロア」

「はい、主人様」


〈ネメシス〉のカーゴから荷物を取り出した。外歩き用のバックパックにまとめてあるので、一人ひとつそれを持つだけでいい。

 レンは腰の拳銃を見せつけるようにしてボルトアクション式のライフルが側面にがっちりと固定してあるバックパックを背負った。

 検査員は特に顔色を変えないが、彼らの威嚇に近い行動が、このビークルには迎撃用の安全装置の一つ二つあるんだぞ、と雄弁に語っていた。

 さっきの『セルフディフェンス・モード』もそれだ。いざとなればAI制御で〈ネメシス〉が自律思考し、戦闘機動を取るのである。


 静かに去っていく若者二人を、検査員はやはり気にすることはなかった。

 すぐさまクレーンアームがERAを固定して、彼らは次の来客のERA、あるいは乗合ERAに向かっていく。

 淡々と職務をこなす彼らもまた、蔓延る悪の一助でありつつもその歯車に逆らえない小市民の一人にすぎないのだから。

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