【前章】

第1話 撃て、撃て!

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 逢魔時おうまがとき

 砂塵が舞う、死に行く世界。吹き抜ける風がそこで死した魂の呻き声のようにして伸び上がり、黄昏の空へと響いている。

 亡者の声がリフレインする雲間からさす夕日が多くの屍を——人も、獣も、無機物も——照らし出した。


 スコープの向こうには、粉々に砕かれて砂礫の荒野に飲まれかけているコンクリの道路に上半身を乗り出すようにして何かを貪っている、巨大なダンゴムシのような幻獣がいた。

 周りにはボンネットを抜かれ好き勝手に部品を略奪された自動車の残骸や、〈大戦争〉時代のキャタピラ式の戦車や装甲車が横倒しになっていたりした。

 避難民を乗せた軍用トラックから、ただのコンテナを乗せた輸送トラックまである。


 総じて全て機能を停止しており、生きた生命の気配も、霊力を発する霊光機関レヴエンジンの空気も感じられない。

 操縦手の男は舌打ちする。


「おい、このままじゃ埒があかねえだろ。さっさと始末すべきだぜ」

「俺もそう思います。ボス、どうします」


 車長兼観測手の男はスポッターを覗き、ついでに計器類の情報に素早く目を走らせた。

 判断はあっという間だ。


「二時方向、距離二〇〇〇。九時方向より十一キロから十四キロの風だ。新入り、外すなよ」

「了解です。既に捕捉していますよ。……畜生、帰り道にふんぞりかえりやがって」


 ERAエラの調子はすこぶる良かった。

 四本の多脚型の歩行ユニットに支えられた搭乗部と砲塔を兼ねた虫のような外見の戦車。そう表現すれば、そのERA——エクス・レヴ・アーマー——、〈ドーラ号〉を適切に言い表せるだろうか。

 若い砲手の男はいつでもトリガーに指を当てて、押し込める状態だった。


「撃て」


 車長からの命令。直後、多脚戦車型ERA〈ドーラ号〉の砲口が火を噴いた。

 四四口径一二〇ミリ滑腔砲から霊光弾頭が吐き出され、ダンゴムシ型幻獣ヌノサプンソに吸い込まれるようにして命中。

 弾頭内に封入されていた霊光回路の効果で、ゴウッと凄まじい爆轟をもたらす。

 可視化された衝撃波がヌノサプンソの甲殻が引き裂いて砕け散らせ、肉片がベシャッ、と飛び散る。


「ふぅーッ! やったな若造! これで帰れるぜ! はっは、こっちは十日もむさくるしい野郎と外でおねんねだ、しこたま溜まってるんだ。存分にこっちの大砲もぶっ放してやるぜ!」

「大砲? 豆鉄砲だろうが。ほら、さっさと歩かせろ」

「るせー! おっしゃ、待ってろカワイコちゃんよぉ」


〈ドーラ号〉が歩行を開始。時速四〇キロという速度だが、特に急ぎでもないのならパーツに負荷をかける高速機動は必要ない。

 操縦手の髭面の男、まるでドワーフのような・・・・・・・・そいつは、黄ばんだ歯を剥いて笑った。

 いかついようでいて、笑うとなぜか愛嬌がある不思議なおっさんだった。


「ボス。今回の仕事って、うまく行った方……なんですか?」


 砲手の青年が車長に問うと、彼は「ああ」と応じた。


「お前さんは都市防衛軍ポリスガードの出身だったか。……そうだな、まあ七〇点ってとこか」

「俺はヘマなんてしてないと思いますけど」


 若くとも自分が砲手として技量がある——その自負ゆえに、青年はムッとした口調になってしまった。

 ボスという愛称で親しまれる精悍な顔立ちの男は柔らかく微笑んで、


「仕事の帰りにドルバの馬鹿野郎が、自分の豆粒が大砲だなんて大嘘をついた。これだけで減点三〇点だろうが。なあおいドルバ! 話してやれよ、ウェアウルフの女に『男なのか女なのかわかんねえな』って笑われた、お前の看板ネタを!」


 車長が笑って、操縦手のドルバが「ありゃあ、あの狼女がデカ女過ぎたんだ!」と憤慨する。

 下品な笑い声が響く車内で、突如車長が「なんだ、クソっ……ドルバ、全速力で走れ! 街へ逃げ込め!」と怒鳴った。


「あんだっ、どうしたレッド!?」

「ツチグモだ! ケツから追ってきてる! 今の音に気づきやがった——畜生、地面の中に隠れてやがったんだ!」

「つっ、ツチグモ!?」


 青年の顔が青ざめた。

 ツチグモとは大型の幻獣であり、蜘蛛のようなタイプでありながら巣を張らない幻獣である。


 やつらは頭上に神経を巡らせ、その鋭い感覚を備えた『巣』から得られる情報で、上を通った大型車両などを襲うのだ。

 トラックだろうとバギーだろうと、それこそERAだろうと外装部ごと噛み砕いてあらゆる生物を捕食する化け物で、記録の中にはワイバーンを仕留めて捕食した個体も数例いるらしい。


「クソったれがよ! 逃げ回るだけか、ボス!」

「売られた喧嘩買わねえで何が男だ! 新入り、真後ろだ! 狙いつけたらとにかく撃ちまくれッ!」


 砲塔に備えられた機銃に取り付いた。銃眼から銃身が伸びる重機関銃のチャージングハンドルを引き、旋回した視界の先にいた、高さだけで六メートルに達する巨大蜘蛛を睨む。


「なんて化け物だッ、くたばれこの野郎ッ! ——撃て、撃て!」


 砲撃。霊光弾頭——霊光炎熱爆轟弾をぶち込むが、その寸前に車体が跳ねて砲弾がそれた。大地に突き刺さった砲弾が炸裂して音速を超えた燃焼が周囲の土を焼いて捲れ上がらせる。

 車長の銃撃は、ツチグモにとっては痒いくらいのものなのだろう。だが彼は関節部を上手く狙っており、ときどきあの巨体がかくんと傾いでいた。


「五秒以内に怯ませる。その隙にあのクソったれのドタマにテメェの大砲ぶち込んでやれ!」

「了解!」


 自動装填、それから車長の銃撃が再開する。カウントするが、すぐにやめた。怯んだら撃つ。

 何がなんでも当てる。

 カウントなんて関係ない。当てる、絶対に当てる。


 スコープに迫る八つの単眼に精神が萎えそうになるのを耐えた。

 ポリスガードの稼ぎでは妻と娘にいいものを食わせてやれない。次女は病気に罹り、医療費だけで馬鹿みたいな出費になる。

 家族を支える——それは、自分にしかできないことだ。


 ツチグモの巨体が右にがくんと傾いた。


 ——今だ!


 撃発された砲弾が、産声を上げて飛び出す。

 特殊防音ヘッドセット越しにもわかる砲声と、凄まじい発砲炎。霊光炎熱爆轟弾がツチグモの顔面に激突し、そして、巻き起こった衝撃波と熱波がその巨体を粉々に吹き飛ばした。


「よし、やった!」

「でかした新入り。これはデカいスコアだ。最初の一杯は俺が奢ってやる」

「おいおい、名操縦手の俺様にはなんもねえってか」

「慌てるな。だからお前は早漏って言われ——」


 車長の上、ハッチが強引にこじ開けられた。そこから伸びてきた爪が彼の頭部をガスンッ、と穿って車内から引っ掻き出す。

 砲手の青年の頭上から、真っ赤な液体の雨が降り注いだ。


「クソったれが! まだいやがった……畜生、畜生ッ! ボス! ——レッド!」


 車長——レッドはもう、別個体のツチグモが口に入れていた。青年は「はっ、はっ……」と浅い呼吸しかできない。


「おい新入り! てめえだけでも逃げろ! このメモリを持って、走れるだけ走って街に行け!」

「ドルバさんは!?」

「俺は、……俺はいい。おい、いいか若造。生き残る順番ってのがある。お前は若くて、妻子持ちだ。いいな、だから逃げろ。逃げるんだ」

「……っ!」


 ドルバは、歴戦の戦車型ERA乗りは死を覚悟した顔だった。

 ここで駄々をこねるのは、最期のときをこの愛機と共に過ごすと決めた男への侮辱だ。

 それは、都市を守る軍隊にいた一人のERA乗りだったからわかる。


「俺のブツは大砲だった。墓には、そう刻んでくれ」


 ドッグタグを一つ渡される。

 青年は車長席に座って、緊急脱出用のボタンを殴りつけて押した。


 爆圧で装甲がパージされて、座席が射出される直前——

 パンッ、という偉大な男の最期を告げる銃声が聞こえた。

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