貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
名門出身というだけあって回りくどい言い方が多かったものの、20分もあればルービックキューブを1面揃えることができる性能を誇る貴方の頭部CPUは問題なく情報を整理することができました。
どうやら名門トレーナーのみなさんは、自分が邪魔をするせいでエアグルーヴがスカウトできずに困っているのだと文句を言いにきたのだ、そう貴方は判断したようです。
これにはさすがの貴方もどうしたものかと悩みました。そもそも夜間練習の話はほかのウマ娘からの頼みごとですし、エアグルーヴをスカウトしたいのであれば生徒会活動や後輩たちとの交流を尊重して支えてあげれば解決する──と。ここまで考えたところで、貴方は自分がとんでもない思い違いをしているのではと気付きました。
そう……前世の記憶がある自分とは違い、ほかのトレーナーたちはそれらがエアグルーヴの精神的な支柱の一部であることを知らない可能性があるのです!
そういうことならば話は早い。情報を共有することで名門トレーナーたちのスカウトが成功するように協力しようじゃないか。彼女がオークスに勝てると信じているようだし、実績もあり理解もあるトレーナーであれば、エアグルーヴもとりあえず話ぐらいは聞いてくれるだろう。
とはいえ、情報の伝え方は慎重に考えなければいけません。ここは悪人らしい言い回しは不要な場面ですし、誤解が生まれないよう簡潔で分かりやすく伝える必要があります。
手始めに貴方は「ウマ娘の姿が見えていないからスカウトに失敗するのだ」と、ウマ娘の個性に注目するよう促しました。
そして「エアグルーヴがなにを大切にしているか知ろうとしないから相手にされない」と、より具体的なアドバイスを贈ります。
最後に「本当にエリートならそれぐらいできるだろう? 立派なトレーナーバッジを付けているのだから」と言いながら、自分の育成評価『G』のバッジを人差し指でコンコンと叩きました。
おめでとうございます! あえて格の違いをアピールすることで相手の自尊心を持ち上げる高度なテクニックを用いた説得により、貴方は無事エリートトレーナーたちを怒らせて追い払うことに成功しました!
あれ? おかしいな。どうしてこうなった? そんな疑問を抱いた貴方ですが、エリートたちに目の敵にされたなら結果オーライだなと鼻歌など奏でながら車に向かおうとして──。
「──ッ!? あ、いや、その、なんだ……。こ、こんばんは……」
挙動不審なエアグルーヴと鉢合わせました。
それと、彼女の背後には笑いすぎで過呼吸にでもなったのか、ご年配の女性──ほんの一瞬ですが胸元にトレーナーバッジが見えたので、おそらくはこの学園のベテラントレーナーでしょう──が、うずくまっていました。
念のため大丈夫ですか? と貴方が声をかけると「大丈夫よ、問題ないわ! ……ンフッ」と、完全に笑いのツボに入っている様子。これは下手にさわるといつまでも抜け出せないパターンだろうと貴方はあえて無視することにしたようです。
「ひとつ、聞きたい。貴様はなぜ……ウマ娘たちを支えるのだ? どうしてあれほど──おい、まて。なんだその顔は」
エアグルーヴの唐突な質問に答えるより早く、貴方は全身から「コイツなに言ってるんだ?」オーラが出そうなほど怪訝な顔になりました。
それもそのはず。なぜなら貴方は、エアグルーヴの質問が貴方という個人に問いかけたものであると理解できないからです。
トレーナーとして働いている意識は砂粒ほどにも持ち合わせていませんし、ウマ娘たちには暴言こそ投げつけているが励ましの言葉など1度たりとも口にしたことがないと本気で思っているからです。
つまり、さきほどのエアグルーヴの質問は貴方の脳内フィルターを通過すると意味合いとしてはこうなります。
『お魚屋さんはなぜお魚を売っているのか?』
そりゃトレーナーなんだからウマ娘の世話するだろう仕事なんだから。いやまてエアグルーヴがこんなマヌケな質問をするはずがない。なんだ、哲学的な問い掛けか? それともオサレバトルで有名な漫画みたいなポエミーなセリフを言えばいいのか? 勘弁してくれ俺に心に響くような語彙力なんてあるワケねーだろマジどうすればいいんだコレ。
混乱した貴方はとりあえず思考を放棄するようです。そうだ、こういうときはシンプルにいこうと前世と今世、4人の親による「知らないことを恥ずかしがらずに人に聞ける大人になりなさい」という教えに従うことにしました。
貴方はエアグルーヴへ向け「質問の意味がわからない。トレーナーがウマ娘を支えるのにどうして理由が必要なのか?」と問い返します。
エアグルーヴからのリアクションはありません。代わりに、彼女の背後にいたベテラン女性トレーナーがとても良い笑顔でサムズアップをしたものですから、貴方はますます混乱してしまいました。