貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
面倒なトレーナーたちから匿ってほしい。
それはもちろん嘘ではないが、彼女の目的はほかにもあった。好奇心に正直に生きることを是とするミスターシービーは、噂の守銭奴発言トレーナーのことが気になっていたのだ。
ウマ娘を金儲けの道具であると堂々と宣言したことについて思うところはある。だが実際にトレーナーとして大金を得るためにはウマ娘たちを
視点を変えれば、トレーナーを儲かる仕事だと断言した彼はどんなウマ娘だろうと勝利に導く自信がある──己を一流のトレーナーであると豪語していると見えなくもない。
中央のエリートであることが矜持である他のトレーナーたちとは随分と毛色の違う、実に興味深いトレーナーじゃないか。となれば当然……。
◇◇◇
「トレーナー! お邪魔するよ!」
「いま誰もいませ~ん」
「やぁ! 今日もいい天気だね、そのせいかターフでターボとバクシンオーが汗だくで虫の息になって倒れてたよ」
「オゥ誰もいねェつってるのに入ってくんじゃねェよ。あとそのふたりは天気関係ねェだろ。ただの平常運転だろ」
「いいじゃないか、どうせ今日もテレビゲームで遊んでたんでしょ? あ、グラスは透明なガラスのヤツでよろしく。ストローは緑色がいいな」
「オマエ今度からココ来る前に水がぶ飲みしてこいや。それこそ溺れる勢いで」
ブツブツと文句を言いながらもにんじんジュースを冷蔵庫から取り出して、こちらの希望通りにしっかりと準備をしてくれるトレーナーをソファーに座って眺める。
トレーナーというものはスーツ姿で隙のない格好をしているものだと思っていたが、彼のようにジャージ姿で活動する者もいるのだなと妙に感心してから数日ほど経つが──いやはや、噂に聞いた極悪非道ぶりは欠片も見当たらないのだからなんとも面白い。仕事をサボって遊んでいるのはまた別問題として、少なくとも困っているウマ娘を助けてくれる程度の倫理観は備えている。
ついでに、お茶とお菓子を出してくれる世話焼きでお人好しな部分も。
ジュースと一緒にさりげなくチョコレートなど手軽につまめるものが並んでいる。聞きなれないブランドなのでこっそり調べたが、知り合って日の浅いウマ娘相手に出すにしては0がふたつは多いのではないかと驚いたものだ。
◇◇◇
「はい5連鎖。ゴメンよミスタートレーナー、おじゃまぷよのせいでキミの攻撃のターンが潰れてしまったね♪」
「バカな……このような結末は……! 私は認めぬゥ~ッ!! いや、オマエなんでゲームまで強いんだよ。文武両道かテメー」
「そういうのって、普通はテストの点数とかに使うんじゃないの?」
「いいんだよ、娯楽は文化なんだから。勉強だけ仕事だけの人生なんて潤い無さすぎてカサカサした生き方は俺はゴメンだね。乾燥してんのはダートだけで充分だっての」
「私はどんなバ場状態でも楽しくレースできればそれで構わないけれどね。さてさて、そろそろ終わりが見えてきたかな?」
「ぐ……ッ! まだだ、まだ終わらんよッ!!」
彼と過ごす時間をミスターシービーはそれなりに気に入っていた。理由は実に単純なもので、ほかのトレーナーと違い一切の勧誘の言葉が出てこないからだ。
とはいえ、それはそれで──自分勝手だという自覚はあるものの──面白くないとも思っている。ここまでハッキリと眼中にない態度を取られると、ちょっとだけ自信が揺らぎそうになる。
金儲けを企んでいるなら強いウマ娘が欲しいはず。そして自分はデビュー前とはいえ三冠ウマ娘も夢じゃないとチヤホヤされている程度には才能がある……らしい。ならばスカウトしたいと考えるのが当然だろうに、目の前のトレーナーにはそういう素振りが全く見られない。
(ちょ~っと、試してみようかな?)
世間には『藪をつついて蛇を出す』という言葉があるが、どんな蛇が飛び出してくるのか見てみたいと考えてしまうのがミスターシービーというウマ娘なのである。
「ねぇトレーナーさん。もしもキミが私の担当だったらどうする? やっぱりクラシック路線での勝利を──三冠ウマ娘を目指すのかな?」
「なに!? 三冠!? あぁ、獲っとけ獲っとけ! そのほうがオマエらしいからな!」
「……へぇ」
「よし! これで連鎖が──な、バカなッ!? このタイミングでおじゃまぷよが崩れて来るだとッ!?」
「トレ~ナ~さ~ん、私、もうちょっと詳しくキミの話を聞きたいなァ~?」
「アァッ!? だから三冠ウマ娘獲るって話だろ? いいんじゃねェの! グランプリウマ娘とか天皇賞とか……あとはトリプルティアラか? そーゆーのイロイロあっけど、オマエが獲るなら三冠だべよ!」
「それはどうして?」
「どうしてェッ!? オマエそんな、イチイチ理由なんざ必要ねェだろ!
「──あはッ♪」
「っしゃぁキタコレッ! フハハハ! 連鎖が起きると元気になるなァ兄弟ィッ!!」
「はい相殺。おかわりどうぞ」
「オノォォレェェェェッ!!」
◇◇◇
おやつを食べながらゲームで遊ぶこと1時間ほど。付近にスカウト狙いのトレーナーの気配が消えていることを確認しながらミスターシービーは廊下を歩いていた。
トレーニングが始まる前に、あるいは終わるのを待って声をかけてくるのはまだマシなほうだ。なかには走っている最中でもお構い無しに呼び止めてくるようなトレーナーもいる。
特に、GⅠウマ娘を育てたという実績を持つ者は顕著である。エリート揃いの中央トレセン学園の中でも名門と呼ばれるような連中は、各方面への影響力も強くおいそれと無視するワケにもいかず面倒なことこの上ないのだ。
なので、そういう厄介なトレーナーとエンカウントしないよう慎重に歩みを進めるのだが──。
「……ぷっ。くふっ、くふふ♪ やば、ちょっと堪えきれないかも……ンフッ♪」
模擬レースに出走して以来、脚の速さを褒められたことは何度もある。
スタートが綺麗だ、加速力がある、冷静なレース運びだ、コーナーの走りが鋭い、末脚が強力……さまざまな理由を並べられては『だから一緒に勝とう!』と勧誘されてきた。しかし。
「いやはやいやはや。さすがの私も“ミスターシービーだから”なんて理由で三冠ウマ娘をオススメされる日がくるとは思わなかったなぁ~」
どう考えても選抜レースにすら出走していないウマ娘に対して言うセリフではない。なのに彼の言葉には一切の迷いが含まれていなかった。
しかも言い方がトレーナーという立場からは考えられないほど雑で軽いのだから笑わずにはいられない。それはまるで『ハンバーガー頼むならついでにポテトとドリンクも付けるでしょ?』ぐらいの当たり前という雰囲気で『ミスターシービーが走るならついでに三冠ウマ娘も付けるでしょ?』と言われたのだから。
こんなトレーナー、中央トレセン学園内では見たことがない。いや、おそらく日本中探しても見つかりはしないだろう。なんともまぁ愉快なトレーナーがいたものだ。
だが、それはそれとして──
「うんうん、たしかにキミは優秀な……一流のトレーナーなのかもしれないね。キミが教えてくれるまで、私の中にこんなふうに
煽てられて乗せられるのは大いに結構。だがその上でスカウトに一切の興味無しという態度を取られるのは少しばかり頭にカチンとくるものがある。お前ならGⅠだって楽勝だと太鼓判を押しておきながらの知らんぷりだ、これを笑って流していては競走バとしての沽券に関わる。
そういう意味では、彼はたしかにウマ娘のやる気を引き出す名人なのかもしれない。楽しく走ることができればそれでいいかと思っていたが、いまは皐月賞と東京優駿と菊花賞のトロフィーを3つまとめて彼の顔面に叩き付けてやりたくて仕方がないのだから。
「そうだなぁ……。うん、彼だけがお見通しってのは不公平だよね。ウマ娘にだってトレーナーの能力を試す機会があっても許されるんじゃないかな」
黙っていればいいものをわざわざウマ娘を金儲けの道具だと言い放ってみたり、ろくにスカウトもせずルームでゲームに勤しむとんでもないサボり癖の持ち主。
普通に考えれば大外れどころでないクズトレーナーなのだが、彼女の本能が囁くのだ。彼と行動すれば絶対に面白くなると。
そもそも、本当に悪人であるならば
ならば見極めてみようじゃないか。あの全身無礼な態度で、その癖なぜか妙に親しみのある不思議なトレーナーの実力とやらを。
なに、彼がお人好しな性格をしていることは把握済みだ。あとは頼み方次第でどうとでも動かせるだろう。それでもし彼がトレーナーとして優秀ならば──ウマ娘の勝利を信じて疑わないトレーナーを手放す理由があるなら教えて欲しいぐらいだ。
「さて、これからはちょっと忙しく……いや、賑やかになるかな? 悪く思わないでよ
本作の基本的な流れはこんな感じになる……予定です。
(恋愛要素とかは)ないです。
続きは田植えの季節が終わったら、次の登場ウマ娘はトウカイテイオーとなります。