俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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幕間 浪漫

 エステルが王都へと出発する少し前。

 

 格納庫では整備員たちがアヴァリスの整備に取り掛かっていた。

 

 天井のクレーンを使って背中の可変式推力偏向翼とラックを取り外し、背部の装甲板を外すと、技師の青年がタラップを上り、剥き出しになった動力部を覗き込む。

 

「どうです?イスマさん」

 

 下でタラップを支える中年の整備班長の問いかけに【イスマ】と呼ばれた技師の青年は目を見開いて答える。

 

「凄いですよ。こんな状態でよく無事に帰って来られたもんです。魔力回路がオーバーロードしてますよこれ」

「何ですと?」

 

 班長も目を見開く。

 

「出撃前の調整時に出力制限を大幅に緩めましたから、こうなるのも不思議はないですけど──でも普通なら今頃焼き切れてますよ。本当にギリギリで保ってます」

 

 魔力回路を取り外す準備に取り掛かりながらイスマが言うと、他の部位を検分していた別の整備員たちも口々に声を上げる。

 

「こっちも相当ですね。ウィング基部の三軸ジョイントが左右とも限界です。どんだけ無茶な飛び方したんだか」

「推進装置もざっと半分ほど要交換ですね。自壊していないのが不思議なくらいですよ」

「関節もキてるっス。一旦手足全部バラさねーと」

 

 結局昼までかかって機体の隅々まで検分して、大掛かりな分解整備を行う必要があると結論づけた整備員たちは、昼食の後に待ち受ける膨大な作業を想像して──笑みを浮かべる。

 

「まあ、こんなになるまで戦ってくれたってことですよね。そんであれだけの戦果を上げられたって聞きゃあ、鼻も高いってもんです」

「たしかに。聞いた話じゃ二回とも先陣切って戦ってたんだってな」

「しかも被弾上等で突っ込んで接近戦やってたって聞きましたよ。そりゃこうも中ズタボロになるのも分かります」

「こんな繊細なじゃじゃ馬乗りこなして、しかも限界まで性能引き出すとか、エステル様は生まれを間違えたんじゃないですかね?」

「違いねえや。騎士家の男にでも生まれてたら今頃どうなってたんだろうな」

「そりゃあもう、トップエースっスよトップエース。んで正規軍からもお呼びが掛かってたりして──」

「そうなりゃもう伝説ですね。鎧一機と己の腕だけで成り上がりってやつ」

 

 笑いが起こるが、イスマだけが神妙な顔で言った。

 

「でも、エステル様がここに生まれていなかったらコイツもこうして日の目を見ることはなかったでしょうね」

 

 整備員たちが静かになり、一斉にアヴァリスの方を見やる。

 

「ま、まあ、たしかにこんなじゃじゃ馬じゃ他に買おうって人なかなかいないですよね」

 

 誰かが苦笑混じりにそう言うと、イスマは遠い目をする。

 

「高性能な機体を求められてそれに全力で応えたら、よりにもよって一番力入れたところをダメ出しされて注文キャンセルですよ。はは、キツかったですね。エステル様が買ってくださらなかったらどうなっていたやら──」

 

 その様子に整備員たちは興味を持つ。

 

「え?そうなんですか?エステル様が特注して作ったって聞きましたけど?」

「いや、今だから言いますけどね、コイツは最初からエステル様のために作られた機体じゃあないんです。というか、受注時点で鎧としては八割方出来上がってました。それにいくつか機能とパーツを付け足して改良と調整をしただけなんですよ」

 

 思わぬ暴露話に整備員たちは生唾を呑み込む。

 

「一体何があったんですか?」

 

 その問いかけに応えて、イスマは語り出す。

 

 

◇◇◇

 

 

【鎧】──それは妥協の芸術と呼ばれる。

 

 精密で繊細な機械である鎧の設計は、高い技能とセンスを要求される芸術的な行為であり、そして妥協の連続だからである。

 機動力、防御力、パワー、積載能力、航続力、隠密性、精密性、快適性──求められる要素は多々あり、それぞれはトレードオフの関係にある。

 また、逃れ得ない宿命として費用対効果の壁が常に立ちはだかる。

 

 例えば、作り手が性能向上のために革新的な機構を盛り込んだ野心的な設計をしても、開発費用がかかり過ぎるだの、機体の価格が高過ぎるだの、整備の手間が増えるだの、優美さや力強さが足りないだのといった理由で、注文がキャンセルされる──そんなことがザラにある。

 

 では、そんな風に情熱と野心を注ぎ込んで作られながら、途中で買い手が手を引いてしまい、未完成のまま宙ぶらりんになった機体はどうなるか。 

 殆どの場合は解体されるか、倉庫で埃を被ることになる。

 未完成の機体を大金を注ぎ込んで買い取って、完成させようとする物好きなどそうはいない。

 ──いなくはないが、そんなことができる金持ちは最初から自分用に特注するため、極めて稀である。

 

 そんな事情があった中で、その機体はその稀な幸運を掴んだ異例中の異例だった。

 元々は正規軍の次世代機開発要求に応えて作られた試作機の一つであり、予算に糸目を付けずに高性能を追求して野心的な新機軸も盛り込んでいたが、そのせいで開発が遅延して費用も嵩み、キャンセルとなってしまった。

 だが、機体に強い思い入れがあった職人たちが、諦め悪く営業畑の伝手を使って買い手を募集したところ、奇跡的に別の買い手が名乗りを上げたのである。

 

 

 

「ほう、これは中々興味深いですな」

「おお、興味を持って頂けましたかニコラ様!」

 

 機体を目にした顧客【ニコラ】の言葉と表情に主任の技師が手応えを感じて、熱弁を振るう。

 

「この機体は我々の理想を全て盛り込んだ、まさに造りたい機体そのものです。鉄壁の防御!搭乗者の安全確保を最優先とし、搭乗者を必ず生かして還すことを目指しました。昨今巷では、銃火器の進歩によって向上した攻撃力の前には装甲防御など無意味、徹底的な小型軽量化によって機動性を上げて、敵弾を回避する方が生存性はむしろ上がり(当たらなければどうということはない)合理的──などという妄言がまかり通っておりますが、そんな妄言を吹聴する連中は実際の空中戦における脅威を分かっておらんのです。実戦において飛んでくるのは目の前の敵が放つ弾だけではない。気付かぬうちに上や背後を取られて不意打ちを喰らうこともありますし、流れ弾や破片、飛行船や地上からの対空射撃も飛んできます。その全てを躱すなど到底無理な話です。装甲防御はそういった認識外の脅威によって命を奪われる危険を減らすためにあります。機動性の優越がもたらす利点は我々も認識しておりますが、それは防御力と引き換えにするのではなく、動力の強化によって成し遂げるべきなのです。我々はそのことを念頭に置いて設計を行い、コックピットと動力部の装甲防御を堅持しました。その上で、現行機に対抗できるだけの機動性を確保するため、新素材を用いてフレーム及び腕部と脚部を軽量化。それに加え──」

 

 主任が機体の背後に移動し、背中に取り付けられたマントのような部品を指差した。

 

「この追加加速装置と推力偏向装置を兼ねたウィングを搭載しました。このウィングの制御には習熟を要し、整備の手間もかかりますが、それに見合う効果があると大いに自負するところでございます。まず何と言ってもその加速力。それがもたらす運動性能は現行機を大きく凌駕すること間違いありません。現に推進装置の試運転では──」

 

 饒舌に語る主任とニコラをイスマは冷めた目で見ていた。

 

 最初に軍関係者がこの機体を見に来た時、イスマは主任と一緒になってこの機体がいかに素晴らしい性能と革新的な機構を持っているか饒舌に語って、そして「使えん」と冷たく一蹴された。

 

 ショックだった。

 動力部とウィング、そして両者を繋ぐ魔力回路の組み上げという大役を初めて任されて、見事成功させたことに対して抱いていた誇りと達成感が、その一言で踏み躙られたと感じた。

 技術者にはよくあることだと聞いて知ってはいたが、心では納得できなかった。そして心にできたしこりは今も喉に刺さった魚の骨のように残り続けている。

 

 ──端的に言って、イスマは伸びた鼻を圧し折られて拗ねていた。

 

 どうせ顧客はこちらの意図や工夫なんて分かってはくれないのだ。

 高性能と低価格という二律背反をさも当たり前のように押し付けてくるわ、当初聞いていなかった要求を後から追加で言ってくるわ、それが原因で遅れが出れば頭ごなしに叱責してくるわ──馬鹿で、頑迷で、理解や忍耐とはほぼ無縁。

 正規軍の関係者ですらそうなのだ。貴族となればさらに酷いであろうことは容易に想像できる。

 どうせ今回も扱き下ろされるか、あるいは鑑賞用として買い叩こうとされるんじゃないのか──

 

 しかし、そんなイスマの予想に反してニコラの反応は好意的だった。

 

 

「素晴らしい!!」

 

 

 目を輝かせて手を打つニコラに主任が感動した顔になる。

 

「分かって頂けましたか!」

「もちろんですとも!この機体はまさに我が主の求めておられる機体です!」

「なんと!そのようなことを仰って頂けるとは感無量です!」

 

 そのままニコラと主任は機体の開発にまつわる話に移り、やがて他の技師たちも加わっていった。

 

 そしてイスマは主任によって腕を掴まれ、ニコラの前に引きずり出されてしまう。

 

「こいつです。動力部とウィングの組み上げと魔力回路の配線なんかはこいつがほとんど一人でやったんですよ」

「ほぉ、それは凄い。若くして才能に溢れていらっしゃるようですな」

「ど、どうも」

 

 驚きの表情でまじまじと顔を覗き込まれて、イスマは思わず照れて目を逸らした。

 

 代わりに主任がイスマの働きぶりを熱弁する。

 

 感心するニコラに他の技師たちもイスマについて語り出す。

 

「こいつは元々男爵家の坊ちゃんなんですが、鎧に並々ならん情熱を持っていましてね。学園にいた頃からウチの工場に出入りしてたんです。こまっしゃくれたガキが今じゃウチの若手のエースですよ」

「最初に来た時は傑作だったよな。勝手に入り込んでしれっと工作機械弄ってるとこ主任に見つかって、『四十秒で言い訳しな』って言われて何て答えたと思います?『自分の鎧を作ってるけど、学園の設備じゃ作れない部品があるからちょっと使わせてもらってた』ですよ。もう皆唖然でしたよ」

「そんで親方のとこに突き出したら『見込みがある』って気に入られちゃってねえ──それ以来毎日のように入り浸るようになって」

「気が付きゃ普通に設計室で図面引いてたっスよね」

「朝来たら計算尺持って図面と睨めっこしてるこいつがいた時はたまげたよなあ」

「あー──そういうこともありましたね。はは──」

 

 苦笑いするイスマを見て、主任が「思い出したぞ」と言ってその後日談を話す。

 

「そんでその次の週には描き上げた図面を持ってきて『これ作りたいので工作機械新調しましょうよ』って親方に直訴してたんですよ」

「何と!そんなことを?」

「ええ。その時は却下されたんですが、こいつはそれはもうしつこく食い下がりましてね。その執念が他の若衆に伝染って、親方も四回目くらいの説得で折れて新型の工作機械を入れたんですよ」

「あん時ァ親方相当やつれてたよな。導入許可の申請と出資者探しで忙しかったし」

「俺たちもあちこち駆けずり回って頭下げたっけな」

「おかげでこの工場でも面白えモンが色々作れるようになりました。まあ、売れ行きはさっぱりですがね。でも、正規軍の開発計画にお呼びがかかるくらいにはなりましたし、まだまだこれからですよ」

 

 そして話はイスマが熱を上げた新技術に移る。

 

「ウチは開発にかけちゃニュービーっスですけど、だからこその強みもあるっスからね。新技術も新素材もバンバン取り入れてアバンギャルドなの作ろうぜーってやってたら、こんなウィングまで作れるようになっちゃって──たぶんウチだけっスよこんなの作れんの」

「それは凄いですな。こんな精密なものを作るのはさぞかし大変だったでしょう」

「まあそこは情熱と頭脳と技術者魂でですね──」

「いやいや普通に新しい工作機械のおかげだろ。もうコイツじゃなきゃいけない~っつってたの誰だっけ?」

 

 ツッコミに笑いが起こる。

 

 その笑いが収まったところで一人の技師が切り出した。

 

「実は試作だけならもっと凄いのもあるんですよ。四分割構造で操作はさらに難しくなりますが、その分以上に加速力と機動性は高くなります。それこそやろうと思えば直角に方向転換とか速度も高度も変えずに宙返りとか、色々意表を突く飛び方もできるんですよ。ま、さすがに浪漫の域ですがね」

「何ですと!それ、是非ともお付けしてもらえませんかな?」

「「「え?」」」

 

 ニコラの思わぬ要望にその場は静まり返る。

 

「我が主はできる限り高性能の機体をお望みです。更なる高性能を見込める手段があるのであれば、是非ともお願いしたい」

 

 その言葉で盛り上がっていた技師たちは一気に冷静になる。

 

「あの、言いにくいんですけどこれ本当に制御するの不可能ですよ?」

「そうですよ。どうやっても制御ができないから試作止まりなんです。悪いことは言いませんから今の仕様で完成させた方がいいですよ」

「それにこれ、めちゃくちゃ魔力を食うんです。今の状態で載っけてもパワー不足でまともに動きませんよ。動力部と魔力回路を作り直さないことには──」

「ではその作り直しをした上で搭載をお願いしたい。予算は惜しみません。皆さんの技術は他にはない素晴らしいものです。その全てを注ぎ込み、限界に挑戦し、最高傑作と呼べる性能のものを私は求めております。制御にしても心配はしておりません。我が主【エステル】様はまさに神童と呼ぶに相応しい才をお持ちです。必ずや習得できましょう」

「そうは仰られましても──」

 

 譲らないニコラに技師たちが困り果てるが──一人、やる気を見せる者がいた。

 

 

「やります」

 

 

 全員の視線が発言者──イスマに集まる。

 

「え、いやお前何言って──」

 

 誰かが発した言葉を遮って、イスマは言う。

 

「技術を求めてくださる方の要望に全力でお応えするのが技術者の本懐──その心構えを叩き込んでくださったのは先輩方です。俺はそれに従います」

「お前──」

 

 驚く技師たちを後目にイスマはニコラの方に向き直る。

 

「この機体を鑑賞用ではなく、高性能な鎧として求めてくださったのは貴方が初めてです。俺、それが凄く、嬉しかったんです。こんなに嬉しいと思ったの、初めてなんです。だから俺、絶対にこいつを最高傑作として完成させます!」

 

 イスマの力強い宣言にニコラは破顔した。

 

「おお、それは頼もしい!期待させて頂きますぞ。イスマ殿」

 

 そう言ってイスマの手を握るニコラに技師たちも吹っ切れたのか、次々に同調の言葉を口にする。

 

「引っ込み思案なこいつがここまで言うんじゃ、俺たちも負けてられねーな」

「負うた子に教えられるってやつかなこりゃ」

「ニコラさん、いいんですね?本当に全部詰め込んじゃいますよ?」

「ええ。よろしくお願いします」

 

 微笑むニコラにイスマをはじめ技師たちはやる気を漲らせる。

 

 

◇◇◇

 

 

 四ヶ月後。

 

「いやぁ──今更だけど随分と豪勢に盛り付けちまったな」

 

 完成した鎧を見て技師の一人が呟いた。

 

 試作だけに終わったはずの四分割構造のウィング──【可変式推力偏向翼】を搭載するために動力部と魔力回路をより強力なものに作り直し、フレームも一部強化する。

 当初の予定ではそれだけだったのが、ニコラの飽くなき高性能追求により、装備品は大幅に増え、工期も当初の予定の倍以上にまで延びてしまった。

 

 まず可変式推力偏向翼の挙動を見たニコラが操縦系統は応答性を優先したものにして欲しいとの注文を付けたことで、コックピットの改修まで行うことになり、魔導伝導率の高い希少金属を使って作り直すことになった。

 そしていざ動作テストを行なってみると、十分と経たずに動力部がオーバーヒートを起こして発火する事故が起こり、分析の結果冷却能力が不足していることが判明、またしても動力部を作り直す必要に迫られた。

 

 ちなみにこの時の事故がきっかけで機体の代金支払いが分割払いになり、これが後に問題を引き起こすことになったのだが、それはまた別の話である。

 

 そうした試行錯誤の末にようやく完成した鎧は、当初の姿とはかけ離れていた。

 

 可変式推力偏向翼の搭載に伴い、重量バランスの問題や機内容積不足で機体の拡張も必要になったせいで、背部、胸部、腰部、そして大腿部が肥大化し、機体を覆う外板は空気抵抗低減のために極限まで突起物や接合部を減らされた滑らかなものになっている。

 そのため、遠目に見ると女性の身体を彷彿させるシルエットだ。

 

「しっかしよくもまあこんな浪漫の塊を本当に作っちまったもんだ」

「操作性も整備性も燃費も最悪、殆ど機動性と見た目に全振りだもんな。まあ、そこがイイんだけどさ」

「ほんと見れば見るほどイイ身体してるよな」

「加工にクッソ手間取ったしな。これくらいナイスバディになってくれなきゃ報われねーだろ」

「それ言えてる。全部削り出しとか今思い返せば正気かよって思うわ。誰だよあんなこと言い出したの」

「「お前だよ」」

「いやーでもホント工作機械様様、親方様様っスね」

 

 他の技師たちが苦労話で盛り上がる一方で、イスマは言い知れぬ寂しさを覚えていた。

 

 この後、この鎧は飛行船に載せられて発注者であるファイアブランド子爵家のもとへ送られることになっている。

 長きに渡って続いた製作も終わり──この鎧とはここでお別れだ。

 

 そのことがどうにも寂しくて、悲しかった。

 

 作るのに今までにないほど苦労したし、何度も嫌な思いもしたが、それが却って愛着を生じさせていた。

 発注者のもとに早く無事に届いて、立派に務めを果たして欲しいと思う一方で、ずっと手元に残しておきたいという気持ちもある。

 

 葛藤しながら鎧を見上げていると、隣に来た主任に声をかけられる。

 

「どうした?未練か?」

「いえ、そういうわけでは──」

 

 イスマの弁解に主任は被りを振った。

 

「分かるぞ。丹精込めて作ったもんには情が湧く。出荷する時はそれこそ子供が巣立つような気分になるもんさ。俺なんて若い頃は出荷の度に泣いてたんだぜ?」

「え?──意外です」

 

 主任はいつだってにこやかにしていた。

 泣いているところなんて一度も見たことはない。

 

「ま、慣れだよ慣れ。お前もあと二、三年もすりゃ慣れちまうさ。ところで、派遣のことなんだが──欠員が出た。イスマ、お前が行け」

 

 主任の言葉にイスマは驚いた。

 機体の説明と点検整備の指導のため、技師が一名ファイアブランド子爵家に派遣されることになっているが、その役目は主任だったはずだ。

 なぜ若手の自分にお鉢が回ってきたのかと疑問が湧いたが、その答えはすぐに主任の口からもたらされる。

 

「お前は動力部からウィングの推進装置までこの機体の重要な部分を熟知しているからな。今回の派遣にはむしろお前の方が適任だろう。しっかりやるんだぞ」

「ッ!はい!」

 

 まだあの鎧と一緒にいられる。世話ができる。

 そのことが嬉しくて、飛び跳ねたいのを我慢して返事をした。

 

 そんなイスマの顔を見て主任は満足げに笑った。

 

 

 

 軽貨物船が発着場に降り立つ。

 

 船首のランプが降りて、台車に載せられた鎧が積み込まれていく。

 

 イスマは旅行鞄に着替えとよそ行きの服を詰めて、タラップへと向かう。

 乗り込むと、工場の仲間たちが見送りに帽子を振っていた。

 

 手を振り返して応える。

 

 軽貨物船がランプを戻し、エンジンを唸らせて離陸する。

 

 王都郊外の港でファイアブランド領を通る定期船に積み込まれ、そこからファイアブランド領への旅が始まる。

 北方の地、ファイアブランド領までは一週間近くの長旅となる。

 

 行ったことのない地に行くことに対する高揚感と、これから待ち受ける仕事に対する闘志が静かに湧き上がる。

 

 呼応するように強い風が吹いて、髪をなびかせる。

 

 

 

 その日、イスマ──【イスマエル・フォウ・ガルブレイス】は鎧の所有者であるエステルと運命を共にし、生涯に渡って支え続けることを決定づけられた。




四十秒で〇〇しな!って台詞を使ってみたかった

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