俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

36 / 40
せ、セーフ⋯⋯


ジョーカー

 時計の針は戻って、ファイアブランド軍とオフリー軍の戦いが終わった翌日。

 

 王都郊外にある、古い要塞跡に形成された巨大なスラム街に案内人の姿があった。

 

「うーん、やはり人の多く集まるところ、負の感情の溜まり場には事欠きませんね」

 

 かつて狼煙台として使われ、今では貯水池になっている塔の天辺で、顔を綻ばせて大きく深呼吸をする。

 

 エステルの感謝によって身体が消えかかるまでに追い詰められた案内人だったが、王都まで逃げ延びてようやく人心地ついた。

 王都に住まう無数の人々──特にこのスラム街に住まう貧民たちが発する負の感情が案内人の身体を包み、癒してくれる。

 

 ただ、期待に反して力はあまり戻らなかった。

 どうにも負の感情の吸収効率が悪く、しかも大して美味くもない。ばらつきはあるが、十吸い取って良くて一くらいしか吸収できない。以前とは比べるべくもないほどの低効率だった。

 扉を出してみたが、別の世界へ移動することはできないままだ。

 

「くそ!まるで足りない!ロスが多すぎるじゃないか。やはり、エステルのものでなければ駄目なのか。おのれエステル!」

 

 案内人は改めてエステルへの復讐心を燃やし──そのまま一週間ほどが過ぎた。

 

「ん?この反応は──エステルのことを考えている?」

 

 案内人はふと覚えのある気配を感じた。

 それも王都各地に無数に散らばっているようだった。

 どういうわけか、エステルのことを知っていて、彼女のことを考えている者が王都のあちこちにいる。

 

「行ってみるしかありませんね。近いのは──あそこか」

 

 案内人は立ち上がって一番近い気配に向かって歩き出した。

 

 探していた人物はすぐに見つかった。

 

「この面を見たらすぐに教えろ。いいな?」

 

 黒いスーツを着た男たちが宿屋の主人にエステルを含めたファイアブランド家関係者の顔写真を見せて聞き込みと情報提供の要請をしていた。

 

 案内人は男たちの思考を覗き込む。

 どうやら彼らは犯罪組織の人間で、上からの命令でファイアブランド家の関係者を探しているようだ。

 

「オフリーの当主の差し金か?だとすればチャンス──だが、エステルに勝てるのか?」

 

 一瞬舞い上がりかけた案内人だったが、すぐに考え直す。

 王都でオフリー家の手先がエステルを襲ったとして──彼らがエステルに勝てるとは思えなかった。

 

 エステルは生身でも強い。稽古とはいえ、ベテランの騎士であるティレットを正面から捻じ伏せるくらいには強い。

 そして技量が上の相手や飛び道具には鏡花水月という絶対的な防御によって対抗できる。

 

「駄目だ。このままではエステルを見つけても返り討ちにされて終わりだ。何かないのか──エステルの優位を崩せるような──」

 

 案内人は回復したばかりのなけなしの力を振り絞って映像を呼び出し、エステルを倒せる可能性があるものを探す。

 

 すると、その中にあるものを見つけた。

 鮮やかな装飾が施された卵型の首飾りのようなそれは、一見ただのアクセサリーにしか見えなかったが、案内人はその正体をすぐに見抜いた。

 

「これは──なんと素晴らしい道具!場所は──王宮の宝物庫?これは使わない手はありませんね!」

 

 思わぬ発見に案内人は手を叩いてほくそ笑む。

 

 そして扉を出して王宮へと移動し、目当ての魔装具を見つけ出した。

 早速棚に陳列されていたそれを抜き取り、用意した偽物とすり替える。

 

 手に入れた魔装具に触れていると、詳細な情報が読み取れた。

 

「ふむ──どうやらこの魔装具の正体や使い方は誰にも知られていないようですね。ならばここは一つ私が手を打つとしましょう」

 

 案内人が右手の指をパチンと鳴らすと、左手の掌から黒い煙が現れ、手紙の形になった。

 手紙にはオフリー家の窮地打開に役立つロストアイテムを見つけたので贈ること、ロストアイテムの効果と使い方、そして機密保持のため読んだらすぐに燃やすようにとの警告が記されている。

 差出人はオフリー家が所属する派閥の領袖である大物貴族。

 

 後はこれをウェザビーのもとに送り届ければいい。

 

「ふふ、これならエステルの鏡花水月も形無し──首を洗って待っていなさい」

 

 案内人はニヤニヤと笑いながら宝物庫を去った。

 

 直後に柱の陰から犬の形をした淡い光が現れ、後を追っていく。

 

 

◇◇◇

 

 

 ファイアブランド家への助力を願い出た俺に、大神官はスッと目を細めて問いかけた。

 

「助力とは──どのようなことをお求めなのですか?」

 

 他の神官たちも剣呑な空気を纏う。

 チラッと空間把握で覗いてみたが、部屋の外、隣の部屋には武装した神殿騎士が控えている。

 一つ間違えれば叩き出されそうだ。

 

 ──無理もないか。俺たちよりも遥かに立場が上の大神官が提示した褒賞を突っぱねて、しかも神殿の力を利用させてくれと要求したのだ。

 神官たちが憤るのも仕方ないだろう。

 

 だが、こちらにも切実な事情がある。

 ここで神殿の協力を得られなければ、せっかくの切り札も握り潰されて終わりだ。そうなったら戦った意味がない。

 大神官の顔はまた別途立てて差し上げればいい。

 

 俺は臆さずに答える。

 

「まずは我がファイアブランド家が置かれている状況について説明させて頂きたく存じます。さすればよりご理解頂きやすくなるかと」

「──よろしいでしょう」

 

 大神官は頷いて人払いの合図をした。

 

 神官たちが部屋を出ていくと、俺は大神官の説得にかかる。

 

「ありがとうございます。現在、我がファイアブランド家はオフリー伯爵家と戦争状態にあります。ことの起こりは二ヶ月前、オフリー家と我が家の交渉において到底呑めない条件を突きつけられたことです。抵抗する当家に対してオフリー家は恫喝に出ました。要求が呑めないのであれば武力行使も辞さないと。あまつさえ彼らは空賊を雇い、当家の領地を攻撃させたのです。先ほどお渡しした、聖なる首飾りを持っていた空賊です。彼らはオフリー家の指示で動いておりました。その証拠も掴んでおります」

「なんと──それは真ですか?」

「はい。その証拠はこちらに」

 

 俺は鞄から件の証拠書類を取り出して大神官に渡した。

 

「その手紙の送り主はオフリー家現当主、ウェザビー・フォウ・オフリー氏です。手紙の署名に加え、筆跡がこれまで彼が我が家に送ってきた書簡のものと一致しました」

 

 大神官は眉根を寄せて手紙を読み終えると、そっとこちらに返した。

 

「これはまた──複雑な事態に巻き込まれておられるようですね」

 

 その目はこちらを憐んでいるように見えて、その実「面倒ごとに巻き込みやがって」という苛立ちが見て取れた。

 やはり聖なる首飾りを渡しただけでは押しが足りないと見える。

 だが、この程度は想定の内だ。

 

「はい。空賊を殲滅してから一週間弱でオフリー家の艦隊が我が領に侵攻してきました。我が家、寄子、民の総力を挙げて撃退はしましたが、このまま戦い続けても勝ち目は薄い。そこで王宮に侵攻を提訴するべく動いているのですが、この先オフリー家の属する派閥による妨害が間違いなく行われます。つきましては神殿に、大神官様に、王宮中枢と我々ファイアブランド家の橋渡しとなって頂きたく存じます。無論、ただでとは申しません。殲滅した空賊から得た戦利品を神殿に寄付致します」

 

 そして俺は空賊からの分捕り品の目録を取り出して見せた。

 金銀財宝はもちろん、彫刻とか諸々の芸術品やロストアイテムまであった。換金すればかなりの額になるだろうが、所詮泡銭だ。惜しんではいられない。

 

 だが、大神官の表情は優れない。

 

「失われた宝を届けて下さった恩人にこのようなことを言うのは心苦しいのですが、神殿の立場と事情に照らして、その要請にお応えするのは難しいと言わざるを得ません。神殿の役割は教えによって民を導き、秩序を保ち、祭事を通して国の安寧を祈ることにある。貴方方ファイアブランド家とオフリー家の争いは、貴族家同士の単なる利害の対立とお見受けします。そのような争いに一方の肩を持つという形で首を突っ込むことは、聖職者としての信念を曲げることになります」

 

 ──出たよ建前。

 一見すると正論に聞こえるが、その実、体のいい断り文句。

 大抵その真意は手間と金がかかって面倒だという思いだ。

 前世で何度も聞いて、その度虚しい思いをしたものである。

 

 でも、今回はそれで引き下がるわけにはいかない。

 何が何でも協力を取り付けなければ、戦いの勝ち筋が遠のいてしまう。

 悪徳領主になる夢も叶わなくなる。

 

 かくなる上はもう一つ、利を提示しよう。

 

「お言葉を返すようですが大神官様。当家への助力は大神官様の仰る信念に何ら反する所はございません。いいえ、むしろ神殿の名誉を高めることと拝察致します」

 

 大神官が眉をピクリと動かした。

 

「──如何なる理由でそう仰るのですか?」

 

 睨めつけるように問い返してくる大神官に俺は落ち着いて答える。

 

「先程大神官様は教えによって民を導き、秩序を保ち、国の安寧を祈るのが神殿の役割と仰いました。然るに不当な手段で手に入れた貴族の地位を利用して不正な利益を得、空賊などという邪悪と手を組んで他領の民を脅かし、国の秩序を乱しているのがオフリー家です。我が家は圧倒的な形勢不利にも関わらず、彼の家の恫喝にも武力行使にも屈さず、一丸となって戦い、領地と民を守り抜きました。このことが知れ渡った時、第三者──即ち、他の貴族家や神官の方々、民たちはどちらに義があると思うでしょうか?」

「──ッ!」

 

 大神官が息を呑む。

 

「大神官様。今一度お考えください。神殿とて信仰を持つ民の民心があってこそです。ここで神殿が体裁に拘り、恩人にして、邪悪な力に対して立ち向かった勇気ある者の求めに見て見ぬ振りをし、邪悪を討つ機会を逸させたなら──あまつさえ、その邪悪が事を揉み消し、返す刀で勇気ある者を叩き潰すのを傍観していたなら──それは巷に神殿は恩に報いず、そればかりか義心を持つ者を見捨てる腐り切った組織であると自ら喧伝することになりかねません」

 

 俺の言葉に大神官は一気に表情を顰める。

 当然だろう。王国で最も権威ある立場の一つである大神官に向かって、年端も行かない田舎貴族の小娘がお前の考えは間違っている、お前の考えの行き着く先は悪い結果だと指摘しているのだ。

 面白いわけがない。

 

「エステル殿──神殿を脅す気ですか?」

 

 実際大神官は無表情になり、これまでよりも低い声で言った。

 伊達に宗教組織のトップをやっているわけではないようで、何とも言えない凄みがある。

 正直、少しビビった。

 

 脅しと言えばその通りだが、要はメリットとデメリットの提示である。

 さっき言ったことは裏を返せばファイアブランド家に協力すれば神殿の株は上がるということでもある。

 オフリー家の所属する派閥の貴族やオフリー家に取り入って美味い汁を吸ってきた連中からは恨まれるだろうが、それ以外──オフリー家に対して辟易している貴族連中や一般民衆に、神殿は不当に虐げられる恩人を見捨てず手を差し伸べた、という実績を見せつけられる。

 支持が大きくなってお布施が増えたり、発言力が増したりと色々良いことがあるだろう。

 神殿がどこまで政治に絡んでいるかは知らないが、大きな影響力を持ちたい、権力を握りたいとは考えているはずだ。

 後は大神官が建前よりも実利を取ってくれるかどうか。

 

「いいえ。ただ申し上げたいのは不介入を貫くよりも我が家に助力頂く方が理に適っているということです。神殿が失われた宝を見つけた恩人に報い、またかの恩人を邪悪の魔の手から守ったという実績は、長い目で見れば貴族から庶民まで多くの人々に神殿に対する支持、信頼を抱かせることになりましょう。ひいては神殿の権威はこれまで以上に高まります。どうか大神官様には十年二十年先を見据えた上で、双方にとって利となる判断をして頂きたく」

 

 大神官は目を細めてしばらく考え込むような仕草を見せた。

 

 そしていくらか表情を緩めて口を開いた。

 

「確かに貴女が仰ることには一理ある。仮に──神殿が貴女方への助力をするとして、それで貴女方はどのような筋書きでことを収めるのですか?我々に具体的にどのような行動を求めるのか、聞かせて頂きたい」

 

 これは脈ありのようだ。

 勝機を見た俺は考えている作戦を大神官に説明する。

 

 武力でオフリー家を完全に屈服させる見込みがない以上、オフリー家の犯罪行為を証拠付きで訴え、取り潰しに追い込むのが目的となる。

 それも法院──最高裁判所のような部署だ──にではなく、国王陛下に直訴するのが望ましい。法院の判事の買収や脅迫くらいオフリー家や後ろ盾は躊躇なくするだろうし、実際できるだろう。

 法の下の平等とは名ばかり、結局のところは権力の大きい方が勝つのだ。

 そうならないために、神殿には国王陛下との面会が可及的速やかに実現できるよう働きかけてもらう。

 

 そういったことを詳しく説明すると、大神官はようやく承知してくれた。

 ただ、この証拠だけではオフリー家の取り潰しまでは難しいかもしれない、と釘を刺された。

 

 

◇◇◇

 

 

 王都中心市街地の高級ホテル。

 スイートルームでオフリー家当主ウェザビーは書類を処理しながら報告を待っていた。

 

 王都にファイアブランド家の関係者が来る場合、確実に王都にある屋敷を拠点に使うだろうとウェザビーは読んでいた。

 そこで現在、ライルのファミリーと連携しつつ、不動産業者の記録を漁り、ファイアブランド家所有の屋敷を探している。

 

 屋敷の場所が分かれば、相手の居場所の見当が付く。

 居場所が分かれば、すぐに手駒を送り込める。

 時間との勝負である。

 

 焦りで爪先が動くウェザビーの背後に、案内人が床から這い出るようにして出現した。

 

 ウェザビーの思考を覗き込み、犯罪組織にエステルを探させていたのはウェザビーだったことを確かめると、頷いて指をパチンと鳴らす。

 

 案内人の足元から黒い煙が噴き出して床を這い、部屋の外にいたホテルのボーイに纏わりついた。

 煙はボーイの手に手紙と小包を持たせ、頭に侵入して彼の認識を書き換えた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことにされたボーイは何の疑問も抱かずに、ウェザビーのいる部屋の扉をノックする。

 

「オフリー様。お手紙と小包が届いております」

 

 扉が開き、ウェザビーの秘書が出てきて受け取る。

 

 秘書が手紙と小包が届いたことを知らせると、ウェザビーは怪訝な顔になる。

 

「差出人は?」

()()様からです」

「侯爵だと?」

 

 思わず引ったくるようにして手紙を受け取り、開封してみると、確かに派閥の首領、【マルコム・フォウ・フランプトン】の特徴的な筆跡とイニシャルのサインがあった。

 

「これは──」

 

 ウェザビーは素早く手紙を読むと、小包の方を開けた。

 

 中にあったのは首飾りのような魔装具だ。

 卵型をしていて、サイズも卵くらい。極彩色の不可思議な紋様が描かれており、一見するとただの古代のアクセサリーである。

 

「ここをこうすると──」

 

 ウェザビーが魔装具を書かれていた通りに弄ると、魔装具はロケットのようにぱかっと開いた。

 そしてその効果を確かめたウェザビーは戦慄し、すぐに今回使う手駒を呼ぶよう命じた。

 

 手紙の指示通りに手紙を暖炉で燃やしながら、恐怖と歓喜の入り混じった表情を浮かべるウェザビーの背後で、案内人はほくそ笑んでいた。

 

「ふふ、素直な人は嫌いじゃありませんよ。さて、あとはエステルですね。──おお、来ていましたか。ではもう一押し、さりげなく助力しましょう」

 

 エステルの居場所を突き止めた案内人は部屋の壁をすり抜けて姿を消した。

 

 背後にいた光は後を追わず、案内人とは別の方向に向かって去っていった。

 

 

◇◇◇

 

 

 神殿を出られたのはすっかり日が暮れた頃だった。

 

 大神官とのお話が終わった後、食事に招かれ、大神官含め高位神官たちと夕食を共にしたことでだいぶ時間を食ってしまった。

 何せ連中、今日は失われた宝が戻った祝いだとか言って豪勢なフルコースを振る舞ってくれやがったのだ。

 

 その時俺は確信したね。

 こいつらは普段から信徒たちから巻き上げたお布施で贅沢しているのだ、と。

 こんなご馳走がたかだか数時間で用意できるわけがない。

 神に仕える聖職者集団とは名ばかり、その実態は宗教的権威を盾に富を吸い上げて私服を肥やす利己集団だ。

 だが、責める気にはならない。むしろ見習いたいくらいである。

 まさに国家スケールの悪徳領主と呼ぶに相応しいからな。

 

 神殿の厩舎に預けていた馬車に乗り込み、神官たちの見送りを受けて屋敷への帰途に就いた俺たちはようやく緊張の糸が解けたことでぐったりとしていた。

 ほとんど座っていたのに、半端ない疲労感──何か覚えがあると思ったら、前世で仕事をクビになる前、会社のお偉方が出席する会議に出ていた時だ。

 

 転生してまで前世と同じ気分を味わうとは癪だが、これも邪魔なオフリー家をぶっ潰して、悪徳領主になるためだ。

 それに国王陛下への面会の時は今回以上だろう。

 今のうちからへこたれてはいられない。

 

 気を奮い立たせていると、セルカが耳打ちしてきた。

 

『ねえ。さっきからずっと後ろを走っている馬車がいるのだけど、追われているのではないかしら?』

「何?」

 

 思わず馬車の窓から後ろを見る。

 

 一見何の変哲もない黒塗りの馬車。空間把握を使ってみたが、武装した奴が乗っているようでもない。

 ただ、ぴったり後ろをついてくる。

 

 猛烈に嫌な予感がした。

 あれは間違いなく俺たちを尾けている。

 いつ襲撃されてもおかしくない。

 

「どうした?」

 

 怪訝な顔で問いかけてくる親父に答えることなく、俺は御者台に座る御者に命じた。

 

「速度を上げろ!尾けられている!」

「えぇ!?」

 

 御者は面食らいながらも、手綱を打ちつけた。

 

 後ろを見ると黒塗りの馬車も増速している。

 

「くそ!やっぱりか!」

 

 思わず毒づいた。

 屋敷を出る時や移動中にどこかにいるかもしれないオフリー家の手先に顔を見られないように注意していたし、馬車だってファイアブランド家のものと分からないように家紋を消していた。

 だがどうやら不十分だったようだ。

 どこかで顔を見られたのか、それとも屋敷か神殿にオフリー家と内通している奴がいたのか──オフリー家の情報力は予想以上だった。

 

「襲撃が来るぞ!武器を──」

 

 そう叫んで座席の下に隠してあった銃を取り出そうとしたその時、馬車がいきなり大きく揺れたかと思うと、一気に傾いて、横転した。

 咄嗟に受け身を取ったが、膝を打ち付けてしまった。

 

『風魔法!?こんな街中で──』

 

 セルカが驚いた声で言う。

 どうやら馬車が横転したのは風魔法で攻撃されたからのようだ。

 

「滅茶苦茶だなクソが!」

 

 街中で魔法を使って馬車を横転させるなどという派手なやり方をすれば目立つだろうに、敵はお構いなしのようだ。

 

『来るわ!向かいの路地から二人!武器を持ってる!』

 

 周りを見回したが、護衛と親父は頭を打ったのか気絶していた。御者台には御者の姿はない。

 戦えるのは──俺一人。

 

「またこれかよ!」

 

 毒づいて座席の下から拳銃と剣を取り出す。

 冒険の時、遺跡でロボットに襲われてティナとアーヴリルを置いて一人で逃げてしまったのを思い出す。

 結局また一緒にいた者たちをやられて一人で逃げる羽目になっている。

 

 鞄の中の証拠書類を確かめてから、御者席から馬車の外に出ると、近づいてきた襲撃者たちが立ち止まり、拳銃を向けてきた。

 

「武器を捨てろ!」

 

 怒鳴り声で命じてくる襲撃者。

 そいつ目掛けて思い切り地面を蹴って突進し、すれ違い様に剣を抜いて腹部を斬った。

 もう一人も難なく倒し、俺は助けを呼ぶため人通りの多い大通りに向かって走る。

 

 だが、百メートルと行かないうちに目の前の地面が突然隆起して巨大な壁になってしまった。

 

 立ち止まった俺の背後にまた別の襲撃者が現れる。

 

「止まれ!」

 

 命じてくる襲撃者に拒絶の意味を込めて斬りかかろうとしたが──

 

「──は?」

 

 魔法での肉体強化が急に解けてしまった。

 普通に走り出したのと同じ速度しか出ず、斬撃はあっさりと防がれてしまう。

 

 何が起こったのか全く分からず、一瞬面食らった隙に腹に蹴りを貰って俺は吹っ飛ぶ。

 

「無駄な抵抗はやめな。嬢ちゃん」

 

 襲撃者が俺を嘲笑う。

 

 直後にセルカが俺の肩に落ちてきた。

 触手を出現させて必死で俺に捕まっている。

 そして触手の一本を俺の耳の後ろに当ててきて──

 

『──囲まれているわ。それに──()()()使()()()()()

 

 聞こえてきたセルカの言葉は俄には信じられないものだった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ふはははは!どうだエステル!魔法のない世界にやってきた──いや、戻ってきた気分は!」

 

 建物の屋根から襲撃者に囲まれるエステルを見下ろして案内人は高笑いしていた。

 

 案内人が王宮の宝物庫から盗み出し、ウェザビーのもとに届けた卵型の首飾りのような魔装具──それは一定範囲内での魔法発動を一切不可能にする効果を持つロストアイテムだった。

 

 切り札の鏡花水月はおろか、高速で走り剣を振るうための肉体強化すらも使えなくなったエステルに、もはや襲撃者たちに打ち勝つ術はなくなった。

 

 そしてセルカも魔法を封じられて浮いていられなくなり、力なくエステルにしがみついている。

 

 万事休すだった。

 

「さあ、どうするかなエステル。無駄な抵抗を続けるかな?それともオフリーを倒す機会を捨ててでも生き延びようとするかな?どっちだ?」

 

 どちらを選ぼうともエステルに未来はない。

 最後にエステルがどんな足掻きを見せてくれるか、楽しみで仕方ない案内人だったが──それに夢中で近づいてくる存在に気付かなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 蹴られたついでに剣は弾き飛ばされ、ポケットに入れていた拳銃も落としてしまった。

 

「魔法が──どうなっていやがる」

 

 痛む腹を押さえて毒づく俺に襲撃者は律儀にも答えてくれた。

 

「その負けん気に免じて特別に教えてやるよ嬢ちゃん。失われた時代の遺物──ロストアイテムの中には魔法を封じるものがあってな。効果範囲内じゃどんな魔法も使えねえんだ。つまり、純粋な身体と力の戦いになるんだよ。さっきの動きは良かったが、大の男と渡り合うには筋力不足だったな。さて、今度は嬢ちゃんが教えてくんな。例の書類はどこだ?」

 

 ドスの効いた声で証拠書類の在処を問うてくる襲撃者。

 

 無駄だとは思いつつも俺は時間稼ぎを試みた。

 

「書類?何の書類だ?」

 

 次の瞬間、襲撃者は拳銃を抜いて撃ってきた。

 銃弾は俺の左足のすぐ近くに着弾し、石畳を削った。

 

 発動しようとしていた鏡花水月は結局発動できなかった。

 どんな魔法も使えない、というのは残念ながら本当のようだ。

 

「次は外さねえぞ。お前らが空賊から奪った書類はどこにある?」

 

 前と左右には襲撃者、背後には高い壁。

 抜けられそうな隙はなく、誰かがやって来る気配もなし。

 

 しびれを切らした襲撃者が告げてきた。

 

「あと五秒で答えないと撃つぜ。んで、書類の在処は別の奴に訊く。ごーぉ!」

 

 ──何かないのか。この状況を打開できる何か。

 セルカの方を見ると瞳の動きでかぶりを振っているのが分かった。

 

『駄目。どうやっても魔法が使えない。浮遊魔法に、念話までやられて骨伝導でしか──助けも呼べないわ』

 

 彼女にもどうにもならないようだ。

 

「よーん!」

 

 ──どうする?

 

 ここは鞄を渡してこの場を切り抜けるか?

 いや駄目だ。ここで奪われたらもう取り返せない。それ以前に渡したところで助けてくれるわけがない。

 

 どこか別の所に誘導するか?

 たぶん乗ってはくれないだろう。

 

 もっと時間を稼ぐ?

 その前に撃たれるだけだ。

 

 駄目だ。何一つとして打開策が浮かばない。

 

「さーん!」

 

 襲撃者が撃鉄を起こす。

 

 ──結局俺はこうなるのか。

 案内人がせっかくオフリー家を倒せる切り札を二つも持たせてくれたのに。

 十分警戒していたつもりが結局オフリー家の力を侮り、目立つのを避けるためとしつつその実自分の力を過信して、最小限の人数で行動してしまった。

 

 また、俺は選択を間違ったのか。

 

「にーい!」

 

 ──案内人に呆れられるかな。

 

 そう思ったその時──

 

 

 

「そこまでだ!悪漢共!」

 

 

 不意に上からよく通る声でそんな言葉が響いた。

 

 声が聞こえてきた方を見上げると、白いスーツに黒いマントを羽織った男が壁の上に立っていた。

 人をおちょくったような変な仮面を着けていて顔は見えない。

 

 仮面の男はマントを手で払って翻すと、キザなポーズをつけて声を張り上げる。

 

「私はこの王都の監視者にして守護者!弱きを助け、強きを挫く正義の味方、【仮面の騎士】!この王都でいたいけな少女を多数で囲みいたぶるなどという蛮行は許さん!ここで──」

 

 仮面の騎士と名乗った男が芝居がかった冗長な台詞を言い終わるよりも早く、襲撃者の一人がナイフを投擲した。

 

 しかし、仮面の騎士は電光石火の早技で剣を抜き、ナイフを弾き返した。

 

 襲撃者たちが息を呑む。

 

 俺も思わず見入ってしまった。剣を抜く時初動が殆ど見えなかった。

 こいつ──強い。

 

「いたいけな少女を多数でいたぶるのみならず、騎士の名乗り口上に水を差すとは何たる不作法者か。この仮面の騎士がここで成敗してくれる!」

 

 仮面の騎士は口上を述べ終わるや否や、壁を蹴って飛び出した。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。