俺は天空国家の悪徳領主!   作:鈴名ひまり

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初陣

 ファイアブランド家の軍事施設。

 

 発着場を埋め尽くす艦艇と忙しく動き回る兵士たちを見て案内人は笑っていた。

 

「ふふ、少々変更を余儀なくされましたが、計画は順調ですね。私としては空賊を倒して調子に乗ったところでオフリー家に負け、玩具になってくれると最高なのですけどね」

 

 案内人はエステルに言っていなかった。

 オフリー家の軍勢がファイアブランド家の予想を遥かに上回る規模で侵攻する準備をしていることを。

 

 オフリー家の財力はホルファート王国全貴族家の中でも上位に入る。

 その財力に支えられ、軍事力もかなり高い水準にある。

 

 ファイアブランド家への侵攻に向けて準備されている戦力は主力艦三隻、中型戦闘艦四隻、護衛用フリゲート十一隻、武装商船四十隻余、鎧は百機以上と極めて強大だ。

 

 また、威力偵察と戦力漸減を兼ねて空賊たちを雇って尖兵として送り込み、物流の要たる港を押さえさせた。このままではファイアブランド家には商船が入れず、戦争に必要な物資を外から手に入れることができない。

 ファイアブランド家もそれは理解しているだろうから、必死で港を取り返そうとするだろう。

 だから空賊たちにはできるだけ長く港を押さえ続けるように命じてある。一日一時間でも長く港を押さえられればその分ファイアブランド家が商船を通じて受け取れる物資の量が減り、兵站は脆弱になる。

 港を奪還された場合はファイアブランド領に向かう商船の拿捕・撃沈に移行し、オフリー軍がファイアブランド軍と交戦する際はオフリー軍と共に戦う手筈だ。

 

 辺境の子爵家一つ相手取るにしては明らかにオーバーキルだが、案内人が情報収集の結果を改竄し、ファイアブランド家の戦力を実際よりもかなり大きく見せかけていた。

 案内人によって誇張された戦力はオフリー家当主をしてまともに戦うのを躊躇するほどだったが、既に武力行使も辞さないという脅しを掛けてしまった以上、引っ込みがつかず、ファイアブランド家が期限内に取引を履行することを期待しつつも戦争の準備をする必要があった。

 

 オフリー家は過大に見積もられたファイアブランド家の戦力を凌駕すべく大きな戦力を揃えるとともに、王宮での根回しにも余念がなかった。

 

 大軍を動かす表向きの理由はファイアブランド家から空賊退治のための援軍を求められた、ということにし、交戦によって生じたオフリー家・ファイアブランド家の被害は全て空賊の仕業にする。

 その後のファイアブランド領の占領は戦力を著しく喪失したファイアブランド家を()()ための一時的な進駐に見せかける。

 とんだマッチポンプではあるが、こちらから侵攻する前に本当にファイアブランド家が援軍を求めてくるようなことがあれば、少なくとも軍を動かす理由に関しては嘘を吐かずに済む。

 そして空賊退治という恩を売り、その恩にファイアブランド家が報いたという体でエステルをオフリー家に嫁がせる、ということもできるため、オフリー家としてはそれが理想的な筋書きではある。

 

 どちらにしても真相は闇に葬られるよう、後ろ盾になっている大物貴族への働きかけも行なっている。

 ファイアブランド家が王宮に現状を訴えても握り潰されるよう工作し、更にもしオフリー家がファイアブランド家との交戦中に他家に攻め込まれた場合には援軍を差し向けることを確約させた。

 

 エステルが知らないところで戦争は始まる前からオフリー家の有利に傾いていた。

 

「私を信じる貴女が悪いんですよ。前世の教訓を何一つ活かせていませんね。やはり貴女は愚か者。人の玩具になるしかない存在ですよ」

 

 ファイアブランド軍は孤立無援のまま三倍の数の敵と戦うことになり、濁流に呑み込まれるかのように崩壊するだろう。

 いくらエステルが強かろうとこれほどの不利は到底覆せない。

 

 案内人は忌々しげに歯を食い縛り、エステルとの会話を思い出す。

 

「私にお礼を言うなんて──後でどんな顔をするか楽しみですね。直に感謝は憎しみに変わり、その顔は憎悪で醜く歪む。きっと私を満足させてくれることでしょう」

 

 身体を蝕む感謝に耐えながらエステルが転落するその時を夢見て笑う案内人──その背後で彼を見張っていた小さな光がそっと離れていった。

 向かう先は空賊たちの飛行船である。

 

 

◇◇◇

 

 

「やっとできたな」

 

 強欲を意味する【アヴァリス】の名を冠した鎧の試運転を終えた俺は満足していた。

 

 修理、武装の追加、戦闘用の調整の全てが今朝ようやく完了し、今日一日かけて完熟訓練をやっていたのだ。

 結果は期待していた以上だった。

 

 一見すると腕部や脚部に増加装甲が付き、塗装が純白に変わった程度だが、機動力、防御力、攻撃力全てにおいて圧倒的に向上している。

 

 たとえば機動力の要である背中の翼は推力が以前から倍増している。

 スピードが上がったのはもちろん、急旋回や急制動もよりキレのあるものになった。

 

 ほかにもセルカと融合合体したことで機体強度と装甲の硬度・靭性が増し、防御性能にも磨きがかかった。

 この防御力なら剣や槍では傷一つ付かないだろうし、対鎧用の大型ライフル弾でも簡単に跳ね返すだろう。

 更にこの防御力は攻撃力にもなる。普通鎧の拳で相手の鎧を思い切り殴ったりすれば、拳の方が砕けるか、そうでなくてもひしゃげてしまうが、アヴァリスの拳はビクともしない。肉弾戦になっても一方的に相手を破壊できるということだ。

 

 とはいえ、肉弾戦は最後の手段。

 メインの武器は【飛槍】と呼ばれる誘導兵器だ。

 俺が使うのは、ランチャーから発射することで加速に割かれる魔力を節約し、誘導に振り向けて命中率を上げたタイプ。

 一度に一発しか撃てないが、鎧よりも速く飛び、避けようが逃げようがどこまでも追いかけていって相手を刺し貫く。

 おまけに任意のタイミングで起爆できる炸薬も入っていて、刺突で仕留められなくても爆発で相手を破砕するという奥の手がある。

 

 ──うん、どう見てもミサイルだ。

 

 発射に使うランチャーは小型の鎧の全高ほどの長さがある長砲身の滑腔砲だが、突撃槍のような造形と前腕部を覆う盾の存在、そして先端から飛槍の鋒が顔を覗かせているせいでパイルバンカーにしか見えない。

 実に浪漫をそそる武器である。

 

 ただ、撃てば勝手に目標を追ってくれるミサイルと違って、飛槍は「操縦」しなければならないので、飛槍を飛ばしている間は母機の鎧がほとんど無防備になってしまう。

 使い方を教えてくれた騎士──たしか【ライアン】という名前だった──によれば、味方の援護を受けつつ遠距離から敵を狙い撃ちするというマークスマン的な運用をするそうだが、俺は味方の援護など当てにしてはいない。

 悪徳領主たる者が自分の身の安全を他人に依存するなどあってはならないのだから。

 

 そこでまたセルカの出番だ。

 飛槍にセルカの分身というか端末というか、とにかくセルカの一部を取り込ませ、俺が狙った目標に向けてセルカが誘導してくれるように作り変えた。

 おかげで使いこなすのに習熟を要し、味方の援護が不可欠な難しい武器だった飛槍が本物のミサイルのように簡単に使えるものになってしまった。

 飛槍を撃った直後、誘導中で隙ができたと思い込んだ敵が襲いかかってきても難なく対応できる。

 

 敵の接近を許してしまった場合に備えて、サルベージで手に入れた漆黒の大剣が鎧の大腿部に差してある。

 何でもこの大剣、現在の技術では製造できないロストアイテムらしく、極めて高い硬度・強度と優れた魔法耐性を併せ持ち、飛行船が戦闘時に張る防御シールドすら破れるのだそうだ。

【アダマティアス】──伝説上の存在でしかなかったはずの最強の魔導金属でできた大剣はまさに【魔剣】とでも言うべき逸品である。

 この大剣があれば接近戦になっても返り討ちにするのは容易い。

 ちなみにその剣を取り落としたり叩き落とされても、ガントレットにもう一本飛び出しナイフとして仕込んであるし、それすらなくなっても、防御力と拳を活かした肉弾戦がある。

 

 長くなったが、俺の鎧は遠中近全ての距離において隙のない最強の鎧だ。

 

 この鎧で忌々しい空賊共を叩き落とすのが楽しみで仕方がない。

 

『気に入ってもらえたようね』

 

 コックピットの壁に赤い目が出現して言った。

 

「ああ、最高だよ」

 

 コックピットから降りると、セルカは鎧から離れて球体になり、ついてきた。

 

 日が暮れ始め、世界が闇に包まれていく中を司令所に向かって歩く。

 

 作戦の決行日はもう明日の朝にまで迫っている。

 

 詳細な段取りは部下たちに任せてあるが、総大将として最後にもう一度報告を受け取って、全軍の状態を把握しておかなければならない。まだ準備ができていない部隊があったりすれば大変だからな。

 

 それが終わったら明日に備えて早めに寝ておこう。

 

 

◇◇◇

 

 

 ファイアブランド軍の艦隊指揮官を務める騎士【ライナス・アスカルト】は乗艦のブリッジで落ち着かない顔をしていた。

 

 原因はこれから実行されようとしている作戦である。

 

 作戦のためにかき集められた艦隊戦力は中型戦闘艦四隻と小型護衛艦十八隻だった。

 ファイアブランド家の私設軍の稼働率は高くはなく、主力となる戦闘艦が四隻全て投入できたのは奇跡的だった。

 

 対して空賊たちは、主力艦をも超える三百メートル級の大型戦闘艦一隻と、商船改造と思しき百メートル級中型艦四隻。

 飛行船の数ではこちらが圧倒的に優っているが、艦隊の総火力では劣勢だ。おまけに向こうには高い練度を持つ鎧部隊がいる。

 

 ファイアブランド軍の鎧部隊は一部を除き、練度が低い。実戦経験がない者が多いのもそうだが、何より財政難で満足に訓練が行えていないからだ。

 最初の戦いで手酷くやられたのもそのせいである。

 

 だからこそ、今回は戦力を出し惜しみすることはせずに稼働可能な全戦力を投じる。

 結局のところ戦いは数なのだから。

 

 作戦の概要は、夜明けと同時に鎧部隊が港島へ攻撃をかけ、空賊がそちらに気を取られている隙に艦隊を港島に突撃させ、敵の戦闘艦の無力化及び陸戦隊を港島に上陸させての掃討戦を行う──というものだ。

 空賊が不利を悟れば、人質に取った港島の領民を盾にする可能性が高いため、艦隊はいかなる状況であっても港島の制圧を最優先するよう言い含められている。

 

 ここまで見ただけならまだまともな作戦に見えるが、問題が一つ。

 

 エステルが自ら鎧で出撃し、陽動部隊と共に戦うと言ったことである。

 

 ライナスのみならず、多くの騎士がエステルの出撃をやめさせようと説得を試みたが、全て失敗に終わった。

 業を煮やしたエステルの「止めたいなら私を殺せ」がトドメとなり、エステルの出撃は決定事項になってしまった。

 

 嗚呼、彼女と共に戦う鎧部隊の兵士たちのプレッシャーは如何ばかりか。

 

 しばし彼らに想いを馳せたライナスだが、通信士の報告で中断する。

 

「本部より返電。追って指示あるまでその場で待機せよ、です」

「うむ。各艦に向け発光信号で伝達を」

 

 指示を受けた信号手が探照灯を使って発光信号を送り始めた。

 

「──こちらの準備は整ったな」

 

 ライナスの呟きに艦長が答える。

 

「ええ。途中何度も肝を冷やしましたけどね」

 

 艦長の言うことはもっともだった。

 ブリッジの窓から外を見ればまだ昼間でありながら薄暗く、上は岩肌、下は海。周囲には大きな岩がちらほら漂っている。

 一つでも操艦を間違えていれば、今頃岩か味方艦に激突して大惨事だっただろう。

 

 ここはファイアブランド領の()()だ。

 艦隊はギリギリまで見つからないために浮島の裏側に隠れ潜んでいる。

 普通に浮島の上空あるいはその周辺の空域を通っていけば、近づく前に見つかって相手に対応されてしまうが、浮島の裏側は完全な死角だ。

 優位な高度を取られないように上空を警戒している空賊の意表を突く奇襲攻撃。

 浮島の裏側からいきなり現れて全速力で突っ込んでくる艦隊には、手練れの空賊たちとて対応が間に合わないだろう。

 

 この作戦を考えたのはエステルだ。

 どの方向から艦隊を突入させるのが一番気付かれにくいかで頭を悩ませていたライナスたちに彼女が浮島の裏側を提案してきた時、目から鱗とはこのことかと思った。

 

 簡単に思いつきそうで誰も思いつかなかった極めて隠密性に優れた侵攻ルートには、しかし極めて危険であるという欠点があった。

 浮島の裏側の地形は地図に載っていないため、手探りで進むほかなく、視界も悪いため事故を起こす危険も大きい。

 

 無論、それを指摘して反論した者もいたが、ライナスはそれを採用した。

 伊達に日頃から空賊対策のために艦隊行動や夜間戦闘の訓練を積んでいるわけではないという自負があり、自分たちならば可能だと信じていたのだ。

 

 実際にやってみれば予想以上に視界が悪く、何度も肝を冷やしたが、どうにか港島の目と鼻の先にまで辿り着くことができた。

 後は明朝の突撃命令を待つのみだ。

 

 陽動部隊が上手く敵を引きつけてくれることを願うが、その中にエステルがいることを思うと、彼女を気にして陽動部隊が満足に戦えなくなるのではないかという心配が頭をもたげる。

 正直言って戦場に出て来られても足手まといなのだが、本人が出ると言って聞かない以上、どうしようもない。

 

 彼女に命令できる立場にあるのはテレンスだけだが、エステルが大人しくテレンスの言うことを聞くとも思えない。テレンスの方もエステルへの全権移譲を取り消す気配はない。

 

 明朝までにエステル様が翻意してくださると良いのだが、とライナスは思う。

 

 ライナスのみならず、ファイアブランド軍の軍人全てがそう思っていた。

 

 エステルが戦場に出ることを歓迎している軍人はいなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 夜明け前。

 

 発着場に総勢四十機ほどの鎧が並んで出撃を待っていた。

 もうあと数日あればもう少し揃えられるが、そう悠長に待ってはいられない。

 一刻も早く港島を奪還するため、今ここに揃っている分だけで殴り込みをかける。

 

 俺は体に張り付く全身タイツのような純白のパイロットスーツに身を包み、整列する鎧のパイロットたちの前に進み出た。

 

 ちなみにパイロットスーツの上には上着を羽織っている。さすがに身体のラインが丸見えというのは勘弁願いたい。

 

 壇代わりに用意された木箱の上に上った俺はこれからこのパイロットたちに向かって訓示を垂れるわけだが──俺の言うことなど誰もまともに聞かないだろう。

 ただでさえ偉い奴の話は聞くに堪えない退屈さだし、俺のような小娘は見た目で舐められて大層な話をしても失笑を誘うだけだろう。

 

 だがそれでいい。反応がどうであれ、演説を相手に聞かせられるというのは権力を持つ者の特権だ。

 何を言うか、どうすれば伝わるかなどどうでもいいし、そもそも大した話をするつもりもない。

 

 俺は差し出された拡声器を手振りで拒否し、笑みを浮かべて口を開く。

 

「諸君、これから楽しい空賊狩りの時間だ。奴らは私たちに栄誉と名声をもたらすためにはるばるおいでくださった、いわばお客様。丁重におもてなししてやろうじゃないか。た・だ・し──鉛の玉で、な♪」

 

 ジョークを言ってみたが、笑う奴はいない。

 

 あれ?思っていた反応と違うのだが。

 もっとこう──ガキが何言ってやがる、的なクスクス笑いでも起きるかと思ったのだが。

 

 ──まあいい。

 

「お前たちは私の剣であり、盾だ。逆らうな!従え!私についてくるんだ!そうすれば、私がお前たちを勝利に導いてやる!」

 

 お前たちは俺の道具だということを認識させるべく、パイロットたちを剣と盾に例えた。

 

「これも肝に命じておけ!私の指揮する軍隊に逃げるだの、交渉するだの、守りを固めるだの、そんなことはあり得ない。あるのは攻撃ターンのみ!怖気付き、情けなく逃げ惑うのは敵の役割だ。攻撃に次ぐ攻撃が私の戦法だ。奴らを一人残らずバラバラにして海に沈めて、魚の餌にしてやれ!」

 

 パイロットたちの顔が心なしか引き締まったように見える。

 

「ファイアブランドの名を恐怖と共に奴らの脳裏に刻みつけろ!誰に喧嘩を売ったのか分からせてやれ!」

 

 パイロットたちが一斉に踵を揃えて敬礼し、「はっ!」と力強い返事を返す。

 

 あれ?もしかして本気で俺の煽動で士気が上がっているのか?

 

 ──まあ、士気が高いのは良いことだけれども。

 

「以上だ。全機出撃!」

 

 俺の号令でパイロットたちは一斉に自分の鎧に向かって走り始める。

 

 

◇◇◇

 

 

 浮島の裏側。

 

「アスカルト様!たった今、鎧部隊が出撃しました。間もなく港島上空で交戦に入る見込みです」

 

 通信士からの報告でブリッジが一気に緊張に包まれる。

 ようやく始まったか、という思いと、もう一つの気掛かりによって。

 

「エステル様は?」

 

 ライナスが問いかけると、返事は最も聞きたくなかった内容だった。

 

「先頭に立って出撃されたとのことです」

 

 ブリッジが騒ついた。

 

「何たることだ──」

 

 ライナスは立ちくらみがするような感覚に襲われる。

 

 総大将であるエステルが先頭に立つなど急所を晒しながら戦うようなものだ。

 そして──エステルに何かあれば、自分たちも終わりだ。

 

 ライナスはリアルタイムの戦況を知ることができないのを歯痒く思いながら、せめて作戦の成功とエステルの無事を祈った。

 

 

◇◇◇

 

 

 ファイアブランド軍の鎧部隊が発進したという報告を見張りの鎧から受けた【ウィングシャーク】空賊団は直ちに迎撃の鎧を発進させた。

 その数は三十機ほど。

 

 ファイアブランド軍の鎧より少ないが、腕でカバーできると空賊たちは思っていた。

 どうせ奴らはロクな実戦経験もない軟弱者だ、俺たちは奴らとは潜ってきた修羅場が違う、今度だって同じように返り討ちにしてやる──と。

 

 それが盛大な誤りになるまで、一分とかからなかった。

 

『ん?ッ!飛翔体接近!』

 

 誰かがそう警告した直後、空賊の鎧が一機、高速で飛んできたジャベリンのような細長い尖った物体に貫かれた。

 

 狙い澄ましたかのような胸部──コックピットへの正確無比な一撃。

 

 中のパイロットは即死したらしく、鎧は武器を取り落として力なく墜ちていく。

 

『ぜ、ゼブゥゥゥウウウ!!』

『なんだアレは!?』

『どこから撃たれた!?』

 

 視界外からの攻撃に空賊たちの間に動揺が走る。

 

 ゼブと呼ばれた空賊の鎧を貫いたジャベリンはそのまま鎧をぶち抜いて背中側から飛び出し、Uターンして放たれた場所へと帰り始める。

 そのスピードは飛んできた時に比べてだいぶ遅い。

 

『あ、アレを追え!奴らはそこにいる!』

 

 仲間の仇と空賊たちが飛行するジャベリンを追いかける。

 

 その先には悪夢が待っているのを彼らはまだ知らない。

 

 

 

 挨拶代わりに一発ぶっ放してやった飛槍は見事にエース機と思しき派手な鎧に突き刺さった。反応する暇も与えずにコックピットにグサッと。

 中のパイロットは上半身と下半身が涙──否、血を流してお別れしているに違いない。

 

 心の底から笑いが込み上げてきて抑えられない。

 シューティングゲームで「こんにちは、死ね!」ができた時のような爽快感だ。

 

「もう一発いくか」

『了解♪』

 

 セルカが鎧の腕を操作して装填作業を行う。

 砲口から飛槍を入れ、横の穴から装薬を入れるという、面倒な作業をセルカが代わりにやってくれるので、俺は落ち着いて目標を見定めることができる。

 

 距離的にこの一発が最後で、その後はヘッドオンからのドッグファイトが始まるはずだ。

 できればもう一機、エース級の奴を落としたいが──ふと、ほかの鎧より一回り大きい奴を見つけた。

 遅れて発進してきたのか、かなり後方にいる。

 ほかの空賊の鎧とは何か違う、重厚でパワーと防御力の高そうな奴だ。

 

『準備できたわよ。狙いは敵後方のデブね?』

「ああ。いけ!」

 

 パイルバンカーのトリガーを引くと、放たれた飛槍がマゼンタ色の魔力光に包まれて超音速で飛んでいく。

 

「さてと。接近戦の準備だ」

 

 俺はパイルバンカーを背中のラックにしまうと、大腿部に差してあった大剣を抜く。

 

 同時に空賊の先頭集団が視認できる距離まで近づいてきたのを発見する。

 

 俺はニヤリと笑って呟いた。

 

「──歓迎するぞ」

 

 

 

 後続の鎧部隊の兵士たちは大慌てだった。

 

『全機で周りを固めろ!エステル様を討ち取らせるな!』

『それが──味方機を振り切って突撃しています!』

『何をやっているんだ!なんとしてもお守りしろ!』

 

 てっきり護衛機に囲まれて飛槍を撃つだけだと思っていたのに、単機で敵目掛けて突っ込んでいったからである。

 

 鎧部隊の隊長を務める騎士【トリスタン・オーブリー】は声を枯らしてエステルを制止しようとしたが、全く効果はなかった。

 

 エステルの乗機【アヴァリス】は背中の翼からマゼンタ色の炎を噴き上げて凄まじい速度で港島へ向かって飛んでいく。

 

 競走じゃないんだぞ、と毒づきながらも必死で後を追うトリスタンだが、距離は開いていくばかりだ。

 

 当然、突出したエステルに空賊の鎧が群がる。

 

 だがエステルは少しも慌てた様子はなく、漆黒の大剣をアヴァリスの手に握らせて空賊たちに立ち向かっていく。

 

 ──無謀すぎる。

 

『やめろおおおおおおおお!!』

 

 誰かが悲鳴を上げた。

 

 しかし、アヴァリスが空賊の鎧とすれ違った直後、それはすぐに驚愕の声に変わる。

 

『なっ!?』

『空賊共が──?』

『これは──一体──?』

 

 皆が唖然として言葉を失う。

 

 切り裂かれ、爆散したのは空賊の鎧の方だった。

 刃を突き立てるどころか打ち合うことすらも許されず、一方的に袈裟斬りにされ、横胴切りにされ、唐竹割りにされ、瞬く間に三機が撃墜された。

 

 アヴァリスは全くの無傷で空賊の鎧の群れを食い破り、急旋回して空賊たちの鎧を追いかけ始めている。

 

 たちまち一機に追いつき、背部からコックピットを大剣で貫く。

 

 一分と経たずに四機撃墜。

 

 空賊たちは突然の強敵の出現で混乱しているらしく、動きが逃げ腰になっている。

 

 それを見たトリスタンはようやく我に返り、部下に突撃を命じる。

 

「敵は退けているぞ。全速力で突っ込め!これ以上奴らをエステル様に近寄らせるな!」

 

 全員が応で返し、アヴァリスに翻弄される空賊たち目掛けて襲い掛かる。

 

 そして誰も見たことがないほどの激しい、そして鮮やかな空中戦が始まった。


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