遥かに昔。
今の人類の祖先を巻き込んだ神々同士の大戦争があった。
海が煮えたぎり、空が燃え落ちるほどの激戦の末、人類が味方した神々の陣営が勝利を収めた。
前世で言うならギリシャ神話みたいな感じだろうか──怖さと凄惨さと理不尽さが目立つ神話である。
そんな神話の中に気になる場面がある。
熱閃──ぶっちゃけて言うとビームを発射する神獣が登場するのだが、そいつが敵の神々が乗る船を攻撃した時、ビームが捻じ曲がって大地を抉っているにも関わらず、予言者──コイツは盲目で超常的な感覚の持ち主だ──が言うには「直進」している、という不可思議な現象が起こる。
結局どうしても神々の船に攻撃を当てることは出来ず、その神獣は英雄たちを逃がすために犠牲になるのだが──俺が思うに、師匠が見せた奥義とはこの神々の船が見せた不可思議な現象と同じなのではなかろうか。
もちろん確証はない。神話は所詮伝説だ。
だがどうしてもこの場面がありありと思い浮かんで心から離れなかった。
師匠が見せてくれた奥義とあまりにも似ていたから。
だが何をどうやったら
暇さえあれば俺はひたすらそのことを考えたが、答えは出ない。
◇◇◇
「鎧、ですか?」
「はい。魔力の制御方法を会得するには鎧に乗るのが一番です」
倉庫で俺は師匠と一緒に巨大な人型兵器を見上げていた。
師匠が俺の修行のためにわざわざ特注してくれたのだ。
ただ──
「で、でも、大丈夫ですか?初心者が乗るにはピーキー過ぎますよ?」
招聘された技師の青年が心配そうに俺の方を見てくる。
師匠が腕利きの職人を雇って色々カスタマイズしてくれた結果、普通の鎧よりだいぶデカくなっている上に背部に天使のそれのような翼まで付いていた。
「エステル様は私が見てきた中でも最も才能に溢れています。その才能を伸ばさないのは罪というもの。また本人も力を付けたいと望んでおいでです。心配は無用」
師匠に褒められた。嬉しい。
俺も頷いて先を促すと、技師は紙の資料を見せながら説明を始めた。
「──でしたらまず、この鎧の特性について説明致します。ニコラ様の要望により、操縦系統には魔力伝導効率の高い希少金属を使用。これにより、量産機よりも高い応答性と再現率を実現していますが、これは高い集中力を要することと不可分であります。この操縦系統の性能向上に耐えられるよう、フレーム及び可動部位、冷却装置の強化を行なっております。この強化の副次効果として防御性能も向上しています。この鎧は戦闘用ではありませんが、実戦でも十分に通用するかと。それによって生じた重量増大の問題は──」
ここで技師は資料のページをめくる。
開かれた見開きのページいっぱいに翼の図面が描かれていた。
「この【可変式推力偏向翼】によってカバーしています。この四分割構造の翼の展開数及び角度の変更によって推力を調節・偏向し、戦闘用すら遥かに凌駕する運動性能を実現しています。ただ、この翼を制御するには飛行パターンの蓄積とそれに対応するルーティンの構築を要し──」
長ったらしい説明は半分聞き流していた。
考える前にやってみる。そして修正を加えつつ身体に覚えさせるのがこれまでの修業のやり方だったからだ。
それに訳の分からない単語が出てくる長文なんて口頭で聞いたって理解できない。
「それではまずテスト操行を行いましょう。タラップを用意致します」
技師がようやく説明を切り上げ、整備員に指示してタラップを持って来させた。
鎧の胸元が開き、コックピットが露わになる。
──どうでもいいが、胸元のハッチが山型に盛り上がっていて、しかも流線形なのが目に付く。
避弾経始か何かを考慮しているのか、単におっぱいを模したデザインなのか分からないのでちょっと困る。
タラップを昇ってコックピットに乗り込むと、技師が指示を出してくる。
「ベルトを締めて、操縦桿を握ってみてください」
指示通りにX字型の安全ベルトを装着し、左右のジョイスティックに似た操縦桿を握る。
ちょうど良い位置だ。でも身体が成長したら調整が必要だろうな。
そんなことを思いながら僅かに操縦桿を動かしたら──
「あ、あれ?うわっ!」
鎧がいきなり一歩踏み出し、そのままバランスを崩して倒れてしまった。
ベルトに締め付けられていたお陰でどこも打たなかったが、衝撃は重い。
「大丈夫ですか!?」
技師が大慌てで駆け寄って来る。
心配症な奴である。俺が普段どれだけ修行で鍛えていると思っているのか。
「やはり操縦補助術式をオミットしたのは間違いだったのでは?」
技師が師匠に問い詰めているが、師匠は譲らない。
「そのようなものに頼っていては身体が楽をすることを覚えてしまいます。それは自分で自分の可能性を殺すに等しいこと。これもエステル様のためになること──エステル様の望みです」
やっぱり師匠って揺るぎない信念があるんだな。
その師匠が俺の可能性に期待してわざわざこの鎧を用意してくれたのだ。
その期待を裏切るわけにはいかない。
「練習を、続けます」
そう言って俺は鎧を立ち上がらせる。
鎧の操縦桿は動きを伝えるためというより、思念を読み取るためのものであり、読み取った思念を鎧に伝えるプロセスでは電気信号の代わりに操縦者の魔力が用いられる。
集中が乱れれば魔力も乱れ、鎧は言うことを聞かなくなる。
特に今操縦している機体は魔力を良く伝えるせいで、集中の乱れの影響を受けやすいようだ。
全神経を操縦に集中させ、一歩ずつ慎重に鎧を歩かせる。
これだけでも物凄く難しく感じる。
歩くだけでこれなら飛ばせる日はいつ来るのだろうか?
そう思った矢先、再び鎧がバランスを崩した。
「おっと」
だが今度は咄嗟に脚を動かして何とか倒れるのは免れた。
「初めてにしては凄いですよ。エステル様はセンスがお有りです」
技師が拍手している。
「お世辞が上手いな」
「いえ、お世辞ではないのですが──」
困り眉の技師は放っておいて俺は操縦の練習を再開する。
◇◇◇
(よ、よし。何とか間に合った。鎧に集中してくれれば、だいぶ時間が稼げる──はずだ)
ニコラは冷や汗を流しながらそう思った。
基本の型を教えているだけではエステルが独学でどんどん力を付けてしまうため、必死で「奥義」から意識を逸らそうと考えつく限りのデタラメな修行を課すようになった。
魔力制御と集中力を鍛えるためと言って鎧の操縦を練習させているのもその一環である。
絶対に乗りこなせないように、いつか乗りこなせるようになるとしてもできるだけ時間がかかるようにと、鎧は操作性や整備性などを完全に度外視して高性能を追求している。
予算に糸目をつけずに高級素材をふんだんに使わせ、オプション装備も大量に付けた。
中には実用性が甚だ怪しい装備もあり、【可変式推力偏向翼】などその際たるものである。
そもそも鎧が人型をしているのは魔力を通じて「自分の身体のように動かせる」からであり、逆に言えば鎧の動きは操縦者の身体能力や運動センスに制約されがちになる。
当然、人間に翼などという器官はないため、いくら魔力でイメージ通りに動かせると言っても、存在しない器官に対応するパーツなどとても制御はできない。
結果、可変式推力偏向翼は理論上素晴らしいメリットがあっても、制御できなくては意味がないとして理論だけに終わったものである。
それをニコラはエステルの鎧に装備させた。
全てはエステルという「怪物」から逃げるための資金と金が貯まるまでの時間を稼ぐためである。
剣の修行の方にも抜かりはない。
力がつけばその分負荷も上げないと成長が止まってしまう、と言って各所に重りが付いた特注の練習着を着させ、練習に使う木剣は本物の剣の倍以上も重いものを使わせている。
また、目だけに頼ってはいけない、視覚以外の五感と魔力を感じ取る感覚を研ぎ澄ませ、と言って目隠しをして修行させている。
怪我などされては首が飛びかねないため、付きっきりで見ていてやらなければならないが、それでもエステルが奥義に近づいていく恐怖よりはまだマシだった。
◇◇◇
「エステル様、また逸れていますよ」
師匠が注意してくる。
「は、はい」
俺は不甲斐なかった。
目隠しをした状態で二十メートル先の人形に突撃して斬りかかる、という修行をしているのだが、これがさっぱりうまくいかない。
ティレットの時はこちらに向かってくる相手への対処であり、それはうまくやれた。
だがこちらから相手に向かっていくとなると勝手が違う。そもそも
結果見当違いの方向に走って行ったり、逆に人形に突っ込んでしまったり、石につまづいたりで散々である。
事前に人形の位置が分かっていてもなおこれだ。
なぜ人形まで真っ直ぐ走れないのだ?俺は真っ直ぐ走っているのに実際には曲がって逸れている。それも毎回だ。
自分には才能がないのではないかというネガティブな考えが頭をもたげるが、必死でそれを打ち消す。
師匠は言ってくれた。
「ただ闇雲にやっても努力は平然と嘘を吐きます。ですが、エステル様は聡明な方です。修行を顧み、より良き道を考える頭と未来を信じて努力できる執念を併せ持っておられる。そんなエステル様の努力がどうして裏切られるでしょう。己を信じるのです」
そう、言ってくれた。
師匠が俺を信じてくれているのに俺が俺を信じないでどうするというのか。
夜。
今日の修行を終え、クタクタになった俺はお風呂に入って汗を流し、ティナの胸を枕にしてくつろいでいた。
「結局成功したのは一回だけかよ──」
思わず愚痴を漏らしてしまう。
目隠しをしていなければ簡単に叩き斬れたであろう人形に到達することすらできず、スイカ割りよりも酷い醜態を晒してばかりだった。
救いなのは師匠以外に見られなかったことくらいだ。
それ以外、特にティナになんて絶対見せられない。
ティナに内心蔑まれて笑われたら、多分冷静じゃいられなくなる。
同時に師匠の危惧していた所がよく理解できる。
目隠しをするだけで当たり前にできることができなくなる。
それはつまり、視界を塞がれたら一気に不利になる──煙幕や目眩しの魔法を使われたり、夜の真っ暗闇の中で奇襲攻撃を受けたりしたら、俺は防戦一方になってしまうということだ。
悪徳領主を目指す身でこんな
暗殺者に殺されたり、寝首を掻かれたりする間抜けな悪徳領主で終わるつもりなど俺にはないのだ。
だからこそ、一刻も早く視覚に頼らずに済むようにならなければいけないのに──
「お嬢様、そう気に病まれることはないと思いますよ。人間、いえ、生き物の身体は元々左右対称にはできていません。視覚なしで真っ直ぐ進むなんて元々できない──そんな風にできているんですから」
ティナがフォローになっていないフォローをしてくる。
つまり何か?師匠が俺に
「──もう一度言ってみろ」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「え?お嬢様?」
ティナが少し怯えた声を出した。
俺は跳ね起きてティナから離れ、もう一度命令する。
「もう一度言ってみろ。そう言ったんだ」
ティナが狐耳をピタッと後ろ向きに寝かせ、尻尾を股の間に挟んで震えながら言い訳する。
「で、ですから元々身体が左右で違いますから真っ直ぐ進めないようにできていて──目は本来それを補うのに欠かせないということです。決して、決してお嬢様やニコラ様を侮辱する意図はございません!」
身分は天と地の差とはいえ、遥かに年下の少女相手に恐怖に震えるティナを見ていると、毒気を幾分か抜かれ、どうにか剣を手に取るのは我慢できた。
だが元々真っ直ぐ走れないようにできている、それが何だと言うのか。
修行とはできないことをできるようにすること────
ちょっと待て。
「元々左右で違うからまっすぐにならない──」
何かが頭の中で繋がった気がする。
すぐそこまで出かかっているのに──パズルの最後にピースがうまくはまらないようなもどかしさを感じる。
いかん。一度深呼吸して心を落ち着けなければ。焦ってもこんがらがるだけだ。
大きく息を吸って吐き出す。
師匠に教えてもらった気を鎮める呼吸法は身体に染みついて殆ど無意識のうちにできる。
「──元からまっすぐじゃない──元から──元から曲がるようにできている──そういうことだったのか!」
天啓を得たかのように俺は思わず立ち上がった。
師匠のあの奥義は攻撃を逸らすものではなく、自分を中心に周囲の空間を捻じ曲げるものだったのだ!
物理法則に縛られる物体は、外部から力を加えられない限り同じ運動をし続ける──ビームなら直進し続ける──が、空間ごと曲がっていれば話は別だ。
曲がった空間の内側では直進し続けるビームも、外側から見れば曲がって見えるだろう。
となると空間に干渉するタイプの魔法を探っていけば答えは見つかる!
「ありがとうティナ!お前のおかげだ!」
ティナの身体を両手で持ち上げてクルクル回る。
体格的にはまだティナの方が大きいが、今の俺はティナくらい片手で持ち上げられる。
「え?あの、お嬢様?それってどういう──」
ティナは困惑しているが、俺はもうすっかり有頂天である。
ようやく、ようやくヒントを掴めた!
◇◇◇
それからは今までの苦労が嘘だったかのようだった。
空間そのものに着目すれば驚くほど見えるものが違うのだ。
空間に干渉するには空間を認識しなければならない。
それも音やら風といったエコーロケーションとは全く違う次元でだ。
前世なら何を言っているのかすら理解できず、不可能だと一蹴しただろうが──この世界では実例があった。
魔法だ。
魔法というものは仕組みがブラックボックスだが、物理法則に干渉する事象を起こしている時点で既にこの世界の次元──三次元世界だけで完結してはいない。
使用者の意識を通じて物理法則に縛られない別の次元──情報次元とでも言うべきか──にアクセスしてそこの情報を認識し、書き換えること──それが魔法だと仮定した。
だったら情報を書き換える対象が物体から空間そのものになるだけだ。
そして空間の情報を書き換える、ということに関しても実例があった。
小型鎧のコックピット等に使われている空間魔法だ。これは容器や小さな部屋の中の空間に干渉してこれを広げ、小さなスペースに本来の容量を超えて物を詰め込むことができる魔法だ。
あくまで囲まれた小さな空間に作用するもので、自身の周囲の空間を自由に弄れるものではなかったが、大いに参考になった。
空間魔法をベースにして、そこから思いつく限りの手段を総当たりで試した。
無意識下で行われている計算的な過程を実際に記述して分解し、その意味を調べていく──途方もない作業だったが苦にはならなかった。
奥義に近づくための作業なのだから。
その作業がもたらした副次効果は凄まじい恩恵があった。
まず目隠しと耳栓をしていても地形から気象、生き物の存在まで認識できる。
人形に斬りかかるなどお茶の子さいさい、剣での打ち合いだって普通にできてしまう。
これで真っ暗闇の中でも怖くはない。
更に中級くらいまでの単純な魔法ならば呪文詠唱なしで発動できるようになった。
呪文詠唱というのは短いようで、一瞬の隙が死に直結する戦いにおいては致命的なタイムラグだ。そのタイムラグをなくすために最初から術式を封入した【魔弾】なんてものがあるくらいだ。
だが俺はそんなガジェットに頼らずに無詠唱で魔法を使える。これは絶大なアドバンテージである。
そして空間の認識能力が上がったことで、一種の透視や未来予知じみた芸当まで可能になった。
これまで見えなかった機械の内部構造を外部から認識できるようになり、人体や武器同様、どう動くかを視て知ることができたのだ。
お陰で思い通りの動きをさせるにはどこをどう動かせば良いか、といった研究もスムーズに進み、いつしか複雑極まりないあの鎧を自分の身体のように動かせるようになった。
翼を巧みに使った急旋回・急制動を活かしての空中戦だって難なくできる。
初めてあの鎧で空を飛べた時は感動したね。
こんなにも速く、自由に空を飛べるものなのかって。
空中で剣舞ができるなんて夢にも思わなかった。
技師たちどころか、師匠までもがあんぐりと口を開けていたのは印象に残った。
師匠を驚かせる俺って結構成長したってことじゃないだろうか。
◇◇◇
エステルが修行を始めてから七年が経ち、エステルは十二歳になった。
三方に設置された自動投石機から秒間十発の速さで放たれた数百個の石が全てエステルに命中する直前で軌道を変え、地面に突っ込む。
「ようやく──ようやく理解できました師匠!こういうことだったんですね!」
目隠しをしたまま浴びせられた石の雨を全て逸らしてみせたエステルを見て、ニコラは生きた心地がしなかった。
(え?理解──したの?何を?ちょっと待って何これどうなってるの!?)
頭の中が疑問符で満ち溢れるニコラだったが、エステルは待ってはくれない。
「どうでしょうか?私の答えは正解でしょうか?」
ようやく人前で「俺」という一人称を使わなくなったなー、というどうでもいい感想がニコラの頭をよぎる。
「師匠?」
エステルが近づいて来る。
(まずい!心臓の音を聞かれでもしたら俺が怖がってるのがバレる!)
大慌てでニコラは口を開いた。
「お見事です。エステル様。もう私が教えることは何もございません」
表情が見えないが、エステルの顔がパッと明るくなったのがわかる。
(何なんだよこの子は!?何で基本の型とデタラメな修行でこんなことができるようになったんだ?天才──いやそんな言葉生温すぎる。──駄目だ。もうこれ以上ここにはいられない。自分で飛行船を借りて逃げよう)
エステルが目隠しをしていて良かったと安堵しつつ、ニコラは逃亡の決意を固める。
「後はエステル様ご自身が必要と思う修行をなさってください。最後に教えられるのは、剣の道に終わりはないということだけ。どうかこれからも弛まぬ精進をお続けにならんことを。それが私の唯一の願いです」
そう言ってこの場を辞そうとするニコラだったが、エステルに呼び止められる。
「待ってください師匠!最後にもう一つだけ聞きたいことがあるんです!」
「何でしょう?」
踵を返して俺の前から去って行こうとした師匠が振り返ったのが気配でわかる。
心なしかビクッとしたように感じたが、気のせいだろう。
それより、以前から気になっていたことがある。
俺が学んでいる流派の名を未だに俺は知らないのだ。
だから勇気を出して訊いてみた。
「師匠の流派は何という名なのですか?」
玉響の沈黙。
そして師匠は口を開く。
「──決まった名はありませんよ」
「え?何故ですか?」
全くの我流じゃないって師匠も言っていた。なのに名前がないとはどういうことなんだろうか。
師匠はしばし考え込むような仕草をする。どう説明したものか考えているのだろうか。
「──同じ流派を受け継いでいても、それぞれの中にある剣は別の物なのです。私の中にある剣とエステル様の中にある剣もまた別の物。言ってしまえば流派や型、技というものは、それぞれが歩む剣の道を途中まで照らす灯台のようなものでしかないのです。見え方は人によって違いますし、そこから先をどう歩むかもまた同じことです」
何だかよく分からない。
「エステル様。人を縛りつける最強にして最も原初的な呪いは何であるか、ご存知でしょうか?」
──何故呪いの話になるんだ?
「──いえ、分かりません」
「名前です」
初耳だ。名前がなぜ呪いになるんだ?
「考え方や価値観は時代によって変わります。剣術や、戦い方とて同じ。それに決まった名を冠したならば、剣士たちはそれに縛られます。縛られ、囚われること、それはいつまでも灯台の近くで留まり、先へ進み続けること──つまりは自らの剣の道を極めることを放棄するに等しいこと。剣士としてあるまじき怠惰です。故に私の流派には受け継がれる名がありません」
──そうだったのか。
名前に囚われて剣の道の追求を怠ってはいけない、と。
なんて高尚な理念だろう。
「だから──この流派に名を冠したいと願うのならば、その名は貴女自身でお付けなさい。貴女が自分で相応しいと思う名を──そうですね、自身の心の中にある剣に銘を刻むイメージで考えるとよろしいでしょう。自身で名付けたその剣を大切に鍛え、守り育てるのです」
「し、師匠──!」
感激のあまり思わず涙が出てくる。
「必ず!必ず名付けます!師匠から受け継いだこの剣に相応しい名を──必ず!」
膝を突いてそう言う俺に師匠は満足げに頷く。
◇◇◇
師匠が出て行った後も俺は鍛錬を欠かさず行い続けた。
見てくれる人がいなくなって少し寂しいが、代わりにティナが見てくれるようになった。
ティナは実にいい買い物だったと今にしても思う。
彼女がいなければ俺は奥義に辿り着けていなかったかもしれない。
流派の名付けのヒントだってティナが奥義を見て発した言葉が元になっている。
なんだか幻でも見ているみたい、とティナは言った。
幻──そう聞いて思い浮かんだ言葉がこの流派の名にぴったりだと思えた。
だから【鏡花水月】と名付けた。
今の俺に攻撃を当てようとすることは鏡の中の花、あるいは水に映る月に触れようとするに等しいことだ。
こんな凄い技を教えてくれた師匠と、その師匠と巡り合わせてくれた案内人には感謝しかない。
本当に──ありがとう!!
鎧に関して若干のオリジナル設定があります。