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『正気のサタン』のプロジェクトは、2年ほど前、佐久醸造所のメンバーの有志で結成しました。日本ではアルコール度数が1%未満だと、清涼飲料水扱いになるため、ヤッホーブルーイングとしては初めての低アルコール飲料への挑戦です。
ですが、もともと積極的にノンアル・低アル製品をつくろうと考えていたわけではありませんでした。ヤッホーが誇るブルワーのモーリーは言います。
「ヤッホーとして開発やプロジェクトの話が持ち上がったのは、ここ2〜3年くらいなのですが、製造としては、実は10年くらい前から、お客さんから〝ヤッホーのノンアルか低アルをつくってよ〟と言われていたんです。仕事柄、コロナ禍に入る前は定期的に海外出張へいく機会があり、ドイツなどでも10年くらい前からものすごい勢いでノンアルのビールが市場を伸ばしていることは認知していました。3〜4年ほど前からは、アメリカのクラフトビールのトレンドとして、ハードセルツァーのようなアルコール入り炭酸飲料、健康志向なクラフト飲料が注目され始めていたし、僕らとしては、情報は以前から研究して、ウォッチしていたんです」
せっせと情報収集するものの、具体的なアクションにはつながっていませんでした。
「やっぱり僕らは、基本的にはビール屋。ノンアルや低アルに手を出す前に、やるべきことがあるだろうって思っていたんです。ビール屋がアルコールの含まれないものをつくってどうするんだ!と、少し自己否定的にすら思っていたので、積極的に『つくろうよ!』とは言うつもりがなかったですね」
「衝撃でしたね。クラフトビールと
並び立つノンアルがあったんです」
ところが、2019年夏。モーリーのノンアルや低アルに対する意識をくつがえす、衝撃的な出来事がありました。
「個人として初めて、これならいいかも、おいしいかも、と思えるノンアルに出合ったんです。海外でノンアルが注目されて、〝クラフトビールのアルコールなし〟という選択肢が出てきたなかで、やっとおいしいなと思えるものがあって、こういう方向性ならアリかもと思いました。それはミッケラー(デンマークのビールメーカー)のHazy IPA※のノンアルでした。普通のHazy IPAとほとんど変わらないくらいジューシーなフレーバーを持っていて、本当にアルコールゼロでこの味を出せているならすごいなと。本当にゼロならというのは、海外は国にもよりますが0.5~1%未満なら基本ノンアルと定義されるのですが、なんやかんや越えているものもあったりするので(笑)。いま一番アメリカで伸びているノンアルのみをつくっているクラフトブルワリーが世界的なコンペティションの普通のビール部門で優勝したのも、おそらく同じくらいの時期だったと思います」
Hazy IPA
アメリカ北東部のニューイングランド地方発祥の濁りがあり、色味はオレンジ色や黄色の見た目をしたIPA(インディアペールエール)。
一方その頃、ヤッホーの社長であるてんちょもノンアルカテゴリの製品について考え始めていました。
「ビールの味に近いけれどビールで
はない飲み物に、興味がなかった」
ビール好きの方はご存じのように、ここ最近はノンアルコールビールテイスト飲料市場が活況で、そのマーケットは右肩上がりで成長を続けています。
ところが5〜6年ほど前、てんちょがおかぽんというヤッホーのベテラン社員(モーリーと並ぶ世界に通じるビアジャッジ)と一緒に飲んでいたときのことでした。
「近所の店で一緒に飲もうということになったんですが、おかぽんが『最近ビールを飲んでないんです』と言ったんです。思わず『え!どうしたの?ビールを飲まないと、からだに良くないんじゃない!』って答えてしまいました(笑)。彼はもともと生粋のビール好きでしたから。僕が驚いているのをよそに、『最近、以前ほど量を飲めなくなっているので頻度を減らしているんです』と。それで初めておかぽんが体調に気を遣っていることを知りました。ビールは好きなんだけれど若いころのようには飲めなくなっていると話してくれたんです。そのときに『ヤッホーのビールのような味でノンアルか低アルコールがあったらすごくいいよね、そんな製品をつくろうか』って言ったんですよね」
「つくっちゃおうよ、僕たちで」
また、ウェルビーイングに対する考え方も、てんちょのひらめきを後押しすることになりました。
「僕たちは〝ビールに味を!人生に幸せを!〟というミッションを掲げています。そんな僕たちだから、からだにとっての健康、社会的な健康、こころの健康というWHO(世界保健機関)の憲章が提唱する3つの健康、つまりウェルビーイングをヤッホーでもより意識して大事にしていかなくてはと思ったんです。
僕らは社会的活動として地域貢献にも取り組んでいるし、マインド的なところではビールをおいしく飲んでもらうだけでなく、ファンイベントなどもおこなって、ファンの方々がより楽しく、より幸せを感じてもらえるように努めてきました。
ただアルコールを飲む、という意味でのこころの幸せは提供できているんだけれど、クラフトビールの味が好きだけどアルコールがあるから健康にはネガティブ、という気持ちを払拭する選択肢がなかった。
だったらつくっちゃおうよって、からだの健康という意味でも貢献することができるんじゃないか。そう考えました」
ひょんなことから飛び出したおかぽんの発言、そしてウェルビーイングを強く意識してきたこと、ヒヤリングを開始すると、たしかにそのニーズは少なくないことがわかりました。
「これはヤッホーのクラフトビールの味で、ノンアル、もしくは低アルをつくる意味がある!と確信しました。それですぐ製造チームに『つくって!』と依頼したんです。戦略云々よりも、真っ先に取り組んでみてくれと。これは製品が生まれる流れとしてはとても珍しいパターンなんだけれど、製品開発にはかなりの時間を費やすはずだと思ったので、先に進めておいてくれと伝えましたね。マーケティング戦略や市場調査については、おいおい考えようと思っていました」
世の中の様々なビールを徹底的にリサーチすること。そして、人々や社会の声を聞くこと。そんな日々の努力の中から、私たちのビールは生まれています。特に、ブルワーのみんなは、製品の「味」をつくりだす責任者。とりわけ強い思いを持っています。
さて、ビール屋が低アルをつくるって、スタンスとしては難しいところですが、私たちが大切にしているのは、世の中の人々が幸せになるにはどうすれば良いか?ということ。そして、それをやっちゃおうよ!と言って実現するフットワークの軽さです。こうした姿勢が、ヤッホーブルーイングの商品開発力の源だったりします。
次は、醸造にまつわるヒミツを公開します!
COLUMN
200人のスタッフがニックネームで
呼び合うフラットさ
てんちょ、おかぽん、モーリーなどなど。役職も年齢もお構いなしに、お互いをニックネームで呼び合うのがヤッホー流。親しい呼び名で会話することで打ち解けやすくし、言いたいことを言いたい人に伝えられる雰囲気をつくっています。同じ効果を期待して、取引先やファンの方たちともニックネームで呼び合います。社長も、ブルワーも、"仲間同士"というフラットな関係で話しあえることが、自由なビールづくりに挑戦できるヒミツなのかもしれません。
ヤッホー社員の
あっと驚くニックネーム
「僕らがノンアル、低アルクラフト
ビールをつくる意味はなんだろう」
時は少しさかのぼり、海外のクラフトブルワリーのノンアルをおいしいと思ったものの、最初は本気では取り組む気がなかったモーリー。でも製品の研究を前向きに始めようと意識が変わったのは、やはりてんちょと同じく〝ウェルビーイング〟がきっかけでした。
「当時、僕のなかでのノンアルの印象は、ビールの代替品でしかなかったし、そういうものはつくりたくなかったので、ずっと抵抗心があったんです。
ただ、こころとからだの健康がないと幸せにビールを飲めない、ヤッホーとして世の中に貢献できることを進めていこうと考えるなかで、クラフトビールメーカーの僕らがノンアル、低アルクラフトビールをつくる意味はなんだろう?という内省を始めました。
そこが転換点になっているのはたしかですね。アルコールの入っていないビールをつくると考えると、ビール屋としての自分にとって自己否定的になってしまいます。けれど、僕らがおいしいと思うクラフトビールを、アルコール有り無しの選択肢でお客さんに提供できるなら、という考え方に転換すれば、それもアリだなと思えるようになったんです。
海外のクラフトブルワリーのおいしいノンアルに出会ったこともひとつのきっかけではありますが、ヤッホーとして世の中に提供している価値が、こころとからだの健康や安らぎを与えるものであることが鮮明になってきたときに、僕たち製品開発チームのものづくりを通して、お客さんに伝えられる価値が明確になってきました」
そうしてノンアル、低アルの開発を水面下で着実に進めていた製品開発チームに、前章にあった「てんちょから依頼」が届いたのです。
「驚きはしませんでしたよ。日々、同じミッションを掲げて目標に向かっていれば、自然と同じ情報に触れる機会も増えるし、そうすることで合意形成の時間は極限まで減ります。これもヤッホーらしさのひとつですね」
ヤッホーの製品開発までの通常の流れの3軸。『正気のサタン』は、世の中のウェルビーイングに対するてんちょのひらめきと、おいしいノンアルに出会ったことによるブルワー達の内省が偶然同時に起こったことにより本格的な開発がスタートした。
「目指したのは、脱アルではなく
クラフトビール製法で1%未満の低ア
ルドリンクの開発」
ブルワー達の衝撃と内省、てんちょの気づき、偶然同時に起きたキッカケをもとに、ようやくノンアル、低アルの開発に着手し始めました。
とはいうものの、最初の段階では、アルコール0.00%を目指すか、海外スタイルを模してみるのか、脱アルコールするのかという、3つの方向性が考えられました。
「アルコール0.00%のノンアルコールビールテイスト飲料は、簡単にいうとビールのフレーバーを混ぜて、ビールっぽい味の飲料をつくるというプロセスなのですが、僕らは調合師ではないのでどうにも気が乗らなくて。あまりそそられなかったんですよね。脱アルコールは、おいしくつくったビールからアルコールだけを抜く製法です。調査もたくさん進めたのですが、どうしても脱アルと同時に香りも抜けてしまうということもわかりました。また調査の最中に、市場にこの製法の低アルコール飲料が徐々に生まれてきたのですが、やはりヤッホーがつくるのはこれじゃないなという想いが強くなりました。
よりクラフトビールらしくおいしいフレーバーにするために、脱アルではなくクラフトビールと同じ製法で1%未満の低アルコールドリンクの開発、ここに照準を合わせました」
「僕らはやっぱり王道のIPAでいき
たかったんですよね」
当初立ち上がったプロジェクトの参加メンバーはおおよそ7名。数あるビアスタイルの中から全員が目指したのは、ホップを大量に使用してつくられるIPAでした。
「酸っぱいビール、黒ビール……いろいろな可能性があるとは思っていたんですが、やっぱり目線が合っていたというか、みんなが頭に思い描いていたのはIPAでした。〝ヤッホーがつくるならIPAだよね〟という感じで、体現したい味やフレーバーが一致していたんです。基本僕らはホップを飲みたい民族なので(笑)、体現したいのがそこなんです。
一方でもちろん難しい壁もあったんですが、高みを目指したいねと。国内外、ノンアルや低アルと言われるものをひと通り買いそろえて、試飲を繰り返し、知見を広げながらも飲むたびに『まだ理想的な味は出てこないぞ』と安心しながら(笑)」
「海外からも、さまざまな種類のビールを取り寄せて試飲しました。だけどほとんどのものは、こげた麦茶臭みたいなものが強くて、そういうのをごまかすためにいろんな香りを足している。なかにはサワーのような強烈な酸味や、黒ビールのロースト感でいわゆるノンアル感を緩和していて、おいしいものもあったんだけれど、ヤッホーがつくるのはこれじゃない、というのが続いていて。僕らはやっぱり王道のIPAでいきたかったんですよね」
ホップのフレーバーやジューシーさを持ったクラフトビールをつくろうという一貫した目線。そうではないノンアルや低アルをつくったところで、課題解決にはつながらない気がしていました。基本の軸である「個性」が明確にあって、バランスがよいものでなければ、ヤッホーがつくる意味がないのです。
「最初は出口が
見えなかった……!」
いざ開発に取りかかり始めたのはいいものの、スムーズには進みませんでした。
「目線も合っていたし、志は高く一致していたものの、開発は本当にうまくいきませんでした。一生懸命つくって試飲してもらうんですが、みんな顔が暗い......。無言でパソコンにテイスティングコメント(レビュー)を打ち込んでいるんです(笑)試行錯誤の連続でしたね」
「味わい、アルコール度数ともに、全然うまくいきませんでした。最初の頃は、だいたいがアルコール度数1%未満になることがありませんでしたね」
「まず麦芽をおかゆ状態にするんですが、その時にどれくらいでデンプンを分解させるかで、酵母が発酵できるアルコールの量が変わるんです。糖分にも酵母との相性があって温度と水の量、モルトの量、お湯の量、温度を色々試すものの、うまくいかないの連続。アルコール度数が1%を越えてしまったり、発酵はしてないけど味がおいしくないとか……アルコールも旨味なんですよ。どれだけアルコールを残すか、非発酵性の甘さを麦汁に残すか、そのアルコールと味のバランスがものすごく難しかったです」
「最初は、世の中の文献や情報を散々調べました。酵母だけでも10種類ぐらい選択肢があり、中には実験用に海外から取り寄せたものもありました。また、糖化させない(発酵製糖を抑える)ように、お湯でなく、水出しで麦芽を漬け込んで麦芽の風味だけを抽出してみたり。発酵が始まったら1%になる前にすぐ止めたり。酵母が動かないように超低温で発酵させてみたり……発酵を促さないためのいろいろなファクターがあるわけなんです。酵母、糖の種類、発酵温度をはじめ、発酵を止めたり、水出しするとか。そういう、ありとあらゆる選択肢にトライしました。でも、全部ダメ。そんな時期が約1年続きましたね」
「いろいろなアプローチで多種多様な試作品が出来ました。ですが、おいしいというものはほとんど出来なかったんです。プロジェクトメンバーも目線が揃っているので、イマイチだなという時はテイスティングを実施する前からわかるんです。フィードバックをもらうために試飲会はするんですけど。みんな本気でダメ出しのコメントを書いてくるので、つらいこともありましたね(笑)。可能性のない方向性をひとつずつ潰していく快感はありましたけど」
「ビールづくりにこだわっているから、ビールづくりの技術のなかで、どれだけアルコールをつくらないか、という実験をひたすらやりましたね。今までもアルコールをこれくらいにしよう、というコントロールはずっとやっていたけれど、僕らの持っているその技術の一番端の部分を、ひたすら実験していくような開発をしたイメージです」
ビールづくりには慣れているけれど、まったく新しいアプローチをしていたので、うまくいくかもわからないまま実験を続けていたブルワー達。しかし、ちゃんと前には進んでいました。
「さすがに1年も続けていくと、だんだんと知見が溜まっていきます。この酵母でこの条件にするとこれくらいになる、というおびただしい量のトライアンドエラーの繰り返しから、少しずつ可能性を絞り込んでいきました。言わばローラー作戦のような実験でしたね(笑)」
「やっとの思いで蜘蛛の糸をつかん
だ実感を得た」
製法を探すという意味での空振り1年、ある程度定まってから相応しい味を探すのに半年。ついに待ち望んでいた瞬間が訪れました。
「今でもはっきりと覚えているんですが、モーリー含め3〜4人でテイスティングをしていたんです。始まったとき、別の用事で僕は一瞬その場を抜けたんですよね。戻ってきたら、3人が『いいじゃん!』って拍手してるんです。だから僕は、光が射したその瞬間に立ち合っていないんです(笑)」
「元の試作品もそこそこの出来映えで、そこに足りない要素を足してみる実験を会議室でしていたんですよね。この配合だ!見えたぞ!ってなった瞬間に、またきちはいませんでした。かわいそう(笑)」
「2020年12月のことです。満場一致で〝いいね〟という意見が出ました。まだまだ改善の余地がありつつも、やっとの思いで蜘蛛の糸をつかんだ実感を得ました。その瞬間にいなかったことが今でも悔やまれますけどね(笑)」
方向性が決まった会議の後、いよいよマーケティングチームに展開することになりました。
「僕らは完成がいつになるかわからないから、社内にほとんどインプットしていなかったんですよ。やっとヒットを打てるようになった途端に、一気に良くなっていったから、マーケティング側は『もうできたの?』って、突然出来上がったと思っていたかもしれません」
「マーケティングチームはちょうどその頃『山の上ニューイ※』発売までのミッションがあり、多忙を極めていたんですよね。それなのに、いつ味ができるかわからないものにマーケティングコストをかけていられないし、スケジュールも引けないって感じでした(笑)。僕らもいつまでにできるか全然読めなかったので、多少のプレッシャーがずっとありました。でも、早くいいものをつくりたい、いいものができたから早く出したいという気持ちを、マーケティング側には伝えましたね」
※山の上ニューイ
「甲信モダナイズ」をコンセプトに、甲信地方ルーツの国産ホップ「信州早生」「かいこがね」を使用した、長野・山梨限定販売中のクラフトビール。
「国内のコンペで圧勝していたい
し、海外のコンペでも認められた
い!」
2021年の3月末。あらゆる可能性を試し尽くし、方向性が決まり、てんちょを含めたテイスティングを経て、本格的なGOが出ました。いよいよ全社をあげて動き出していくことになったタイミングで、ちょうどインターナショナル・ビアカップ2021※へ出品の話が舞い込みました。同じ年の9月のことです。正式な製品になる前のプロトタイプを出品し、見事、金賞を受賞。さらにまったく新しい取り組みをしている部門:アザースペシャリティのカテゴリーチャンピオンも受賞しました。
※インターナショナル・ビアカップ
日本のビールはもちろん、海外で販売されている世界のビールを対象とした審査会。
「僕らはいつでも国内のコンペには圧勝していたいし、海外のコンペにも認められたいと思っています。ですが、今回の受賞は本当にうれしかったです。新しい取り組みでしたし、自信があったので製造メンバーで喜び合いました。それにこのタイミングで全社からの期待値が凄く上がったのを肌で感じもしました」
「ちなみにコンペでは、色々なブルワーが参加して審査します。もちろん僕らが審査員として参加することもあります。なので基本的に普段からクラフトビールを愛飲していて、ビールのことをよくわかっている人たち。なので受賞するということは、ライバルブルワーに認められたということでもあります。審査するときは銘柄など明示しないので、とてもフェア。ブランド名やメーカー名でバイアスがかかる懸念がありません。それで、これまでの製品で初めてカテゴリーチャンピオンに選ばれたんです。快挙ですよね、うれしかった」
「これを飲むことで生活の質が上が
ればいい」
「自分たちの製品が賞を受賞したことはもちろんうれしいけれど、『正気のサタン』に期待するのは、もっと持続可能なことです。僕らは『正気のサタン』をビールの代替品とは思っていないので、飲んだ人の反応が楽しみですね。僕は子育て世代なので、平日は飲み過ぎないように気をつけています。そんな僕みたいな親たちも背徳感やネガティブな気持ちなしに手に取れる製品だと思うので、これを飲むことでみんなが解放されてほしいですね。飲んだ後の時間も有意義に過ごしてほしいですし、生活の質も上がってほしい。新しい生活様式ができたらうれしいなと思っています」
「ブルワーにとって、やりがいは人それぞれ。お客さんに喜んでもらっておいしいと言われるのがうれしい人ももちろんいるし、新しい提案をすることでライフスタイルが変わっていくことがうれしい人もいる。僕はどちらかというと、おいしいものができたらそれで満足してしまいますね。売れるかどうか、喜んでもらえるかどうかって、味以外のところはマーケティングチームの努力も必要だから、僕はいいものができたらそれでOK。結局、おいしければ、同じ想いを抱いてもらえる人は必ずいると思うので」
今回の『正気のサタン』の立ち上げのプロジェクトには、品質保証のチームから醸造、設備、営業まで、さまざまな部門のメンバーが集まりました。他ブルワリーでは、ここまで幅広い分野の人たちが開発に関わることはほとんどありません。
「ヤッホーは、いわゆる専門の研究開発部門を置きません。ごちゃまぜ部隊なんです」
現場のみんなで立ち上げることで、できたビールへの愛着がわき、現場にノウハウやモチベーションが反映され、各々勉強したことが現場の改善にいかされる。いろんなメンバーが参加することで、ものや仕組み、組織として新しい視点や価値観を生み出していく。民主的に幅広く開発することこそが、ヤッホーにとってのイノベーションであり、また唯一無二の製品を生み出していくことにつながります。
最後に、ふたりの言葉で『正気のサタン』の味を表現してもらいました。
「フルーツバスケットの香り。スーパーの陳列棚の横に置いてあるガーリックみも感じます。ぜひグラスに注いで香りを楽しんでほしいけれど、個人的には冷蔵庫でキンキンに冷やして、コーラやラムネを飲むように缶から直接飲むのもいいですね」
「香りも味わいも、トロピカルさがあるけれど、グレープフルーツのような柑橘っぽさもある。固有名詞で断定しにくいけれど、飲みやすい軽快な感じ。飲んだ後の、鼻に抜けるフレーバーを楽しんでほしいですね。あとは、肩ひじはらずに飲んでもらえれば。セビーチェやカルパッチョなどの料理にももちろん合うと思いますが、気分としてはキッチンで料理しながら飲んでほしいですね」
『正気のサタン』の醸造にあたって、まず「ヤッホーが低アルをつくることの意味」から考えはじめたモーリー。ヤッホーは、クラフトブルワリーなので、その飲み物に私たちらしい意味づけや新しいアプローチがないと、つくる意味がないとすら思っています。その志ゆえに、開発初期は沼にハマってしまったわけですが……(笑)
でも、やっぱり目指すべき場所に辿り着くためには、効率の良い方法なんてありません。トライアンドエラーと、ごちゃまぜチームビルディングが、どんな時でもヤッホーの必勝法なのです。
みなさんにも、ブルワーたちの「想い」と共に、『正気のサタン』を飲んでいただけたら幸せです。
さて、次はクリエイティブ&マーケティングのコーナーです!
COLUMN
「新米ブルワーにもチャンスあり!
それがヤッホーのビールづくり!」
「ただのクラフトビールのノンアル
版じゃつまらない」
新製品の味が決まった後、会社のテンションは一気に上昇しました。次はプロジェクトチームを発足して、コンセプト、ネーミング、パッケージデザインを決める行程です。 まずはマーケティング業務を行うよなよな未来課(ブランド戦略ユニット)のメンバーでコンセプト開発を進めることに。
「最初の大まかな開発方針として提案したのは、マイナスからゼロじゃなくて、ゼロからプラスにする飲み物にしようというものでした。お酒の代替品として仕方なく飲むんじゃなくて、飲むことでポジティブになれる、というような意味です。資料では『ノンアルじゃなくて、+(たす)アル』という言葉を使っていましたね。このときはみんなのテンションは上がっていました」
しかし、そこでいきなり壁に直面してしまいました。この飲み物は一体何なのか、わからなくなってしまったんです。
「これはクラフトビールだけど酔わないもの? それともおいしいソフトドリンクの酔うもの? みたいな、飲み物のポジションがわからなくなって、1ヶ月ぐらいひたすら話し合ってました。それが、“これは何なのか問題”です(笑)」
まだ誰も気づいていない新しい製品を生み出そうと議論は活発でした。最初から“クラフトビールのノンアル版”では面白くないとメンバー全員が思っていましたし、てんちょからも「新機軸でしっかりやりたい」と言われていました。今までにない新しいものだけど、では、具体的にどんな飲み物なのか。それを明らかにする作業を進めました。
「飲みたいけど飲めない人たちって
誰だろう?」
「もうひとつ課題だったのは、誰のどんなニーズにあってるのか。これがわからなかったんです。世の中に売っているノンアルより確実においしいけど、誰がいつ飲むんだ? みたいな。どの層に訴求すればいいかという話もずっとやってました。あのときは右往左往してたなあ。これが“誰が飲むんだ問題”です(笑)」
コンセプトを決めるとき、ファンの方をはじめ周りの人に徹底的に話を聞くのはヤッホー流マーケティングの1つです。今回のプロジェクトでは、およそ20人のファンと電話やオンラインで話しました。
「インタビューやアンケートで調査を進めたら、こういうものを好きと思ってくれる人は、食事にこだわりがあることがわかったんです。でも、食事にこだわる人ってクラフトビール好きが多いんですよ。その人たちはクラフトビールを飲むよね。じゃあ、クラフトビール好きがわざわざノンアルを飲む理由ってなんだろう? そう考えていったら、それって食事にこだわりがありながらも日頃飲むことができない事情がある人じゃないかと、なんとなくわかってきたんです」
「でも、飲みたいけど飲めない人たちって誰だろう? というのはまだ解決できずにいたんですよね」
「ビールテイストなんて言いたくな
い!醸造系クラフトドリンクなん
だ!」
そうしているうち、“これは何なのか問題”が、やっと動きました。アルコール度数1%未満はビールとは言えないし、0.00%ではないからノンアルでもない。市場には微アルコールという言葉が登場していたけれど、既にあるもののイメージを持たせたくない。新しいカテゴリーをつくろうとメンバーがやっとの想いで生み出したのが『醸造系クラフトドリンク』というカテゴリーでした。
「モーリーたちブルワーが言っていたように、醸造して発酵させてクラフトビールと同じ製法でつくっているのが、この飲み物の大きな特徴です。だから、調合のイメージがある“ビールテイスト”とは言いたくない、クラフトの精神は残したいと思って醸造系という言葉をつくったんです」
一般的に、ノンアルコールのビールはビールテイスト飲料と呼ばれています。また、ある味に似せた飲み物を○○風ドリンクと言うこともありますが、メンバー全員が、その言葉は使いたくないと思っていました。
「○○風とか言うぐらいだったら、新しい言葉つくっちゃおうよと。醸造系の前は“ブリュードリンク”って言ってましたね。ただてんちょに『わかりづらい』と言われて、ボツになりました。その後、ブリューという言葉をシンプルな日本語にしたら醸造系になったんですよね。“系”はてんちょがラーメンの“○○系”みたいでキャッチーだよねって言いだして(笑)、最終的にしっくり来たので採用しました」
「ビールテイストって言葉はお客さんの印象が悪かったんですよ。ヤッホーのファンの何人かに内緒で、困ってるから知恵貸してって言って話を聞いたんですが、そのときもビールテイスト飲料っていう呼び方は本当に嫌だと。それだけはやめてくれと言われましたね」
「ブルワーがあれだけ努力してつくったものだから、僕らもビールテイストとは言いたくなかったんですよね」
「『食事にこだわるワーキング家事
プレイヤー』という言葉に、メン
バー全員『これだ!』となりまし
た」
誰のどんなニーズを満たすものなのか、という調査を続けているうちに、醸造系クラフトドリンクという製品としての立ち位置が徐々に見えていきました。ですが、まだ飲む人の具体的な姿が浮かんでこないのです。
「ずっと話しあっていたんですが、らちがあかないから1回止めたんです。その後、ここで決めようっていうミーティングをやりました。『腹くくりミーティング』って名付けてましたけど(笑)。そこで『食事にこだわるワーキング家事プレイヤー』という言葉が出てきたんです」
『食事にこだわるワーキング家事プレイヤー』とは、仕事も家庭もそれなりに忙しくて、なかなか気ままに酔える時間がない。忙しいなかでも食事にこだわりおいしいものが食べたいという、共働き世代や子育て世代を指します。
「テレビ番組の『家事ヤロウ!!!』を見て閃きました。それまでは、食事にこだわるワーキングファーザー&マザーって言ってたんですが、この番組で伝えている家事を楽しむ&手軽で本格的みたいなエッセンスがカチッとはまったんですよね。ターゲットがくっきりと見えたときに、『酔わずに心を満たせる』っていう言葉がすんなりと出てきて、コンセプトにしっかりとおさまったんです」
製品開発のとき、ターゲットを明確に決めるのは他のクラフトビールを開発するときも同じです。これもヤッホー流のマーケティングの1つ。また、マーケティングに限らず、ヤッホーはチームで話し合うことがとても多いのです。
「一度計算したら、週の勤務時間40時間のうち30時間ディスカッションしてました」
「入社直後は、細かいことまで気にして、すごい話すんだなと驚きましたよ」
とにかくプロジェクトメンバーで多くの時間を使い話し合うことでコンセプトが固まってきました。
『正気のサタン』のコンセプト決めの2大問題、“これは何なのか問題”と“誰が飲むんだ問題”も着地しました。たどりついた場所もそのカテゴリー名も、「これしかない!」というような絶妙すぎる位置取りでした。
「ネーミングは『インドの青鬼』み
たいな単体でも記憶に残る強いイン
パクトを目指した」
他にはない独特のネーミングと一度見たら忘れられないデザインはヤッホーの大きな特徴です。ヤッホーではネーミングは社内でつくり、デザインはクリエイティブディレクターのしげぽんが率いるデザインチームで手掛けるのが、王道のクリエイティブワークです。しげぽんは『よなよなエール』以降、大半の製品デザインを手掛ける創業以来のパートナーです。ネーミングを担当したクリエイティブチームは10人。マーケティングとクリエイティブを主業務とするよなよな未来課チームに加え、社内公募で営業や通販、ファンイベント担当などのスタッフが参加し、案を出していきました。今回こだわったのは誰しもが一度聴いたら忘れられないような強いネーミングです。
「ネーミングは『インドの青鬼』みたいな単体でも記憶に残る強いインパクトを目指したんです」
「ネーミングとデザインは、コンセプトである『酔わずに心を満たせる』というフレーズを、いかにわかりやすく伝えるかというところに力を入れました。クリエイティブチームみんなでとにかく案を出しまくって、スプレッドシートで投票して、落としたり追加したり……。そんな作業を延々と繰り返しました。製品名はユーザーに一瞬で判断されるものだから、僕らも一瞬で判断するようにしています。今回はいつもの製品開発と比べて時間がないこともあって、いつも以上に感覚勝負みたいなところがありました」
「理屈でどれだけ説明できても、まず、気にならないと始まらないですからね」
「だから、プレゼン資料もつくらず、スプレッドシート1行にネーミング案を書くだけで評価したんです。めぼしいものがいくつかたまったら、社内でアンケートをとってまた整理してというのを何度か繰り返し、グループ会社にも回して、より一般ユーザーに近い意見を取り入れながら、絞り込んでいきました」
そうして最後まで残ったのが『惑星アルタス』『無重力ブルービー』『正気のサタン』の3案でした。
「『正気のサタン』は何度ボツに
なっても、不死鳥のごとくよみが
えったネーミングなんです」
3案に絞るまで、ボツになったネーミング案はなんと約900個! 製品名を決めるときは、毎回この数がボツになります。ちなみにボツ案の中で、クリエイティブメンバーがお気に入りだったのは、『アルータス、お前もか』と『キッチンダンサー太郎』。一見楽しそうなネーミング開発ですが、実際は案を出すよりも選考していくのが大変なのです。
「『正気のサタン』は、やじーが最初に出した案です。一目見た時から異彩を放ってましたね(笑)。実は選考の段階で何度かボツになったんです。しかしそのたびに不死鳥のようによみがえりました(笑)。ボツになった理由は、製品のコンセプトをちゃんと伝えられていないとか、サタンにちょっと怖いイメージがあるとかでしたね。ただ、アンケートはコンセプトに合ってるかどうかを聞くのとは別に、単純に気になるかどうか、買いたいかどうかも聞くんです。そこで『正気のサタン』は、“気になる”のスコアが常にものすごく高かったんです。なんか、落とすのもったいないよねーと(笑)」
ネガティブかもという意見が出つつも、アンケートの“気になるスコア”の異常な強さによって『正気のサタン』最終候補まで残りました。
「『ちょっと違う』じゃなくて『す
ごく違う』ものを出さないと目立た
ない」
なぜそうまでして、自分たちだけで製品名を考えるのか、質問を受けることもあります。
「ヤッホー独特のネーミングを考えられる人が、社外ではなかなかいないんですよね。ヤッホーの製品はコンセプトがネーミングに凝縮されるんですが、そこの翻訳というか変換のテクニックは言語化できないので、社内でやったほうが早いんです」
近年、世の中のブランド開発はそのとき人気のものやトレンドに右へならえ的に行われることが多く、結果どれも似たような製品が並ぶことになります。ヤッホーでは、「今の時流にのってはいるけれど、どこか均一化されたネーミングやデザイン」は選びません。
「大手ビール会社の製品とスーパーやコンビニの売り場で一緒に並ぶなかで、『ちょっと違う』じゃなくて『すごく違う』を出さないと目立たない。特に新しいカテゴリーのものをつくるためには、ビールじゃない新しいデザイン文脈やクリエイティブ文脈が必要になってくるんです。なので、しげぽんのような信頼できるクリエイターを探し出し、長くお付き合いすることで、独自性を出しています」
他と大きく違うものをつくる独自性。これこそヤッホーが創業時から持っている大きな武器だと言えます。
「『よなよなエール』をつくったときも、ビールらしくないビールをつくりたいと、黒ビールじゃないのに黒いデザインにしたそうですし。『水曜日のネコ』や『僕ビール君ビール』のようなキャラクターを前に出したデザインも独自性を追い求めた結果です。それで日本のクラフトビールのパッケージにキャラクター渋滞が起こっているのはヤッホーのせいだ!みたいなことになってるんですけど(笑)」
「ヤッホーブルーイングの“感覚”み
たいなものがあるんですよね」
ヤッホーは歴史を重ね、創業時を知らない若い社員や中途入社の社員が製品開発に関わることも増えてきました。『正気のサタン』のブランド開発でリーダーをまかされたコナンくんは、仕事を任された当時、なんと入社わずか1ヶ月半! それなのに新しさがありつつヤッホーらしさも兼ね備えた製品開発ができたのにはワケがあります。
「アイデアやクリエイティブの羅針盤には、ヤッホーブルーイングの“感覚”みたいなものがあるんですよね。それはてんちょが一番持っていて、製品開発はてんちょのハードルを超えなければいけないみたいなところがあります。その感覚は言語化されていて、9つのクリエイティブ要素という定義でまとめられています。それを羅針盤にしながら、ハードルの基準値に乗せていって、クオリティを高めていくんですけど、定義を理解するのも大変だし、評価基準も独特ですね」
今回、1ヶ月半という異例の短期間で、しかも〆切が設定された中で行われたネーミングとデザイン決め。実際、「間に合わないんじゃないか」と思うほどギリギリだったのですが、そんなときでもメンバーはポジティブでした。
「間に合わなかったら、謝ろうって話してました(笑)。謝ってすむのかどうかはわからないけど、謝ったら許してもらえそうに思えてしまうのも、ある意味ヤッホーのイメージです。『インドの青鬼』を開発するとき、まだ社長じゃなかった頃のてんちょが、当時の社長に1年間ネーミングのボツを出され続けたのに比べたら、苦労してないほうです(笑)」
COLUMN
「ネーミングボツ案 全て公開!」
「因数分解したキーワードをキャラ
クターに置き換えると、動物や人
間、ロボットになったりするわけで
す」
ネーミング案が絞られると、デザイン案がつくられ、総合的な評価へ移る。いわば決勝戦! デザイン案まで進んだのは、『無重力ブルービー』と『正気のサタン』の2案。クリエイティブディレクターのしげぽんに資料を渡し、コンセプトを1から説明。海外クラフトビールのようなビビッドな色合いを使いたいことや、食事のクオリティを邪魔しない洗練されたデザインであること、新機軸っぽいデザインがいいことを伝え、キャラクターのフラッシュアイデアも渡した。そこで、しげぽんが感じたのは、いつもと違うプロジェクトチームの熱量の大きさでした。
「世の中を変えるみたいなことがオリエンペーパーに書いてあって、意気込みと同時にプレッシャーを感じました。資料の中に〝良いお皿のように、そこにあるだけで食卓が洗練される〟というデザインコンセプトのフレーズがあったのですが、僕はその言葉にとても惹かれて、それで何か道筋が見えた感じがしました。でも、それを書いたご本人たちは時々忘れてしまうようで、何度か『もっと泥臭く』みたいな修正依頼が入ったりして、そのたびに『あの言葉に戻りましょう』とたしなめた記憶があります(笑)」
ヤッホーブルーイングのパッケージデザインの象徴ともいえるキャラクター。どのキャラクターも、ひと目みたら忘れないインパクトを意識しています。『正気のサタン』も、最初からキャラクターメインのデザインがプロジェクトチームの念頭にありました。
「デザインコンセプトを因数分解して、軽快さと浮遊感、解放感と自然、心地良さと楽しさ、知的な、新しいウェルビーイング時代の道標…...などなど、キーワードを出しながら、デザインを組み立てていきました。そうしたキーワードを、デザイナーやイラストレーターと一緒にキャラクターに置き換えると、動物や人間、ロボットになったりするわけです。これはいつもと同じ手順です」
紆余曲折ありつつもタイポグラフィや色合いなどデザインの大枠はスムーズに進んだと語るしげぽん。一方で、キャラクターづくりは壁にぶつかってばかりでした。
「サタンのモチーフとして、ヤギ人間のキャラクターは当初からご提案していました。何度かの修正を挟み、他の案も並行して検討しながらも、ヤギのキャラクターはずっと最後まで残っていました。ボツ案ではもっと悪魔っぽかったり、もっとスカしてたり、トランプのジョーカーみたいな感じだったり、いろんなヤギがいました。サングラスをするかどうかもポイントでしたね。一般的には、目があった方が、キャラクターの印象が強くなるものですが、今回はサングラスがこの軽快なキャラにハマッたので、ありパターンとなしパターンをいくつかつくりました。いろいろトライし過ぎて、この頃は、僕らもプロジェクトメンバーの方々も、どれが良いのか段々わからなくなっていました(笑)」
「僕らは、しげぽんから提案をもらったその場でフィードバックをしていました。その場でみんなが意見を一斉にしゃべるから収集がつかないんですよ。毎回それをやっていると、もう何がいいのかわからなくなってくるんです(笑)」
「途中で、てんちょに見せたら、『もっとインパクトと、もっと親しみ』がほしいと。二律背反ですよ。ハードルが高いな~って(笑)」
「デザイン案でも『正気のサタン』
は評価が悪かった。でも僕らメン
バーだけはいいと思っていた」
そして、ネーミングに引き続き、デザインの段階でも『正気のサタン』はピンチに陥りました。
「決勝戦は、ネーミングの候補2案でデザインをつくって、2つ並行してデザインを詰めていき、どちらかに決定する流れでした。そのときもサタンは何度か没になりかけてます。でもよみがえった(笑)」
「今のデザインになる前は、キャラクターのヤギがもう少しスマートだったんです。それがアンケートのスコアが悪かったんですよ。怖いとか気持ち悪いとか。それで、もうこれは駄目じゃないか……ってなったんですが、でもどうしても捨てがたい」
「アンケート評価も悪いし、何を聞いても良くないんですよ。でも僕らみんな『正気のサタン』がいいと思っていたんです。評価は悪いけど、落とすんじゃなくて、どうやったらプラスに転じられるかをずっと考えてました」
「数字やデータは信じてるんですけど、若いメンバーもいいと言ってるし、プロジェクト外の人もいいねって言ってるから、数字にあらわれなくても、いいんだろうと思ったんです。個人的にも、いけるんじゃないかなと右脳が感じていました。この正面の感じが、なんかよかったんです」
「みんな、なんだかわからないけど、気になってたんですよね」
最後はプロジェクトチームの不安を押しのける愛着と勇気で、『正気のサタン』に決定しました。
「『ああ、どうしても正気のサタン
が好きなんだな』って思いまし
た」」
「複数案を検討しながら、みなさんからいろんなコメントをいただきましたが、『ああ、どうしても正気のサタンが好きなんだな』って感じていました。なので、この名前に決まったときも全然意外じゃなかったです」
『正気のサタン』をはじめ、ヤッホーのデザインをするとき、しげぽんはこんなことを考えてつくっています。
「ヤッホーさんらしさは、ロジックと感性というか、理屈と感性、右脳と左脳、Think&Feelなど、相矛盾するものを超えてゆくところにあると思うので、悩ましくてもどちらかに偏らないように気をつけています。元々クラフトビールはポジショニングが難しいものだと思うんですが、ヤッホーさんは微妙な位置取りをすごく考えられてます。Thinkをすごく大事にしながら、でもいい加減なFeelでは許されないので、そこは楽しんでやるしかないと常に心に留めています。たまにくじけそうになりますけど、楽しむことを大事にしてます。やっぱり、楽しくやらないと楽しさは伝わらないですから。」
『正気のサタン』のデザインで、くじけそうになったこともあったというが、当時のやりとりの様子を楽しそうに語ってくれました。
「サタンくん(ヤギのキャラクター)をもうちょっとふくよかにしてくださいと言われたときは、結構抵抗しました。てんちょの意見だったようですが、オモシロキャラみたいな方向に持っていきたいのかなという心配をちょっと感じまして、粘り強く、ちょっとずつちょっとずつ頬をふくよかにしていきました」
「親しみが必要だから、何とかお願いしますって頼み込んだんですよね」
「サタンくんの顔がだんだん良くなっていったので、結果的には良かったと思っています」
「営業も、プロジェクトチームの一
員に。『正気のサタン』のファン
を、お取引先にもつくりたい!」
営業は製品をユーザーへ届けるアンカー。繋いできたバトンをお客さんというゴールへ持っていく大切な役割です。よっちゃんは今回のプロジェクトチームに立候補し、『正気のサタン』に開発から関わってきました。営業のような開発に関わらない部署でも、手を上げればプロジェクトチームに参加できるのも、ヤッホーのユニークな社風の1つ。それだけに、『正気のサタン』への思いは人一倍強い。それは、ネーミング1つとっても、決定までにどれだけ大変な思いをしているかを間近で見てきたからです。
「プロジェクトチームに参加して印象的だったのは、こんなにネーミング案がボツになるんだってことです(笑)。僕が気に入っていたのは『キッチンダンサー太郎』。めちゃめちゃツボに入ったんですよ」
開発中、「これは売れる!」と思った瞬間が2回ありました。
「ターゲット決めで、コナンくんが“食事にこだわる、忙しい人たち、欲求には正直”みたいな要素を『ちょっとゆるめな健康志向層』と言い始めたときですね。すごい面白かったし、僕自身も共感したし、これは共感する人多いだろうなって思ったんです。この言葉が、最終的には『食事にこだわるワーキング家事プレイヤー』になったんですよね」
もう1回は、『正気のサタン』の試作品を営業チームで試飲したときです。
「飲んだ瞬間、営業チーム全員が『これは売れる!』って腰を抜かして驚いたのを覚えてます。すごい衝撃でした。『これやばいぞ!』って大盛り上がりでした
開発に関わりながら、営業チームとしても正気のサタン担当として走り回りました。
「製品コンセプトをしっかり説明したおかげか、担当者の方にクラフトビールの1アイテムとして考えてもらえています。クラフトビールの棚の1角に置いてくれるという話もいただいていて、ノンアルとは違う期待をされているのが伝わってきますね。『これは飛ぶように売れてしまうかも!』という発言が出るくらい盛り上がっています(笑)」
ちなみにヤッホーの営業の流儀は「取引先をもファンにする」こと。『よなよなエール』のTシャツを着て商談をし、取引先の担当者をニックネームで呼び、刺激的な提案をユーモアたっぷりに話す。そうすることで、担当者が自発的にお客様にすすめてくれたりするんです。
「みなさんすごくフレンドリーに接してくれるんですよ。取引先に新人さんがいらっしゃったとき、上司の方が『これがヤッホーさんよ。一緒に写真撮ってもらいなさい』っておっしゃったこともありました(笑)。『ヤッホー飲んでます』って声をかけられることも多いです。『正気のサタン』はまったく新しいカテゴリなわけですから、営業というより、広めていくみたいな感じになるんじゃないかなと思います。それには僕たちだけの力だけじゃ全然足りないと思っています。なので、取引先社員・店員の方も一緒になって『正気のサタン』を広めていく、そんな伝道師みたいになっていただけたら、なんて思っています」
こうしていよいよ発売までこぎつけた『正気のサタン』。どのように世の中から受け入れられるのでしょうか?私たちも楽しみで仕方ありません。
製品開発もユニークなチームビルディングで行っているヤッホーブルーイングですが、マーケティングやクリエイティブのアイデアだって、みんなでよってたかって取り組んでいます(笑)。コンセプトメイキング、ネーミング、パッケージ制作と、本当に苦労の連続でした...…。
いずれの作業にも共通するのは、とにかく民主的にみんなで意見を出し合うこと。そして、ファンの皆さんも含め、たくさんの人の声に耳を傾けること。そこから先は、ヤッホーならではの「感覚」を信じて突き進むだけです。もちろん時に摩擦もありますが、そういう過程を経ることで、私たち自身が誰よりも商品のファンになれます。つまり、当事者意識が最大化されるわけです。そして、その熱量が、未来課やクリエイティブチームだけでなく営業チームにまで伝播して、お店のみなさん、お客さんにまで届いていくと信じています。
次はついに最後のパート。今後の展望、想いについて語ります!
『正気のサタン』はクラフトビール
の概念を超えて、飲み物という常識
さえひっくり返す可能性があるまっ
たく新しい飲み物
味、ネーミング、デザインなどすべてが膨大な熱量でつくられた「正気のサタン」。そこにはヤッホーらしさ、というブランドが備わっています。その根源となっているのが、企業文化であり、てんちょ自身でもあったりします。
ときに無茶ぶり、ときにお茶目で、ヤッホーの中で一番ヤッホーらしさを持っている人であり、それだけにスタッフ誰もが、その視点や価値基準を受け継ぎ、「てんちょだったらどう考えるか?」を意識しています。
「新製品をつくるときは、まず味を中心に、コンセプト、ネーミング、デザイン全てが世の中にないものをつくりたいと思っています。僕は『100人に1人刺さればいい』と言ってるんですが、要は市場シェアの1%が支持してくれるぐらいとんがったものをつくろうとすると、そんな製品ができるんですよね」
「『正気のサタン』もそう。とは言っても、つくったのは僕じゃなくて、うちのメンバーたちなんですけど(笑)。僕の抽象的なイメージを、ちゃんと言語化してロジックを組んで進めてくれて、ほんとすごいなと。僕はうまく言葉にできなくて、あ~とか、う~とか、あれだよあれとしか言ってなかったのに(笑)。それを形にする力がヤッホーブルーイングにあるんだと思うとうれしいですし、見事だと思ってます」
「ダイヤの原石を拾い上げる。それ
が今の僕の役割」
とはいえ、てんちょも味やネーミング、パッケージデザインのチェックなど、製品開発の要所ごとに関わっています。『正気のサタン』の開発では、メンバーたちをいい意味で引っかき回し、よりよい方向へ向かわせてくれました。
「いや、僕は思ったことを言ってるだけなんですけどね(笑)。味の開発はずっと定点観測をしてました。初めてのテイスティングで、『ボディが弱い気がする』って言ったときの、醸造メンバーのがっかりした顔は覚えてます(笑)。ネーミングも候補が最後の10個になったとき見せてもらったんですが、『正気のサタン』はキャッチーで、インパクトがとにかく強かったですね。なのに、クリエイティブメンバーから『サタンは、商標の関係か何かできっと漏れます』って言われたので、それもったいないから残して、使って大丈夫かどうかも調査してみてよってお願いしたんです」
そういった、すくい上げが、今のヤッホーブルーイングでのてんちょの役割になっています。
「最終的な決定はプロジェクトメンバーのみんなが決めてくれたんですよ。みんな優秀だから、メンバーで決めればいいよと思っています。じゃあ僕は何をするかというと、最終段階にいくまでに『ひょっとしたらこれダイヤの原石かもよ』っていうのを落とさないように見ること。これが最近の僕の役割ですね。今回がいい例ですけど、すごく有望な原石がその欠片だけ顔をのぞかせているのに、それをある困難が理由であきらめようとしてしまうことってあるんですよ。そこで『その困難、そんなに難しくない可能性あるよ、そこを追求しながら、少なくとも次のステップに進めて様子を見てみなよ』と生かしてあげるみたいなことはよくやりますね」
デザインも、キャラクターにもっと親しみやすさを持たせてはどうかと提案しました。その例えがまたユニークでした。
「原案を見せてもらったとき、ヤギのキャラクターがちょっと怖かったんですよね。そこで僕があるアーティストを例えに出したんです。『あの人ってさ、歌ってる姿もかっこいいけど、あの体格で一生懸命踊ってるところに、みんな親しみというか愛着を持っていると思うんだ。だから、このヤギも、もうちょっとぽっちゃりしたら、かっこいいとかわいいが合体して親しみやすさが出るんじゃない?』と話したんです。そのときメンバーはキョトン?としてましたね(笑)」
「しげぽんが抵抗したところです(笑)」
「『正気のサタン』はお酒ではなく
新しいカテゴリーで勝負できる! 新
しいファンをどんどん引っ張ってき
てほしい!」
製造チームの衝撃と内省、てんちょの気づき、そこから始まった製造は困難を極めながらも、”アルコール1%未満でおいしい”という難しい問題を解決して、当初の期待値を超える味をつくることができました。しかもすごい短期間で。
よなよな未来課&クリエイティブプロジェクトチームは、“これは何なのか“、“誰が飲むんだ“、という課題をクリアしてコンセプトを設計し、さらにネーミングとパッケージデザインでは自分たちの感覚を信じぬき、なんとかカタチに落とし込みました。こちらも短期間で。
てんちょは言いました。
「『ほんとにつくるんだ、この人たち!?』って驚きの感情です」
「いや、てんちょが『つくって!』って依頼してましたよね(笑)」
こんな調子のヤッホーブルーイングですが、ものづくりには手を抜きません。たくさん考えて、たくさん発想して、楽しみながら壁にぶつかって、そんなことを日々続けています。
だからでしょうか、メンバーひとりひとりの強い思いが浸みこんでいたりもします。
「自分が知っている製品で、これ以上に香味とボディが豊かな低アルはない」
「子育て世代が罪悪感なく飲める、そんな新しい生活様式が生まれたらうれしい」
「この製品で世の中が楽しくなったり、ちょっとでも救われたりする人がいたらいいなと思ってる」
「お客さんを驚かせるという我々の原点に立ち返った製品、飲んで驚いてほしいです」
「今までクラフトビールを飲めなかった人に届けられるようになる画期的な製品」
「これが発売されたら世の中がどう反応するか、すごいワクワクしています」
「クラフトビールでは得られなかった新しいファンの方々の声が聞けたらうれしいです」
「ヤッホーブルーイング初の低アル製品ですが、今までにないくらい高いポテンシャルを感じています。お酒の代替としてのノンアルではなく、『これが飲みたい。アルコールがなくてもこれを飲んでポジティブに楽しい時間を楽しみたい』という新しい市場をつくる可能性があるし、そもそもビールじゃなくて、もっと大きい“飲料”というカテゴリーで勝負できる、おいしい飲み物だとも思っています。そして、今までクラフトビールを知ってはいるけど全く飲んだことがない方々が、『正気のサタン』を入口にして、クラフトビールに興味を持って飲んでもらいたいというのも、ちょっとだけ期待しています」
てんちょをはじめ、ヤッホーメンバーの並々ならぬ想いから生まれた『正気のサタン』。ぜひ手にとって新しい味わいを楽しんでみてください!
と、いうことで開発ストーリーはここまでですが、もうちょっとだけ。
最後にここまで読んでいただいたみなさんがきっと気になっていると思う『正気のサタン』の味わいをヤッホー社員が自由に表現してみました。4つ目のコラムと感謝の気持ちをしたためた後書きで本当の締めくくりとなります。
どうかあと少しお付き合いください!
終わりに
最後になりましたが、こんなに長い文章にお付き合いくださったみなさん、本当にありがとうございました。(正直、疲れましたよね?)短い開発期間ながらも、私たちヤッホー社員の想いがつまりにつまった新製品『正気のサタン』。ビールという枠を飛び越え、今までになかったカテゴリーをつくっていきたい! そして、飲んでいただいたみなさんに、新しい暮らしをお届けしたい! そんな汗と涙と笑いと夢と情熱と希望が詰まった私たちの想いをつらつらと書いていったらこんなに長くなってしまいました。みなさんにもこの想いが少しでも伝わったならうれしいです。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!