まさかこんな形で『MOTHER』の原稿を書くことになるとは思わなかった。ちょっと、まだ混乱していて、何をどう書いていいのかわからないけれど、考えながら書いていこうと思う。書き終わるころには少しは考えが落ち着いてくるんじゃないかと思う。
詳細は、ほぼ日刊イトイ新聞の樹の上の秘密基地にある。要するに、『MOTHER3』の開発が(延期ではなく)中止になったということだ。もう出ないということだ、『MOTHER3』は。
やっぱり混乱している。ただ誤解してほしくないのは、僕にとって『MOTHER3』は、たかだか楽しみにしているゲームの1本にすぎない、ということだ。悲報に放心して何も手につかないといったものではないし、実害をこうむったわけではないし、ふさぎ込んだり当たり散らしてるわけでもないし、腹は減るしご飯は美味いし、僕の生活は『MOTHER3』が出ようが出まいがおかまいなしに続いていく。だから、ちょっと混乱はしているけれど、とりたてて感傷的になっているわけではない。僕にとって『MOTHER3』は、楽しみにしていたゲームの1本にすぎない。それを前提にして、書いていこうと思う。
まず、『MOTHER2』が大好きだった。「あのゲームは泣けたなあ」というゲームは過去に何本かあるのだけれど、物理的に涙がポロポロと流れたゲームというと3本しかない。そのうちの1本が『MOTHER2』だ。それで心残りなことがある。僕は『MOTHER2』について、過去に何も書く機会がなかったということである。物理的に泣けたということだけではなくて、土星さんのすばらしさとか、タコ消しマシーンのばかばかしさとか、海辺の町のちょっとバカラックっぽいメロディーとか、自転車に乗っててボタンを押してみたらベルがチリンチリン鳴ったというようなことにたいして、『MOTHER2』がとっても素敵なゲームであるということにたいして、僕は何も書く機会がなかった。まずそれを少し残念に思う。
『MOTHER2』が大好きだった。それで、『MOTHER3』を楽しみにしていた。手ぐすね引いて待っていた。プレイヤーとしても、ゲーム雑誌の編集者としても。
今日、つまり8月22日の午後、人に教えられてそれを読んだ。驚いた。長かったけれど、じっくりと最後まで読んだ。あれがすべてなのだと思う。開発中止の公式コメントに代えて掲載されたその対談は、口を挿む余地のないものであるように思う。じゃあそれで『MOTHER3』をあっさりあきらめられるかというともちろんそんなことはなくて、逆にあれを読むことによって『MOTHER3』を遊びたいという思いはより強くなってさえいる。「作り手として、責任(そんなものがあるかどうかはさておき)を果たせ」、という物言いだって可能だろうし、「『MOTHER3』開発再開へ向けて署名運動を!」みたいなことを企画することだってできるだろう。『MOTHER3』への愛は等しくとも、その愛がどんな形をとるかは人それぞれだから。怒りを感じる人もいるだろうし、本当に泣いちゃう人もいるだろうし、新手のプロモーションだと深読みする人もいるだろうし、まだ出るんじゃないかと信じ続けている人もいるだろうと思う。
僕はというと、まだはっきりしてない部分も多いからすごく慎重にたしかめながら書いているのだけれど、まず、『MOTHER3』はもう出ないのだな、と思った。ひょっとしたら、なんらかの形で『MOTHER3』と冠されたものが将来世に出ることもあるのかもしれないけれど、僕が待っていた『MOTHER3』というものは、もう出ないのだな、と思った。それは、やはり悲しいことだ。編集者としても、プレイヤーとしても。個人的に僕は、『MOTHER』を待つということも『MOTHER』の一部として楽しんでいたようなふしがあったから、なんだか、告げなくてもよい終わりをわざわざ告げられたような、奇妙な気持ちがした。そしてあらためて、「ちぇっ」と思った。「ちぇっ、やりたかったなぁ」と思った。
そして、糸井重里さんと、岩田聡さんと、宮本茂さんの3人が協力しても、創るということをあきらめなければならない状況というものが存在しうるということに驚いてしまった。僕の知る限り、この3人はクリエイティブのかたまりのような人たちである。アイデアが泉のように湧き出てくるとか、人並み外れた技術と知識と好奇心を持ち合わせているとかいうわかりやすい創造性だけではなく、ものを創って出すためにはきちんとお金を稼がなければならないとか、ものを創ることと同じくらいそれが消費される仕組みを意識することは大切なことだというようなことを、誰よりも知っていて慎重に実践してきた人たちである。それは、無人島で誰に見せるでもない絵を洞窟に描き続けているような創造性とは質を違える。つまり、ものを創ることを大切にするからこそ、その仕組みを必死で作り上げて、少しでも制約なく自由にものを創ろうとしている人たちなのだと僕は思っている。そういった、いまの日本で理想的なもの創りをしていると僕が(軽い気持ちで)考えていた人たちが、それをあきらめてしまう状況があるのだということが少なからずショックだった。そして、再び立ち戻ると、そういった人たちが「『MOTHER3』を創ることをやめました」と口にするのだからこそ、本当にもう『MOTHER3』は出ないのだと思う。対談の中でも触れられているけれど、たとえば経営者の頭が固いとか、お役所とか倫理機関がそれを許さないとかいうのなら、僕は署名運動だってなんだってするだろう。しかし、『MOTHER3』の開発をやめると言っているのは、宮本茂と、岩田聡と、糸井重里なのだ。
僕らはなんだか、ものは勝手に創られて勝手に出てくると考えている。週刊誌は毎週出て、新製品はどんどん店に並ぶような気がしている。『MOTHER3』は、延び延びになって忘れたころに出るような気でいる。でも、そうじゃないことだってあるんだ。
こうすれば『MOTHER3』は出たかもしれない、なんてことはないと思うし、それを分析して納得したいとも思わない。対談を読んでもらえればわかるように、『MOTHER3』の中止は、ほかのものを創るための中止ともいえるわけだから、何がなんでも『MOTHER3』だけが出ればいいというわけではない。このとっちらかった文面からわかるように、僕も結論をうまく出せずにいる。実感としては「ちぇっ」というあたりからうまく進めずに、こうして書きながら対談を読み返してみたり、もの創りについて考えてみたり、そうはいっても腹が減ってみたり、いろいろもやもやしている。
ここ半年ほど、個人的に仕事で糸井重里さんと会って話すことがよくある。誓って言うのだけれど、僕はそういうとき糸井さんに『MOTHER3』について質問したことがない。タブーとして触れないようにしていたわけではなく、当たり前のことのように自然な振る舞いとして、僕は『MOTHER3』の話をしないでいた。自分の著書として出した、ゲームをテーマにした単行本のためのインタビューのときでさえ、「『MOTHER3』はいつ出るんですか?」とは聞かなかった。それは、自分が本当に好きなミュージシャンを街で見かけても絶対に声をかけることができないようなもので、そういうふうにして、僕は『MOTHER3』というゲームを大切に思い、待ってきたのだと思う。
もう何年もまえになるけれど、仕事として『MOTHER3』について糸井さんに取材したとき、彼は「もうシナリオはほとんどできたんだ」と言った。そして、その例を示すために、「こないだついに、最後のセリフを書いた。ノートに、最後のセリフが書いてある。それはまだ誰にも見せないけれど、そのページをめくればそこに最後のセリフが書いてあるんだよ!」と、本当にうれしそうに、話していた。
それを読みたかったと思う。もちろんその字面を追うという意味ではなく、そこへ集約されたすべての世界を経験し、いろんな時間を過ごしながら、おそらく笑ったり、いらだったり、感心したり、眠くなって寝たり、驚いたり、腹が減ったり、わくわくしたりしながら、最後の最後で、待ちに待ったそのセリフを読みたかったと思う。
そんなわけで、多少落ち着いてはきたけれど、僕はまだ少しとっちらかっている。たったひとつの結論なんて出ないと思うけれど、『MOTHER3』が出ないということにたいして、あるいはあの対談で語られたことについて、もっといろいろ考えてみたいと思っている。それで、持ちネタになってしまって恐縮なんだけれど、『MOTHER3』の話をしませんか。
あなたは、どう思いましたか。
いろんな人のいろんな考えが聞きたくて、今日、急に無理言ってこういう場を設けてもらいました。立派な意見でもいいし、立派な意見でなくてもいいです。たんなる『MOTHER』の思い出でもいいし、もの創りに対する考えでもなんでもいいです。ユーザーとしての意見とか、クリエイターとしての意見とか、主婦としての意見とか、中学生としての意見とか、なんでもいいです。もしよろしければ、メールしてください。いただいたメールは、すべて読みます。印象的なものは、ここにどんどん掲載していくつもりです。最終的には、すべてのメールを糸井さんたちに渡したいと考えていますが、糸井さんたちからそれに対する返事はいただかないつもりです。これは、あくまで僕が(僕とデイリーファミ通編集部が)今日勝手に、いくぶんあたふたと始める企画です。Yes、Noのアンケート調査をしたいわけではありませんし、質問リストを作りたいわけでもありません。あなたがどう感じたのか、どう思っているのか、教えてください。
希薄ながらその動機を付け加えるとすれば、僕は『MOTHER』がとても好きなので、あっさりと忘れてしまいたくはないのです。『MOTHER3』は、ゲームソフトのスケジュール表から姿を消すことになります。任天堂の製品リストや、ソフトカタログのようなものにも残りません。僕もいずれ忘れてしまうのだろうと思います。たかだか、楽しみにしていたゲームの1本にすぎません。けれど、あっさりと終わりにしたくないのです。感傷的な気分につき合わせるつもりはありません。もしも『MOTHER3』が世に出ていれば、いろんなところでいろんな人が話したであろうという、『MOTHER3』の話を、せっかくだからしてみたいなと今日思ったのです。
長々と混乱した文面を続けてしまってすいません。
ところで、あなたはどう思いましたか?
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