ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
ミホノブルボンは、機を窺っていた。
「見たかい? 参謀くん」
「見た。まさかだったよ、本当に。未知とは恐ろしいものだな」
「未知もそうだが、あれが失わざるべきものを失うということだ。これまで当たり前にあったものが、唐突に消える。その結果があのざまだ」
何を見たんだろう。
そんなことを思いつつも、彼女の関心はそこにはない。緊張によって起動した発汗機能によって少し汗ばむ手を握ったり放したりしながら、ミホノブルボンは『機』を待っていた。
「領域とはそれほどか。つまりお前もあの時、領域とやらに入れなくなっていたのだな」
「……いや、そうではないが」
「じゃあなんだ」
「…………我が領域たる宮城に入れぬ我が身の窮状を――――」
「違うということだな。お前は何かを隠している。なんだ」
――――なんだもなにもない
――――俺は直接言わんことにはわからんぞ
朝食のトレーを両手で引っ掴んで立ち上がるシンボリルドルフ、追う参謀。
全力疾走でシンボリルドルフに振り切られたらしき男が首を傾げながら戻ってきて、席に座る。
――――今です
ミホノブルボンは、そう確信した。
「よぉ、参謀。今日のトレーニングのことなんだけどさ」
「お前か。なんだ?」
確信は嘘だった。
おとなしくペタンと席に座り直し、黙々と食べる。
美味しい。これはたぶんマスターの味だろうと、ミホノブルボンは思った。
「――――てことで、ちょっと緩められないかね。モチベーション維持のためにも」
「お前が言うなら必要なのだろうし、そうしよう。トレーニング量の不足は、質で補えばいい」
「聞き分けが良くて助かるよ。ありがとな」
そう言って、手をひらひらさせながら去っていく『将軍』。
――――今です
ミホノブルボンの中のミホノブルボンが、そう確信した。
「……あいつのことだから連絡はしてないだろうし、俺から師匠に報告しに行くか」
ササッと少量の朝ごはんを胃に詰めて、彼女のマスターは食堂を後にする。
暫しの逡巡の後に、トレーを持ったままミホノブルボンは後に続く。ミホノブルボンの中のミホノブルボンは、虚偽報告の咎でデリートした。
彼女のマスターが東条ハナの私室に入ってから、待つこと暫し。
「祭りがそんなに好きかね……」
ぬっと、長身が出てきた。いつも通りの冷徹さを湛える端正な顔立ちを見て、ミホノブルボンの中のミホノブルボン2号機――――ブル・ツーが指示を下した。
――――今です
慌てて距離を詰め、ようとして。
「あ、いたいた。トレーニングの時間だよ、ブルボン」
後ろから猫を引っ掴むような気軽さで、フジキセキの細腕がミホノブルボンの全身を持ち上げ、前進を阻んだ。
「フジキセキ寮長。私は現在、最難関ミッションへ挑戦中です。しかしトレーニングがはじまるまであと1時間16分。時間は充分に――――」
「繰り上がったんだよ。今日は夏祭りがあるからね」
可愛いというよりは格好良い顔立ちをしたフジキセキの瞳には、非日常へのワクワク感がある。
それは知っています。
そう言いかけた口を閉じて、ミホノブルボンは取り敢えず食事を味わって食べた。
それからやや時間は離れ、昼休み。
ポンコツAIブル・ツーのデリートと共に生まれた高性能ミッションクリア補助AI、ブルスリーが言った。
――――マスターを探しましょう
そう。昼休み中、マスターはどこかへ行っている。練習中は将軍に改善点を伝えたり、しきりにメモをとったりしていたし、そもそもミホノブルボンも真面目に練習に取り組んでいたから話しかけることができなかった。
だが、昼休みならば別である。好きに話しかけることができるし、迷惑にもならない。
最近アップデートによってマスターセンサーと化した長大なアホ毛を駆使して、ミホノブルボンは昼休み終了11分27秒前にマスターを発見することに成功した。
「エアグルーヴ。最近、あいつはどうだ」
「頓に元気だ。貴様も私を通じて心配するくらいなら、直接連絡なりなんなりしてやれ」
「いや。その資格は俺にない」
「資格云々の問題か、このたわけ。あいつは――――」
「云々の問題だ」
――――今です?
断じて今ではない。
エアグルーヴと、マスター。あまり想像できなかった組み合わせの会話をメモリに記録しないようにしつつ、ポンコツAIブルスリーのデリートを完遂すると同時に昼休みは終わった。
そして、夕方。練習が終わり、ミホノブルボンは気づいた。
そろそろ拙い。もうはじまる、と。
いよいよもって、なりふり構っている余裕はない。
練習おわりに、マスターがどこにいるかはわかる。いつもの通り私室にいる。今も、私室にいた。
だが、今の彼は忙しそうだということがひと目見てわかる。
フジキセキ寮長が言っていたように、今日この日の夏祭りを楽しませるために、将軍共々マスターは練習を短く切り上げた。
だがその皺寄せがどこに行くかと言えば、練習メニューを考えている彼であると、明晰なミホノブルボンの頭脳はわかっていた。
(夏祭り……)
マスターと一緒に行きたい。マスターと一緒にお店を回りたい。マスターと一緒に遊びたい。マスターに、見てもらいたい。
浴衣。母親が着ていたというそれを、ミホノブルボンは持ってきていた。
「ブルボン」
扉越しに名前を言われて、心臓が跳ねた。尻尾もピーンと斜めに伸び、へたりと戻る。
「足音の質でわかる。どうした?」
「……マスター」
おずおずと、ミホノブルボンは足取り重く扉を開けて信頼するマスターの私室の中へとはいった。
練習で疲れているからではない。自分の存在が、願望が、敬愛するひとの重荷になることがわかっていることが、彼女の脚を重くした。
(……バグが発生しています)
ここは、退くべきだ。夏祭りは一人で行けばいい。もっと言うならば、行かなくていい。三冠ウマ娘になりたいと思うなら、未知を切り開く者になりたいのならば、本来予定されていた練習を聞き出してその通りに励むべきだ。
そんなことは、わかっている。わかっているのに、止まらない。止められない。
夢を肯定されて、一緒に歩むと言ってくれて。
――――俺たちに常識が味方してくれたことなど、それまでのただの一度も有りはしない。今までの当たり前がこれからも続く。ただそれだけのことが、俺達にできないと思うのか?
そう言われて、嬉しかった。かっこいいと思った。メモリの一隅を焼き切る程強烈に残っている、その言葉。
その言葉を聴いてから、おかしい。マスターの顔を見るたびに、声を聴くたびに心臓が基準値を逸脱した動きを取る。
一緒にいたいと、ずっと思っている。今、マスターは何をしているのだろうかと、つい考えてしまう。
「マスター。夏祭りが開催されるとのことです」
「無論聴いている。君も早く行ってきたらどうだ?」
耳がしょぼんと垂れて、尻尾が地面につかんばかりに下がる。
パチパチと意味もなく星空のような瞳を瞬かせて、ミホノブルボンはうろうろと歩いて止まり、歩いて止まった。
「どうした」
「いえ」
とは言いつつも、明らかにミホノブルボンの意思決定機構には揺らぎが見えた。
行ってきたらどうだ、と言えば行く。それが傍から見れば愚かしさすら感じる程の従順を持つ、ミホノブルボンというウマ娘の特徴である。
――――言い方が悪かったかな
そんな彼女が命令――――というほど強い口調ではなかったが――――を受けたのにうろうろとして実行してないところを見るに、相当言い方の方に問題があったと思わざるを得ない。
「別に俺は、夏祭りに行くことに反対しているわけではない。将軍がここでリフレッシュして、残り1週間を全力で駆け抜けられると言った。ならばそれは正しく必要なことだ。だから是非、行ってほしいと思っている」
「……マスターは行かないのですか」
「行く意味がない」
そう、意味はない。全くもって意味がない行為だということを、他の誰でもないミホノブルボンがわかっている。
ミホノブルボンは、これから自分がする行為が全く意味のない行為だと知っている。
「……マスター。私はマスターと一緒にお祭りに行きたい、です。遅くなっても、短くても構いません。お仕事が終わってからでもいいので、一緒に行っていただけませんか?」
言い終わる。辺りに闇の帳が落ちたような暗さ、寒さ。息苦しさ。
それが自分が息を止めていたからだと気づいて、ミホノブルボンは慌てて大きく息を吸った。
くるりと、背もたれに隠れた背中が裏返る。少し驚いたような色を持つ鋼鉄の瞳に、やや濡れた灰色の髪。風呂上がりだからか、着ているのは濃紺の着流し。
やや不健康さを感じさせる程の白い肌が、着流しの色の濃さに合っていた。
「…………」
沈黙。胡乱げな眼差しがつま先から頭のてっぺんまでを撫で回し、首が右に傾く。
少し言葉を選ぶように赤い舌がちろりと覗いて、口の中に戻る。
「俺と行きたいのか」
「はい」
「……珍しいこともあるものだ」
それはどちらの意味なのだろうか。
誘われることが珍しいのか、あるいは自分がここまで意志を発露させることを指して言っているのか。
あるいはどちらもかも知れないと、ミホノブルボンは思った。
「結論から言おう。構わない」
「それは……本当、でしょうか」
「ああ。俺は夏祭りに行く意味は全く無いから個人的な仕事をしていただけで、意味が生まれた今となっては行くのもやぶさかではない」
心臓が、早鐘を打つ。早鐘と同じリズムで尻尾と耳が上下に動いていることを、ミホノブルボンは知らない。こいつ面白い挙動をするな、と見られていることも、知らない。
「ありがとうございます、マスター。感謝いたします。用意して待っていますので、いつでもお声がけください」
丁寧に一礼してからドアを閉め、いつもの表情のまま拳を握りしめてその場でぴょんぴょんと跳ねる。
足の先を持ってぐるりと回し、足首の可動域を広げる。手元に引っ張って、反らす。
彼女のマスターが怪我防止として飽きることなく繰り返したストレッチによって後天的に得た足首の柔らかさを無意識にバネのように活かして、ミホノブルボンは最大2.9メートル程跳躍した。
ミホノブルボンの身長、160センチ。
跳躍距離、290センチ。足すと綺麗に450センチ。これはもちろん偶然ではない。
ゴチン、と。思いっきり天井に頭をぶつけて、ミホノブルボンはそのまま蹲った。
痛い。
「ブルボン! 転んだのでは――――あ?」
物音を聴きつけて出てきたマスター――――おそらくはこのアホみたいな不覚を一番見られたくなかった相手――――に意味不明な物を見る目で見られながら、ミホノブルボンは立ち上がった。
「問題ありません、マスター。先程の衝撃音は、私の跳躍によるものです。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした」
「頭か」
「はい。では、私は着替えて――――」
ぐいっと襟首を掴まれ、ミホノブルボンは吊り上げられた。フジキセキに続いて、本日だけで2回目である。
クレーンゲームのぬいぐるみのように軽々吊り上げられ、ゆっくりと尻から床に下ろされる。
意外と力持ちなことに驚きつつ、ミホノブルボンは回り込んできた冷徹な男の顔を見上げた。
「こちらを向け。俺の指を見ろ」
「はい」
「どう見える?」
「指に見えます」
という実にバ鹿な事故の検査と軽い手当を終え、ミホノブルボンはやっと解放された。
だから彼女は彼を待っている時も、着替えているときも、実に律儀に氷嚢を頭の上に乗っけていた。
耳が寒いという、割と切実な悩みを抱えながら。
「マスター、お待ちしていました。コース取り、位置取り、露店の巡り方。空き時間に巡り、事前に計算しておきました。最上の効率をお約束いたします」
「氷嚢はそのまま頭に付けておけ。約束することはそれだけだ。わかったな」
「はい」
何はともあれ。
ミホノブルボンにとって初めての夏祭りがはじまった。
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