ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
見違えたな。
大仰な表現を好まないシンボリルドルフがそう言うほどに、ミホノブルボンは変わった。元に戻ったわけではない。どこか定まっていなかった瞳は明確に遠方にあるなにかを見つめているし、心と身体の均衡が取れている。
「いいかい、ブルボン。領域というものは原点・現在・未来を強く意識しなければ入ることができない。そして意識しても、必ず入れるとは限らない。君が今まで入っていた領域は浅かった。浅い故に入りやすかった。だが今の君ならばもっと深く、もっと精巧な領域を構築できる。しかしこれには、クセを付ける必要がある」
「クセ、ですか」
「そうだ。自分の中でクセを付けてルーティーン化することによって、より深層の領域に踏み入ることができるんだ」
そう説明するルドルフは中間を少し超えた地点から3人を抜くことによって領域を構築できる。差しを得意とする彼女にとって、これは信じられないほど緩い条件だと言えた。
しかもその割に、いとも簡単に深層領域を構築できる。誰よりも深く、強い領域を。
「君には領域を構築した経験がある。つまり、今までに付けてきたクセがあるはずだ」
「…………?」
首をかしげる。かしげて、ぽけーっと空を見る。
考えて、わからなかった。そんな顔。
「……まあ、私も構築のためのクセに気づくまでには時間がかかった。ただ、君の場合は他人が関係するものではないかもしれない」
無論、2位を大きく突き放した状態で最終コーナーに入る、というルーティーンである可能性もある。
だが彼女の原点というべき精神構造からして、また描く未来が『誰』ではなく『何』であるあたり、クセに誰かが関与するとも考えにくい。
「君が領域を構築できたときは、いつかな」
「ホープフルステークスのときです」
明確に思い出せる。
あのときは、世界から切り離されたような気がした。自分だけの世界を、自分のリズムで駆ける。究極の自己完結感のままに、ミホノブルボンは駆けていた。
「その時の感覚は覚えているかい?」
「はい」
「では当分は、その感覚から探し出していくしかないだろうが……」
進化した領域は、鍵穴も変わる。内装も変わる。同じやり方で構築できるとは限らない。
「君はそのとき、自分の中に答えを見つけた。だが今回は少し違う。他人の中に答えを見つけた」
ライスシャワーというライバルとの関わりがなければ、ミホノブルボンの領域は新たな一歩を踏み出すことはなかった。
ライバルというライバルがいなかったシンボリルドルフからすれば、その感覚はぜひとも味わってみたいものでもある。
だが味わっていないからこそ、具体的なアドバイスを送れない。
「……うん。やはり、走ってみるしかないだろうな」
ぶっつけ本番というのも悪くないと、ミホノブルボンは思った。
彼女のトレーナーは、あまり多く走らせない。故に彼女は、GⅠ前のトライアルレースに出たことがない。
(余計なお世話かもしれないが、言っておくか……)
今回ばかりは、トライアルレースに出したほうがいい、と。
――――芝のレースでは脚を消耗する。だから、必要なレース以外は走らせる気はない
何よりも怪我を恐れる彼らしいやり方だが、領域に関しては一部のウマ娘にしかわからない。
レースを主目的にした学園に入れるウマ娘も、全体からすれば上澄みである。
その上澄みの更に上澄みがここ、トレセン学園に入ることを許される。
更なる上澄みがトレーナーと契約し、その上澄みがメイクデビューに出れる。
メイクデビューに出れた上澄み、そのまた上澄みが重賞に出ることができ、その上澄みがGⅠに出れる。
領域とは、GⅠに出れる数少ないウマ娘の中でも更に厳選された怪物たちが階梯を登り、到れる極地なのだ。
トレーナーにはどうしても感じられない、そんな理不尽なものでもある。
「と言うことで、トライアルレースに出したほうがいい。そういうことを、お節介ながら言いに来た」
「わかった。出そう」
判断が速い。
レース中の自分並みだと、シンボリルドルフは呆れ気味に感嘆した。
「は、速いな。その迅速果断さに感嘆した私が言うのも何だが、そう簡単に計画を変えていいのか?」
「お、今のは君には珍しく巧かったんじゃないか?」
「…………なにが――――」
思わずといった反応を返した参謀に向けてそう言いかけて、はたと気づいた。
「感嘆と簡単、か! 我ながらいい出来だ! そうじゃないか、参謀くん!」
「嘘こけ、偶然のくせに」
真面目な話をしているときにぶっこんでくるようなやつでもない。
そういうことを、彼女の参謀を務めたこともある男は知っていた。
「偶然も実力の内、と言うだろう?」
「君の実力は全て必然だった。偶然を実力だと言い張ってよいわけがなかろう」
挨拶代わりの軽口を叩きあったところで、素早く空気が変わった。
「で、簡単に計画を変えていいのか、だったな。答えはもちろん否だ。よくない。だが、トレーナーという目線で見るのでは気づかないことに、ウマ娘としての視線で気づけることがあるということを俺は知っているし――――」
「し?」
「皇帝様が態々臨御あそばされ、手ずからの訓戒を賜ったのだ。それに君の言うことは、たとえ何であれ信頼に値すると確信している」
感情のままに変わりかけた表情を慌てて引き締め直したが故に管制下から離れたのか、ぱたぱたと鹿毛の尻尾が揺れる。
ほんの少しの沈黙とすら言えない一瞬の後に、シンボリルドルフは口を開いた。
「まあ我々は、同じ志で結ばれた同志だからな」
「俺には目の届く範囲の理不尽しか糺せないし、糺そうとは思わない。それだけの人間だよ」
「君は輔弼するものだ。眼となり、翼となり、脚となり、杖となる。視座を高めるには――――」
いや、と。
シンボリルドルフは、少しだけ耳を伏せさせながら頭を振った。
「とにかく、未知とは怖いものだよ。私の敗けもまた未知故だから――――これはあくまで祝賀代わりだ。先人としての私から、やっと誕生した同類への、ね」
「……お前、聴いていたのか? それとも、訊いたのか?」
「予想しただけだよ、参謀くん」
フフッと破顔一笑し、くるりと踵を返して歩き出す。背に靡く赤いマントが幻視できそうな、見事な挙措。
「相変わらず頭が切れるようだな、あいつ」
そう呟いて、少し前のシンボリルドルフと同じく頭を振る。
「というよりは理性的……賢明というべきだろうな」
いずれにしても、レースで相対したくはない。正面衝突からの正攻法では押し切られ、迂回しても策を看破してくる正真正銘の怪物。
とはいえ、戦いたくはないからといって戦わないで済むとも思えない。
レースを決めるのはあくまでもブルボンである。彼女が望めば策を立てて、勝てるようにしなければならない。できなければ、トレーナーとしてここに存在する意味がない。
「――――相変わらず俺を過大評価しているようだし、勝ち目があるとしたらそこかな」
あとは、万全の状態で来ないことを祈る。彼にできるのはそれくらい。
だがそれはまあ無理だろうということは、参謀は知っている。究極の万能型と言える叔母――――東条ハナがトレーナーをしている限りは、万全の状態で出てくるだろう。
皇帝唯一の敗戦は、アメリカという慣れない海外で連戦連勝してしまったばっかりに帰国する予定を変えてフランスに行って敗けた、というもの。
だがその陣容は、後世のファンから見れば飛車角落ちと言っていいものだった。
本来ならば9月と共に終わったはずの遠征が1ヶ月伸びたことにより、東条ハナこそ残ったものの将軍も参謀も日本に残したリギルの面々のために帰らざるを得なかった。
日本の秋のGⅠラッシュとかぶるこの時期に、オンラインだけで直接指導を行えないというのも拙かったのである。
――――俺だけでも残ろうか?
将軍は直接見て調子を判断・上昇させ、その上で戦術構築をする必要があるが、俺はオンラインでもまあなんとかなる。
信頼する参謀にそう言われたルドルフは、言った。
――――いや、大丈夫だ。私の遠征が長引いたからと言って、チームのみんなに迷惑をかけるわけにはいかない。
シンボリルドルフとしては、彼が担当していると言っていいウマ娘が心配だった。
秋の天皇賞という大舞台。GⅠにはじめて、勝機を手にして登る。それが決まっているのに、絶不調状態から引っ張り上げてくれた立役者が担当でもないウマ娘のわがままに付き合って海外にいると言うのは、良くない。
――――そうか。まあ、君が言うなら大丈夫なんだろうな
元々俺の仕事はそんなにないし。
そんな思いで帰国したのだが、無論大丈夫ではなかった。
結果論になるが、参謀が帰ったのは痛かったのだ。
たぶん今の日本に存在するトゥインクルシリーズ関係者の中でもっともフランスに詳しいはずの男は、リギルの運営のため、そして半ば担当していたと言っていいウマ娘が秋の天皇賞に出るということで帰らざるを得なかったのである。
帰った男は、割と広範な職域を任せられていた。そしてなによりも、フランスのバ場を知り尽くしていた。
置土産として情報とフランスで培った微細な人脈を活かして結構頑張っていいスタッフを揃えたのだが、それでも即席チームである。本気の本気で来ている他の陣営に勝てるわけもない。
――――でもルドルフなら勝つだろ
シンボリの家も、URAも、東条ハナも将軍も、かつて『こいつが敗けるとしたら後ろから刺されたからだろうな』と予測した参謀すらもそう思っていた。
国内ではエアグルーヴらも信じていた。シンボリルドルフというウマ娘が持つ【絶対】を。
シンボリルドルフは、あまりにも強すぎた。勝つために用意された最適解を王道とするならば、その王道の走りを完璧に実行できる技術と知性と肉体を持っていた。
そして実績だけではない、人を信じさせるだけの何かも持っていた。期待に応えたいと励む責任感と、責任感に伴う実力を持っていた。
しかしあの時だけは、本来ならば長所と言えるそれら全てが裏返って短所になってしまったのだ。
国内では無敗、全く隙のないレースで全戦全勝。皐月-ダービー-菊花-ジャパンカップ-有馬-大坂-天皇賞(春)-宝塚と勝って八冠。
アメリカでも初戦こそバ場の対応に遅れて危うさを見せたものの、3戦3勝。
ならフランスでも勝てるだろ、と。そう思っても、全く不思議ではない。
菊花賞を回避すると決めたのに民意――――無敗の三冠を見たい、という――――に負けて挑戦せざるを得なくなったのを見て、かつて参謀は思った。
『こいつが敗けるとしたら後ろから刺されたからだろうな』、と。
それはシンボリルドルフが敗けたと聴くまで本人すら忘れていた予言だったが、奇しくも異国の地で成就したのである。
そして敗けるだけならばともかく怪我をしてしまって、今に至る。
参謀の中には、怪我と敗戦の報にショックを受けたような記憶はあまりない。
それはたぶん、自分が居合せなかったということもあるし、信じられなかったというのもあるだろう。
だが最も大きいのは、その後色々あったからだ。
だから今でもなんとなく、あのシンボリルドルフが負けたのだという認識がない。まさか本人に、『お前、敗けたよな?』というわけにもいかない。
「……」
思い出したように、参謀は目の前のパソコンにROMを差し込んだ。
渡されたときに、一度だけ見た。だがそのときは他のことで手一杯で、まともに見ていなかった記憶がある。
暫しの読み込み期間を置いて、映像は出てきた。
色とりどりのウマ娘が重そうな芝の上を駆けていた。シンボリルドルフは、ひと目でわかる。映像の中ですら、それ程の存在感が彼女にはある。
好位追走。王道の走り。いつものルドルフ。
だがどこか寂しげで、焦っている。自分ではない何かを見ている。
無理をして距離を詰め、歯を食いしばって駆ける。そんな彼女の姿を、参謀は知らない。
いつも余裕綽々といった風情で、勝ちを我が物のように取っていく。レースに出ていない今も、その強さの片鱗は常に感じる。
(何だ、この脆さは)
いつもなら踏ん張れるところで踏ん張れない。頭がうまく回っていないのか、コース取りもおかしい。気が散っている、というのか。
常に周りを見ている。周りを見て瞬時に状況を把握して、自分の判断と心中するほどの果断さで走る彼女の姿は、そこには無かった。
そんな走りでも2バ身差の2位だったことが彼女の強さを表しているが、そんなことは彼の記憶に残らなかった。
(シンボリルドルフですら、こうなるのか)
――――未知の戦いの怖さとは、これか
トライアルレースとは何故存在するのか。ぶっつけ本番でも勝てるように育てればいいだろうに。
そんな疑問が解消され、映像の中でも轟く歓声が止む。
パチリとPCの電源を消して、参謀は立ち上がった。
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