ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:掌に余る栄光を

 一挙手一投足すらも含めて、全てを管理したい。負荷も、成果も、過程すらも。そうすればどうしようもなく人智に余る結果も、運命すらも支配できる。

 

 完璧なトレーニングを用意した。

 万が一にも私心が入らないように、師匠――――東条ハナに時間を割いてもらって、確認を求めた。

 

 ライスシャワー。天性のステイヤー。実力相応の自信家。間の悪い少女。影と共に潜み、刺客の如く差しにくる最強の敵。

 

 そんな敵を、研究した。研究して研究して研究して、だからこそ会心の練習メニューを作れた。

 

 将軍の作るメニューには、無駄が多い。削るべきところを削らず、削らなくていいところを削る。いびつな能力の伸び方をする。筋肉や骨が、偏って消耗する。

 

 成長限界は、わかる。

 成長曲線も、わかる。

 

 だがそれは、あくまでも予想である。

 そこでこの際参謀は、ライスシャワーの育成に全力を尽くすことにした。

 

 任された以上、虚心で行う。無駄なことはやらせない。絶対に、怪我はさせない。消耗した筋肉や骨は均衡を取るように回復させ、磨き上げる。

 

 ――――何事も、最悪を極めた方がいい

 

 参謀は、そう思っていた。

 どれほどの実力なのかとやきもきするよりも、相手が最高に最悪の状態でも勝てるように育てる。それがもっとも確実で、もっとも有効な手段なのだ。

 

 その最悪を、この目で見たい。

 

 行動に、嘘はない。なんの遠慮もなく全力で、ライスシャワーというウマ娘の限界を極める。そのために動く。

 

 だがその経験はいずれ必ず、ミホノブルボンのレースに生きてくる。

 互いの利益になるといったのは、嘘ではない。その真意を、『将軍』は正確に推察しているだろう。

 

 『参謀』は、ライスシャワーの現状と到達点を知れる。

 『将軍』は、ライスシャワーにとっての最適を知れる。

 

 『参謀』はそれによって、より正確な予測を立てられる。

 『将軍』はそれによって、より広範な戦術を立てられる。

 

 ギブアンドテイクとはつまり、そういうことだ。

 

(それに……)

 

 怪我をされては、困る。

 

 ライスシャワーは身体がいびつだと、ひと目見てわかった。特に右脚の消耗が激しい。身体の左右の均衡が取れてない、というのか。

 

 ミホノブルボンに阿呆のように坂路をやらせているのは、鍛えるに効果的だというのもある。負担が少ないからというのも、勿論ある。

 だが坂路をやらせ続けている最たる理由はと言えば、消耗が鍛えるべき場所に均等に行くからである。

 

 ただ坂路練習と言っても、コースがある。左回りか右回りか、それとも逆走してみるのか。降るのか、登るのか。どこで止めるのか、何メートル走るのか。何本やるのか。脚をどちらから繰り出すのか。

 

 それらを完璧に管理することで、ミホノブルボンの身体を均一に消耗させる。

 消耗が集中すれば、無意識に庇うようになる。ライスシャワーで言えば、右脚をかばって左脚を使うようになる。

 

 こうすれば何が待っているのか。それは言うまでもなく、故障だ。

 

 ライスシャワーの走りには、致命的にキレがない。スプリンターにも好位追走型にも必須と言える、ダッシュ力。加速力。そういったものが、決定的に欠けている。

 ならばどうするかと言えば、ロングスパートしかない。スタミナに物を言わせた、本気を出しての長駆。その戦術を取るのは必然であり、文句をいう気もない。その権利もない。

 

 だがロングスパートは、どうしても消耗する。本気の走りを長時間継続するというのは、思ったよりも遥かに身体に掛かる負担が大きい。それを彼は、身を以て知っていた。

 

(同じようなロングスパートをできたやつを、俺は知っている)

 

 と言っても彼女の走りは到底、ロングスパートには見えなかっただろう。

 

 初っ端から先頭に立ち、徐々に加速しながら、短距離並みの速度を維持してゴールする。

 かつて師匠から任された――――と言っても、練習の管理などは自分の未熟もあってあまりやらなかったが――――ウマ娘は、ライスシャワーとは違い天性のキレがあった。ありすぎるほどにあった。

 

 ――――本気を出させ続けると、こいつの脚は明日にも自壊する

 

 そう思う程に。

 だから、一瞬のキレを極めさせた。スタートから即座に0から100へと一気に加速できる脚を必死になだめて、徐々に加速していくようにした。

 その『徐々に』の中で息をため、最後の一瞬だけ本気の速度を出せるようにもした。

 

 それでも、怪我からは逃れられなかった。考えうる限りのケアはした。戦術にも間違いはなかった。

 練習もそうだ。走ることを止められることが――――枷に嵌められることが嫌だった彼女に合わせつつ、折り合いを付けてもらいながら柔軟と体幹トレーニングを入念にやった。身体に負荷がかからないように、と。

 

 それでも、怪我をした。大ケヤキを超えて、第4コーナーを超えて、速度の壁も超えて、レコードを超えて、そして肉体の限界という壁を超えた。

 

 最後は、やや失速していた。それでも彼女は、レコードを出した。解放されたように一瞬で加速して、頂点を超えて、超越を保って、転げ落ちる。そんな走りだった。

 

 故障した理由はわからない。今でもわからない。故障させておいて理由はわかりませんというのはトレーナーとしてどうかと思うが、わからない。

 考えても考えても、わからない。

 

 本人は言った。『理由はわからないのでなくて、ありません。だからそんなに気にしないでください』と。だがそんな事を、認められると思うのか。

 走った本人はそういう権利がある。わからないのではなく、ないのだと。だが、健康を管理することを仕事にしている人間は、信じてくれるウマ娘の命に責任を負う人間は、そんな理不尽を絶対に認めてはならない。

 

 あんな速度が出た理由も、あんな速度を出した理由も、あれほどの軽症で済んだ理由も。それが全て理由が無いなど、認められるはずもない。

 

 ゴール後に躓きかけたのを驚異的な体幹で支えて、首を傾げながらとことこと歩く。

 明らかにおかしい挙動の原因は、芸術的とすら言える骨折の状態にあった。

 

 医者が感嘆するほどの、完璧な骨折。あまりにも見事に折れていたそれは、逆にくっつきやすかったと聴いている。

 たぶんそれと似たようなことが、ライスシャワーにも起こる。しかしあの時のように、無事で済む保証はない。

 

(余計なお世話だろうな)

 

 あいつなら、直前に気づくだろう。レースのドタキャンで叩かれようとも、キャンセルするだろう。

 だが、なんの前兆もなく故障する例もある。

 

 自分と同じ十字架を背負ってほしくない、というのは、おそらく余計なお世話なのだ。

 

 砂浜を削るような音に、瞑っていた眼を開く。

 視界の端に、栗毛が揺れた。薄い橙色の混ざった栗毛ではなく、赤みがかった栗毛。胴が短く詰まって脚が長く見える、典型的なスプリンターの体型。

 

「マスター」

 

 ミホノブルボン。忠誠心すら感じる程に従順で癖のない、そしてなにより頑丈なウマ娘。

 腰に紐を括り付け、恐ろしく巨大なタイヤを引き摺りながら彼女は来ていた。

 

「お話があります」

 

 これまでの不調が嘘のように迷いのない、透き通った星空のような眼。

 

「……ブルボンか」

 

 星は、晴れ渡った夜にしか見えない。

 やや光を失いつつあった眼に再び光が灯ったということはつまり、そういうことだろう。

 

「目指すべきものは、決まったか」

 

「はい。ライスさんと話して、気づきました」

 

 ライスシャワーさんと、それまでは言っていた。

 何も言わなくとも何かしらあったのだろうとわかるほどに、身体が英気に満ちている。

 

「私は、三冠達成後はマスターの為に走りたいと考えていました。私の夢を実現可能な物へと変えてくださったのは、マスターです。私の夢を叶えた後は、マスターを栄光で彩りたいと考えていました」

 

 それはなんとなく、気づいていた。

 夢を叶えたあと、恩返しをしたいと考えていることは。

 

「マスターがそれを望まれないことも、理解していました。ですが私は、マスターが貶められたことを知っています。私のために貶められたことを、知っています。そのぶんの栄光を、私はマスターに受け取っていただきたいと思っていました」

 

 ミホノブルボンは、他人から何を言われても気にしない精神を持っている。

 参謀のそういった見立ては正しかった。彼女は自分が何を言われても、図太さすら感じる神経の太さでやり過ごせる。

 

 三冠ウマ娘になりたい。目標を訊かれたときにそう言って、その度にそれは無理だと理路整然に反論されたり、笑われたり。

 そういう体験を経ても、彼女の夢はいささかも曇らなかった。父という夢の肯定者がいたということもそうだが、彼女は他者の批判を一切意に介さない特異な精神構造をしていた。

 

 本来ウマ娘とトレーナーの間に結ばれる信頼とか絆とか、そういったものとはまた別な忠誠と呼ばれるものを感じるほどに、彼女は指導者に対して従順である。

 坂路という肉体的負荷を減らすという理屈の上では最適な練習は、並のウマ娘では耐えられないほどの肉体的苦痛を伴う。

 

 脚の筋肉が、腰の筋肉が悲鳴を上げる。肺が破れる。呼吸ができない。横腹が食いちぎられたかと思うほどに痛む。

 

 ミホノブルボンは、フォームを正しく整えて走った。フォームが崩れたまま練習しても意味がないと知っていたから。

 

 ミホノブルボンは、苦悶の表情1つ顔に出さなかった。この練習が自分の為に組まれたものだと知っていたから。夢のためだと知っていたから。

 

 ミホノブルボンは、文句の1つも言わなかった。これが、これこそが自分の望んでいることだと知っていたから。

 

 普通のウマ娘ならば、揺らぐ。

 短距離路線に行けば、楽になれる。自分の才能に適したレースに挑むと、夢を諦めると決めれば楽になれる。

 退路がないわけではないのだ。自ら振り返ることをしなかっただけで、退路はあった。手を差し伸べてくれる人もいた。

 

 だがそんなことは、気にならなかった。様々な感情はあったが、それを呑み込んだ。

 

 その中で唯一呑み込めなかったのが、彼女にとってのマスターへの批判だった。

 彼女のマスターも他者の批判を気にしないという、非常に似通った精神構造をしていたから、彼女は別に気にする必要はなかった。

 

 だが、ミホノブルボンは気にした。彼女は誰しも自分と同じ価値観を持っているわけではないということを知っていたのである。

 

「俺が栄光を求めているなら」

 

 黙って聴いていた男は、少しからかうように口を開いた。

 

「君は最も選ぶべきではない相手だ。違うか?」

 

「その通りです」

 

 大成できるであろう方向に進まない。

 夢を諦めさせようにも意志が硬い。

 描いた夢に対して多少なりとも適性があればいいが、そんなものはまるっきりない。

 

「そのことに、君はようやく気づいたわけだ」

 

「はい」

 

 ぱたぱたと、尻尾が揺れた。腰に括り付けた紐に触れ、ぱすんと力無く跳ね返る。

 

「マスターはなぜ、私を選んでくださったのですか」

 

 耳がピンと立ち、聞き逃さないような姿勢を取るその前に、参謀はさっさと口を開いた。

 

「お前がバ鹿だからだ。俺は」

 

 ――――考えてみると、バ鹿なやつが好きらしい。

 

 笑う。呵々大笑というわけではない。夜の雲からほんの少しだけ月が顔を出したような、そんな笑顔。

 冷たげな顔立ちが、笑うだけでこうも変わるのかと思うほどの、優しい笑顔だった。

 

「――――ああ、正気でない夢を正気のまま追う狂人が、俺は好きなんだろうな」

 

 他人に聴かせるような音量ではない。独白というべきだろう。自分の知らない自分に気づいたとでも言うような、囁き。

 しかしそれを聴き逃すほど、ウマ娘の耳は悪くなかった。

 

「ブルボン」

 

 暫く何も言わず突っ立っていた――――改めて言われて自分のバ鹿さに気づいたのか、もっと劇的な選ばれ方をされたと信じていたのかだろうとは思うが――――サイボーグウマ娘の名を呼ぶ。

 ぴょこんと、挙動不審な感じに栗毛の耳が動いた。

 

「―――――――エラーを起こしていました。申し訳ありません」

 

「いや、いい。それで、ライスシャワーに何を教わった。何を聴いた。どう思った。そのあたりを、君の口から聴きたい」

 

 暫くぱちぱちと目を瞬かせて、ミホノブルボンは話しはじめた。




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