ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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ちょっと前話の表現が拙く、タイセイさんの意図がいまいち伝わりきれていなかったので加筆修正しました。
あと活動報告を投稿しました。よろしければご一読のほどよろしくお願いいたします。



サイドストーリー:午睡から明けて

 東京優駿こと、日本ダービー。

 ここで、それまでサイボーグだの何だのと言われてきたミホノブルボンを表す渾名に、とある一節が追加された。

 それは今まで付きそうで付かなかった、とある渾名。

 

 ミホノブルボンほど、坂路で駆けたウマ娘はいない。

 ミホノブルボンほど、坂路で苦しんだウマ娘はいない。

 ミホノブルボンほど、坂路で成長したウマ娘はいない。

 

 これらの三条に、このとき新たに一つ加わった。

 

 ミホノブルボンほど、坂路に強いウマ娘もいない。

 

 彼女こそ『坂路の申し子』であると、人は言う。

 

(差が……)

 

 広がる。坂を登り降りするたびに。

 ウマ娘の発達した聴覚は、前を駆けるミホノブルボンが息を乱していないことを伝えてくる。そして同様に、自分が息を乱していることを伝えてくる。

 

 坂路トレーニングというものは、この頃あまり広く知られていなかった。効果も効能も、有用性も。

 

 知られていたのは、たった1つ。坂路を駆けるのは死ぬほど辛いということ。

 そしてそこから必然的に、坂路は心肺機能と脚力こそ向上させるがウマ娘のガラスの脚に負担をかけるものだという認識も広がっていた。

 

 だが、違う。坂路は脚にはあまり負荷がかからない。詳しく言うならば、脚で最も負荷をかけてはならない関節には負荷がかからない。

 そのぶん、鍛えたい部位に負荷がかかる。並の精神力では毎日、それも何回もやることなど耐えられないほどの負荷が。

 

 だがその負荷は、肉体を破壊するための負荷ではない。肉体を成長させるための負荷である。

 

 この二人の明暗を分けた原因は、いくつかある。スピード、スタミナ、精神力。だがその最たるものは、知識の差だった。

 

《ミホノブルボン、完全に抜け出した! だがここからは彼女の血が知り得ない、未知の世界に漕ぎ出します!》

 

 2000メートルを超え、最後の直線に入る。残り400メートルは、ミホノブルボンも、そして彼女の身に流れる短距離系の血にとっても知らない世界である。

 

 ――――ここからだ。

 

 ナリタタイセイは、確信した。

 残り400メートルに差し掛かった瞬間、これまで機械の如く一定の速度を保っていたミホノブルボンの速度が露骨に落ちた。

 一瞬で速度を戻したが、スタミナ切れはそこまで来ている。少なくともナリタタイセイは、そう思った。

 

 速度が戻った瞬間、星のような燦めきを宿す青い眼がナリタタイセイの方を向いた。今気づいたと言わんばかりの、反射の動作。

 

(やっと)

 

 見た。気にした。そのまま見てろ。ここからスパートをかけてやる。

 とっくに疲れ切った脚を動かすナリタタイセイの横を、黒い影が過ぎった。

 

(ライス、シャワー……!)

 

 逃げるミホノブルボンの青い目と、追うライスシャワーの紫水晶の瞳が合い、離れた。

 ナリタタイセイの後ろで静かに、静かに待っていたライスシャワーが前に出たのだ。

 

 掛かり気味に走っていたナリタタイセイの影。そこに暗殺者の如く静かに佇み、脚を溜め、駆ける。

 

(いつから)

 

 ナリタタイセイは、気づかなかった。追っていることを気づかせようとしていた本人が、追われていることに気づかなかった。

 

 序盤から終盤に至る今まで、向かい風をすべてナリタタイセイに受けさせて傘にしたライスシャワーは、前を走る彼女の速度が落ちたと見るや即座に仕掛けたのである。

 

 姿勢を低くし、溜めていた脚を解放して、ライスシャワーは完璧な差し切り態勢に入った。

 追われるミホノブルボンは、完璧な押し切り態勢に入っている。

 

《ライスシャワー追う! しかしこの距離は如何ともし難い! ミホノブルボン! もう大丈夫か、ミホノブルボン!》

 

 ミホノブルボンは、平静さを保っていた。

 反射的に見た。気にした。今まで気にしていなかった闇の中に怪物がいるのではないかという恐怖が、彼女にその無駄な動作をさせた。

 

 不可能を意味していたはずの青薔薇の蔦が、確かに後ろから伸びてきていた。

 その蔦を振り切って、目を切って、ミホノブルボンは大地を駆ける。

 

《ミホノブルボン、これは途轍もない強さ! 完璧な独走でゴールイン! 圧勝、圧勝です!》

《勝ったのはミホノブルボン! 差は8バ身! 堂々の走りで昨年のトウカイテイオーに続いて無敗の二冠! しかしライスシャワーもよくやりました! あと少し距離があれば! そう思わせるだけのレースをしました!》

 

 そう。あと少しの距離があれば。

 あと600メートルあれば、もう少し詰められていた。負けることはなかったにしても、圧勝とまではいかなかった。

 

 ミホノブルボンは、珍しくくるくると身体ごと視界を回した。

 いつもなら、わかるのだ。どこでマスターが見ていてくれるのか。ゴール直前に、わかる。わかるからそちらを向ける。

 

「ブルボン」

 

 大歓声の中でも、その静かな声はよく響いた。栗毛の尻尾がパタパタと上下し、即座にくるりと向きを変える。

 やっと見つけた鋼鉄の眼は、言っていた。言いたいことはわかる。だが今は、お前のやるべきことをしろ、と。

 

 ミホノブルボンは、手を振った。応援してくれた人たちに向けて一礼して、また手を振って、そして控え室に帰った。

 クールダウンをして、マッサージを受けて、その間も喋らない。

 

 行ってきます。

 行ってこい。

 

 そんなやり取りをしてウイニングライブに向かい、完璧な歌と踊りを披露したあとの車の中。

 

「落ち着いたか」

 

「はい、マスター」

 

 エンジンがかかる。アクセルを軽く踏み込んで、男は静かに口を開いた。

 

「言いたいことはわかる。ライスシャワーだな」

 

 猛追。あの音もない進出と追撃には、まさしくその名が相応しい。

 

「俺はライスシャワーの肉体的な能力を評価していた。それはつまり、君が後天的に得ようとしていたものだからだ」

 

「はい」

 

 ロングスパート。強い脚とスタミナに物を言わせた、好位からの猛追。

 誰もが夢想する理想のステイヤー。ライスシャワーは、そうなれる素質があった。

 

「君とライスシャワーは正反対なのだ。ライスシャワーに必要なのはメンタルであって、肉体的な成長ではない。君に必要なのは肉体的な成長であって、メンタルではない。素質もそうだ。ライスシャワーにはスプリンターとしての素質がまるでなく、君にはステイヤーとしての素質がまるでない」

 

 メンタルと言っても、ライスシャワーには芯の強さはある。自分の実力に対しての自信もある。

 より正確に言うならば、闘争心と言うべきだろうか。勝ってもブーイングを受けてきたライスシャワーは、本来備えていたはずの闘争心が欠けているのだ。

 

「君はあのとき、残り328メートル地点で振り返った。らしからぬ行動をとった――――とらせた、その原因はなんだ」

 

 先頭に立つウマ娘が後続を振り返るのは、よくあることである。だがミホノブルボンに限っては、それをしない。

 

 彼女は、覚えている。『どんなレースであろうとレコードを出せば勝てる』と言われたことを。

 彼女は、信じている。『どんなレースであろうとレコードを出せば勝てる』と言ったマスターの言葉を。

 

 そして自分が出せるであろうということも、信じている。その信頼はこれまでの努力に根ざし、未来の光に向けて枝を伸ばすものである。

 正統で、根拠のある、確固たる自信。現にミホノブルボンはこのレースでも、レコードを叩き出した。圧倒的に不利な外枠だとしても、ミホノブルボンはオーダーを忠実に履行した。

 

「蔦が見えました」

 

「つた?」

 

「私を絡めとろうとする茨の蔦です。抽象的なイメージを伝播させる愚を懸念して報告していませんでしたが、私は最後のコーナーを曲がったあとに、星空に包まれるような感覚を覚えます。何物をも存在しない宇宙を駆けるような、全能感を得られていました」

 

「なるほど」

 

 信じてくれるだろうかと、そう疑っていたわけではない。

 だがミホノブルボンが述べた感覚は、幻覚とすら呼べるほど幻想的で、その癖妙なリアリティを持ったものである。

 

 だがその『それは君の錯覚だよ』と流されそうな言葉を、彼はいとも容易く受け入れた。

 

「信じてくれたのか、という顔だな」

 

「……マスターはこう言った抽象的なものを好まれません」

 

「好みはどうあれ事実を受け入れるのがトレーナーというものだ」

 

 トレーナーというのは先入観とか前提とか、そういったものを持つべきではない。

 大事なのは、私心のなさだ。

 

 トレーナーにとって最も大事なことは、と記者に訊かれた時、彼はそう言った。

 

「俺は今日の専門家でいたいと思うし、明日の専門家になりたいと思う。そして、昨日の専門家のままではいたくない。しかし専門家というのは、昨日の専門家になりがちだ。その原因はありのままを受け入れないからだと、俺なりに思うわけだ」

 

 信号待ちの時間になにやらチャットツールを起動し、文字を打ち込んで送信する。

 暫しのドライブのあと学園について、ミホノブルボンは脚にかけていた毛布を手で掴んでから手袋のようにして車のドアを開けた。

 

「よし、行くぞ」

 

「はい、マスター」

 

 目的の発表もなしに唐突に歩き出すマスターに、何も訊かずに付いていくウマ娘。

 

 ――――えっ、どこに? なにしに? なんで訊かないの?

 

 そんな周りの視線を集めながら、二人はトレセン学園の本校舎に入った。歴史の深さを感じる飴色の木階段を上がり、更に奥へと進む。

 

 

 生徒会室。

 

 

 ミホノブルボン自身はまるで意識したことはなかったが、そこには彼女が王手をかけている『無敗の三冠』を為したウマ娘がいる。

 

 理事長室と並ぶ近寄りがたい部屋を、トレーナーは無造作に開けた。

 瞬間、雷撃のような威圧感がミホノブルボンの身体を通り過ぎた。

 

 

 ――――この先には、上位者がいる

 

 

 威光、というべきか。

 大聖堂を前にした信徒が祈りを捧げるような――――というのは、正しくはないように彼女には思えた。

 もっと生々しい、無機物のように圧巻にして重厚でありながら機械的でない、絶対者としての生物的なエネルギーを感じる。例えるならばそれは、皇帝のような。

 

 

「――――ようこそ、ミホノブルボン。領域へ」

 

 

 覇気のある声だった。眼差しは鋭く、誇り高い。

 上位者の、更に上。ミホノブルボンが平民だとするならば、貴族を束ねるのがこのウマ娘。

 

 無意識に揺れた尻尾を隣に立つトレーナーの手に巻きつかせながら、ミホノブルボンは仰ぎ見る。

 

「私の名はシンボリルドルフ。君が入った世界というものを、おそらくは最もよく知る者だ」




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