ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート 作:ルルマンド
皐月賞ウマ娘は、ミホノブルボンだ。
今や誰もが心の中で抱くそんな共通認識は、たった3ヶ月前に植え付けられたものである。
それを『たった3ヶ月前に植え付けられたものでしかない』と取るか、『たった3ヶ月前に植え付けられたものなのに』と取るかは人による。
『たった3ヶ月前に植え付けられたものでしかない』と思うものは、覆せるだろうと思考する。
『たった3ヶ月前に植え付けられたものなのに』と思うものは、ここまで浸透した認識を覆すことに無理を感じている。
「だが実のところ、この世界に真に無理と呼べる物は多くない。君の挑戦を無理と断じた者が翻り、君への挑戦を無理だと断じている。世論とはつまり、その程度のものなのだ」
トゥインクルシリーズ。ウマ娘とトレーナーたちが夢を追いかけ、努力と才能を煌めかせる場所。まず間違いなく、日本で一番人気があるコンテンツ。故に報道やらネットやらは、情勢を一変させるが如き極端な言葉を好む。
その極端な言葉に載せられるバ鹿が、一定数いるからである。
「マスターが仰りたいのは、油断するなということでしょうか」
「そうだ。君は今世間の風に背中を押されているし、俺もそうだ。だからここで慢心せず、一歩引いて物事を見なければならない」
――――夢がそこにある以上、努力で才能の壁は超えられる
そう宣言した彼を、一旦世間は称賛した。それはとても、耳触りのいい言葉だったからである。
だが実情――――ウマ娘にとって血統というものが大事であり、スプリンターとしての才能を持つウマ娘がステイヤーになろうとするのは魚が陸に上がり、空を飛ぼうとするようなものだという正しい情報――――を知るにつれて、関係者たちの発言が取り上げられるようになってから旗色は変わった。
曰く、一流のトレーナーとは叶わない夢を諦めさせることも重要である。
曰く、現実を知らせることも大事である。
曰く、あんなバ鹿げた量の練習をしているようではミホノブルボンが潰れる。
曰く、当初の夢を諦めたとしてもスプリンターとして大成した方が本人のためである。
最後のは完全に本人の判断によるので保留にするとしても、確かに前3つは正論だった。
この時点では完璧に、間違っているのはミホノブルボンとそのトレーナーだった。だから世の中は、こぞって虐待だなんだと騒いだ。
しかし今や、『夢を追わせるのは正しいことだ』とか『夢のためにはあれほどの苦難が必要なのだ』とか、そういうバ鹿げた論説がさも正論であるかのようにお茶の間で流れている。
――――俺はミホノブルボンというウマ娘を毎日毎日飽きることもなく地獄に投擲しているのだ。思い切り放り投げて、着地してぺしゃんこになる前に引き上げているから、なんとか故障せずに済んでいるのだ。
彼の内心としてはそうであった。もっと簡単に言うならば、『一度でもやれば騒がれるレベルの無茶と無謀を限界まで酷使して世間的な無理をこじ開けた』のである。
これは当然、誰にでもできることではない。ミホノブルボンの肉体が持つ特異な頑健さ、思い込んだら愚直なまでに一途な精神性。その双方が揃わなければ成立しない。
この世には常識に則って生きる大多数と、常識を敵にできる極少数がいる。
ミホノブルボンは、その極少数だった。
彼女にとって押し付けられる常識は敵でしかなかった。
常識を敵に回して平気でいられる心身を備えていた。
常識を敵に回してもどこ吹く風と流せ、常識に打ち克つ方法を授ける人間がいた。
なんてことのない話になるが、彼女にとっては一般的に言われていた無理は無茶ではあったし無謀ではあったが、そもそも無理でなかったのだ。
その極少数のための理論が世に憚るのは、よろしくない。
ミホノブルボンが皐月に勝ち、ダービーに勝ち、菊花に勝てば、その極少数のための理論が世の中を席巻することだろう。
そして、そのことをそこまで予測している男がこのとき何を思っていたかと言えば。
(そんなものは知らん)
と言うことだった。
そう、知らないのだ。知ったこっちゃないのだ。世論がどうなろうが、そんなもの無視すればよい。自分なりの正しさを穿けばいい。
でなければ、首をかけて担当でもないウマ娘のためにデモを起こしたりなんざするわけもない。
彼にとってのマスメディアとは敵になろうが味方になろうがどうでもいい存在だった。
例えるならば、弁当のバラン。あったら役に立つがなくても困らない、その程度の存在。
「君は皐月賞ウマ娘の最有力候補だ。それは間違いない。だが下バ評通りに進むことなどほとんどない。必ずアクシデントというものは起こる。だから限界まで備え、事に当たって慌てず、戦うに当たって不変を保つ。この3つを必ず守らなけれならない」
ホープフルステークスに勝ってからというもの、この二人を覆う状況は様変わりを見せた。
月刊ターフなどは編集長自らが謝罪にやってきて論旨を180°変化させ、常に彼を擁護していた月刊トゥインクルはこの『努力』という熱風に対して冷水をかけるように論陣を鮮明にし、ミホノブルボンはあくまでも特異な存在であるということを強調した。
擁護者と批判者がくるりと変わった。
少なくとも、ミホノブルボンからしてみればそう見えた。
――――月刊トゥインクルはよくやるものだ
マスターはそう褒めていたが、ミホノブルボンにはそこのところがよくわからない。
わかることはたった1つ。
嫌だ、予定がある、断る、時間がないなどと取材を拒否することが多いマスターが、月刊トゥインクルの取材を断ったことがないという事実である。
「マスターは、今の状況をどうお思いですか?」
いつものように坂路練習をこなしたあとで、ミホノブルボンはそう問うた。
少し驚いたように見られたことを、覚えている。
「どうとは?」
「私はよくなったと思います。マスターへの非難は止み、むしろ応援されています。私からすればこれは、とても喜ばしいことです」
自分のせいで非難されるようになった人を、自分が打ち立てた実績によって救い出せた。やや自作自演感が漂うが、それでも非難され続けるマスターを見続けるよりは遥かにマシだと、ミホノブルボンは考えていた。
「良くなった部分もあった。悪くなった部分もあった。いつも通りといったところかな」
瞼を閉じろ、と声がかかる。その通りに目をぎゅっと瞑ると、温かいタオルが顔を拭った。
「眼に土埃は入ってないな?」
「視界良好、問題はありません」
「なら良し。一応目薬も渡しておくから、直前になって気になるようだったら差しておけ」
「はい」
受け取った目薬の袋を手で摘み、バッグのポケットに入れる。
その様子を確認してから、マスターは再び口を開いた。
「明日は朝から中山だ。車と電車のどちらがいい?」
「車を」
「わかった」
いつもの通りアイシングとマッサージを受け終え、さあ今日は終わりだと言われて坂路を後にする。
そんなミホノブルボンの前を、小さく黒い影が横切った。
「あ、あの、ブルボンさん!」
「はい、ライスシャワーさん。こんばんは」
「こ、こんばんわ……」
ライスシャワーは、肩で息をしていた。着ているジャージは土埃でところどころが斑に染まり、靴には泥と芝の葉が付着している。
ターフで最後の調整をしていたのかと、ミホノブルボンは察知した。
思えば自分たちは、そういう『特別なこと』をあまりしない。当初はメイクデビュー前の最後の練習で軽くターフで走ってみたりはしたことがある。
だがあのときに出遅れてからというもの、レース前だからといって特別なことをするのはやめようという、暗黙の掟ができたように思えるのだ。
現に朝日杯FSの前も、ホープフルステークスの前も、そして皐月賞の前となる今も、自分は変わらず坂路を走っている。
朝起きて、また坂路を走る。そんないつもの日常が来ても全く動じない程度には、今日も昨日と変わらない終わり方をした。
「あ、明日、ね。一緒に走れるから、その」
覚悟しろ、ということだろうか。
ライスシャワーの視線が徐々に地面に沈んでいくのと対極に、ぼんやりと虚空へ虚空へと視線を上げながら、ミホノブルボンはそんなことを思った。
そう。ホープフルステークス以来、多くの種類の視線を感じるようになった。
それ以前も多くの視線を感じていたが、種類としてはひとつ。可哀想とかそういうたぐいのもの。だが今や、対抗心や畏怖を向けられることが増えた。未だ向けられる視線の分類・解析は完全に成功していないが、完全な解析を終えられれば十数種類はあるのではないかと思うほどに。
「その、ね、嬉しくって……」
「嬉しい、ですか」
同学年のクラシック路線に進むウマ娘たちから向けられる視線は、大抵が畏怖や恐怖といったものだった。
争っても勝てないと、そう思われている。
お父さんとマスターから下されたオーダー、社会性の向上。それを達成するには友人が不可欠。その不可欠な友人を作るには、畏怖や恐怖といった感情は邪魔になる。
だが一方で、レースではどうか。畏怖を感じる相手を、恐怖を感じる相手を、面と向かってまともに見れるのか。
まともに見れない相手に勝つことなど、到底おぼつかない。戦うために、相手を知らなければならない。まともに見れない相手を、知ることなどできない。
だからミホノブルボンは、畏怖や恐怖の視線を向けてくるウマ娘たちを歯牙にもかけていなかった。
――――この人たちは、私の夢に立ち塞がらないでしょう
そういう認識が、彼女の中にある。まともに相手になるのは嘗ての世代の双璧、マチカネタンホイザとナリタタイセイの2人。
この2人の中には、自分に対する畏怖も恐怖もない。決して前には立たないものの、巧みに横から後ろから観察し、あるいは声をかけ、思考を知り、対抗心を燃やしている。
だが。
(こうやって直接、声を掛けには来ませんでした)
おどおどとしている。自分に自信がないというより、自分に対する自信の置き場がないといった、如何にもひ弱そうな印象を受けるこのライスシャワーという漆黒のウマ娘は、正面に来た。
進むべき道に出てきて立ち塞がり、心から共に走れることを喜んでいる。
(なるほど)
マスターの言うことが、ようやくわかった。情報として輪郭だけをインプットしていたものに、実体感がついた。
この優しげな、ひどく小さいウマ娘。弱いようで強い行動を取る、漆黒のステイヤー。
「ライスシャワーさん」
「ひゃ、ひゃい!」
「私は三冠ウマ娘になります」
手を伸ばした。
勝つ、ではない。そこまで能動的な感情を、このときのミホノブルボンは未だ持たない。
「誰にも敗けるつもりはありません。明日のレースも、これからのレースも」
きょとんと、仄暗い光を宿した紫水晶の瞳が大きく拡がった。
自分に向けて伸ばされた手と、幼子のような細い手が重なる。
「うん、よろしくね! ブルボンさん!」
無邪気な笑顔だった。勝つとか負けるとか、ある種の殺伐さを感じさせるはずの勝負の舞台に立っているとは思えない笑顔。
夢に、憧れに手を伸ばすような。
(わからない)
その表情をする理由が。その表情をする人間は、必ず後ろからやってくる。憧れとはつまり、追うものだからだ。
(私とは違う)
ミホノブルボンは幼い頃、後の三冠ウマ娘を見た。日本ダービーの舞台で走り、歓声を受けるその姿を見た。だが彼女は、その背を追うことはしなかった。
三冠ウマ娘になりたいと思ったのは、あの人のようになりたいから、ではない。
幼い頃、父と共に日本ダービーを見たミホノブルボンは感じたのだ。歓声を受け、流星のように走る。彼女が追っているものを、自分の手で掴み取りたいと。
トウカイテイオーというウマ娘は、無敗でクラシック三冠を果たしたシンボリルドルフに夢を見た。偶像として崇拝するほど敬慕するシンボリルドルフのようになりたくて、無敗の三冠を志した。
ミホノブルボンも、似たようなものである。彼女はとある三冠ウマ娘を見て、三冠ウマ娘になることを志した。だが彼女は、かつて見た三冠ウマ娘の名前も知らない。知る必要も感じない。
彼女はあのとき見た三冠ウマ娘のようになりたいのではなく、三冠ウマ娘になりたいのである。
夢を叶えるためには夢に向かい合うことが大事なのだということを、ミホノブルボンは知っている。ライスシャワーにはその強さがあるだろうということも、ミホノブルボンにはわかっていた。
向かい合う勇気があるのに、他者に憧れ後を追う。
それは何故だと、ミホノブルボンは思った。そう思うところで止まるのが、彼女にとっての限界だった。
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