ウマ娘 ワールドダービー 凱旋門レギュ『4:25:00』 ミホノブルボンチャート   作:ルルマンド

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サイドストーリー:だから宇宙を征く

 パドックで虚空を見つめて微動だにしないミホノブルボン、賑やかな観客に手を振るマチカネタンホイザ。ライスシャワーは明らかに本調子でないミホノブルボンの方を、心配そうに見つめている。

 そんな光景を見て、ライスシャワーのトレーナーは口を開いた。

 

「おい、参謀。ホープフルには出ないって言ってなかったか?」

 

「出ると言っていなかっただけだ。勘違いを起こすなよ、将軍」

 

 かつて同じチーム――――リギルに所属していたときの渾名をあてつけのように言い合う両者は、腐れ縁というべき関係である。

 必然的に、互いの担当するウマ娘の様子もチェックし合っている。

 

「というか大丈夫なのか、ミホノブルボンは。あいつ……」

 

 どう見たって、本調子ではない。

 そんなことを言いかけて、ライスシャワーのトレーナーは口をつぐんだ。

 

「俺が見誤ると思うか?」

 

「いや……」

 

 あいつは目がいい。

 

 最強チームたるリギルを束ねるトレーナー――――おハナさんのもとで、同期として共に励んだ。その上で得た結論がこれだった。

 

 調子の見極め、体力の見極め、何を考えているのか、何を思うのか、何を望むのか。

 ひと目見れば即座に、ウマ娘たちが内に秘めたそれらがわかるのではないかと思ってしまうほどに、それらの洞察眼に優れている。

 

 だからリギルでのサブトレーナー時代のミホノブルボンのトレーナーは、ずっとおハナさんの副官をやっていた。

 固定の担当を持たず、巡回・洞察して疑問点や不満点、練習の改善案をまとめ、次のレースに出走するウマ娘の情報を分析した上で意見する。おハナさんはその意見に耳を傾け、伝わりやすいように改変して個別に伝えていく。

 

 そして現場には自分が立ち、モチベーターとして指示通りの指導・おハナさんがいない時の代理を行う。

 

 交渉・統率役を果たす君主タイプのおハナさん、指揮官兼モチベーター役を果たす将軍タイプの自分、練習メニューの作成・食事管理・敵の分析をこなす参謀役のあいつ。

 あのときのリギルは、その3頭体制で王朝を築いたのだ。一強状態を危惧したURAによって6年で解体させられた、それほどのチームだった。

 

 そのおかげと言ったら何だが、二人は早々に独立したトレーナーとして認められ、今に至るわけである。

 

(あまりにも歯に衣着せぬ言動は賛否あったが……)

 

 不調気味だったグラスワンダーに対して、ぬっとやってきてひと目見て、『1.2キロ肥えたな。食べるのを控えて寝るのをやめて動け。つまり痩せろということだ』などと直球を投げ込むのはあいつくらいなものだろうと、しみじみ思う。

 

 そのあと『言っていることの正しさは認めますが、もう少し伝え方を……』と言われて『1.246キロ肥えた。これでいいか?』と言っていたときは殺されるのではないかと思った。

 

 だがそれでもうまくやっていたのは、やはりウマ娘たちの思いを無視すべきときは無視し、汲み取るべきときは汲み取っていたからなのだろう。

 

 現に、日本ダービーにグラスワンダーやエルコンドルパサーが出れないということになったときなど、まるで学生運動の指導者のような暴れっぷりだった。

 

 ――――誠実に、正当に夢を追ってきたものの道が不当に絶たれることを許していいのか。

 

 構想を持ち込んで協力を頼めば、そんな一言からはじまる大演説の原稿を書き上げてきたのだ。

 

 実行者たる自分は用意されたそれを大仰に読んで、トレセン学園の生徒を巻き込む。

 シンボリルドルフなどが率先して全面的な協力を約束してくれたことで、URAの外国人枠騒動は燎原の火の如き広がりを見せた。

 その後はレース後の署名などの地道な作業と理事長を通したURA上層部への働きかけなどの大技小技を駆使して、URAにルールの変更を呑ませることに成功。

 

 結果として実行者と計画者の二人は揃って謹慎を喰らわせられたものの、それは半月ほどで解除された。

 実際のところURAも外国人枠の撤廃は時期を見計らっていたようであり、謹慎もほぼ形式的なものでしかなかったのだ。

 

 そんなこともあり、未だになんとなくの借りというか、恩がある。

 そして、この怜悧・冷淡・冷静の三拍子が実のところは相当な激情家で、担当ですらないウマ娘の夢のために自分の進退を賭けられる男であることを知っている。だからこそ、日々のつれない態度にもめげずに友達付き合いをしようとしてきたわけである。

 

(まあこいつは、恩だなんだなどとは考えていないんだろうな)

 

 謹慎が明けたあと、ありがとうと言った。外国人枠の撤廃は、俺一人ではできなかったと。

 確かにあと数年で廃止されていたかもしれないが、今できなければグラスワンダーもエルコンドルパサーも夢を見ることすらできなかった、と。恩はいずれ返すとも、そう言った。

 

『俺は人を動かすことができない。お前は人を動かす術を知らない。つまり、利害が一致しただけだ』

 

 人格が変わったのかと思うほどの平熱の解答に戸惑ったものの、ライスシャワーのトレーナーの戸惑いは次の一言で消えた。

 

『今回は、矢面に立たせてしまって悪かった。適材適所もいいが、理屈を抜きにして矢面に立たなければならないこともあるらしい』

 

 ああこいつ、不器用なんだ。

 

 仕事もできるし、仕事以外のことも大いにできる。だが基本的に、器用ではない。

 そんなことを思いつつ、『気にするな』と声をかけた。その後は自分たちが巻き起こした運動の後処理に追われていたから話すような機会もなかったが、こうして今機会を得ても、特に話すことがあるわけでもない。

 

(喋らないでいい関係ってのもあんのかもな)

 

 黙り込み、ひたすらにパドックを見ている男は、コミュニケーションに長けたライスシャワーのトレーナーにとっても、見たことのなかったタイプである。

 

「思考に耽るのもいいが」

 

 相変わらずの、平熱の声がした。

 

「ちゃんと走るところを見てやれ。俺たちには、それくらいしかできないのだからな」

 

 お前のことだからやるべきことはやってきたのだろうが、それでも見てやることは大切だ。

 

 そういう怜悧・冷淡・冷静な男は、夢のためにすべてをかけるウマ娘への、静かな敬意に満ちていた。

 

 

 ファンファーレが鳴る。

 実況が、待ってましたとばかりに口を開く。

 

 《誰をも魅了し心を奪う、希望の星が誕生する! ホープフルステークス!》

 《3番人気はこの子、ライスシャワー》

 《2番人気はこの子、スーツアクター》

 《1番人気はこの子、マチカネタンホイザ》

 《ここまで2戦2勝、ジュニア王者のウマ娘、ミホノブルボン。4番人気です》

 

 《三冠挑戦を明言しているミホノブルボン。挑むであろう皐月と同じ舞台で、距離の壁を超えられるかが注目です》

 

 

 新人たちが抱く来季への夢を乗せた、ホープフルステークスがはじまった。

 

 

 1番人気のマチカネタンホイザは、皐月賞のために朝日杯FSに続いてホープフルステークスに臨んでいる。

 

 2番人気のスーツアクターはメイクデビューでマイルに出走。ミホノブルボンの前に差し切られて敗れたが、その粘り強さを買われて中距離に転向。本来の持ち味が生きはじめ、クラシック路線の有望株になりつつあった。

 

 3番人気はライスシャワー。将来を嘱望された生粋のステイヤー。

 しかしレースへの出走拒否、直前でのキャンセルなどが祟り、ややウマ娘としてのメンタルを持っているのかと疑われているが、新しいトレーナーと組んでから持ち直しつつあるということで、3番人気に食い込んだ。

 

 ミホノブルボンは圧倒的なトップスピードと正確無比なラップタイムを兼ね揃えたスプリンターである。彼女が長い距離を走れればホープフルステークスでも勝てるだろうと、評論家たちはそう言っている。

 だが実のところ、2000メートルを走り切れると自信を持って断言する評論家はいない。精々が、『走り切れたら入賞は固い』という程度である。

 

 なにせ、彼女自身にすら時期尚早だという感じがあるのだ。自分に自信がないものが、他者を信じさせられるわけもない。

 

(練習が足りていない。計画に載っているレースでもない)

 

 これまで自信の源泉になってきた過去と未来は沈黙している。

 ちらりと、虚空を彷徨わせていた視線を揺らす。その先には、もはや何もやることはないとばかりに腕を組んであぐらをかいて膝を立てた彼女のマスターがいた。

 

 

 ――――君は今の自分にこそ、自信を持つべきだ

 

 

 朝日杯FSが終わったあと、そう言われた。

 自信なら、あった。積み重ねてきたものを振り返り安心し、未来を見て希望を抱く。過去と未来に支えられ、確かにあのときの自分は自信に満ち溢れていた。

 それは、今の自分に対しての自信ではないのか。過去に支えられ、未来を見据えた自分を見て自信を抱く。それは今の自分に対しての自信とは、言えないのか。

 

 少なくとも、マスターはそう考えてはいないのだろうと、ミホノブルボンは思っている。

 ならばそうだろうと、彼女は思った。今の自分は、自信というものを持てていない。

 

 誰からも、無理だと言われた。それが正しい理屈だという認識くらい、自分でもわかる。

 だからこそ、無理だからこそ、無理だと言わない人が描いた未来図を信じた。これまでやってきた努力を信じた。

 

 それ以外に、何を信じろというのか。

 無理を覆そうとするならば、努力するしかない。その努力を信じて、努力の向かう先を信じる。そうして今まで、駆けてきた。

 

 ――――周りをよく見て、走ってこい

 

 パドックに入るための誘導を受ける直前に、彼女はマスターにそんなことを言われた。

 視界を広く持てとは、言われたことがある。それは現在走るターフの状態を知るためであったり、周囲を走るウマ娘の様子を探るためでもある。

 

 だがそういう技術的なものではないような、そんな助言だった。少なくとも今までのマスターならば、具体的にどこを気にしろ、ということを細やかに指示する。

 

 何をすればいいのか、わからない。

 

 そんな混線する思考の盲を開くように、ゲートが開く。開きはじめから開き切るまでの僅かな時間を縫うように、ミホノブルボンは駆け出した。

 

《ミホノブルボン、真っ先に飛び出した!》

 

《差しでいくのかという噂もありましたが、いつもと変わらず逃げを打つようですね》

 

 ミホノブルボンにはわからない。自分が今、何を求められているのか。

 だが、負けは求められていない。それだけはわかる。今の、未熟な自分で勝つことを求められている。それくらいは、わかる。

 

 彼女の前を遮る者は誰も居ない。心の動揺とは関係なく、これまで積み重ねてきたものがミホノブルボンの身体を動かしていた。

 

 体内時計も、正確に時を刻む。脚も、常と変わらず快調に回る。

 心理的にはともかく、肉体的には絶好調だと言っていい。

 

 何をすればいいのか。

 400メートルを、800メートルを、1200メートルを、1600メートルを、ミホノブルボンは先陣切って駆け抜けた。

 

 追従する者は、僅かに居た。だが殆どが、そのスタミナを燃やし尽くすような、マイル戦の如き破滅的な速度に追従することを控えている。

 

 レースというものに造詣が深い、だれもが思った。あのペースでは続かない。つまり、いずれ速度が落ちてくる。なので下手に追従してペースを乱すことなくレースを進み、ミホノブルボンが落ちてきたときに差し切るための、脚を溜めるべきだと。

 

(スパートを)

 

 マイルの限度である1800メートルを超え、肺が痛むが脚は動く。

 無理だと言われて、無茶だと言われて、無謀だと言われて、それでもマイルの壁は、今超えた。

 

 1600メートルを超えた時点で後方で集団が仕掛けてきたのは、知っている。だがそれでも、彼女は無茶なスパートをかけなかった。

 

(スパートは……)

 

 千々に乱れた心が、収まっていく。ほつれた糸が組み合わさり、ズレた歯車が再び噛み合う。

 

 なぜ、スパートを掛けないのか。ここまで来たら、逃げ切りたい。一刻でも、一分でも、一秒でも早く。スパートをかけて、逃げ切ってしまいたい。

 

(スパートは、かけない。私のレースは――――)

 

 時を刻む。ただひたすらに、ただ愚直に。坂路を走るだけのあのときのように。勝てるための時間を刻み続ける。刻んだ時間の中で、走るべき距離を走り切る。

 

 それは、孤独なレースだった。相手に合わせるだとか、展開に合わせるだとか、そういうことをしない。ひたすらに、自分を信じる。信じ抜く。

 

 体内時計が、時を正確に刻めていることを。

 脚が、刻んだときの間を駆け抜けていることを。

 そしてなにより、今の自分がそれを実行するに足る能力があるということを。

 

 

 ――――君は今の自分にこそ、自信を持つべきだ

 

 

 マスターは、そう言った。

 そうだ。過去できたからと言って、今できるとは限らない。未来図が描かれているからと言って、正しく進めるとも限らない。

 

 だから、信じなければならないのだ。過去を糧にし未来を見る、今走っている自分自身を。

 

 

 そのことを理解したとき、世界が切り離される音がした。

 暗く、目指すべきゴール板があった地点には瞬く星。後ろを振り返れば、もはや物理的に差し切れないほどの遥か後ろに、多くの星が瞬いている。

 

 暗く、光る星でしか位置を知り得ない宇宙(そら)の闇の中を、ミホノブルボンは駆けていた。

 無音で、見るべき景色もない。ただひたすらに向かうべき星を目指して、数多の星を置き去りにしてでも闇を駆ける。

 

 誰が何をしようとも、関係ない。築き上げた自己を信じ抜くとは、こういうことなのだ。

 

 暗さを抜けて、ミホノブルボンはあまりの明るさに目を閉じた。

 電光掲示板には、ぽつんと一人の名前が刻まれている。

 

 大歓声が空を突き、反響しかかった音が帰ってきたときにようやく、二番目・三番目の名前が刻まれた。

 

《1:59:7! レコード! レコードです! ミホノブルボン圧勝ォォオ! 最初から最後まで、減速なしのノンストップ! 影すら踏ませませんでした!》

 

 中山芝2000メートル。彼女にとっては、無理、無茶、無謀の代名詞。

 確かに無茶ではあったし、無謀でもあった。

 

 だけど無理ではなかったと、ミホノブルボンは虚空を見つめながらそう思った。




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