このポスターに、東大表象文化論と「カルスタ」の成れの果て以外のものを感じ取ることは、正直難しい。
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返信先: さん
しかし改めてこのポスターを眺めてみて、メッセージ全体の中核にある「私は私」というスローガンから強い印象を受ける。私が私であるのは決まっているので、これは「私は私(が定義するように他人や社会から承認される権利がある)」という、強迫的で異様な承認欲求の表われであろう。
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しかも「私は私」は同語反復であって、そこには承認されることを願っているはずの「私」の内実が何もない。その空っぽな私が「当事者性に気づいてないだけ」とされるために、星占い的なジェンダー属性が無限に要求される。現実に客観的に存在する少数者を、相対化し時に否定さえしながら。
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なぜそんなに病的なまで承認欲求が肥大化してしまうのか私にはわからないが、とまれ、承認されるべきものそれ自体の空疎さに比して、あまりに肥大化してしまった承認欲求は、社会運動ではなく仏教とかで何とかした方が、当人のためではありそうだ。
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