幼馴染が終末思想のヤバいカルト宗教にハマってしまった件 作:漬け物石
なんか、考えてたのとはちょっと違う話が出来上がりました。しかも長い。
あと、前話を微妙に修正しました。
感想で『物理スキルの人は一般人にはより証明が難しそうですね』的な指摘があってなるほどと思ったので、彼君のスキルを物理スキルに変更しました。
これで、何もない空中に向かって剣を振って「悪魔退治してます!」って言う、痛い子の完成や!
「スマン、ちょいと遅くなった」
「……頼み事をした立場で言うことじゃないんでしょうけど、時間ぐらいは守ってほしいわ」
某月某日。とある喫茶店にて。
店内の奥まった位置にある喫煙席へ腰かけていた二十代ほどに見える女性が、同年代のラフな格好をした男性を出迎える。
「悪かったって。その代わり、いろいろネタを仕入れてきたからさ。少なくとも、まったく無意味ってことはないと思うぜ」
「そう願いたいものね」
軽い調子で謝罪しながら対面に座った男は、フリーのルポライターだ。その人脈はまだ若いと言っていい年齢からは考えられないほど広く、様々な業界の事情にも詳しい。
学生時代からの知己であり、また一時期には
やってきた店員へ注文を終えた男は、本題に入る前の世間話のつもりなのか、用件とは別の内容を口にする。
「最近どうだい、弟くんの様子は?」
「……相変わらずよ、あの馬鹿」
男の問いに、呆れと嘆きの入り混じった溜息を漏らす女性。正直なところさっさと本題に入りたかったのだが、問われた内容が今回の件と無関係とも言えない為、しぶしぶ応じる。
――何しろ、その『弟』こそが、女性が目の前の彼に頼み事をすることになった原因だからだ。
「……私や家族が何度言っても、例のカルトとの関わりを断つつもりは無いみたいね。妙な道具を大量に買い漁っているのも、休日には怪しげな連中と怪しげな場所に行くのも変わらないわ。酷いときには、学校をサボることもあるし……」
すべては去年の夏。弟が『霊能力に目覚めることができる』なんていう、胡散臭い集まりに面白半分で参加したこと。それから何もかもがおかしくなったのだ。
彼女の弟はそこでカルト宗教の終末思想に洗脳され、奇行に走るようになった。
もちろん女性も両親も目を覚まさせようとしたが、この件については弟はかつてないほど頑固だった。言い争いになろうとも断固として譲らず、こちらの説得をまるで聞き入れない。
「家の金を盗んだりは無いんだったか? それだけが救いと言えば救いだな」
「どうなのかしらね? 正直、いつ借金取りみたいなのが押し掛けてくるか気が気じゃないわ。あいつが使ってるのは、明らかに高校生が扱うような金額じゃないもの」
「一応、弟くんはバイトしているんだろう?」
「そうだけど、高校生が稼ぐ額なんてたかが知れてるでしょう。第一、そのアルバイト自体、あのカルト関係の連中から紹介されたみたいだし」
「そんなに金遣いが荒いのか?」
「やたら大事に保管していたお米の値段を強引に聞き出したら、百グラムで2万円を超えていたときの、私の気持ちがわかる?」
「……なるほど、そいつは相当だな」
たしかに、とても高校生が気軽に買うような物じゃない。彼女の気持ちは察するに余りある。
女性の眼が座り始めていたのもあって、男は話題の転換を図った。
「君の話だと、幼馴染の女の子にもかなり心配をかけてるらしいが……」
「ええ。最近はその子だけじゃなくて、彼女の友達も何とかしようとしてくれてるのよ。愚弟に対して本当にありがたい限りだけど、正直なところ改善される気配はまったくないわ」
「可愛い幼馴染から涙ながらに縋られるなんていう、男なら泣いて羨む状況でも効果なしか。本当に重症だな」
「さも見てきたように適当なこと言わないで。……まあ、大して間違ってはいないけど」
まったく、あんないい子を泣かせるなんて、と女性は憤りを感じずにはいられない。弟にも、弟を洗脳した忌々しいカルト宗教にもだ。
「――で。私はそれを何とかする為の準備として、あなたに頼んだんだけど?」
いい加減に本題に入れ、という意味を込めて、女性が男を睨む。
本題――すなわち、彼女が男にした頼み事のことだ。内容は、弟が傾倒しているカルト宗教に関する調査である。
そんなことをした理由は、今の状況で警察などに駆け込んでも、碌な成果は上がらないと女性は考えていたから。
何しろ先ほど話題にしていたように、今のところ女性の家族が被った金銭的な被害はゼロに等しいのだ。
状況としては、あくまで弟が自分で稼いだ金を自分でつぎ込んでいるだけ。終末思想に染まっているのは確かに問題だろうが、これだけで警察は動いてはくれまい。
だからこそ、件のカルト宗教を責めるための何がしかの材料を求め、女性はルポライターである男の人脈や調査能力を頼ったのである。
「興信所の真似事をさせられるとは、と言いたいところだが……他ならぬ君の頼みだ。頑張らせてもらったよ」
「よく言うわね。そこら辺の探偵なんて、相手にもならないと思っているくせに」
「ま、これで食ってるからな。相応の仕事はしてみせるとも」
飄々と言いつつ、男はちょうど運ばれてきたコーヒーで口を湿らせてから、調査結果を話はじめる。
「と言っても、わざわざ仕入れるまでもなく、ある程度の情報は持ってたんだがね」
「……あなたの気を惹くほどの何かがあったの? あの神社には」
「正確には、その神社に関連する組織が――だけどな」
まずはこれを見てくれ、と男は一枚の写真を差し出してくる。そこに映っていたのは、和装を身に纏った十代前半に見える少年だった。
「遠目からなんで、ちょっと分かりづらくてスマンがね」
「これは?」
「弟くんが出入りしているっていう、件の『星霊神社』の神主さ」
「……この子が?」
改めて写真に視線を落とすが、どう見ても彼女の弟よりも年下の子供にしか思えない。
「子供を教祖にでも祭り上げてるってこと? いよいよカルト宗教じみてきたわね」
「まず言っておくが、星霊神社はその辺のポッと出じゃなくて、それなりに由緒ある神社だ。国も馬鹿じゃない、俺みたいな人間に神主のことを調べられるぐらいなんだから、手続き上は管理者として問題がないんだろう」
とはいえ、件の神主の周囲には常に何人もの大人が出入りしているらしく、実権を握ってるのはそいつらの方だろうと彼は言う。
「由緒があろうが何だろうが、来た人間に終末思想を吹き込んで不安を煽って、金を出させているんならカルト宗教でしょうに」
「一応、調べた限りでは普通の神社としての活動だけで、大っぴらに新興宗教の看板とかを掲げてはいないみたいだな。
もっとも、定期的に宗教関係者以外の雑多な人間を集めているらしいのは確かだし、その際の内容は非公開だから、集まった人間が中で何をしているかまでは把握できんが」
「ますます怪しさしか感じられないわ」
「違いない」
苦笑しつつ同意し、男は話を続ける。
「で、これ以上はラチが空かないんで『取材したい』って申し入れたんだが、断られた。関係者以外はお断り、っていう定型文でな」
「よく言うわね。うちの弟みたいな、まったく関係のない人間は参加させた癖に」
「こっちの思惑が察知されたとは思えんが、どうも向こうには向こうの、何がしかの基準があるらしいな。それがどういうものなのかは分からんが」
「なによ、結局ほとんど何も分からないってこと?」
「焦るなよ、重要なのはここからだ」
男は一旦言葉を切り、苛立ちを見せる女性を落ち着かせようとする。
「仕方ないから別のアプローチで調べていくうちに、どうもこの神社が、とある企業と深い関係にあるらしいのが分かった」
勿体付けるように――あるいは、続きを告げる覚悟を決めるように、男は一拍おいてから『その名』を口にした。
「――それが、【ガイア連合】だ」
「ガイア連合……」
「【ガイアグループス】って方が聞き覚えがあるかもな」
「ああ、最近、CMとかによく出てくる……」
「そう、いま飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長している企業だよ」
頷いて、男は新しいタバコに火を点ける。
「俺が最初に『ある程度の情報は既に持ってる』って言ったのも、これが理由でね。当初は記事のネタとして、目下拡大中の新興企業であるガイア連合について情報を集めていたのさ」
「ああ、それで。納得したわ」
「そこへ、君からの相談で星霊神社に出入りしている連中を調べてみた。そうしたら、ガイア連合の経営陣として名前の出てる連中と、かなりの割合で共通しているのに気付いてね」
「……確かなの、それ?」
「ああ。ガイア連合、あるいはガイアグループスってのはいくつかの大企業が合併して出来上がったものなんだが、その合併前の企業の経営者の何人もが、星霊神社に訪れていたのを確認してる」
それを聞いた女性は思わず眉を寄せてしまう。
「新進気鋭の大企業の経営陣が、揃いも揃ってカルト宗教にかぶれてるってこと? 世も末ね」
「これが彼らの言う【終末】だったりしてな」
「タチの悪い冗談だわ。――それで、そのガイア連合って会社がどうしたのよ?」
そう言うと、男は表情を引き締めた。雰囲気が変わったのを悟り、思わず女性の背筋が伸びる。
「ひとことで言うなら、得体が知れない――ってのが、正直なところだな」
「……『危険』だとか、『胡散臭い』じゃなくて?」
「勿論、それもある。が、それ以上にひたすらに不気味……というか、分けわからんっていうのが俺が受けた印象だ」
「どの辺りが?」
「何もかもが、さ」
胸にわだかまる何がしかの感情を込めるようにして、男は紫煙を吐き出す。
「ガイア連合が、いくつかの大企業が合併した結果でき上がったものっていうのはさっき言った通りだが、まずそいつらの業種や職種がてんでバラバラ。共通点がまるで見えない」
「星霊神社っていうところに出入りしていたのが共通点じゃないの?」
「俺も最初はそう思った。終末思想で洗脳し、金を出させているんだってな。しかし、なら個別に金を吐き出させればいいだけの話だ。これだけ種類の違う会社同士を、わざわざ合併させる必要なんてない」
「まあ、それはそうね。経営も難しくなるだろうし」
業務の内容や方向性が違う会社が一緒になれば、当然舵取りは困難になる。普通ならある程度は関連性のある会社同士を纏めるだろう。
「そもそも、パッと見は星霊神社とガイア連合は繋がっていないように見せているのに、合併させて大きくするのが分からん」
彼によれば、宗教法人が企業と繋がってたり、隠れ蓑として会社を興すことはある。だが、企業というのは当然ながら規模が大きくなればなるほど目立つ。大企業同士の合併となれば尚更で、カルトとの繋がりを隠したいなら本末転倒だと言う。
「実際、こうしてあなたが調べられてるんだしね」
「その通り」
皮肉気に笑った男が言うには、ガイアグループスのごった煮さ加減は、合併後もまるで変わらないらしい。拡大路線を維持したまま、むしろ取り込む企業にますます節操がなくなっているそうだ。
「ジュネスを始めとした商売関係、アニメ会社や医療・医薬品関係、ファミレスに土建屋、輸送会社。海外との取引や先物取引にも手を出してるし、果てには油田まで持ってるんだぞ」
「聞けば聞くほど節操が無いわねぇ……道理で、いろんなCMで見ると思ったわ」
これだけを聞けば金になりそうな会社を、手当たり次第に取り込んでるようにも思えるが――
「ところが、そうでもない。大企業だけじゃなく、零細企業や倒産寸前の、不良債権としか言えないような企業ともくっついてる。業界でも噂になってるよ。合併基準が意味不明すぎるってな」
「まあ、そもそもカルトに頭をやられた連中の思考を、常識に当て嵌めて考えるのが無駄な気もするけど」
辛辣な物言いだが、彼女の弟のことを考えれば無理もないだろう。
苦笑した男は、ガイア連合が何よりも異様なのは、雑多すぎる業務を破綻させていない経営手腕と、経営方針そのものだと告げた。
「どういうこと?」
「当然の話だが、企業ってのは損をしないよう、手堅い賭けを何重にも張る――ってのがセオリーだ。だが、ガイア連合にこれは当てはまらない」
そのやり方は言うなれば、大穴狙いで連続で張り込み、そのすべてを的中させるようなものらしい。
「まったく、めちゃくちゃだよ。雑多な業種を取りまとめて破綻させないのは、優秀な経営陣やブレーンがいると考えれば、まだ分かる。
だが連中は、例えば先物取引では必ずと言っていいほど莫大な利益を上げる。あるいはまったく無名の、誰も見向きもしないような事業や研究に莫大な予算をつぎ込んで周囲が失敗したと思っていたら、それが既存の概念を覆すような圧倒的なものだったと後になって判明する。
――まるで、未来でも読んでいるかのようにだ」
平静を装っているが、女性は目の前の男が内心で慄いているように感じられた。なるほど、これが彼がガイア連合に対して『得体が知れない』と評した部分なのだろう。
「そうして荒稼ぎしたかと思えば、今度は逆に、明らかに採算の取れない、損しかないような事業に出資していたりもする。当然、それらには投資に見合うだけの成果や利益は出ない。正直なところ、訳が分からんよ」
「金持ちの道楽じゃないの? そういうのって、お金と余裕があるからこそ出来るんでしょうし。それか、税金対策とか、批判除けの慈善事業とか」
「だとしても動いてる金が大きすぎるし、何より手を伸ばす方向性に見境がなさすぎる。企業としての経営方針というか、目指しているところがまるで見えてこないんだよ」
考えれば考えるほどに分からないと、彼はボヤく。
「加えて言うなら、羽振りがいい様に見せて、一発コケれば会社が吹っ飛ぶような莫大な借金をしてもいるんだよ、ガイア連合は。ちょっと調べれば分かるぐらい、あからさまに」
「終末を謳ってるんでしょ? 『近いうちにお金なんて紙切れになるから、今のうちに借りれるだけ借りとけ』とでも思ってるんじゃないの?」
「いくら何でも、大企業の経営陣がそんないい加減なやり方で成功できるわけないだろ。そんなのだったらとっくに破綻してる」
カルト宗教がらみだからと言って穿った見方をしすぎだと、呆れたように男が言う。でも残念、それが正解です。
「おかしいのはそれだけじゃない。――ガイア連合が、全国各地に関連施設を誘致してるのは知ってるか?」
「ジュネスとかをたくさん建ててるのは知ってるわ。この間、テレビで特集してたし」
「あれもな、調べてみるとおかしいことだらけなんだよ」
まずは場所。ガイア連合が建物を誘致するのはすべてとは言わないが、人里外れた、商売をするには不向きなところが多いらしい。場合によっては、人が流出して過疎化どころか廃村になっている場所すらあるという。
「地価が安いからじゃないの? 不便ってことは、その分人気も無いってことだろうし」
「にしては、数が多すぎる。ひとつふたつならともかく、全国で誘致されているジュネスのほとんどに、大なり小なり当てはまるんだよ。まるで、通常とはまったく別の基準で建てる場所を決めてるように」
男に言わせれば、採算度外視にもほどがあるらしい。
「二点目は、地元の有力者……つまりは名士や地主、代々続く名家なんかだな。こいつらから土地をどんどん買い上げてるんだが、これもおかしい」
土地を持っている側からすれば、これは財産を切り売りするようなものであり、通常なら交渉に年単位の時間がかかってもおかしくないとのこと。
「地元の有力者にはその土地で商売をしていたり、不動産そのもので稼いでるのが大勢いる。神社・仏閣なんかの宗教法人もな。ガイア連合と繋がってるのが星霊神社と考えれば、いわば商売敵でもある」
そう言った者達に『土地をよこせ』と言ったところで、素直に応じるわけがない。既得権益を自分から手放すなんてこと、普通はする筈もないのだから。
「なのに、ガイア連合相手には、あっさりと手放している……」
「ああ。何代も地元で根を張って権力や人脈を持ち続けてきた連中が、規模が大きいとはいえ新興企業に対して、だぞ? 普通なら有り得ない」
確かに、それは異様だと女性にも分かる。次々と告げられる情報を受けて、男の言うガイア連合の不気味さが、ここに来て女性にも伝わってきた。背筋に気持ちの悪い汗が流れる。
「名士や名家なんてのは、地元じゃちょっとした王様さ。なのに、場所によっては一族まるごとガイア連合の傘下に入ってたりするんだ」
「……さすがに冗談でしょう?」
「事実だ。親戚一同、諸手を挙げてな。三顧の礼、どころの話じゃない。まるで自らの王を迎えるが如くだ。
場合によっちゃあ、とある名家を実質取り仕切ってたような女性が、ジュネスの一店員におさまってたりするんだぞ?」
まったくどんな手品なんだか、と言った男は、お手上げとばかりに天を仰ぐ。そして疲れたのか一旦話を中断し、すっかり冷めた珈琲に口を付け、顔を顰めた。
一方で、女性は告げられた内容を咀嚼しきれない。店員を呼んで新しい注文をする男を、どこか遠い目で眺める。
いったい、ガイア連合とは、それと繋がっている星霊神社とは何なのか。女性にはもはや、これが単なるカルト宗教の話とは思えなくなっていた。
自分の弟は、これとどのように、どれだけ関わっているのか。処理能力を超えた事態に、思考が上手く纏まらない。
「……そういやあ少し前に、弟くんのところに地方から女の子が訪ねてきたって言ってただろ」
「……ええ。それが?」
新しいコーヒーを持ってきた店員が去った後。今まさに考えていた家族のことに言及され、女性は意識をどうにか引き戻す。
実はそれで、かなりの騒ぎになったのだ。
突然訪ねてきた弟と同年代と思しきその女の子は、戸惑いながらも出迎えた弟と対面すると、その場でいきなり土下座し、
『婚姻を結んでほしい、などと贅沢は申しません! せめて子種を、情けを! どうかお願いします! どうか、どうかぁぁ!!』
という、衝撃的すぎる内容をぶちかましたのである。
当然、家族会議待ったなしだ。事が起こったのが外でなくてよかったと、女性は心の底から思った。
しかもそれを家族だけでなく、たまたま訪ねてきていた、弟の幼馴染の女の子に聞かれたのが致命的だ――主に弟にとって。
『う、あ……あああぁぁぁぁ……ッ!!』
『ちょっ、泣かないで! 誤解、誤解だからあぁ! つーかお前も立て! 僕が鬼畜と思われるだろうがあぁぁ!!』
『この愚弟があぁぁ! とうとう堕ちるところまで堕ちたようね! そこに直れ、その捻じ曲がった性根を叩き直してあげるわ!』
『だから誤解で――うわらばっ!?』
それからはもう大変だった。泣き崩れる幼馴染の子を宥めつつ、弟をブン殴って彼女へと詫びを入れさせ、土下座した方の女の子の処理も任せる。
我ながらあの時は冷静さを欠いていたと思うが、仕方ないと言い訳させていただきたい。ただでさえ弟がカルト宗教にかぶれて頭が痛いのに、この上女の子に無体な真似を働くようにさえなったのかと、頭が真っ白になったのだ。
もっとも、その子に対しては弟も迷惑そうな顔で追い返そうとしていたし、幼馴染の子に対して必死に謝り倒して弁解していたから、本人にとっても不本意な事態だったのだろうが。
「君に名前を聞いて軽く調べてみたんだが……その子もな、わりと由緒正しい家の出なんだよ。地元ではちょっとしたお姫様扱いされるぐらいには」
「……あの子が?」
にわかには信じられない。女性の覚えているあの子は唐突すぎる土下座の姿という非常に微妙なもので、傍迷惑で思い込みの激しい人騒がせな子、という印象しかなかったからだ。
非常識すぎてコミカルとさえ言える記憶を思い返し、多少なりとも上向いていた気持ちが、スッと冷える。
「で、話の流れで分かると思うが、その子の家もガイア連合の傘下に入ってる。そんな彼女が……こう言っちゃ悪いが、『ただの高校生』にすぎない弟くんへ頭を下げて頼み事をする理由なんて、ひとつしか考えられないだろ」
ちなみに、女性が話したのはその女の子が土下座したというところまでだ。それ以上はさすがに外聞が悪すぎる。
「……弟が、ガイア連合――というより、その背後にいる星霊神社に関わっているから、って言いたいの?」
「いまのところ、それ以外の理由がないと俺は思う」
今度こそ、女性は完全に脱力し、背もたれに身を預けてしまう。それを痛ましそうに見ながら、男は話を纏めにかかる。
「おそらく君が一番聞きたかったことが最後になって悪いが――現状、星霊神社に対してはハッキリと違法と言えるような事実はない。ガイア連合も……いろいろ言いはしたが、危なっかしく意味不明な経営をしている以外の問題は見つかっていない」
むしろ、高卒や場合によっては中卒でも採用し、特に資格が無くても年収が1000万を超えるという、凡百の企業が太刀打ちできない好条件を掲げているそうだ。
「……さぞや、求人が殺到してるんでしょうね。私も、何も知らなかったら雇ってほしいくらいだわ」
今は絶対に近づきたくないけど、と呟いた女性へ「だろうな」と男は返す。
結局、出てきた情報はどれも弟を助けるには役に立たないものだったが、もはやそれを責める気力もない。とにかく今は頭と精神を休めたかった。
「慰めにもならないだろうが、これだけ調べてもハッキリとしたものは何も出てこないってことは、大っぴらに悪さをしていないってことでもある。
弟くんが、今すぐどうこうっていう可能性は低いだろう」
「本当に慰めにならない指摘をどうも」
疲れたように笑う女性へ、男は親しいものにだけ分かる労わりの響きを滲ませて話を続ける。
「俺自身、興味もある。今後も星霊神社やガイア連合の調査は続けるし、分かったことがあれば連絡するよ。さしあたっては、【ガイア連合山梨支部】を調べてみるつもりだ」
「……支部? 本社じゃないのには理由があるの?」
「本社の位置は不明だ。社外秘になってる。……ぶっちゃけた話、俺は実はここが本部の可能性もあると踏んでいるがね。ダミーとして支部という名前にしてるだけで」
「そんな偽装にもなってない誤魔化し、あるわけないでしょう。子供が考えたものでもあるまいし」
「案外、こういう単純な手が有効だったりするモンさ。君みたいに考える人間が多いからな」
これは多分、くだらない冗談でこちらの気持ちを少しでも紛らわせようという、彼流の気遣いなのだろう。
そう女性は疲れた頭で解釈し、ようやく、口元に皮肉ではない小さな笑みを浮かべた。
――ちなみに山梨支部の名称は安価の結果であるし、何ならこれには当の神主さえ思わず二度見したのだが、それは転生者でない二人には分かろう筈もない。
*
同時刻。
某県某地方都市にて。
「お願いします、お願いします……!」
「ええい、いい加減にしろ!」
「ガイア連合の支部は誘致した! ジュネスも建てた! 異界も危険なものや管理できそうにないものはちゃんと潰した! 文句ないだろうがぁ!」
「そこを何とか! 次代の為にも、我が一族には強い霊能者の血がどうしても必要なのです!」
「だからと言って家に来るなよ! てか、どうやって場所を知った!?」
「前に来てもらった時の歓迎の宴の際に、ポロっと口にしてましたよ?」
「ああぁ、僕のバカァァ……ッ!」
「これが代々続く家の話術というものです!」
「胸を張るな! こっちがどんだけ苦労したと思ってるんだ! あれ以来、家族の視線が痛いんだよ! 好きな子には泣かれるしさぁ、どうしてくれるんだ!?」
「私は正妻様の邪魔をする気はありませんよ? 子種さえ頂ければ……」
「正妻ちがう! まだ付き合ってない! あと、ここ現代日本! 世間体ってモンがあるでしょ! てか、これ以上あの子を泣かせたくないんだよ!」
「……わかりました。ではせめて、今夜は泊っていってください。もちろん、夜這いなどはいたしません」
「……言っとくが、ゴミ箱を漁っても無駄だからな? ここでは、絶対に一人で処理とかしないから」
「そんな!? 最後の希望が!?」
「捨ててしまえ、そんな希望」
「お願いします、お願いします……!」
「ええい、服を脱ぐな! 土下座して足を舐めようとするなぁ! 何でそういうことするの!?」
「この冊子に書いてあるんですよ!」
「……まて、冊子?」
「これです!」
「……『私はこれで某組織の誘致に成功した! あなただけにそっと教える、強くて頼りになるあの人を地元に繋ぎ止める必勝法』……?」
「ツテのある霊能組織の巫女さまを拝みに拝み倒して、何とかノウハウと一緒に教授してもらったんです!」
「誰だ、こんな手に引っ掛かったやつはあぁぁ!!」
終末は未だ姿を見せず。
だが、いずれその日は等しく訪れよう。
転生者であろうとも。転生者に非ずとも。
その日に備え、誰もが皆、懸命に生きている――方向性はともかく。
なお、某スレを見ている人は分かると思いますが、ジュネスの一店員に収まってる人=冊子を書いた人です