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チートトラックでニート轢いて異世界に送るバイト 作者:CuRR
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やれ轢け、もっと轢け

 老若男女様々な転生志望者を轢いていった。破竹の勢いで屍を量産する日々の中で、俺は自らの正当性を証明するための甘ったれた論理を組み立てることに飽き始めていた。女神の絶対的な庇護の下で生ぬるい殺戮を繰り返してきた俺は、彼らがこれほどまでに執着する異世界というものの存在に興味を持つようになっていた。


「異世界とはどういう場所なのでしょう。俺たちの住むこの世界とは違うのですか?」


 すっかり定位置となった助手席であくびをしていた女神に尋ねる。


「私が転生者に説明するときは、ゲームのような世界、と言えば大体わかってくれるわね。魔法が使えたり、モンスターがいたり、はたまた魔王が君臨していたり。物好きよねえ、わざわざ危険の多い世界に行きたいなんて。あ、あそこのおじいさん轢いてちょうだい」


 女神の指差した老人をはねてから、俺は妙に納得して頷いていた。ゲームの世界に行けるとなったら確かに魅力を感じる人はいるかもしれない。俺に轢かれた人たちのように、現実からの逃げ場を求めている人間にはおあつらえ向きの世界だろう。


 今しがた轢いた老人の転生を終えて戻ってきた女神に俺は聞いてみた。


「あの老人もゲーム的世界に惹かれて転生したのですか? そういう年齢ではないと思いますが」


 女神が言うにはこういった若くない人物が転生を望むのは、人生をやり直したいという駄目な大人ならではの――しかし子供じみた――情けない稚拙な欲求がその根底にあるからだそうだ。やはりぞんざいな物言いだと思ったが、それでもこの女神は彼らを若返らせたり、時には人格はそのままに別の生命として生まれ変わらせたりして、彼らを異世界に送っているのだという。当然の疑問が生まれる。


「何故そこまでして彼らを転生させるのでしょう?」

「仕事だからよ」


 もっともな返答だった。ただ俺が知りたいのは何故そのような仕事があるのかということだったので、少し質問の矛先を変えてみた。


「向こうの世界の人たちに迷惑ではないのですか? この世界で生きていけなかった人たちをそのまま異世界に送っても、そう簡単にやり直せるとは思わないのですけど」 

「迷惑かけて欲しいのよ」


 予想外の回答に俺はしばし困惑する。女神は投げやりな様子で補足した。


「本当は誰でもいいのよ。人口急増で足りなくなった魂を他の世界の神様から大量に借りていて、その返済期限が迫ってるってだけだから。ただ、うちの神様は他所と仲が悪くてね。どうせ返すなら質の悪いやつを送りつけてやって、向こうの世界をめちゃくちゃにしてやろうって魂胆なわけ。子供の喧嘩みたいなものよ」


 意外というかやはりというか、神様というのは随分と勝手な存在らしい。そして、この女神は決して絶対的な存在ではないらしい。このことは俺に一つの危機感を抱かせた。俺は今までなんとなく、この女神の仕事には何か崇高な目的があるのだと思っていた。そうであるからこそ、それを手伝う俺は安全圏からの不遜なふるまいが許されているのだと思っていた。だがそうではなかった。この女神が俺を守っているのと同様に、他の超越的存在が俺の身を脅かしにくることも充分に考えられるわけだ。


 自分だけは安全などという短絡な妄想を捨て、俺は仕事に専念することにした。

 さっさと終わらせよう。報酬だけ貰って、その後は一切関わりたくない。


 月末が近づいてきたある日、俺は久しぶりに一人で配達を続けていた。

 早朝に一度女神が現れたのだが、用があるといってすぐに消えてしまったのだった。俺はその日いつもより忙しかったのでちょうどよかったのかもしれない。

 普段訪れない地域で配達を続けながら、俺は渋滞と休んだ同僚に心の中で悪態をついた。一度遅れた配達時間は連鎖的に次の遅れを引き起こし、俺は文句を言う客たちに平謝りを繰り返していた。午後三時をまわっても俺は休憩が取れず、恋人が用意してくれた大きめのおにぎりを規則を無視して運転しながら食べていた。


 直前で赤に変わった信号にいらついた俺は荒っぽくブレーキとクラッチを踏み込み、この隙に残りの昼飯も全て食べてしまうことにする。

 俺は自分のもう一つの仕事について、つまり俺がトラックで人を轢きまわっていることについて、同棲中のカノジョに伝えていなかった。俺が隠し事をしているくらいでいちいち機嫌を損ねたりしないし、余計な詮索をしてくることもない。俺にはもったいないくらいのよくできたカノジョだった。

 ずっと貧しい思いをさせている。たまには労ってあげないと罰が当たると思った。

 女神から最初に受け取った金はほとんど手を付けてなかったが、多少は切り崩してもいいかもしれない。取り急ぎ今日の所は、ちょっと高級なケーキでも買って帰ろう。そうしよう。


 背後から耳障りなクラクションの音が鳴り、物理的に俺を押しのけようとするかの如く響き渡った。俺は信号が青に変わったのに気付いてなかったらしい。

 慌てて発進して、俺はすぐさまブレーキを踏んだ。

 トラックのすぐ前を腰の曲がった老婆が横断していた。

 俺はぞっとする思いで辺りを見回し、もう一度安全を確認してから発進した。冗談じゃない。こんなことで台無しにされてたまるか。あと少しで俺は大金を手中に納めてこの薄汚れた仕事と決別できるのだ。慎重に行こう。そうだ。落ち着いて。冷静に。冷静に。



「お疲れ様、調子はどう?」


 ようやく配達が終わり最終便を積んでターミナルに向かっているとき、助手席に女神がやってきた。今日の俺はいつになく神経をすり減らし疲労も溜まっていたのでこれ以上仕事を増やされるのは勘弁願いたかったわけだが、それを知ってか知らでか女神は俺に缶コーヒーを手渡してきた。どうやら差し入れということらしく、俺は礼を述べて受け取った。


「お礼なんていらないわ。私のためにもっと働いて欲しいという意味だから」


 これまでのやりとりから、この女神はなかなかに正直な性格をしていると俺は思っていた。

 俺は受け取った缶コーヒーを開けることなくカップホルダーに収めた。


「何かあったのですか」

「ノルマが増えたのよ」


 殺さねばならない人の数が増えた、という意味だった。それは自分の仕事がさらに増えることに繋がると理解した俺は眉をひそめる。


「もちろんあなたとの契約は変更しないわ。始めに提示した人数から増やすことはしないし、報酬もきっちり払う。ただ……」


 俺が手を付けなかった缶コーヒーをちらと見て女神は続けた。


「もしあなたにその気があるなら、仕事の延長をお願いしたいわ。今度は成功報酬じゃなくて一人送るごとに手取りで払うことにして」


 そして女神は一人当たりいくらかという生々しい金額を俺の前にちらつかせた。むろんこれまでの契約からも人間一人の金銭的価値は簡単に計算できたのだが、俺はあえてそれをしていなかった。知ってはならない冷酷な相場だと感じていたからだ。だが人の死にすっかり慣れてしまった今の俺の目から見ると、女神の示した人間の値段は妥当なものに思えた。誰かを殺して金を得ることに今ではさほど抵抗もない。

 しかし俺は断った。俺が欲しいのは仕事でも非日常のスリルでもなく、金だった。あと数日中に俺は人生を不自由なく謳歌できるだけの金を手にできるのだ。今更新たな仕事を請ける道理はない。女神もそれをわかっているようで、そう、と小さく呟いただけでそれ以上なにも言わなかった。


 その夜俺はケーキを買って帰った。もっともこんな夜更けに洋菓子屋があいているわけもなく、俺は近場のコンビニで見た目に華やかなフルーツケーキを買ったのだった。

 カノジョは喜んでくれた。いくつかの愛情表現をしてありがとうと言ってきた。


「お礼なんていらないよ」


 俺はそう言った。

 俺のためにもっと尽くして欲しいという意味だから。何故かそんな台詞が脳内に浮かんだがすぐに払拭する。カノジョのおかげで俺は配達の仕事を続けられるのだ。カノジョがいるからこそ、俺は自らの時間と体力と精神を削って給料に変換するという健全な社会的活動に意義を見出せるのだ。感謝すべきは俺のほうだった。


 もしカノジョと出会えていなかったらと思うとぞっとする。俺はきっと仕事を探そうなんて思わなかったはずだ。そして、俺が「無価値」として轢いてきたあの転生志望者たちと変わらない生き方をしていただろう。

 俺はかぶりを振った。考えても仕方のないことだ。

 俺が今考えるべきことは、女神から報酬を貰った後どうやってカノジョに説明するかということと、その金をどう使っていくかということだった。


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