コナンくんがめっちゃ見てくる   作:ラゼ

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オネショタ原理主義者が感想欄で暴れ回っていますね……とても悲しい。オネ優位の純愛しか認めないなんて、そんな悲しいことがありますか?

私はショタが仲間を連れてくる展開も好きですし、お姉さんに生えてショタを掘る展開も好きですし、お姉さんが裏で寝取られてビデオレターエンドになるのも好きです(燃料投下)


七話

 コナンくんの誕生日から一夜明けて、五月五日……世間的には『こどもの日』。それに合わせたのか、今日は堤無津川(ていむずがわ)で凧揚げ大会がある。

 

 我らが少年探偵団も参加予定なのだが、凧も完成し満を持して出発する段になって気付いたことがある。博士のビートルに全員が乗るのは不可能、という点だ。

 

 歩いていけなくもない距離ではあるが、お散歩というにはちょっとばかし遠い。結構デカい凧だし、車を使うのは前提だから……面倒だけど、僕が歩いていくしかないようだ。

 

 博士は運転しなきゃだし、まさか子供の中から一人だけ歩かせるわけにもいかない。というか、もしかして遠出のたびに僕だけお留守番か? 博士、新しい車とか買ってくんないかな。

 

「すまんのう、直哉君」

「いえ、天気もいいしハイキング気分でゆっくり行きますよ」

 

 考え事をしながらのんびり歩くってのも、意外と楽しいものである。内心では『君がスケボーで行けば丸くおさまるよね』とコナンくんに念を送っているが、気付く様子はない。

 

 まあ僕がスケボーを借りるという手もあるが、正直あんな危険な乗り物を使いたくはない。操作が完全に体幹頼りの上、普通に道交法違反だし。

 

 子供だから許されてるところもあるでしょ、あれ。というか高速道路を走ってるときとか、通報されないんだろうか。

 

 ──そんな益体もないことを考えていると、コナンくんが車から降りてきた。

 

「…ま、一人だけってのもアレだしな。オレも付き合ってやるよ」

「え? じゃあ僕は車でいくけど…」

「前提を覆すな、前提を」

 

 彼の気遣いに内心で喜んでいると、子供たちが次々にビートルから降りてきた。まさか彼らも僕に付き合ってくれるのか? なんて優しいキッズ…!

 

 僕がこのくらいの年齢だったときは、ワガママの塊だったけどなぁ。仮にこんな状況に陥ったら、醜い争いを繰り広げていたことだろう……ちなみに哀ちゃんは助手席から微動だにしていない。めっちゃクール。

 

「歩美も一緒に行ってあげる!」

「へへ、ならオレも行くぜ!」

「ボクもご一緒します!」

 

 うーん、気持ちは嬉しいんだけど……これはこれで引率が大変だ。しかも彼らは普通の子供ではなく、行動力が狂気じみてる『少年探偵団』なのだ。

 

 頭のおかしいムーブがストーリーの都合上だったということを差し引いても、そのメンタルは常人と一線を画す。

 

 とはいえ、このまま僕が一人で行くと言っても聞かないだろう。うーん……あ、そうだ。コナンくんがいる状況なら、誘えば来そうなショタコンが一人いたな。

 

 あの娘ならバイクも持ってるし、ちょうどいいや。アッシーくんならぬ、アッシーちゃんになってもらおう。

 

 みんなから少し離れつつ、スマホを取り出して世良ちゃんに発信する。コナンくんに聞かれたら拒否られそうだしな……とはいえ、彼の世良ちゃんに対する警戒は、あまり意味がないともいえるけど。

 

 コナンくんが彼女を警戒してるのは、言動や行動に怪しい部分が多いからだ。しかしそれは世良ちゃんの乙女心……『自分から正体を明かすよりも、先に相手から気付いてほしい』という可愛らしい感情ゆえに、不審な行動に見えてしまっているだけだ。

 

 つまり互いの情報漏れについて、僕が気を揉む必要はないだろう。そのうち共同戦線を張る可能性は高いし、いまそうなったところで特にデメリットがあるようにも思えない。

 

 世良ちゃんは『怪しく立ち回らなければならない』という『新キャラ特有のお約束』の犠牲になったのだ。メタ的にいえば、誰が『バーボン』だったのかというミスリード要員でもある。

 

 もっというと『探偵甲子園』回に出てきた人気キャラ、南の名探偵こと『越水七槻』の再登場が不可能ゆえに、そのジェネリック版として世良ちゃんが起用されたという事情もある……いや、ジェネリック版は失礼か。むしろ属性を更に盛って、しかし見事に調和した魅力ある少女ともいえる。

 

『…もしもし』

「あ、世良ちゃん? 今から凧揚げ大会行くんだけど、君もどうかなって」

『えぇ……今からって、いくらなんでも急すぎないか?』

「ちなみにコナンくんも一緒だよ」

『…!』

 

 ──世良ちゃんは幼い頃、事件を介して工藤新一と出会っている。それは子供特有の淡い恋心と共に、彼女の大切な思い出として心の内にしまわれていたものだが……ロンドンでテレビに映ったコナンくんを目撃したとき、現在へと繋がった。

 

 それは母親であり“SIS”でもある『メアリー・世良』がベルモットと対峙し、毒薬を飲まされて幼児化した時のこと。辛くも追撃を逃れたメアリーさんは、幼児化した体で娘の元へ戻った。

 

 そしてその直後、子供の頃の姿そのままの工藤新一が──あるいは『子供に戻ってしまった』かのような彼の姿が、テレビに映ったのだ。

 

 ただの偶然だとは考えつつも、“SIS”としての調査能力を駆使して、メアリーさんはその子供……『江戸川コナン』という人物を調べた。

 

 しかし毛利小五郎と共にロンドンへ来訪した筈の子供は、その渡航記録が一切なく……代わりとでもいうように『工藤新一』の入国が確認された。

 

 更に詳しく調べれば、工藤新一の失踪時期や毛利小五郎が有名になり始める時期などが一致し、彼女はコナンくんが『同類』であると確信を得たのだ。

 

 まあ同類とはいっても、コナンくんは青少年からショタ。メアリーさんは四十代からロリババア。一緒にしないでほしいものだが。

 

 そんなこんなで、世良ちゃんと世良ママはコナンくんに近付いて色々と探っているわけだ。特に『工藤新一』としてロンドンを訪れている以上、一時的にでも幼児化を解除する手段が必ずある筈だと考えて。つまりコナンくんを餌にすれば、世良ちゃんはホイホイとやってくる筈。

 

『コナンくんもいるんだ……うん! もちろん行くよ!』

「行かせてください、だろ」

『そっちが誘ってきたのに!?』

「そんじゃま、五分後に阿笠邸ってことで」

『短い!』

「なるはやでよろしくねー、アッシ……世良ちゃん」

『いまアッシーって言わなかった?』

「言ってない言ってない。あ、あとヘルメットは二つお願いね」

『アッシーじゃないか!』

「世良ちゃん……実は今、車に一人乗れない状況なんだ。僕が上手く誘導すれば、コナンくんを君のバイクに乗せることだってできるぜ」

『…! ──君は……もしかして、ボクの目的を知ってるのか?』

「…僕はね、少女の無知につけこんで行為に及ぶような男は、心の底から下衆な人間だと思ってる。でも逆はそんなに悪いことじゃあないとも…」

『なんの話!?』

「いや、君がショタコンでコナンくん狙いだって話を」

『違ぁう!!』

 

 『十分で到着するから』という言葉を残して、電話が切られた。早くない?

 

 世良ママと世良ちゃんは組織を警戒しているのか、一定の場所に留まらず、ホテルを点々としている筈だが……いま滞在してるのが米花市内だとしても、十分は早すぎだ。ちゃんと法定速度を順守してるのか不安になる。

 

 『道路交通法違反は犯罪じゃないから』って精神の持ち主が多すぎる世界、それが『名探偵コナン』の世界である。あの阿笠博士すら、レストランの予約時間に遅れそうって理由でスピード違反起こしてるし。まあそのときは切符きられてるけど。

 

 ──通話の切れたスマホを耳から離そうとする直前、しれっと近付いてくるコナンくんが横目にチラリと見える。

 

なるほど……盗聴器はつけないと約束したが、直で盗み聞きする分には構わないと考えているのだろう。これはもう僕を怪しんでるというより、彼の悪癖のようなものだと思う。

 

 普通の友人や赤の他人相手ならこういうことはしないにしても*1……僕や赤井さん、安室さんに世良ちゃんなど、何かしらの秘密を抱えている人物を相手にすると、持ち前の好奇心が疼きだして行動を起こすのだろう。これはもう、ちょっと懲らしめてやる必要があるな。

 

「──じゃあまた今度ね、蘭ちゃん。大丈夫、僕らの関係はバレてないよ」

「…はぁ。もう突っ込まねーからな……いい加減、お前のそれも慣れてきたっての」

「…っ! ──あっ、うん……だよね。ハハ…」

「…」

「…」

「…え、おま、マジじゃねーよな? ──ちょっとスマホ見せろ久住」

「えっ? いや、プライバシーとかもあるから…」

「いいから見せろって!」

「わ、ちょ……ああっ!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねてスマホを奪おうとするコナンくん……僕は慌てて距離をとろうとして、ついスマホを取り落とす。

 

 素早くそれを拾った彼は、ロックがかかっていないことを確認すると、すぐさま画面に指を滑らせて待機状態を解除した。そしてそこに表示されていた『バカが見る~』という画像を目にして、再びスマホを地面に叩きつけた。

 

「久住ィイイ!!」

「あれー? 『いい加減に慣れてきた』って言ってたのに」

「ぐっ…!」

「慣れてきた頃に、一歩を先んずる。先を読んでこその名探偵だぜ、コナンくん」

「オメーの思考の先なんて読んだら、どっかイカれちまいそうだっつーの。ったく…」

「…ふぅ、うまく誤魔化せた」

「おぉい!?」

 

 というかスマホ叩きつけるって何気に酷くない? 博士の改造で頑丈になってるとはいえ、絶対に壊れないわけじゃないんだから気を付けてよね。まったく……傷一つ付いていないスマホを拾って、汚れを払い落す……え、何これ凄い。

 

 博士の恐ろしい技術力に(おのの)いていると、遠くからバイクのエンジン音が近付いてきた。十分も経ってないけど、本当に大丈夫?

 

 ビートルの後ろに止まったバイクの上には、フルフェイスのヘルメットを被った男性──ならぬ男装の麗人、世良ちゃんの姿があった。小柄ながらもジークンドーで鍛えた体、そして貧乳かつ男装のフルフェイス……こうなると、男性にしか見えないから不思議だ。

 

「お待たせ! かっ飛ばしてきたよー!」

「ぷっ、マジで来やがったぜアイツ」

「なんのイジメ!?」

「ウソウソ、ありがとね世良ちゃん」

 

 突っ込んでるときの世良ちゃんは魅力的だなぁ……なんて、そんな風に考えていると、横のコナンくんがじろりと僕を睨みつけてきた。そしてその目が『なんでコイツを呼んだんだ』と如実に語っている。世良ちゃんたら報われない女。

 

「ではでは、コナンくんは世良ちゃんのバイクへどうぞ。また後でねー」

「待てコラ……つーかどっちにしろ、お前が乗ると定員オーバーだ」

「え、なんで?」

「…子供三人で大人二人、子供は二人で大人一.五人、端数は切り上げ。子供四人と大人二人じゃ、そのビートルだとギリギリアウトだ」

「…そうなの?」

「ああ。そんじゃ、また後でな」

 

 そそくさと車に乗り込み、博士を急かして車を発進させるコナンくん。ふーむ……ビートルは五人乗りで……僕と博士と子供四人で六人……子供四人を大人換算して、すべてを合算すると四.七五人……いけるような気がするけど。

 

 いや、普通車か軽によって違うのか──元の世界じゃセーフの筈だけど、この世界だとどうなんだろう。微妙に法律とか違ってたりするから、咄嗟の判断がつかないんだよね。

 

「…僕、乗れたよね?」

「うん」

「なんで言わなかったの?」

「君とも話をしてみたかったからね。()()()が追ってる難事件に君も関わってるんだろ? ──探偵として是非……さ」

 

 そういえば世良ちゃんと初めて顔を合わせたとき、僕はコナンくんを工藤くん呼びしている。ギャグ補正もあってか、蘭ちゃんと園子ちゃんは誤魔化されてくれたが……彼女はしっかり覚えていたようだ。

 

 まあ世良ちゃんに関しては、彼女のママ以外に警戒すべき点はないから、そこまで気にしなくていいだろう。そのママにしたって、余程のことがない限り外を出歩くこともない。

 

 コナンくんとは違って、自分の陣営には……つまりSISには自身の境遇を周知させているから、あまりに怪しいムーブをし過ぎると拘束されるかもだけど。

 

 ニヤリと含み笑いをしながら、僕にメットを放り投げてくる世良ちゃん。うーん……バイクに乗るのは初めてだし、当然二人乗りも同様だ。彼女は当たり前のように危険運転をするから、少しばかり躊躇してしまう。

 

「どしたの? 早く乗りなよ」

「いや……うん。いきなりウィリーとかしないでね」

「しないって。ボクをどんな風に思ってるのさ」

 

 …うわ、目線が高いな。車の座席に比べて一.五倍くらい高い。体が剥き出しということもあって、ちょっとした恐怖を感じる。これで劇場版ムーブでもされたら、命の保障はなさそうだ。それに支えが他人の感覚頼りだから、どうも重心がぶれる。

 

「っ、とと……バイク乗るの初めてなんだけど、後ろ側ってどうすればいいの?」

「バランスを崩さないことだけ意識してくれれば、それでいいよ。よく言われるのは『荷物になりきる』とかかな」

「了解だニモ!」

「違う、そうじゃない」

「というか、これどこ掴めばいいの?」

「人によって違うけど……片手でグラブバーを掴んで、もう片方の腕を腰に回すのが一番無難だよ」

「え、でも嫁入り前の女性にそんなハレンチな…」

「昭和か」

 

 男尊女卑な考えは持ってないし、差別主義者ってわけでもないんだけど──それはそれとして、男が女性にしがみつくってちょっと情けない気分である。まあ日本で生まれ育った以上、仕方のない感覚だろう。

 

 それにしても世良ちゃん、サバサバしてるというかなんというか……もうちょっと照れてくれてもいいのよ? もし逆の立場──つまり僕が高校生だったら、大人のお姉さんを後ろに乗せるなんてシチュエーション、照れたりドキドキしたりでめっちゃ浮かれてたと思うんだよね。

 

 それを思うと、なんだか悔しいな……うむ、ここは一つ世良ちゃんをドキッとさせるセリフでも吐いてみよう。

 

「──世良ちゃん」

「なんだい?」

「いまの僕らって、どう見えてるんだろうね」

「へっ?」

「ほら、こうやって仲良さそうにくっついてるとさ……やっぱり(はた)から見ると──」

「…!」

「ホモカップルに見えちゃうのかな…」

「なんかおかしい単語がくっついてるんだけど」

「ホモに見えちゃうのかな…」

「そこじゃない!!」

 

 いやまあ、フルフェイス状態の世良ちゃんが男に見える以上、男同士のタンデムとしか思われないだろう。しかし今の彼女の言葉には、聞き捨てならない蔑視が含まれていたように思う。これは大人として、ちゃんとたしなめる必要があるな。

 

「…」

「な、なんだよ。なんで黙るんだ?」

「あのさ、世良ちゃん。令和の時代にもなってホモを『おかしい単語』扱いなんて、意識が低すぎるんじゃないの? 差別主義者と受け取られかねない発言だぜ。依頼者の事情を汲む必要がある探偵にとって、ヒューマニズムは不可欠だと思うんだ」

「ぐっ……正論なのにすごくイラっとくる…! …というか『おかしい』はボクを男扱いしてることに対してだからね?」

「君もビアンなら、もう少しマイノリティーに対して気遣いを──」

「勝手に人をレズにしないでほしいんだけど」

「え? でもすごくバリタチっぽい…」

「それこそ偏見だろ! …だいたい、そういう君こそちょっと怪しいなぁ…!」

「なにが?」

「赤の他人を擁護するために、主義主張を叫ぶ人間には見えないってこと。実は自分こそがマイノリティー(同性愛者)で、だからボクの発言に噛みついた……なんてことも考えられるんじゃないか?」

「あはは、ないない。僕は普通に女の子が好きだよ、哀ちゃんとか歩美ちゃんとか」

「許されないタイプのマイノリティー(ロリコン)だった…」

 

 いや、ただの冗談だって……照れさせるどころか、むしろ警戒されたような気がしてちょっとショック。しかも赤信号で止まった際、自分の体を抱くようにして身を引かれた。

 

 己が貧乳ゆえに、ロリコンからターゲティングされると思っての行動なら、微妙に自虐になってて草なんだ。あと世良ちゃん、ロリコンと貧乳好きは似て非なるものだし、君はロリコンからすれば嫌いなタイプだと思うぞ。

 

「や、ホントに冗談だからね? 僕は至って普通に女性が好きだよ。好みは割と細かいけど」

「ふーん……ちなみにどんな女の子が好みなんだい?」

「そうだねぇ……ボーイッシュな感じの娘が好きかな?」

「へっ? …あ、そ、そうなんだ」

「髪は短めで、ボクっ娘とかだとグッとくるかも」

「へ、へぇ…」

「あとは──明るくて自信たっぷりな感じの娘が好きかな。それと…」

「そっ、それと?」

「胸がおっきい娘!」

 

  ──ちょ、ばっ、落ちる落ちる落ちる!! いきなりウィリーとかしないって約束したじゃないか! 彼女が好みを聞いたから答えただけなのに、なんてひどいことをするんだろうか……振り落とされないよう必死にしがみついていると、ようやく一輪車状態が終了した。

 

 もし僕が落ちて後続車に轢かれてたら、いったいどうするつもりだったんだ? …あるいは、こういったギャグっぽい状況だと、本気でヤバイことにはならないという『法則』があるのかもしれない。

 

「死ぬかと思った…」

「乙女心をもてあそぶからだよ、まったく…! ──そのふざけた言動はどうにかならないのか?」

「見て、一羽だけ白い鳩が飛んでる」

「そういうとこだよ!」

 

 ──さて、こちらが会話の主導権を握り続けることで彼女の追及を避けてみたわけだが……到着したあともグイグイくるのかな? 『話しちゃっても問題ない』とはあくまでも僕の考えであって、コナンくんの了解もない状態でベラベラ話すわけにはいかないしなぁ。

 

 この時期の世良ちゃんは、そこまで核心に触れる探り方はしてこなかったと思うけど……物語が進めば進むほど、あからさまな追及が増えてくる筈だ。特に後半は哀ちゃんなんかにもグイグイいくし──まあ最新の映画だと、コナンくんからほぼ正体明かしてたけど。

 

「あ、あそこ駐車場あるよ。現地に停めるとこないだろうし、こっから徒歩でいいんじゃないかな」

「了解……っと、降りるときが一番転びやすいから気を付けなよ」

「別にアンタの手なんか借りなくたって降りられるんだからね!」

「さ、行こっか」

「無視…!」

 

 確かにくど過ぎたきらいはあるが、もう少しくらい付き合ってくれてもいいじゃないか。そんな心持ちで恨めしそうに背中を見続けてたら、さも心外といった風に彼女が口を開いた。

 

「なんでボクが悪いみたいな感じになってるんだ?」

「せっかくこっちが仲良くしようと励んでるんだから、君だって歩み寄ってくれてもいいと思うんだ。僕と親友になりたいんだろ?」

「まだそれ続いてたんだ…」

 

 呆れたように肩をすくめる世良ちゃん。しかしふと何かを思いついた素振りを見せると、ニヤリと笑いつつ、馴れ馴れしい雰囲気で僕の肩に手を置いてきた──ので、ペシッとそれを払いのけた。僕たち、まだそこまで親密じゃないよね。

 

「ひどくないか!?」

「いや、ほら。『友情を深める方法を知ってるかい? 秘密を教えあうことだよ』とかなんとか言ってきそうな顔してたから」

「すごい察してくる…!」

「『友情』ってものを、もう少し大事にしてほしいとこだね。打算は嫌いじゃないけど、利用するのは違くない?」

「う…」

「何を聞きたいかは知らないけど……やっぱり()()()ってものがさ、あると思うんだ」

「…頭でも下げろってか?」

「ううん、お金」

「友情ってなんだっけ」

「そうは言うけど、会うのもまだ二回目だぜ? ──もっと仲良くなったらロハでもいいよ」

「ちぇっ、結構ガード固いなぁ…」

 

 両手を頭の後ろに組んで、大げさにため息をつく世良ちゃん。元の世界でこんな仕草をする奴は、間違いなく痛い人間だろうが……やはりというべきか、あざとさが見事に様になっている。でも女の子がこんな体勢をとると胸が強調されそうなものだが、膨らみはほとんど見られない。お労しや。

 

 ──しかし胸元への視線には気付かれてしまったようで、先程と同様のしたり顔……いや、もっとニヤケっぷりが大きくなった表情で僕を見返してくる。

 

「友情じゃなくて色仕掛けの方が有効だったかなぁ~?」

「だね。そこの木陰でパパっと済ませちゃおっか」

「友達やめていい?」

「恋人になりたいってこと?」

「どんだけポジティブなの!?」

 

 うーん、叫ぶと見える八重歯がチャーミング。あと君が下世話なジョークを言ったから下世話に返しただけだぜ。それに僕、下ネタはあんまり好きじゃないの。

 

 しかしなんだかんだで、美少女との会話は楽しいものだ。ふざけ気味の言動はなるべく抑えめにして、楽しく雑談を交わす。

 

 そうしているうちに、堤無津川の川べり……凧揚げ大会の開催場所に到着した。コナンくんたちは既に着いていたようで、エントリーも済ませたのか凧を飛ばそうとしている。

 

 …さてと。面倒だけど僕も準備をするとしよう。もちろん凧あげの準備などではなく、これから起きるであろう殺人未遂を未然に防ぐ用意だ。事件に進んで関わるつもりはないと言ったが、流石に目の前で起こる殺人を見過ごすのも寝覚めが悪い。

 

 それに『未来の情報』を持っていることはもう知られてるんだから、コナンくんを警戒する必要がないってのも安心要素の一つだ。事件を防ごうとする行動が僕に危険をもたらすならば、また話は変わってくるけど……今回はそういったリスクもほぼない。

 

 今日起こる可能性が高いのは、原作八十四巻『凧揚げ大会』の事件だ。被害者は、既婚者でありながら妻以外の女性と関係を持ち、そのせいで方々から恨みを買って殺されかける……という背景がある。

 

 ちなみに関係を持った女性には『離婚して一緒になろう』と嘘をついていたらしく、女性はその嘘を苦にし、手首を切って意識不明の重体となっている。

 

 正直クズすぎて、助けるべきなのかもちょっと悩むレベルだ。まあ自殺未遂を起こした女性に関しては、当人だって不倫とわかっていて関係を持ったわけだから、安易に同情もできないけど。むしろそれに関しては奥さんの方に同情するね。

 

 ストーリー上で犯人として疑われていたのは『自殺を図った女性の兄』と『自殺を図った女性に片思いしていた男』と、最後に『被害者の妻』の三人が存在する。それぞれ妹の仇、思い人の仇、浮気の制裁という動機があるわけだ。

 

 実際の犯人は『片思いをしていた男』であり、トリックは『泳げない被害者を川に落として溺死させる』というものなんだけど──これがまた杜撰というかなんというか、この回に限ってはアニオリ並にガバガバなトリックなのだ。

 

 まず溺死させる方法が『川岸にある柵の内、事前に壊しておいたところまで誘導する』という、ちょっと後ろを確認されるとおじゃんになるやり方である。

 

 というか被害者にまともな空間認識能力があれば、たとえ凧を揚げることに集中していても、まず落ちることはないだろう。

 

 ましてやこんな衆人環視の中なのだから、誰かが川に落ちれば、すぐに飛び込んで助ける人だっている。いくら泳げないとはいえ、流れも穏やかな川で、救助までの間に溺死する人間はそういない。

 

 実際問題、落ちてから引き上げられるまでは精々二十秒ほど──この回は僕も監修してたから断言できる──だった。

 

 しかも助けられる直前まで水面から顔を出していたので、溺死もクソもないと思うんだけど……結果としては意識不明の重体である。

 

 このことから、本当の犯人は助けに入った脇役の方であり、シーンとシーンの間に無理やり溺れさせた説が制作陣の間で濃厚になっていた。

 

 そして犯人は、そんな生還率九十九パーセント越えのガバトリックを考案しただけに留まらず、被害者が川に落ちる直前『地獄に落ちろ…』と糸電話で伝えていたりもするのだ。

 

 常識的に考えれば、そのまま這いあがってきて『どういうことだコラァ!』って詰められること間違いなしだろう。

 

 …まあなんにせよ、今回の事件で被害者を助けるのは、そう難しいことではない。極端な話、壊されている柵の前に陣取っておけばそれで防げるわけだし。

 

 ただそういった方法で助けてしまうと、被害者が加害者の殺意に気付けないまま凧揚げ大会が終わってしまい、またそのうち殺されかける可能性が高いってことだ。

 

 だから被害者さんには『殺されかけた』という認識を正しく持ってもらわないといけない……そこまで考えてあげるなんて、僕って優しい……優しくない?

 

 ──おっと、それはそうと準備だ準備。肩から斜めにかけていたカバンを下ろし、中身を取り出す……前に、コナンくんと哀ちゃんが寄ってきた。

 

 いや、凧の方へ行った世良ちゃんから逃げてきたという見解もあるな。どっちも僕を責めるような視線で、怪しい人物を招き入れたことを非難している雰囲気だ。

 

「…どういうつもり?」

「なにが?」

「あの娘のことよ。江戸川くんのことを嗅ぎまわってるんでしょう? わざわざ呼んであげるなんて……ずいぶんとお優しいのね」

 

 …ん? はて……この時期の哀ちゃんって、世良ちゃんをそんなに警戒してたっけ? コナンくんって博士や服部くんとは割と情報共有するけど、哀ちゃんに対しては、不安がらせないようあんまり話してない筈。

 

 ──となると、彼女が世良ちゃんを警戒する要因は……幽霊ホテルの事件をコナンくんから聞いて一つ、コナンくん誘拐事件でニアミスがあったのと……ああ、そういえばベルツリー急行で世良ちゃんのことをメチャクチャ怖がってたっけ。

 

 世良ちゃんに近付かれたとき、変装したバーボンが後ろを横切ったせいで組織センサーが反応したんだ。感度ガバガバすぎない?

 

「大丈夫、あの娘はただのショタコンと思っとけばいいよ」

「ぜんぜん大丈夫じゃないわよ!」

「──ほほう」

「…なによ」

 

 ここで『コナンくん盗られちゃうねぇ』などとからかえば、返ってくるのは頬抓りか耳引っ張りである。しかしまぁ……彼女も無節操というかなんというか、フラグの乱立が著しいな。

 

 コナンくんに惚れているのかと思えば昴さんにデレを見せ、光彦くんから惚れられたかと思えば歩美ちゃんとイチャコラするし。

 

 『略奪愛』『姉妹丼』『オネショタ』『百合』と、どのルートを選んでも背徳的で禁断の恋である。ここは一人の大人として、彼女にまともな道を示すべきでは?

 

 そうと決まればさっそく実践だ。怪訝な顔をしている彼女の前にしゃがみ込み、まっすぐに瞳を見つめ、小さな手をぎゅっと握りしめる。手ぇ冷たっ。

 

「哀ちゃん」

「…っ! な、なに?」

「手が冷たい女は心も冷たいって言うけど、ホントなのかな?」

「確認させてあげましょうか?」

「遠慮します」

「じゃあさっさと手を離しなさい」

「哀ちゃん」

「…なによ」

「逆説的に言えば、いま君の手は僕の体温で温まってきてるから……とても優しい少女になってるんじゃないかな」

「そうね。試してみる?」

「ぜひ」

「今日のあなたの枕、抜け毛が三十本くらい付いてたわよ」

「おっと、そんな傷付く嘘をつくなんて──やっぱりこの説は信用できないみたいだね」

「あら、今のは優しさで教えてあげただけよ? 元々は言う気もなかったし」

「はいはい」

「…」

「…」

「…」

「…え、う、嘘だよね?」

「嘘よ」

「くっ…!」

 

 この女っ…! 言っていい冗談と悪い冗談の区別もつかないのかっ…! なんとか懲らしめてやりたいが、下手になにかすると事案になってしまうのが痛いところだ。

 

 コナンくんが『よくやった』とでもいうように哀ちゃんの肩を叩いているのも、微妙に腹立ちポイントである。まるで普段から僕が何かしているみたいじゃないか。

 

 ──けっ、こんな奴らと一緒にいられるか! 僕は先に帰らせてもらうからな! …じゃなかった、死亡フラグは僕じゃなくて別の人間に立ってるんだった。君らのせいで準備が間に合わなかったら、どうしてくれるんだまったく。

 

「…ちょっと、なにしてるの?」

「浮き輪を膨らませてるの」

「久住、頭に付けてるのはなんだ?」

「ゴーグル」

「なぜ服を脱ごうとしてるのかしら」

「川で泳ごうかと」

「遊泳禁止の看板は見えてるか?」

「なんやて工藤!!」

「おまっ、バッ──!?」

 

 『工藤』の叫びが聞こえたのか、こちらへ寄ってくる世良ちゃん。コナンくんはあわあわしながら両手を振っている。こういうところが、まるで高校生とは思えなくて可愛いよね。とりあえず脱ぐのはやめて、ゴーグルも外し、浮き輪だけを脇に抱えたままにしておく。

 

「いまコナンくんのこと『工藤』って言わなかったか?」

「ちゃうちゃう、工藤やなくて工藤や! く・ど・う!」

「工藤じゃないか!?」

「うん、銀座にある料理屋『くどう』が美味しいって評判でさ。今度行くとき、世良ちゃんも誘おうか?」

「…ふーん……うん、そのときは誘ってくれよな!」

 

 深くは追及してこない世良ちゃん。ある程度まで巻数順に物語が進んでいるのならば、そろそろコナンくんと世良ママと引き会わせようと画策している筈。ここでわざわざ波風立てる必要はないってとこかな? まあその計画は、結局事件があってうやむやになるんだけど。

 

 ──なんて、彼女の反応から時系列を探っていると、すぐ近くで大きめの水音が聞こえた。

 

「ヤベェぞ! 奴は泳げな──」

「あ、こんなとこにちょうど浮き輪が。えいっ」

「──ぶはぁ! …はぁ……はぁ……た、助かった…」

 

 落ちてすぐに浮き輪を投げ入れたのだから、これで助からないとすれば、それはもう運命かなにかだろう。そしてそんな悲しい運命は存在しなかったようで、這う這うの体で陸へ戻ってきた不倫男。

 

 彼は息を整えようともせず、加害者である片思い男へ食ってかかった。いや、先に僕へお礼を言うべきでは?

 

 目まぐるしい展開に、哀ちゃんと世良ちゃんは目を丸くしながら諍いを眺めているが……コナンくんはというと、僕の腕を引っ張ってしゃがむように促し、不満たらたらの様子で口を開いた。

 

()()()()んなら教えとけっつーの」

「いやぁ、コナンくんも薄々気付いてるだろうけど……僕が知ってるのって『犯人』と『動機』であって、『時』と『場所』はかなり曖昧なんだよね」

「…まぁそうでもなけりゃ、あのとき世良にホテルまで案内させる意味はなかった……か。つーか、落ちる前になんとかしてやれなかったのか?」

「一回は落ちないと、自分が殺されかけたって認識しないからね。これで被害者も、相手を殺人犯として追及できるでしょ?」

「…いや、そうでもねぇみてーだぜ」

 

 …ん? …ははぁ……二人の言い争いを要約すると、犯人は『はぁ? なんか落とそうとした証拠でもあるんスか? 事故っスよ、事故』と開き直っているようだ。まあ実際、糸電話で誘導して殺そうとしたなんて意味不明だしな。殺意の証明は厳しいだろう。

 

 というか不倫がどうの仇がどうのと、事のあらましを赤裸々に言い合っているが……まさに泥沼である。なんか決定的な証拠でもあれば決着はつくんだろうけど──ええと、原作では証拠ってどうなってたっけ。

 

 …ああ、そういやコナンくんが哀ちゃんを盗聴するためにスマホを録音状態にして、そのまま紛失し、それを犯人が拾って『地獄に落ちろ…』という声が録音されるというミラクルが起きたんだった。

 

 息を吸うように盗聴する、コナンくんの悪癖あっての証拠だが──たぶん僕がモラルを説いたせいでやってないな、これ。

 

 うーん……まあ別にいいか。命の危険は去ったわけだし、ここから誰がどう裁かれたって僕には関係ない。被害者と加害者、正直どっちもどっちって印象だし。

 

 いくら意中の人が悲劇に見舞われたって、殺人という手段に訴えて復讐するのはどうかと思う。被害者も被害者で不倫男だし……人の心が移ろうのは仕方ないけど、それならそれでケジメをつけるのが筋ってもんだろう。

 

「…で、どうすんだ?」

「別にどうもしないけど」

「…? アイツが犯人で間違いないんだろ?」

「だからって証明してあげる義理も義務もないし」

「オメーなぁ…」

「だって、あんな奴らのために骨を折る必要ある? 一方は不倫して愛人を死に追いやった男、もう一方は人を殺そうとした男だぜ」

「──聞こえてんだよクソガキ!」

「勝手に人を殺人犯よばわりするんじゃないっスよ!」

 

 待て、言い合いをしていた君らがこの距離で聞こえるのおかしいだろ。誰だよこの世界の人間は鼓膜の性能が低いとか言ったの……あ、僕か。やだやだ、関わりたくないなぁ。不倫する人って嫌いなんだよね。あと語尾に『っス』て付ける人間も。

 

「お前──僕を殺人鬼って、何か証拠でもあるのかよ!」

 

 『っス』を付けろ『っス』を。自らアイデンティティーを崩すんじゃない。というかちょっと悪態をついただけなのに、妙に絡んでくるその態度がもう殺人犯なの。

 

 後ろ暗いことがあるからこそ、自分にとってマイナスになる意見を無視できず、徹底的にその芽を潰したいんだろう。ふん、僕の見た目が高校生くらいだから、凄めば委縮するとでもでも思ったのか? 馬鹿め。

 

「ひぃっ、殺さないで…!」

「なっ! こ、この──」

 

 『あの凶暴性…』『やっぱり殺そうとしてたんだ…』という声がざわざわと囁かれる。やだ、まるで主人公を陥れる悪役令嬢にでもなった気分だわ。

 

 コナンくんと哀ちゃんの、呆れたような目が心地いい。僕は弄られる側じゃなくて、弄る側でいたいのだ。さっき哀ちゃんに痛めつけられてささくれだった心が、なんとなく回復した気がする。

 

 …ん? でもよく考えると、理由があれば殺人を決行するような人物をからかってるのか……さっき怯えたのは振りだが、本当に怖くなってきた。

 

 やらないで後悔するよりやって後悔する方がいいというけれど、僕はやらかしてから後悔することが多い。ちょっと反省。

 

「えーと、証拠でしたっけ?」

「怯えてたんじゃなかったのか!?」

「克服しました」

 

 殺人未遂犯である彼の瞳に『なんなんだよコイツ…』という色が混じった。よし、これである程度は安全を確保できただろう。変人と紙一重の言動や行動は、時に身を守る盾となるのだ。

 

 特に相手が常識人であればあるほど効果的である。人を殺そうとする人間が常識人かどうかは疑問だが。

 

 ──成り行きではあるが彼の犯行を証明しなきゃならなくなったが……さっきも言った通り、物証は存在しないのだ。ただし状況証拠は割と揃ってるので、なんとなくこう、ふわっとした感じに追い詰めることはできると思う。

 

 というか、こっちにはコナンくんがいるしね。彼のやり口といったらもう、心のへし折りかたを熟知した恐ろしいものだ。あっという間に『そうさ! 俺がやったんだよぉ! 当然の報いだ!』なんて自白が飛び出るに違いない。

 

 野次馬の注目を浴びたまま移動し、僕は壊れた柵の前にしゃがみこむ。まずは意図的にほどかれたロープについてだ。偶々ほつれていた訳ではなく『作為』が存在したことを証明するのがまず一手目。わざとらしく大声をあげて、聞こえよがしに不審な部分を指摘しよう。

 

「あれれ~? おっかしいぞ~!!」

「オイ」

 

 横で『ぶふっ!』という声が聞こえたので視線を向けると、哀ちゃんが口元を押さえて震えていた。いや、君もこのネタ使ってただろ。まあ自分で言うのと人のを見るのじゃ違うか……おっと、視線が集まっているうちに推理を続けないと。

 

「彼が落ちたこの部分のロープ……切れた部分を繋ぎ合わそうとしても、長さが足りないですね」

「そ、そんなのボロボロになって落ちただけで…」

「ですが、下の方のロープは逆に余裕がありすぎます。まるでどこかから別のロープを持ってきたかのように…」

「なっ…! なにが言いたいんだよ!」

「そうですね、たとえば柵の端のほ──」

「ボク見てきたよ! 上流側の端っこのロープ、真新しい切り口があって一つだけ繋がってなかったんだ! なんでだろうね?」

「あ、はい」

「だ、だからって…」

「上流側で一つ切り取られていたなら、もう一つはおそらく下流側の──」

「そっちはボクが見てきたよ、久住君。同じように一つだけ切り取られてた……おっと、この不自然なロープ、裏側だけ日焼けあとが無いね。()()()に巻かれていたのを使ったんじゃないか?」

「あ、はい」

 

 自己主張の激しい探偵どもめ…! 『なんでだろうね?』とか『どこか』とか、そういう白々しい指摘が人の心を抉るんだぞ。案の定、犯人は脂汗をだらだらと流しながら言葉に詰まっている……が、しかし往生際が悪くなければ悪役は務まらない。彼もまた、必死に足掻こうとしている。

 

「な、なにか証拠があるのか? 決定的な証拠が!」

「疑わしきは罰せず……確かに状況証拠だけで犯行を決定付けることは難しい。ですが、何事も限度はありますよ」

「…っ!」

「まず一つ。あなたには『愛した人の仇』という明確な動機がある。そしてふた──」

「──二つ。被害者を誘導していたのがアンタだってのは、会場を撮影していたカメラに間違いなく映ってるよ。ペットボトルとタコ糸で作った糸電話もね」

「あの、世良ちゃ……くっ、み、みっ──」

「三つ目は『作為的にほどかれたロープ』だよね、直哉兄ちゃん!」

「よっ──」

「四つ目は『被害者の証言』だ。水掛け論とはいえ、捜査上で無視できるものじゃない。これだけ状況証拠が積みあがれば、物的証拠が無くても拘留くらいはされると思うよ? 起訴されるかは取り調べ次第だけど、あまり日本の警察を舐めない方がいい」

「…」

 

 あのさぁ。いや、別に目立ちたいってわけじゃないけど……それでもなんか悔しい気分。いや、もしかしてこれは……僕がお約束についていけてないってことか?

 

 『名探偵コナン』に限らず、漫画では『別々の人間が一つの言葉をわけて言う』表現が結構ある。

 

 『これは○○──』『──○○──』『──○○…!』みたいな。

 

 むしろこの状況、『アイツぜんぜん息合わねぇな…』と思われてる可能性すらある……などと思っている間に、犯人が膝から崩れ落ちて自供し始めた。

 

 悔し涙からの男泣き。『そうさ! 俺がやったんだよぉ! 当然の報いだ!』という慟哭。かと思えば、それを見た被害者が土下座して『俺が悪かったんだ、すまねぇ…』と泣き始めた。いったいなにが始まるんです?

 

 とはいえ警察を呼ぶ様子もないし、加害者と被害者で和解したんなら一件落着ってことでいいだろう。ちょうど自殺未遂女性のお兄さんに電話がかかってきて、彼女が一命をとりとめたと報告も入ったようだし。

 

 というか妹が生死の境を彷徨ってるときに凧揚げって、よく考えたらこの人もまあまあヤバイお人だな。原因をとっちめに来たといっても、優先順位ってものがあるだろうに。

 

 ま、大団円と言っていいのかはわからないけど、誰も死なずに事が終わったのは喜ばしいことだ。

 

 あと世良ちゃんの目が『君も探偵だったのか…』みたいな感じになっているが、とんだ勘違いである。

 

 『君も力士だ…』『お前がガンダムだ…』『やはり天才か…』レベルのレッテル貼りだよね。

 

 ──その後、あまり大事にならなかったこともあって凧揚げ大会は無事継続し、見事に少年探偵団の凧が優勝を飾った……なんてことはなく、原作通りきっちりと墜落して壊れていた。こういうとこはそのままなのね。

 

 つつがなく大会も終了し、行きと同じように世良ちゃんに送ってもらって『凧揚げ大会』の事件は終了した。

 

 …ちなみに彼女を呼んだのは『主要人物が増えるとどうなるのか』という実験的な意味合いも含んでいたが、特に不自然な流れを感じることはなかった。

 

 『変えられない運命』とか『歴史の修正力』とか、ありがちなものはないと考えてよさそう……かな?

 

 クール便の事件は結末が変わった訳じゃないし、恋愛小説家の事件はただのサブストーリーだし、『重要な部分は絶対に変わらない』というクソみたいな可能性がないとは言えないからね。

 

 安室さんへ警戒を促したのに、結局キュラソーに逃げられる……なんて事態にならないかと心配していたが、この分なら大丈夫か。

 

 いや、ここはあえて言っておこう──安室さんなら絶対大丈夫に決まってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凧揚げ大会のあと、博士の家でみんなとゲームをして遊んでいたのだが……ちびっ子たちがいなくなり、なんとなく寂しくなった空間で一息つく。みんなで騒いだあとの部屋って、いつもと同じはずなのに静けさを感じるよね。

 

 …さて、晩ご飯の準備でもするかな。炊事と洗濯は哀ちゃんとの持ち回りで、今日の担当は僕だ。博士はこの年まで独身だった割に、料理を含む家事全般がイマイチである。

 

 ま、そんな欠点を補って余りある開発力と技術力があるんだけどね。むしろ自分で家事を覚えるより、万能家事ロボットを作る方が手っ取り早いまである。

 

 ──薄めに味付けした野菜炒めを大皿に盛り付け、作り置いておいた煮物を小鉢にわける。ちなみに一番得意なのは中華料理だが、最初に出した日以降は禁止された。

 

 哀ちゃんいわく『塩分が多い、油使い過ぎ』だそうだ。博士の健康に気を使う、とてもいい娘である。

 

 塩分三十パーセントカットのお味噌を出汁に溶きながら、キュラソーの件について少し考える……安室さんに情報を伝えてから、もう丸一日か。

 

 どうなってるか気になるところだが、しかし僕にそれを知る(すべ)はない。『情報を提供してくれたから』なんて理由で、進捗を教えてくれるわけないしね。

 

 …おっと危ない、鯖が焦げそうになっていた。盛り付けも終えて食卓に運び終わったので、二人を呼びに行く。博士は研究に夢中で、哀ちゃんも同じく。

 

 ほっとくと研究ばっかだな二人とも……まあこの家って、大企業の開発室よりも機材が揃ってるもんなぁ。薬の製造まで可能な時点で意味不明すぎるけど。

 

「ではでは、みんな揃ったところで──(しゅ)よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事を…」

「いつからウチはカトリックになったのかしら」

「うーむ、肉が少ないのう…」

「野菜炒めに豚肉が入ってますよ、博士」

「ちょっと、なんでモモ肉じゃなくてバラ肉なの? 脂身は控えめにっていつも言ってるじゃない」

「えー、だって炒めものにモモ肉ってちょっとさぁ…」

「そうじゃ哀君、直哉君が言っておる事にも一理あるぞい」

「誰のために言ってると思ってんのよ、メタボオヤジ」

 

 ツンデレツンデレしながら、お味噌汁をすする哀ちゃん。ちょっと濃いわよとのお言葉をいただいた。まるで姑のようだが、健康食に気を使い始めるとこんな風になる人って多いよね。まだ塩分油分糖分に気を付けてるだけだが、オーガニックがどうのなどと言い始めれば危険信号である。

 

「…そういえば聞き忘れてたけど、結局あの女子高生探偵は何者なのよ」

「世良ちゃんのこと? あの娘は君の従姉妹だけど」

「ぶっ──!? げほっ、な…」

 

 むせた勢いで味噌汁を吹き出す哀ちゃん。唖然としたまま動かないので、代わりに机の上を拭いてやり、汚れた口元をティッシュで拭う……むっ、ペシリと手を叩かれた。見た目が幼いからついつい世話を焼いてしまったが、よく考えると十九歳の女子に対する行動じゃなかったな。

 

「…どういうこと?」

「いや、そのままの意味だけど。君のお母さんのお姉さんの娘さん」

「…! 私に……従姉妹? いえ、いないとは言い切れないけど──でも、何故そんな人が江戸川君のことを嗅ぎまわっているの?」

「んー……世良ちゃんの母親、つまり君の伯母さんもコナンくんと同じ状態なんだよね。彼がロンドンに行った時期に、ベルモットから例の薬を飲まされて」

「…伯母も組織の一員だったってこと? 私と同じように組織を裏切って制裁を…」

「へ? あ、違う違う。世良ちゃんのお母さんはイギリスの秘密情報部の構成員……“SIS”とか“MI6”とか言われてる人たちだよ」

 

 あまりに予想外の情報がポンポンと出てきたせいか、少し停止したあと、うつむいて深く考え込む哀ちゃん。まあこの情報は隠しておくよりも開示した方がメリットも多いし、赤井さんが今も盗聴しているとすれば、なおさら聞いておいてほしいところだ。

 

 『名探偵コナン』という作品において、味方同士の疑いあいは物語の華でもあるが、実際にそんなことされても無駄なだけだし。

 

「…色々と言いたいことはあるけど……彼女たちはなぜ工藤君まで辿りつけたの? 組織ですら、彼の正体にはまだ気付いていないのに」

「かなり昔、実際に新一くんと会ってるんだよあの二人。で、彼ってばこの前イギリスで大立ち回りしてテレビにまで出てただろ? 普通なら『そっくりさん』で片付けるだろうけど、もし自分が“縮んだ”状態なら──」

「──怪しむには充分、てことね。結局あの目立ちたがり屋さんのせいじゃない」

「味方になり得る組織へ、秘密裏にサインを出せたとも言えるぜ。実際に敵の敵ではあるし……まあ組織関連以外で信用するのは危険だと思うけど」

「…そう」

 

 お姉ちゃんっ子である哀ちゃんが、自分の血縁に対してどういう姿勢を見せるのか気になっていたが……意外とクレバーな感じだ。まあ内心までは知りようがないので、本当のとこはわからないけど。それよりも、僕に向けるジトっとした瞳が気になるところである。

 

「それよりも、あなたの情報源って本当にどうなってるの? そろそろ教えてくれたっていいと思うんだけど」

「コナンくんならある程度まで知ってるから、知りたいならあっちへどうぞ」

「どうせ工藤君には口止めしてるんでしょ」

「想像に任せるよ」

「工藤君よりも、私や博士の方があなたと一緒にいる時間は長いのに……ずいぶん扱いに差があるのね」

「や、盗聴器つけられたせいで知られたの」

 

 ──仲良く肩をガクッとさせる博士と哀ちゃん。僕の発言を嘘だと思わないあたり、コナンくんならやりかねないとは思ってるんだろう。

 

 というかちょっと気になったんだけど、哀ちゃん今『私の方があなたと仲良くなってるでしょ!』的な発言しなかった?

 

 可愛げのあるセリフともとれるが、あえてハッキリ言おう。それはない。絶対にない。だって彼女、いまだに僕のことを『あなた』か『アンタ』か『ちょっと』か『ねえ』でしか呼んでないんだぜ? これで仲良くなったなんて、ちゃんちゃらおかしいね。

 

 そもそも人を愛称で呼ばない娘だと知ってはいるが、名前すら呼ばないのはどうなの? 最も仲が良さげな歩美ちゃんですら『吉田さん』だし、かなり信頼してそうな阿笠博士でも『博士』だから、僕だって呼び捨てとか愛称で呼んでほしいなどとは思ってない。しかしもう半月を共に過ごしたというのに、まだ名前を呼ばれていないというのは些か不満が募る。

 

「…なに?」

「いやさ、一緒に過ごして仲が深まった的な雰囲気出してるけど……僕、まだ名前すら呼んでもらった覚えがないんだけど」

「え? …そ、そうだったかしら」

「この際だし『哀ちゃんが僕をなんて呼ぶのか選手権』を開催したいと思います」

「誰がエントリーするのよ」

「博士、ここは一つ素敵な感じのをお願いします」

「う、うーむ……てっきり『久住君』と呼んどるかと思っておったんじゃが、そういえばまったく聞いておらんのう」

「でも哀ちゃんって年上に『君』付けはしないですよね?」

「それもそうじゃな…」

 

 哀ちゃんの反応を見る限り、わざと呼んでなかったってわけでもなさそうだな……しかし改まって決めるとなると、なんか気恥ずかしい──そんな雰囲気を感じる。可愛い。

 

 というかアメリカに留学してたのに友人をファーストネームで呼ぶ癖がないって、もしかしてボッチだったのかな……そういえば『博士の初恋』エピソードで、留学中は嫌がらせを受けてたとか言ってたっけ。

 

 まあ生まれた時から組織と関わりがあって、留学も『させられた』ってことなら……まず友人を作ろうとも思わなかったのかもしれない。

 

 彼女に比べて僕はというと、現状はともかく、この世界に来るまでは概ね幸せな人生を送っていた。哀ちゃんの境遇を完全に理解はできないし、共感も中々に難しい。

 

 ──だからこそ、本当に仲良くなりたいのなら、こちらが一歩踏み込むべきだろう。

 

「まだ半月の付き合いだけど……それでも、僕は君を大切な友人だと思ってる」

「…!」

「だから、親しい人にだけ許してる愛称を君にも使ってほしい──……『クズ』って呼んでくれるかい?」

「それ私が非常識な人間ってことになるんだけど」

「その常識を疑うんだ…!」

「まず人間性が疑われるのよ!」

 

 うーん……しかしまあ、やっぱり哀ちゃんのキャラ的に『久住君』以外はピンとこない。いや、正直『久住君』もしっくりくるかといえば微妙だ。かといって『直哉』とか呼ぶタイプでもないし、しかし僕に『さん』付けなんてするとも思えない。中々に難しい問題である。とはいっても、決めるのは僕じゃなくて哀ちゃんだが。

 

「久住君か久住さん。直哉か直哉さん。まともな候補はそのくらいかな? さぁ、選ぶんだ哀ちゃん」

「…別にいちいち決めなくても、必要があれば適当に呼ぶわ」

「えぇ…」

 

 ぷいっと顔を背けて、食器をシンクに持っていく照れ屋な哀ちゃん。名前の呼び方すら簡単に決められないなんて、チーズ牛丼とか好きそう。よし、明日のお昼は牛丼にするか……もちろん脂身の少ない部位を使って。薄味でも出汁を濃い目にとれば、上品な感じに仕上がるだろう。

 

 苦笑交じりで哀ちゃんの背を見送る阿笠博士と、食後のお茶を飲みながら研究談義に花を咲かせ……後遺症のない集団催眠のかけかたを論じ終わったところで話を切り上げ、お風呂に入る。

 

 別になにか犯罪を考えているわけではなく、VRゲーム『コクーン』は催眠でユーザーの意識を一つにまとめていたらしいので、そこを学ばないと何も始まらないのだ。心折れそう。

 

 お風呂から上がったあとは朝食の仕込みだけ終わらせて、寝床へ向かう。ふかふかのベッドに腰掛け、リモコンで電灯のスイッチを消す……前に、ちょっと気になったので枕を確認する。うむ、抜け毛はついてないな。ほっと一安心して寝床に入り、目をつむって思考に耽る。

 

 色々と心配ごとは多いけど、とりあえずキュラソー関連のことについては──夕方にも考えていた通り、安室さんの手腕なら確実に成功させてくれるだろう。はっきり言って失敗はあり得ない。*2

 

 あ、そういえばちびっ子たちには悪いことしたなぁ。凧が壊れると知ってたなら、補強を進言しておくべきだった。今度なにかお詫びでも……そうだ、次に集まったとき面白いクイズでも出してやろうかな。*3

 

 僕もなんだかんだで馴染んだものだが、やはり帰る手段があるのなら帰りたいものだ。もし戻れたら、まず何をしようかなぁ……あっ、アツアツのピッツァが食いてぇ! ナラの木の薪で焼いた本物のマルガリータ!*4

 

 …殺人未遂やらなんやらあったが、今日も楽しい一日だった。明日はもーっと楽しくなるよね、ハム太郎!*5

*1
しないとは言ってない

*2
失敗フラグ

*3
劇場版フラグ

*4
死亡フラグ

*5
へけっ!




哀ちゃんって三人称のサンプルが少ないので、主人公くらいの年代をどう呼ばせるか悩みます。
肩書きがあれば『◯◯先生』とか『◯◯刑事』でいいんですが、それもないですし。

そもそも原作ですら、蘭ちゃんをなんて呼んでるか不明なんですよね。劇場版では二回ほど『蘭さん』、アニオリでも一回そう呼んでますが、それも本人に向けてではないですし。

哀ちゃんが主人公を呼ぶ際、どれが一番違和感ないですか?

  • 久住君
  • 久住さん
  • 直哉
  • 直哉さん
  • 碇くん

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