コナンくんがめっちゃ見てくる   作:ラゼ

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そこそこの作品数を書いた経験則なんですが、男の娘について書くと感想が二倍くらいになります。あとハゲネタを入れると感想が一.五倍くらいになります。

つまりハゲた男の娘を出せば感想は三倍になる…?

あと原作でキッドさんに『令和の魔術師』とかいう肩書きが追加されたので、時間軸は令和ってことにしました。

世紀末の魔術師が令和の魔術師…?

それと今回はギャグ少なめです。


六話

 :令和三年 五月四日

 

 素体『工藤新一』と『江戸川コナン』の同期に異常はないようだ。記憶の混濁、欠落等も確認されず。本人は毒薬の摂取による『幼児化』、解毒剤による成長に疑念は抱いていないと思われる。

 

 人間を形成するすべての情報をデータ化し、“人形”へ移し替えるという試みは、現段階で上々の仕上がりとなっている。しかし『あの御方』への施術にはまだ不安が残るため、しばらくは見送った方がいいだろう。

 

 “時の流れに逆らい、死者を蘇らせんとする我々の所業は、神であり悪魔でもある”──ベルモットの言葉は実に大仰だ。

 

 一世紀に渡るこの計画も、所詮は人類の発展の一つでしかないというのに。史に残る偉業と称えられるか、悪魔の所業だと罵られるか。そんなことは些末なことである。

 

 人間の培養と製造、人格の移植。我々の試みは、人類を新たなるステージへと押し上げる一助となるだろう。

 

 そしてこの日記を見ているであろうコナンくんへ。ここまでの記述はもちろん嘘です。ねえいまどんな気持ち? 人の日記を勝手に見るから肝を冷やすことになるんだぜ。悔い改めるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「久住ィイイイ!!」

「どしたの? コナンくん」

「どうもこうもあるかっつーの! なんだこの日記は!」

「やだ、人の日記を勝手に見るなんてひどい…」

「デカデカと『コナンくん観察日記』なんて書いてるからだろうが!」

「人をからかうには、時に仕込みというものが必要なのです」

「まずからかうなって言ってんだよ!」

「なんで?」

「なんで!?」

 

 毛利探偵事務所の三階でのんびり過ごしている正午過ぎ。紅茶のおかわりを自分で淹れていたところ、なにやらコナンくんが叫び声をあげて寄ってきた。どうやら暇つぶしに書いた日記を見つけてしまったようだ。

 

 まあこれ見よがしにカバンからポロリしておいたので、詮索好きの彼なら確実に見ると踏んでのことである。

 

 普通に考えればすぐに『ありえない』と気付く内容ではあるが、この前ちょろっと漏らした『自分を工藤新一だと思い込んでる異常者ー!』という言葉が脳裏をよぎれば、一瞬だけ信じかけるくらいの効果はあっただろう。

 

 ちなみに僕が何故ここにいるかというと、前回の『推理』からちょうど一週間が経過したからだ。別の用もあったので自分から推理されにきたわけだが、やはり彼の解答は『時間移動者』であった。もちろん否定したが、流石にここまでくると次にどう答えられるかは僕にもわからない。

 

 とはいえ時間移動者じゃないと伝えた後、彼は頭をガシガシとこすっていたので、今のところ真実に至ってはいないようだ。猫みたいでちょっと可愛かったのはここだけの秘密である。

 

 コナンくんに限らず、この世界の人は『あざとい』仕草を好んで使うので、見ていて少し楽しい。欧米的というか、白人が『オーウ…』と言って肩をすくめるようなイメージだ。もちろん素でやってるっぽいので、嫌味な感じはまったくない。

 

 今日は小五郎さんが競馬、蘭ちゃんは泊まり込みで空手の稽古らしいので、コナンくんと二人きりだ。原作ではあんまり見ないけど、アニメだと蘭ちゃんの『空手の稽古』とか『合宿』の頻度ってすごいよね。

 

 アニオリはコナンくんと毛利小五郎さんの二人行動が多くなる傾向にあり、必然的に蘭ちゃんがハブられることになるのだ。あと少年探偵団メイン回のとき、哀ちゃんがハブられる確率もわりと高い……まあ後期はそうでもないが。

 

 ──というかまだ小五郎さんと顔を合わせたことがないので、実際に見てみたい的な意味で事務所を訪ねたってのもあるんだけど……残念ながら空振りに終わってしまった。

 

 憤慨しているコナンくんを宥めつつ、ちらりと腕時計を見る。時刻は十二時半……そろそろお昼ごはんの時間だ。残った紅茶を飲み干し、ティーカップを洗ってからランチのお誘いをかける。

 

「コナンくん、お昼まだだよね。どっか食べに行かない? …あ、蘭ちゃんが用意してたりするかな」

「いや、ポアロで適当に済ませるって言っといたから別にいいぜ」

「それじゃ、ちょっとお高いものでも食べに行こっか。臨時収入もあったし」

「半分くらい恐喝だったろアレ…」

「強要はしてないもんね──あ、それと阿笠博士が『夕方くらいに来てくれ』だってさ」

「オレに?」

「君に。ふふ、いったいなんだろうね」

「…ま、今日はオレの誕生日だし──どうせサプライズのお祝いってとこだろーな」

「ありゃ、気付いてたの?」

「蘭が晩飯を用意してないってことは、事前に示し合わせてたってこと。最近、元太たちも学校でこそこそ話してたし……博士の家でサプライズパーティーの準備でもしてんだろ? ──そんでオメーは足止め役ってわけだ」

「ドヤ顔でサプライズを台無しにするその姿勢、嫌いじゃないよ」

「それにさっきオメーがカバン開けたとき、プレゼント用にラッピングされた箱がチラッと見えたからな」

「コナンくん、そういうのは気付いても言わないのがマナーってやつだぜ」

「わかってるって。あいつらの前ではちゃんと驚いてやるよ」

 

 うーん、この生意気なガキ感どうしてくれようか。少年ではなく少女だったら、わからせられそうな生意気っぷりである。まあ実際には高校生なわけだから、こんな反応になってしまうのもわからなくはないけど。

 

 『やれやれだぜ…』感を放っている彼に微笑ましさを覚えつつ、僕はカバンを開いてプレゼントを取り出した。

 

「もうバレてるんなら、先に渡しとこっかな……はい、誕生日おめでとうコナンくん」

「お、おう……わりぃな」

「そこは『ありがとう』じゃないの?」

「…サンキュ」

 

 なんかそこまで照れられると、逆にこっちが恥ずかしくなってくるんですけど。照れ隠しのつもりか、少し乱暴にラッピングを破り中身を確認するコナンくん。包みから顔を出した『手帳』を手のひらに乗せて眺めている。

 

「…手帳?」

「手帳型の『小型ホログラフィ』。手帳を置いたとこから、一辺三十センチくらいの立方体の大きさまで、映像を展開できるんだ。探偵業の役に立ちそうなデータは粗方つめ込んでるし、新しく登録したい場合は撮影機能を使って取り込めるよ」

「おぉー…! …いや、めちゃめちゃ凄くねーか? これ」

「VR系は得意分野なんでね──それにプログラムは僕が作ったけど、本体部分に関してはほとんど阿笠博士が作ってくれたから」

 

 前の世界ではこんなもの作れやしなかったが、なんといってもこの世界のホログラフィ技術はパないのだ。四十年以上前の技術者が、単一方向からの投射で完全三次元のホログラムを成功させるレベルである。

 

 今は更に進化してるし、そこに博士の頭おかしい開発速度と僕のプログラミング技術を合わせれば、こんな代物も作れてしまうわけだ。

 

 ワクワクした顔で立体映像を切り替えていく彼の様子を見ると、作った甲斐があるというものだ。手帳型ではなく、もっと『それらしい』見た目に寄せることもできたが、コナンくんに合わせて探偵道具にしたってのがこだわりの一つである。

 

 ──しかしコナンくんの誕生日かぁ……僕がこの世界にきてから、今日で二十一日。今日が五月四日だから、僕は四月十四日にこの世界に出現したわけだ。最初に関わったクール便の事件の季節は『冬』の筈だから、この時点で矛盾が発生しているのは明らかである。

 

 四月とはいえ肌寒かったから、哀ちゃんが手編みのセーターを着ていたのはまだわからなくもないし、そもそも彼女が裸にならなければ事件に関わることもなかった筈だが──どうも気味が悪いというか、『定められた流れ』というものが存在するような居心地の悪さを感じる。

 

 そもそも今日が五月四日ということは、映画『時計仕掛けの摩天楼』の事件が起こっていないとおかしいのだが、そんな気配はまったくない。

 

 それに小学一年生から物語が始まってるなら、一ヶ月ちょいで八十巻分以上もの事件が起きていることになる。作中では工藤新一の失踪から半年と明言されてるから、そこも矛盾しちゃうし。やはりサザエさん時空ということなのだろうか…? ものすごく突っ込むのが怖い。

 

 現在の元号は令和三年。第一話で平成六年表記の新聞を読んでいた描写があったが、そのへんどうなってるんだろうか。『君が一年生になってからどのくらい経った?』って聞いて『三十年くらいかな』なんて返されたら、ギャグのようでいて、しかし背筋がゾッとするような返答である。

 

 僕とコナンくんが色々と話し合った日だって、本来ならイージス艦に乗っている筈の日付だ。もし『季節は流れるが一年は繰り返す』というのなら、つまり哀ちゃんは永遠のロリってことに……じゃなかった。

 

 僕だけが()()を異常と感じるなら、孤独感が尋常じゃなさそう。十年くらい繰り返したあたりで発狂しちゃうんじゃないか? よく『お前狂ってんじゃね?』と言われるのは置いといて。

 

 ──目をそらしていたい現実だが、しかしいつまでも放置していられるものでもない。だいたい『恋愛小説家』の事件だって、本来ならクール便の事件から季節が一巡するくらいの間が空いている筈なのだ。この謎をあまりに無視していては、キュラソーが公安に忍び込むという前提すら崩れそうで困る。

 

「…コナンくんは、自分がいま小学一年生だってことに何か思うことはある? なにかおかしいな……とか」

「一年生じゃなくて二年生だっての。なんかのイヤミか?」

「…ん?」

「…あん?」

「二年生?」

「二年生」

「小学二年生?」

「そうだって言ってんだろ」

 

 まさかの事実発覚…! え、じゃあ蘭ちゃんたちは高校三年生? 京極さんとかは既に高校生じゃなくなってるってことになるが……いやちょっと待て、じゃあ修学旅行編はどうなったんだ?

 

 旅行の期間中ずっと解毒薬を飲み続けるという、ガバガバのガバな行動によって、工藤新一生存説が世間に流れ──その結果ラムがバーボンに『工藤新一を調べろ』と命じ、物語が動き始めるのだが……ううむ、時系列がわからん。

 

 …ここって『名探偵コナンの世界』というよりは、その世界を現実にはめ込んで、無理やり整合性をとったような印象を受けるんだよな。誰かの意思か、あるいは()()()()()か。

 

 創作の要素が多分に入り混じったこの世界は、『元から存在していた』可能性と、『僕が発生したと同時に世界そのものも発生した』可能性の二つが考えられる。

 

 『過去の記録だけがある世界』が唐突に発生したという『世界五分前仮説』なんてのもあるし、僕の認識そのものがこの世界を形作っているという可能性はゼロじゃない。

 

 そうなると、僕は創造神ってことになるような。久住直哉は涼宮ハルヒだった…? そうだ、すべては僕の思うがままってこともありえるな。ちょっと試してみよう。

 

「──王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

「なんか変なもんでも食ったのか?」

「賞味期限切れのドレッシングを少し…」

「病院行ったほうがいいんじゃねーか?」

「そんなことより、いまとても重大なことを考えてるんだ。そう……僕は世界を創造した神だったのかもしれない」

「病院行ったほうがいいんじゃねーか?」

 

 至極真面目な相談をしたというのに、コナンくんは白けた目で僕を見てきた。それに対して苦笑で返しつつ、外出の支度を終えた彼と一緒に階段を下りる。

 

 とりあえず、修学旅行の件はあとで聞いておくとしよう……まともな神経をしていれば、子供になったり高校生に戻ったりの修学旅行なんて、敢行するとは思えないけどね。

 

 実際問題、今日は新一くんの誕生日でもあるのに、蘭ちゃんとイチャラブデートに及ぶ様子はない。

 

 つまりお誕生日デートよりも、『工藤新一の生存が知られる』とか『薬の抗体ができて、いざそれが完成した時に効果を発揮しなくなる』という、最悪の可能性の排除を優先しているわけだ。

 

 『誕生日なんだから帰ってこれない?』という連絡ぐらいは、蘭ちゃんも絶対に送っただろう……けれどコナンくんがここにいるってことは、その要望を断ったということになる。もしくは哀ちゃんが薬を渡すのを拒んだか。

 

 …ん? もしや空手の合宿って、お誕生日デートできない鬱憤を晴らすために部員をしごきまくってるんじゃ…?

 

 どちらにせよ、現実的な要素が大きいこの世界では、いわゆる『漫画的』な頭のおかしすぎる行動は自重しているように思える。

 

 ──でもそれだと、工藤新一に戻ってロンドンに行った事実と矛盾するな。『ロンドン行きてー!』って理由だけで行ってたよね、あれ。むむむ…

 

「うーん…」

「なんだよ、さっきから変だぞオメー」

「僕が変なのはいつものことさ」

「自覚あったのかよ…」

「いやさ、限定的な未来知識があるとは言ったけど……どうも怪しくなってきたというか。まあ僕がいる時点で変化があるのは当然なんだけど…」

 

 その知識を対価に色々と便宜を図ってもらってるわけだし、それがあてにならないとなれば不義理極まりない。情報を提供するだけのつもりだったが、多少は僕も能動的に動く必要があるのかもしれない……そんな風に思っての言葉だったが、なにやらコナンくんは別のことを考えてるっぽい表情だ。

 

「…ってことは──まず『あるべき流れ』があって、そこにオメーはいない“筈”だったってことでいいんだな?」

「さっきの言葉は撤回します」

「オイ」

 

 ちょっとした言葉のニュアンスも見逃さない、この観察眼よ。そこまで迂闊な発言をしたつもりはなかったんだけど、よくよく考えてみれば今のはかなり重大なヒントだった気がする。

 

 やだやだ、頭のいい人間ってのはこれだから。ジト目で見つめてくるコナンくんから顔をそらし、白々しく口笛を吹いてみる。

 

「予知じゃなくて未来人でもない……待てよ? 予知した誰かに教えてもらったか、未来人と知り合いって可能性もあるか」

「…」

「そこんとこどうなんだ?」

「…」

「おーい」

「沈黙は金なり…」

「喋ってんじゃねーか」

 

 スルースルー。こういうときは下手に発言するより、沈黙を選んだ方がいいだろう。問題があるとすれば、話し相手がいるのに十秒以上黙ってると、僕自身が落ち着かないってことくらいか。

 

「わざとらしくヒントを出されても嫌だろ? ──しばらくは黙ってることにするよ」

「…わーったよ」

「あ、そういや安室さんの件はどうなってるの?」

「『しばらく』の定義どうなってんだ」

「雄弁は銀なり…」

「オメーの弁はいいとこ鉄くずだろ…」

「…! …もしかして久住のクズとかけたのかい?」

「ちげーよ!」

「照れるな照れるな。そんじゃま、金銀鉄くず交ざった玉石混交(ぎょくせきこんこう)ってことにしておこうぜ」

「オメーの言葉は、玉なのか石なのかわかんねぇんだよな…」

「それが玉か石かなんて、状況次第で変わるもんさ。でも()いて言うなら……君たち探偵は玉に傷を付けて、その価値をよく下げる(やから)だと思うね」

「…どういう意味だよ」

「詮索好きが(たま)(きず)──なんちって」

 

 ずでっとズッコケるコナンくん……階段の途中だというのに器用なものだ。一階まで降りきったあとポアロの中を覗いてみたが、安室さんの姿はない。今日は休みなのかな?

 

 …そういやさっきの質問の答えをもらっていなかったので、チラッとコナンくんに視線を向ける。彼は得心したように頷くと、事態の進捗を話し始めた。

 

「オメーから聞いた安室さんの情報を元にして、赤井さんに調査してもらったんだけど……あの人が公安だってことはFBI側でも確認できたみてーだ」

「ふむふむ」

「そんで、安室さん(バーボン)に生存を疑われたままの状態だとかなり動き辛いんだとよ……組織の中でも、あの人の調査能力はずば抜けてるからって」

「──だから事情を説明して協力関係を結びたいとこだけど、彼ら二人の因縁がそれを難しくしてると」

「…オレに盗聴器つけてねーだろうな、オイ」

「つけてないよ。つけてても文句を言われる筋合いはないけど」

「へーへー。そんでまあ……詳しくは濁されちまったけど、仲良くするのは無理だってよ」

「どっちにしろ、FBIと公安は仲悪いしね。とはいえ相互不干渉を約束するくらいはできるでしょ?」

「ああ。多少のイザコザはあったらしいけど、一応は停戦状態だって言ってた」

 

 ふーむ……『多少のイザコザ』か。峠でのカーレースや銃撃戦をそんな風には言わないだろうし……となれば、ジョディ先生やキャメル捜査官が赤井さんの生存を認識できないまま物語が進んでるってことかな。そうとなると、いよいよ未来知識もあてにならなくなるな。

 

 ──ま、そもそも未来なんて知らない方が当たり前なのだ。役に立たなくなる前に活用できたこと自体、幸運だと思っておこう。

 

「それならよかった。さて、どこ食べに行こっか」

「昼飯だし、ラーメンなんかどうだ?」

「ラーメン? いいけど、んー……このへんだとどこが近いかな」

 

 スマホを取り出して近場のラーメン屋をググってみる……ちなみに『名探偵コナン』における検索エンジンは、回によって表記がブレブレだ。

 

 たとえば歩美ちゃんが絨毯ごと誘拐されたエピソードを例にしてみると、漫画ではパソコンの画面がぼかされていて不明、アニメでは『GOOGLE』ならぬ『GLEGLE』表記。

 

 そして映画『緋色の弾丸』では『GOOGLA』だったりと、何気に適当である。そんでもって、いま僕がググってるのはそのまま『GOOGLE』。謎だ。

 

 お、原作で出てきた『死ぬほどヤバイラーメン 小倉』が近くにある。初出では杯戸町に店を構えていたが、その後に米花町へ移転した筈だから……少なくとも、そのストーリーは終了してるってことでいいだろう。時系列が不明な以上、こういった細かいところを気にしとくべきだ。

 

「…ん? あれ、あそこにいるの……安室さん?」

「みてーだな。なんであんなとこに…」

 

 ラーメン屋に向かう途中、大通りに面したビルとビルの間、細い路地に姿を消した安室さん。そしてその後を追うように、怪しげな男性が路地に入っていった……組織のごたごただろうか? あんまり関わりたくないんだけど、コナンくんは当然の如くそちらの方へ向かった。そういうとこだぞ、そういうとこ。

 

 ──どちらにも気付かれないよう、そっと路地をうかがう……するとそこには、怪しげな男性に壁ドンをしている安室さんの姿があった。まずい、お子ちゃまには見せちゃいけない現場かもしれん。すぐに目を塞がねば。

 

「見ちゃダメだコナンくん!」

「むぐぐぐっ!? ──なんで口を塞ぐんだ! 口を!」

「あ、間違えちゃった……それよりコナンくん、安室さんが男に壁ドンしてるっ!」

「なんで嬉しそうなんだよ…」

 

 や、別に嬉しいわけじゃないんだけどね。まあどうせ本当にアレな関係なんてことはないだろうし、尾行してた男を詰問してたとかそんなとこかな。

 

 公安の敵対組織や黒ずくめの男たちがあんな杜撰な尾行するわけないし、そうなると後は……ん? あれ、じゃあもしかして『純黒の悪夢』の前日譚で出てきたパン屋さんかな…?

 

 安室さんが作るサンドイッチ──その美味しさの秘密を探ろうと、彼を何日にも渡って尾行してたパン職人。

 

 コナンくんの有名な()推理の一つ……『あの人、ほとんどのお客さんが頼むモーニングじゃなくて、サンドイッチを注文した……なぜだ?』というセリフを世に遺した回である。『普通にサンドイッチが食べたかっただけでは?』と、誰もが思ったに違いない。

 

 そういったところも含めて、アニメオリジナル回というのは、トリックも動機もセリフも無茶苦茶なことが多い。

 

 成功確率五パーセントくらいだろって仕掛けを作る犯人もいれば、数十メートル先の人間に凶器をぶん投げて殺すという、もはやトリックでもなんでもないフィジカル殺人をきめる犯人もいる。

 

 パーティー会場に居る人間全員に毒入りコーヒーを飲ませたあと、標的以外に解毒剤入りケーキを食べさせるという、トリックってなんだっけと考えさせられる回もある。

 

 ──まあそれは置いといて、さすがにここまで騒げば安室さんも気付く。隠れて見ていた僕たちとバッチリ目が合うと、彼はにっこりと笑ってこちらへ向かってきた。

 

「やあコナンくん……と、君は久住直哉くんだったかな。珍しい組み合わせだね」

「僕、LGBTに偏見はありませんよ!」

「うん、君も相変わらずだ」

「安室さんもお元気そうで。ところでそちらの方は? コソコソと貴方を尾行してましたけど」

「ここ数日ずっとつけられていてね。さすがに気になって、問いただしていたところなんだが──」

「──す、すいませんでしたぁ!」

 

 安室さんの鋭い視線に気圧されたのか、男性が勢いよく頭を下げた。そして尾行の理由などを語り始めたのだが……僕が予想していた通り、彼は例のパン職人だったようだ。

 

 美味しいサンドイッチの秘密が知りたいと懇願する彼に、安室さんは肩をすくめた後、苦笑しながらそれを了承した。

 

 そしてポアロへと向かい、実演を交えながら調理のコツを伝授している……あとなぜか僕たちもご相伴に(あずか)っている。

 

 コナンくんが当たり前のようについていったので、僕も思わず来てしまったが──うーん、サンドイッチが美味しい。ついでに一食分浮いてラッキー。

 

 …む。安室さんが目を細めて、着信中のスマホの画面を見ている。もしやベルモットからの警告だろうか……となると、数日以内にはキュラソーによる公安襲撃が発生する可能性が高い。下手すりゃ今夜ってこともある。何かを伝えるなら、もう今しかないが──どうしたもんか。

 

 コナンくんも安室さんの妙な雰囲気に気付いたようで、通話中の後ろ姿をじっと見つめている。僕はそんな彼の耳元に口を寄せ、キュラソーの件を伝えた。

 

「…コナンくん。たぶん今日の夜か、もしくは数日中かも」

「…? ──っ! …例の件か?」

「うん。あの人に助言するなら、今しかないかもね」

「マジかよ……けど信用してもらえそうな根拠が一つもねーぞ」

「え? でも君が言えば──あっ」

「…どした?」

 

 えーと……安室さんが本格的にコナンくんを『恐ろしい少年』だと考え始めるのは、『お花見スリ師事件』がきっかけで、更に『ギスギスしたお茶会』『澁谷夏子殺人未遂事件』を経て確信に至り、その能力の高さにある種の信頼すら持ち始めるわけだ。

 

 しかしお花見事件は未然に防いでしまったので、まずきっかけが一つ潰れている。そして僕の情報から安室さんの正体に行きついて、赤井さんがさっさと交渉を終えたってことは、コナンくんがバーボンの正体に至るストーリーがまるまる無くなったのかもしれない。

 

 つまり安室さんのコナンくんに対する評価は、『かなり目端の利く少年』くらいに落ち着いてるのかも。

 

「梓さん、少し急用ができてしまったので後はお願いできますか? マスターには今日のバイト代はいらないからと伝えてください」

「えぇっ!? またですかー?」

「すいません、この埋め合わせはまた後日…」

 

 おっと、このままだと普通に映画のストーリーが始まっちゃうんじゃないか? 巨大観覧車アタックもアレだが、その前の首都高レースも何気にえげつない被害が出るし、あらゆる意味でキュラソー襲来の情報はお伝えしたいとこだけど……そのタイミングが、もう今しかない気がする。

 

 ──周囲を確認しつつ、僕はコナンくんにひそひそ声で話しかけた。

 

「コナンくん、前に言ったキュラソー関連の情報……いますぐ安室さんに伝えてきた方がいいと思う」

「…けど、なんで知ってるんだって話になるし──仮に信じてもらえたとしても、あとで絶対にオレのこと調べるじゃねーか。公安が本腰いれて調べ始めたら、オレの正体なんてすぐにバレちまうだろうし……ここは頼んだ久住!」

「無茶言わないでよ。君の正体は調べれば判明するけど、僕の場合はそれすらないんだよ? 公安からしたら『密入国したスパイ』にしか見えないじゃないか」

「その証拠だって出てこねーだろ?」

「あのねぇ……僕はいま住民票の申請と就籍申請を出してるの。最終的に判断するのは法務省で、あそこと公安はズブのズブ。安室さんが『久住直哉に権利を与えるな』って言えば、僕みたいな怪しい人間の申請なんか、いつまでだって引き延ばされちゃうよ」

「だけど、オレの正体がバレるってことは『幼児化薬』の存在を知られるってことだ。あの人の洞察力なら、そこから灰原に行きつく可能性は充分にある……そうなると、あの人はどう出る?」

「…まあ優しくはあっても甘い人ではないだろうし、実情はともかく、哀ちゃんがコードネームを与えられた幹部だった以上──厳しい判断をくだす可能性は高いだろうね。現実的な落としどころは……ベルツリー急行でのやり取りを考えれば、たぶんスパイにさせるんじゃない?」

「…ああ、そんなところだろうな」

 

 もしあの人が哀ちゃんを確保したならば、その功績をもって組織での地位を上げるってのが一番あり得る。そして『話術に長けた自分なら、シェリーの利用価値を説いて助命を嘆願できる』とも考えているだろう。もちろんそのまま殺されてしまう可能性も多少は織り込み済みで。

 

 内実がどうあれ、一度でも組織に与した責任は取らせる人だと思う。つまり哀ちゃんをキールと同じような立場に……組織にとっての『埋伏の毒』にさせるってのは、割と有り得るんじゃなかろうか。

 

 というか、もしベルツリー急行で彼女を確保していたならば、確実にそういった方向に進んでいただろう。もちろんそんなやり方は違法もいいところだが、しかし違法捜査は公安のお家芸である。

 

「哀ちゃんの正体に気付く可能性っていっても、安室さんが『宮野志保』の容姿を知ってるからって話でしょ? 人の印象なんて髪型が八割って言うし、髪型変えて色も染めて眼鏡でもかければ絶対に気付かれないと思うんだけど……そもそもなんで変装とかしてないの?」

「じゃあオメーがあいつに言えよ」

「哀ちゃん変なところ強情だし……あっ、やば、安室さん行っちゃう」

「頼んだ」

「えー…」

「いま動かねーと、ヤバイくらい被害が出るんだろ? 多少のリスクはしゃあねーよ」

「…」

「…久住?」

 

 あー……なるほど。なんか違和感あると思ったら、コナンくんは『久住直哉』が自分と同じような目線で動くと感じているらしい。

 

 絶対に起こると決まったわけでもない事件に、それでも大勢の人が死ぬ可能性を潰すため、将来の不利益に目をつぶってでも行動する……そんな風に。

 

「…じゃあ工藤家が責任もって僕の面倒見るって約束してよ。コネもいっぱい持ってるだろうし……最悪、日本じゃなくてもいいから国籍と身分を得られるように」

「抜け目ねーな……まあ頼むだけは頼んでやるよ。あ、盗聴器つけてもいいか?」

「どっちが抜け目ないのさ──それと、一つだけ言っとくけど」

「…なんだ?」

「君と僕の目指すところは同じじゃないし、君の計画に僕が配慮するとは思わないでね。“コナンくんの不利益になるようなことはしない”とは言ったけど、君が僕にリスクを負わせるなら話は別だ」

「…!」

 

 ──店を出た安室さんを追って走り出す。まったく……やっとコナンくんに信用してもらえるようになったのに、今度は安室さんへ怪しさ全開ムーブをしなければならないのか。

 

 しかもさっき言った通り今回は強烈なデメリット付きで、その上『信じさせる必要がある』ってのも面倒なところだ。

 

 コナンくんには僕を『信じるかどうか』と『取引に応じるかどうか』の選択を委ねた。しかし安室さんへの情報提供は、対応を間違えると拘束される可能性すら孕んでいるのだ。

 

 『言えない』がまかり通るのは、コナンくんの善性や、彼自身にも隠し事があるからこそ。対して安室さんのバックには国家権力があって、武力を行使する権利も持っている。色々と気を遣うことが多くて嫌になるぜ。

 

「安室さーん」

「…どうしたんだい? 悪いけど、少し急いでいてね」

「あー……駐車場までで結構なんで、ちょっとお話を聞いてもらいたいなって」

「それならいいが──話というのは?」

 

 駐車場なんてそう広いものでもないし、人気(ひとけ)もないだろう。話の内容を考えれば、人目があった方が逆に安心できる。哀ちゃんのときと同様、歩きながらの会話の方が盗み聞きされにくいってのは基本だ。

 

 そしてそんな短い距離で完結する話なら、大したことでもないだろうと、安室さんも気を抜いたように耳を傾けてくれた。

 

「今日から数日中……早ければ今晩にでも、公安に組織の人間が潜り込む可能性があります。組織に潜入しているスパイの資料──『ノックリスト』を狙ってるみたいなので、確実に守り通してほしいんです」

「…っ!」

 

 優し気な青年の表情が一転、驚愕に彩られ──動揺を隠し切れず、歩みすら停止した。しかしそれもほんの一瞬のことで、瞼を一度閉じ、再度それを開いた時には、その顔に不敵な笑みが貼り付けられていた。

 

 痛いほどに刺々しい空気が発されて、哀ちゃんがいればさぞ怯えていたことだろう。これが組織の匂いってやつなのかもしれない。

 

「──その話と僕になんの関係が?」

「“ゼロ”ことバーボンにとって……いえ、バーボンこと“ゼロ”にとって、とても重要な情報かと思いまして」

「…へぇ」

 

 怖っ。ここが人目のある通りでなければ、銃を取り出して尋問されそうな雰囲気だ。ま、どんな前置きをしようが『組織の情報』と彼の正体を口にすればこうなるだろうし、核心から喋った方が話も早いだろう……でも本当に怖いな。どっかに引きずり込まれないよね?

 

「下手人のコードネームは『キュラソー』……ご存知かもしれませんが、ラムの腹心です。組織にとってかなり都合の悪いことも知っているようで、それが理由かベルモットに消されかけたことがあり──しかしラムにその高い能力を見込まれ、現在では彼の手足となって動いています」

「…!」

「組織随一の身体能力に、判断力や決断力も非常に高い。知性のある猛獣が乗り込んでくると、そう考えて戦力を集めておいた方がよろしいかと。特徴は銀髪のロングヘアに、左右異色のオッドアイ……モデル並みのスタイルと美貌を持った女性です。『色彩』を利用した特殊な記憶術を持っているようで、情報源として相当な価値があります。もし捕縛でき、尋問が上手くいけば──組織を追い込む、あるいは壊滅まで手が届くかもしれません」

 

 …コナンくんや安室さんを見ていて凄いと思うのは、やはり『思考を止めない』という点だ。人間というのは虚を突かれると思考が止まり、止まらずとも鈍くなるのが普通だ。

 

 仮に立て直せたとしても、正常なそれとはほど遠い。しかし目の前の安室さんは驚愕や混乱を瞬時に呑み込み、慎重に僕の発言の意図を測ろうとしている。

 

 ──まず彼が気にするのは、発言そのものの信憑性といったところだろうか。つまり僕が組織の人間で、これが『カマかけ』である場合……と、もしくは真実である場合。

 

 そして真実ならば真実で、僕がどういった立場で話しかけているのか。そこをはっきりさせなければ、安室さんも会話のしようがないだろう。

 

 僕の発言に信憑性を持たせられるとすれば、『組織と敵対している国の諜報員』などといった嘘が必要になってくるのだが、それはそれでまたリスクに繋がる。

 

 安室さんが持っている『FBIへの敵対感情』は、なにも怨敵である赤井さんが所属しているからってだけじゃない。『他国の諜報員』なんてのは、公安にとって最大の敵だからだ。

 

 ただでさえ日本はスパイ天国だなんて言われていて、オウム関係の失態からこっち、公安の無能は揶揄されっぱなしだ。愛国心が強ければ強いほど、他国の諜報員など許容し難い存在に違いない。

 

 だから僕がそういった存在であると匂わせるのは、発言に真実味をもたせることはできても、彼から強烈に嫌われるというデメリットがあるのだ。

 

 …彼に敵対感情を抱かれるって、割と困るんだよねホント。『好きなキャラに嫌われる~』なんて俗なものではなく、公安に目を付けられるというのは、あらゆる面でマイナスの要素が発生するリスクを負うのだ。こういう言い方はアレだが、公安ってのは正義の組織とは言い難いし。

 

 特に元の世界であれば、権力のある巨悪は見逃すものの、無能のそしりを免れるために異国人をむやみやたらと摘発する、自浄作用の効かない組織──という意見も結構ある。まあ自衛隊しかり公安しかり、成果が国民の目に見えてしまったら逆にヤバイとは思うけど。

 

 この世界の公安はもうちょっと良い感じのイメージだが、それでも『正義』ではなく『秩序』を重んじるのは間違いない。目を付けられるのも困りものだが、敵対なんてされたら日本で生きていけなくなる。だからコナンくんにさっきの約束を取り付けたのは、冗談でもなんでもなくガチである。

 

「僕が伝えたいことはこれで全部ですね。質問があれば、答えられることだけ答えます」

「──君は何者なんだい?」

「ご想像にお任せします……が、『組織の人間ではない』『他国の諜報員ではない』『()()()と敵対する気は一切ない』ということだけは確かです。証明はできませんが」

「…!」

 

 わざわざ安室さんの本名『降谷零』を口にしたのは、彼が『公安である』と、僕が確証を得ているのを示すためだ。つまりこの時点で『組織の裏切り者であるかどうかを探っている』という可能性は消え去った。

 

 とはいえ『僕が組織の人間ではない』という証明になったかといえば、そうでもない。

 

 『組織の人間が裏切り者を利用して何か企んでいる』可能性がまだ残っている。加えて、他国の諜報員ではないという僕の言葉を鵜呑みにする筈もない。ただし、これで彼が『公安である』という認識を、互いが前提にして会話ができるようになったのも確かだ。一歩前進。

 

「自分の正体を明らかにするわけでもなく、敵意が無いことの証明も不可能……その上で、君から貰った情報を僕が信用するとでも?」

「どのみち動くしかないでしょう? ノックリストの存在を知られた以上、データを移動させないわけにはいかない……しかし現状はそう仕向けられているとも言え、下手に動けば逆に場所を気取られる。でも動かないのもやっぱりまずい──そう、ジレンマってやつですね」

「ああそうだ。君がそれを聞かせた時点で、僕は選択を強いられることになる」

「迂闊には動かせない……なら待ち構えるしかないのでは?」

「“確実に捕らえなければ”と強調された敵を──か。悲しいことに公安はいつも人手不足でね、()()()()()()()()()()()

「それが狙いだろうと邪推されるのは悲しいですが……でも最近になって()()()()()()()()と仲直りしたそうですし、この際、私情は排して協力されるのはどうでしょうか──……っ!」

 

 ぅえっ……視線で人が殺せるレベルで、安室さんの目が怖い。『そうか、お前は赤井秀一の犬だったか』みたいな雰囲気を感じる。

 

 本気で怒った人の雰囲気が、僕はとても苦手なのだが……そんなの通り越して、殺意に近い感情を叩きつけられるなんて初めてだ。

 

「あー……その、さっきも言いましたけど、諜報員とかそんなんじゃないので。赤井さんともまだ会ったことないです」

「“まだ”……か。語るに落ちていないか? 奴の生存は、奴の上司一人だけしか知らない筈だ。公安とFBIが『互いに手を出さない』と約束を交わした──それは確かだが、その経緯を知っている人間は非常に限られる」

「えっ? や、えー……それはですね」

「…それは?」

「…」

「…」

「コナンくんに聞きました」

 

 『久住ぃぃい!』と叫ぶコナンくんが瞼の裏に浮かぶ。だってFBI認定されていいことなんて、一つもないんだもん。盗聴器で聞いてるんなら、助けにきてくれたっていいじゃないか。一人だけ安全圏で過ごそうだなんて許されざるよ。

 

「コナンくんから?」

「ええ。そもそも赤井さんの死を偽装する一連の計画は、あの子が立てたんですよ。優秀な頭脳を持った子供です、本当に」

「…いまの君の行動に、あの子の思惑は絡んでいるのかな」

「いえ、それは関係ないです」

 

 このくらいの情報は開示しても大丈夫な筈……というか原作でも安室さんは把握してたけど、ことさらコナンくんを調べようとはしてなかった。

 

 出所(でどころ)が怪しいキュラソー関連の情報と関係ないのなら、そう詳しく調べることもないだろう。

 

 もちろん可能性はゼロじゃないから、コナンくんや哀ちゃんの正体がバレる危険もあるが──聖人君子じゃあるまいし、僕だけがリスクを負うなんてのもおかしな話だ。彼らが本当に幼い子供ってんならともかく、もうR18だって見れちゃうアダルトだしね。

 

「ふむ…」

「…」

 

 うーん……やっぱ手札が少なすぎるのが困りものだな。コナンくんのときのように、組織の情報を餌にはできないし。安室さんは自ら潜入してるんだから、僕が持ってる情報なんてほとんど知ってるだろう。

 

 僕が組織の人間ではないと証明しつつ、取引材料にもできそうな情報……まあ一つあるんだけど……それを言ってしまうと、コナンくんの計画に不確定要素が一つ生まれてしまう。

 

 ──とはいえ、さっき彼にも言った筈だ。計画に配慮はしないし、目線を同じくしているわけじゃないとも。僕は僕で、自分の利益のためにだって動く。

 

 安室さんに話しかけたことが僕にとっての譲歩で、コナンくんへの義理ならば、彼にだって何かを差し出す義務がある。

 

「…僕が組織の人間でもFBIの人間でもないと証明できて、なおかつ安室さんのお役に立ちそうな情報が一つあるんですけど……取引しませんか?」

「取引?」

「実は僕、戸籍も住民票もない怪しい人間でして。ついでに過去の一切合切を開示できないので、住民票はともかく戸籍を得るには、相当な後ろ盾が必要です」

「ここで更に信用を下げてくるのか…」

「下がり切ったらあとは上がるだけなんで」

「…つまり、僕にその後ろ盾になれってことでいいのかな?」

「後ろ盾の“一つ”ですね。いくら安室さんが働きかけてくれたって、それだけで承認されるほど甘くないでしょうし」

 

 安室さんは現場に出る人間としてはかなり上の立場だろうが、所詮は『現場に出る人間としては』だ。上の人間ってのは基本的に自ら動くようなことはそうないし、彼も全体から見ればそこまでの地位や権力は持ってないと思う。

 

 僕が戸籍を得る上で邪魔をする力はあっても、逆の場合は、強力な後押しは望めない筈。

 

「それはそうだが……どちらにせよ、よほど有益な情報でなければ取引なんてする気にはならないな」

「──赤井秀一は現在、姿を変え名を変え、普通の生活を送っています。いま敵対関係にないとはいえ、()()()()()()()()貴重な情報ですよね」

「…っ! …なるほど。組織にとって奴は、致命になり得る“銀の弾丸(シルバー・ブレット)”……生存と所在を確認していながら、泳がせたままにする可能性はまず無いだろう。そしてFBIが仲間を売るとも考えにくい…」

「ですです」

「そうなると、余計に君の正体が気になるところだが…」

「同じ問答をするつもりはありませんよ。取引をするかしないか──しないのなら僕はもう帰ります。こうやって交渉なんかしてますけど、究極的に言うなら僕にとって関係ないことなので」

「…」

 

 組織に潜入してる人をどうしても助けたい、起こりえるかもしれない大事故をどうしても防ぎたい──なんてこと、僕は思っていない。

 

 いまこの状況だって、どちらかといえばコナンくんへの義理を通しただけだ。『救えるかもしれない命を救わないのか』なんて、つまらない自問自答をするつもりもない。

 

 その日を生きるだけで精一杯の人間はいくらでもいて、そんな人たちに対する支援団体もたくさんあって、大多数の人間はそれを知ってはいるけれど、自分の贅沢より寄付を優先する人間はそういない。

 

 同じなのだ。知らない人たちが死ぬかもしれないのを許容することと、発展途上国で病死や餓死をしているであろう子供たちを救わないこと。どっちも知ってはいるし、助ける手段はちゃんとある。だけど関係ないから手を差し伸べない。

 

 偽悪的に、厭世観(えんせいかん)をもって斜に構えた考えをしてるわけじゃない。餓死、病死しかけている子供が()()()()()()、金を払えば助かるというなら、大抵の日本人は財布を出すだろう。『道徳』とはそういうものだと僕は思う。

 

 ただしどこまでが自分の『領分』なのかを決めていない人間は、自分も他人も幸せになれないとも……はぁ、なんだかシリアスなことを考えすぎて、変なボケでもかましたい気分になってきた。こんな場面でそんなことをするわけにもいかないし、困ったものだ。

 

「さぁ、どうするんだいバカボン」

「バーボンだ」

「ワハハ、間違えてしまったのだ!」

「それはバカボンのパパだ」

「…」

「…」

「…自分で振っといてなんですが、よくわかりましたね」

「…」

 

 アラサーでも通じるかは微妙な気がするけど……いやまあ、彼も一応アラサーか。ちょっとだけ緩んだ空気が彼の決断を促したのか、ふっと笑ったあと、安室さんは取引に応じた。赤井さんには申し訳ないけど、僕にも僕の事情があるんでゴメンして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふいー、疲れたぁ……なんで僕がこんな苦労しなきゃならないんだ、まったく。それにコナンくんのとこに戻ったら戻ったで、赤井さんの所在をバラしたことでなんか言われるだろうし。

 

 まあ今回はどう動いても損な役回りになってたから仕方ないか……むしろ結果的にはベターな感じに落ち着いたかも。

 

 それと、沖矢さんを動かさないようにコナンくんに頼んどいたほうがいいな。安室さんが確認する前にまた雲隠れされて、僕の信用が地に落ちるのは避けたい。そもそも信用が存在するかどうかすら怪しいけど。

 

 ──そういえば、食べてる最中だったサンドイッチはまだ残してくれているだろうか。中途半端に食欲が刺激されて、余計にお腹が空いてしまった……なんか追加注文でもするかな。

 

 ポアロって従業員は少ないのにメニューは豊富だから、色々と選べる楽しさがある。繁盛の秘訣は、意外とそんなところにあるのかもしれない。

 

「ただいまー……ん?」

「お、おう…」

 

 おや…? なにやら見慣れない美女が、コナンくんに抱き着いている。真っ昼間からオネショタとはたまげるなぁ。

 

 『鬱陶しいけどしゃあねえな』って雰囲気で、されるがままのコナンくん。ちなみに僕は、オネショタっぽく始まったのにショタオネになってしまう展開が好きだ。

 

「えーと、あなたは…?」

「あら、私のことなんてとっくに知ってると思ってたけど……そうでもないのかしら? ──なんでも知ってるコニャックさん」

 

 ん……なんだか風が吹く谷でナウなシカをやってそうなこの声は……工藤新一の母親、工藤有希子さんか。高校生の母親とは思えないほどの容姿だが、これでも三十七歳……いや、時間が進んでいるのなら三十八歳か?

 

 伝説的な女優らしいが、知名度的にはそこまで高い描写はない。まあ四年程度の活動で根強い人気を得てるから、当時は相当有名な女優だったんだろう。

 

 さて、彼女と彼女の旦那さんが僕の生命線となっている都合上、当然ながら接し方には気を使わなければならない。

 

 分かりやすいおべっかでも喜んでくれそうな印象があるし、語彙の限りを尽くしてお世辞を述べておこう……しかし『一目で工藤有希子とわかった』という分かりやすいゴマすりは、既に無理筋だ。

 

 となるとー……現状は『私のこと知らないのぉ?』みたいな雰囲気だから、僕が『あっ、まさか…!』って感じに振ろうじゃないか。

 

 すると彼女は『そう! 有名作家の妻にして大女優! 闇の男爵夫人(ナイトバロニス)よ!』って言うじゃん? そして僕が『若すぎてそうとは思えませんでしたぁ!』と返せば、『やだもー! あなたは信用できる人ね!』となるわけだ。ヨシ!

 

「あっ、まさか…!」

「そう! 世界的大作家の妻にして、伝説の大女優──」

「風の谷のナウシカ!」

「違うわよ!! 声似てるって言われるけど!」

「そういえばコナンくんも『魔女の宅急便』のキキに声がそっくりですね……親子でジブリとは、さすが工藤家」

「そんなところで褒められても困るんだけど…」

 

 しまった、ついボケてしまった。しかしなるほど、自分の声に対しての認識はそんな感じなのか。コナンくんの声に関しては、原作で高山みなみさんが登場してるから今更だが……まあそこはどうでもいいや。

 

 自己紹介を交えて軽く挨拶をし、なぜ有希子さんがここにいるのかを問う。すると『新ちゃんが怪しい男にタカられてるって聞いたから、心配になっちゃって…』とのお言葉をいただいた。実際にタカる予定のお金は、パパとママの財布から出る訳だから心配するのも当然だろう。

 

「タカってるんじゃなくて、あくまで取引ですので。情報に対価はつきものでしょう?」

「でも情報元が怪しすぎてねぇ…」

「そっちについては解決してっから、詮索する必要はねーよ」

「あら、そうなの? 新ちゃ……コナンちゃん」

「ただ他人には明かさないって約束だから、母さんにも言えねーんだ」

「そうそう、ちゃんと約束は守ってくれよ新ちゃ……コナンくん」

「お前が言い間違える要素ある?」

「それより、有希子さんがせっかく気を遣って『コナンちゃん』呼びにしてるんだから……こんなとこで『母さん』はないんじゃないかな」

「梓さんはカウンターだし、残ってる客は離れてっから問題ねーよ」

「それでもだよ。普段から気にしとかないと、ついポロっと零しちゃうかもしれないぜ──君が有希子さんを『母さん』って呼ぶのが、どういうことかわかってるのかい?」

「…っ」

「そう、有希子さんの不倫が疑われちゃうんだ」

「そっち!?」

 

 隠し子=不倫は安直かもしれないが、そう考える人はいるだろう。まあ顔の系統が父親まんまだから、勘違いされる可能性は少ないだろうけど。

 

 コナンくんの言や、僕とのやり取りを見て安心したのか、有希子さんのピリッとしていた雰囲気が緩む。危険と謎を見ればまっしぐらな一人息子だけに、心配もひとしおだったのだろう。

 

 どれだけ彼の優秀さを信頼していたとしても、親が子を守りたいという感情は当然のものだ。

 

 しかし危険はなさそうだとわかった途端、今度は怒涛の世間話が始まってしまった。女性がお喋り好きだというのは、どの年代でも共通しているが……四十手前ともなれば、もはや壊れたbotである。

 

 しかし僕も人との会話は大好きなので、コナンくんそっちのけでお喋りに興じた。ついでにパスタや飲み物を追加して、長居の準備をする。誕生会まではまだまだ時間があるし、丁度いい時間潰しになるだろう。

 

「ええ、それで初対面の哀ちゃんに怖がられちゃって…」

「ふふ、女の子には優しくしなくちゃダメよ」

「ちゃんと優しく手を差し出して言ったんですよ? 『ほら、怖くない。怯えていただけなんだよね…』って」

「ナウシカから離れてくれない?」

「あ、注文してたのきましたよ。梓さん、パスタこっちです」

「アップルパイはこっちで……はい、コナンちゃんも」

「おう、サンキュー」

「よかったら、あなたも一切れ食べる?」

「ありがとうございます。でも──アタシこのパイ嫌いなのよね」

「ジブリから離れてくれない?」

 

 一時間ほど会話を楽しんだ後、ほとんど参加していなかったコナンくんをチラリとうかがう。正直、赤井さんのことについて咎められる覚悟はしていたのだが──予想に反して、何も言ってこない。

 

 有希子さんがいるからだろうか? いや、赤井さんに変装術と料理の仕方を教えていたのは彼女の筈。部外者ってわけじゃないんだから、ここで言わない理由にはならない。

 

「…なんだ?」

「いや、怒んないのかなって」

「…」

 

 僕の質問に少し黙ったあと、後頭部をガシガシと掻いて、ちょっとふてくされた感じにジュースを飲み干すコナンくん。そして僕をジロっと見ながら口を開く。

 

 ──安室さんを追いかける前に言った僕の捨て台詞と、交わした約束の意味を、彼はよく考えてみたそうだ。

 

「戸籍もない状態で公安に睨まれるリスク……ってのを軽く見てたのは謝る。オメーにとっての『組織』への姿勢は、オレのそれとは違うんだってことを忘れてた」

「思いだしてくれて有難い限りだね。僕は人並の良識くらいは持ち合わせてるつもりだけど、わざわざ自分から首を突っ込んだりはしない……って覚えといてほしいな。もちろん必要があるなら無茶もするけどさ」

「けどそれにしたって、安室さんに伝えすぎじゃねーか? こっちの事情も考えろよな…」

「この状況で私怨を優先するほど、あの人は馬鹿じゃないよ。重要な情報ではあるけど、彼にとっては溜飲を下げる程度の価値しかない──精々、交渉(脅し)の道具になるくらいでしょ」

「充分ヤベーだろ」

「ちょっと、さっきからなんの話してるの?」

 

 …コナンくんとの関係に罅が入らなくてよかった。彼の性格的に大丈夫だろうとは思ってたけど、それでも不安だったのは確かだ。

 

 頭にハテナマークを浮かべる有希子さんに軽く説明しながら、ほっと一息ついて僕は紅茶をすすった。

 

 ──彼女が来たってことは、僕の新居を用意してくれる日が近いのかもしれないな。


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