コナンくんがめっちゃ見てくる   作:ラゼ

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彼女に唐突に振られて、理由を必死に聞いても教えてくれず……本当に胸が苦しくなったところで、ハッと眠りから覚めて夢だと気付きました。
でも本当に夢だったのか不安になって、すぐに連絡をとろうとスマホを手に持った瞬間、そもそも彼女なんていなかったことを思い出しました。

架空の存在に対してここまで喪失感を覚えるなんて、人間の脳ってすごい。

あ、あと原作最新話付近までのネタバレ注意です。


五話

 さて、取引に応じてくれたので情報のやり取りを行わなければならないのだが──全ての情報を開示するという訳にはいかないのが実情である。

 

『原作の流れをなぞらなければマズイ』などとは思っていないが、どの情報が何に影響するかくらいは考えて発言すべきだろう。まあ原作通りに行こうが行くまいが、彼らの優秀さを考えれば大抵のことは乗り越えられるとは思うけど。

 

 ──それでも組織を効率よく潰してもらおうと考えるならば、僕が渡す情報は『キュラソー』か『ラム』の確保に繋がるものがベターだろう。

 

 前者は劇場版に出てきた組織の人間であり、ラムの腹心かつ組織の情報を多く持つ幹部の一人だ。後者は組織の中でトップに近い地位を持つ人物で、実質的に組織を動かしている可能性が高い。

 

 彼らを捕縛するにあたっての問題は、まず両方の確保を選択するのが難しいという点にある。

 

 そう……原作でラムが自分から動き出したのは、優秀な手ゴマであるキュラソーが死んでしまったからだと僕は見ている。しかし『死』ではなく『拘束された』となると、たぶんラムは警戒して出てこなくなると思うんだよね。

 

 キュラソーは事故で記憶喪失になり、その期間中に少年探偵団に(ほだ)され、記憶を取り戻した後は組織を裏切り、そして自分の命と引き換えにちびっ子たちを救った人物だ。

 

 その点だけを見れば善人になり得る素養はあるのだろうが、それでも記憶喪失になる前のキュラソーが残忍な悪者と言うのは事実である。

 

 まあ会ったこともない人間をどうこう言うつもりはないが、重要なのは『どちらを取るか』という選択だ。ラムを優先する……つまり彼が出てくるまで傍観するとなると、キュラソーを含めた数人が死ぬのを見過ごすってことになる。

 

 一つ間違えばバーボンやキールを含むスパイ組が全滅するし、下手すりゃ巨大観覧車がパンジャンドラムと化して数百人規模のミンチが量産されるかもだ。だからコナンくんには、そこの是非を問う必要がある。

 

「それで、組織を追い詰める取っ掛かりになる情報ってのはなんなんだ?」

「…そうだね。まず二つの選択肢があって……『組織の幹部の中でもかなり情報を持ってる人物』か、更に上の『組織の中核』を確保できる可能性。ただし両方は選べない」

「…わざわざそういう言い方をするってことは、後の方にはデメリットがあるんだな?」

「だね。前者のコードネームは『キュラソー』、後者は『ラム』。でもキュラソーを確保しちゃうと、ラムを捕らえるのはかなり厳しいと思ってもらっていい。だから組織を潰したいだけなら後者を選ぶべきなんだけど…」

「…けど?」

「問題はキュラソーを放置すると、最低でも三人……多ければ数百人単位で死者が出るかもしれないってことだね」

「…! どういうことだ?」

「詳細は言えない」

「それは……お前の正体に繋がるからか?」

「限定的にイエス、かな」

「…組織と繋がりがないってのは事実なんだな?」

「イエス」

 

 顎に手を当てて考え込むコナンくん。多少の信用は勝ち取ったものの、いちいち情報の制限をしていればやはり疑いは深まってしまうだろう。仕方ないとはいえ、難しいものだ。

 

「…先にルールを決めていいか?」

「ルール?」

「情報のやり取りをする上での、オレとお前の取り決めだ」

「ふむふむ」

「まず一つ。『嘘を言わない』」

「──オーケー。嘘は言わない」

「二つ。知らないことは“知らない”で、言えないことは“言えない”で、言いたくないことは“言いたくない”で返すこと」

 

 む……『知らない』はともかく、『言えない』と『言いたくない』は同じようでいて、しかし僕の正体を推測するにあたっては割と重要な違いだ。

 

 どうするかなー……そもそも推理ゲームという時点で僕にとってはかなり不利な条件だが、それを許容したのは(ひとえ)に『有り得ない事実』が答えだからだ。

 

 当てずっぽうなら当たらなくもないが、『明確な根拠を示す』という条件を提示することで、答えを難解にしているわけだ。それでもコナンくんは頭脳を駆使し、可能性を一つずつ潰して真実に近付こうとしている。

 

 ──彼にとってはこんな駆け引きこそが、謎解きを楽しくするためのスパイスなんだろう。もちろん僕だってこういうレトロなゲームは嫌いじゃないけどね。

 

「…オーケー。ただし君が真実に辿り着いたその時は、それを誰にも言わないって約束してくれるなら」

「ああ、わかった」

「ルールはそれだけでいいのかな?」

「おう。それで……そのキュラソーって奴を捕まえる算段はついてんのか?」

「…ラムの方はいいのかい?」

「組織の情報を優先して犠牲には目を瞑れってか? そんなもん選択肢にすら入んねーよ」

「──ふっ、それが聞きたかった」

「ブラックジャックかオメーは」

 

 まあ彼が犠牲を無視するなんて露ほども思ってないけど、改めて口に出されると凄くカッコいいな。それになんともレスポンスがいい少年である。打てば響くとはこのことだろう。

 

「キュラソーを捕まえるって言われてもねぇ……そもそも僕が提供できるのは情報だけだぜ。それをどう活かすかは君次第さ」

「…その情報ってのは?」

「近々、キュラソーが公安に忍び込んで『ノックリスト』──組織に潜入してるスパイのリストを盗もうとしてるみたいでね。当然、そんなリストを手に入れるには公安本部への侵入が必須だ。来ることがわかってるなら打てる手はあるんじゃないかなって」

「…! 公安は組織のことを把握してるのか?」

「そりゃあ各国、公式非公式問わず組織を探ろうとはしてるさ。FBIだってそのために日本に来てる訳だし、キールを味方に付けた君ならそのくらいは想定してるだろ?」

「…“それ”を知ってる理由は?」

()()がキールのことなら、“言いたくない”だね」

「…」

 

 元々のストーリーでも公安はキュラソーを待ち構えていたが、お世辞にも準備万端とはいえず、実際に取り逃がしてしまっている。しかし組織の中でも上位かつ手強い存在がくると知れば、もうちょっと人員を増やす可能性はあるだろう。

 

「ちなみにキュラソーは女性だけど、組織の中でもバリバリの武闘派だぜ。人の知能を持った猛獣を想定するくらいでちょうどいいと思う」

「つっても、それを公安に伝える手段が…」

「バーボンを頼るといい。彼は公安から組織に潜り込んだスパイだから」

「…!」

「ま、僕の情報を鵜呑みにするわけにもいかないだろうし、彼が本当に公安かどうかは自分の目で判断しなよ」

「けど、その見極める時間が…」

「近々動くとは言っても、まだ時間はあるさ。たぶんベルモットからバーボンへ警告が入ると思うから……それを合図に警戒を強めて──って伝えればいいんじゃないかな。あ、僕の名前は出さないでね」

「ベルモットから? …いったいあいつの目的はなんなんだ? それにオレのことを組織に報告してないのも、『工藤有希子の息子』だからって理由じゃ弱い気がすんだよな…」

「彼女の目的は“知らない”。ただ組織の中で特別扱いされてるのは確かだね……推測だけでいいなら、ボスの血縁あたりじゃないかとは思ってるけど。あと組織に対して隔意があるのは確かかな──まあ彼女に関してはバーボンが情報を掴んでるみたいだから、信用を得られたら聞いてみるのも手だね」

「…」

「どしたの?」

「…『組織と関係ない』ってのと、そこまで内情を知ってるって事実が矛盾しすぎてんだよ。嘘をついてるわけでも超能力者でもねーってんなら、後は──」

「はいストップ。それはまた一週間後にね」

 

 細かいルールを決めていないからこそ、僕らの質疑応答には暗黙の了解があって然るべきだ。“聞きすぎ”は推理の否定に繋がる。全ての質問に是と否で答えてしまえば、いずれ真実に辿り着くのは間違いないのだから。線引きが曖昧だからこそ、自身で律するべきだと僕は思う。

 

 もちろんコナンくんもそれを理解してるから、僕の言葉に軽く頷くと、それ以上追及してくるようなことはなかった。そしてその後は、僕が把握している組織の構成員の情報と、人物相関図……特に誰が誰を嫌っているかや、ある程度の上下関係を伝えた。

 

 役に立つかどうかは疑問だが、しかしコナンくんなら、その心理を利用して悪辣(あくらつ)な罠を仕掛けるくらいはやってのけそうだ。彼って推理ショーで犯人を(はずかし)めるのが趣味なとこあるし。

 

「──ま、僕から出せる情報はこんなとこかな。ぜひともコナンくんには組織を壊滅させてほしいとこだね」

「…それはオメーにもメリットがあるってことか?」

「んー……そこに関しては何とも言えないかなぁ。好むと好まざるに関わらず、運命ってやつが僕を放っておいてくれない可能性もあるからね──ちょっと哀ちゃん。いま鼻で笑わなかった?」

「こんなに気障なセリフが似合わない人間っているのね…」

「む…! …ふふん、こんなので笑ってたら愛の告白を受けた時とかどうするんだい? たとえばそう、()()()クサいセリフを言われることだってあるかもしれないぜ」

「…?」

『オレがホームズでも無理だろうぜ。好きな女の心を正確に読み取るなんてことは──』

「だあぁぁ!! おまっ、なっ…!」

『オメーは厄介な難事件なん──』

「だからヤメロっつーの!」

「そんな気障な告白、受けた方はたまったもんじゃないわね」

「ぐっ…! は、灰原、オメーなぁ…!」

「あら、まさか貴方のことだったの?」

「くっ……つーか久住! いくらなんでもそれ知ってんのはおかしいだろうが!」

 

 おっと、売り言葉に買い言葉で無駄に情報を漏らしてしまった……哀ちゃんに売られてコナンくんに逸らしたとも言えるけど。まあこの程度ならいくらでも言い訳は思いつくから大丈夫だ。

 

「あんな公衆の面前で痴話喧嘩しといて、おかしいもクソもないだろ? アジア人の男女が異国の大通りで痴情のもつれ……噂にならないと思う?」

「…けどよ、あの時あっちにいなけりゃ得られるような情報でもねーだろうが」

「んー……僕は現地にいた訳じゃないけど、ちょうど爆弾事件の裏で『イギリス情報局秘密情報部』──“SIS”が、組織とごたごた起こしててね。あの時のロンドンは、ちょっとした抗争状態だったのさ」

「…っ! それは──」

「今は“言えない”だね」

「…わーったよ。けど言えるようになったら教えろよ」

 

 『ちょっとした抗争状態だった』から、色んな情報が行き交い、各組織ともアンテナが高くなっていた……という含みを持たせただけであって、今のは嘘をついた訳じゃない。頭のいい人間ってのは察しがよくて助かるね。

 

 それに世良ちゃんとメアリーママの事を言い出すと、会話を盗聴してるであろう赤井さんも穏やかではいられないだろう。家族が逆鱗という可能性もあるし、これは僕の安全という意味で『言えない』だ。

 

 それに赤井さんだって、自分のママとベルモットがディープキスをしたなんて聞きたくないと思うの。四十歳以上の女性同士でベロチュー描写とか、青山先生はいったい何を考えて描いたんだろうか……まあ声優も百合営業をする時代だし、今更か。深くは考えまい。

 

「とりあえず現状で話せる情報はこんなとこかな……役に立ったかい?」

「まぁな。あとはキッドのことだけど──」

「彼については何も話さないよ。恩人だからね」

「…犯人隠避(いんぴ)になるかもしれねーぜ?」

「『知ってることを話さない』だけじゃ罪にはならないからねぇ。そもそも君が言えた義理かい? 彼とイチャイチャ慣れあってる時だってあるくせに」

「イチャッ…!? も、もうちょっと言い方あんだろーが!」

 

 場合によっては腐の温床になりかねない世界だからな……コナンくんだって、いつの間にか蘭ちゃんではなくバーボンと掛け算してる可能性もある。僕はノーマルだから、変な目で見ないでよね。

 

「だいたい罪が云々(うんぬん)とか言い始めたら、毛利小五郎さんに麻酔なんか打ってる時点で『向精神薬取締法違反』とか『傷害罪』が適用されるんじゃ…?」

「あっ、ボクそろそろ帰る時間だー!」

「都合のいい時だけ子供の振りを…!」

 

 慌てて帰り支度をしながら玄関へ向かうコナンくん。まあ真実を追及するためとはいえ、彼って訴えられたらヤバいことはいくつもしてるからな。

 

 サッカーボールで気絶させた人間も両手の指じゃ足りないだろうし。スケボー爆走で道交法違反はお手のもの、サッカーボール花火なんて爆発物取締罰則に喧嘩売ってるレベルだ。通報すれば阿笠博士まで芋づる式に逮捕されるまである。

 

 ──見送るために彼の背を追ったが、阿笠博士と哀ちゃんは構う素振りもない。家族同然に出入りしてるから、いちいち見送ったりはしないんだろう。

 

「じゃね、コナンくん……あ、情報とかそういうのは抜きにしても、仲良くしてくれると嬉しいな」

「ならもうちょっと信用させる言動しろってんだよ…」

「僕の正体以外については、真摯に対応してるつもりなんだけどねぇ」

「そこが一番重要じゃねーか」

「人の正体なんてのはね、付き合っていく内に知ってくものであって、最初から決めつけるもんじゃないと思うんだ」

「バーロー、最初から怪しい奴は別だろうが」

「ま、その辺は行動で示してくよ……これからよろしくね、コナンくん」

「…おう」

「あと会話ぜんぶ赤井さんに盗聴されてたと思うんだけど、よかったの?」

「え? …あぁーっ!?」

「えぇ…」

「クソッ、灰原があんなメール寄越すから忘れちまってた…!」

「まあ君が来る前に『工藤新一=江戸川コナン』ってもう言っちゃってたけど」

「おい」

「でも薄々は勘付いてそうだったの、君だって自覚してるだろ?」

「…まあな」

「だいたいさぁ、もう少し仲間同士で連携とった方がいいと思うんだよね。FBI側に関しては、機密保持とかもあるだろうから軽々(けいけい)に君へ話すわけにもいかないだろうけど……君が事情を話してないのは、デメリットの方が大きいんじゃないの?」

「秘密ってのは、知ってる人間が多けりゃ多いほど秘密じゃなくなってくからな。FBIを疑ってるってわけじゃねぇが、あんまり吹聴する気はねーよ」

「ふーん……ま、君がそう言うんならそれが正しいんだろうね」

 

 僕は読者視点だったから『味方』を『味方』としてしか認識していなかったが、通常の人間関係において手放しで誰かを信用するのは難しい。そもそも利害が一致してるから協力してるだけであって、FBIは日本の味方ってわけじゃないしな。

 

 僕がうんうんと頷いているのを胡乱気(うろんげ)に見ながら、コナンくんは手をひらひらとさせて離れていった。『博士と灰原に手間かけさせんじゃねーぞ』とのお言葉を頂いたが、僕は子供か何かか? …去っていく彼の背を見ながら、僕はポツリと呟く。

 

「くくっ、これが二人との今生の別れとも知らずに…!」

「おぉい!?」

 

 サムズアップしながら冗談だと告げたら、コナンくんは肩を脱力させながら呆れかえった。そして僕が笑いながら小さく手を振ると、苦笑気味に振り返して彼は去っていった。

 

 ──さて、夕飯の準備でも手伝うとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 阿笠博士の家に転がり込んでから一週間と少し経過したが、割と平穏な日々が続いていた。よくよく考えれば、名探偵コナンという作品において阿笠博士や少年探偵団が関わる事件って意外に少ないしな。

 

 アニオリでの少年探偵団編はやたらと多いが、それでも全体の割合で考えれば大した数じゃない。これは灯台下暗しってことでいいのか…?

 

 まあ生活の大部分が引きこもり状態だったから、なんのフラグも発生しなかったという解釈もできるけど。それにこの体が事件と関わりやすい性質を持っていたとしても、『聖域』はちゃんとある。

 

 たとえば『小学校』……事件そのものはいくらでも起きるが、殺人事件はほぼ起こらない。過去に事件があって、その死体が出てきたとかならともかく、リアルタイムで殺人が発生することはないのだ。殺人未遂は割とあるけど。

 

 同様に、工藤邸や阿笠邸では本筋のストーリーを邪魔するような事件が起きにくいようになっている。まあ毛利探偵事務所は、二階の事務所に入るとだいたい何かしら発生するけど。

 

 強制イベはそんなにないけど、依頼は頻繁に舞い込むからね……原作だと暇を持て余していることが多いけど、そこはゲームの都合である。

 

 ここがゲームの世界って可能性は低いにしても、事件を引き寄せる体質がアバターに準じているなら、特定の場所でマイナスの蓋然性(がいぜんせい)を期待するのは間違ってないと思う。

 

 とはいえ居候として雑用は進んで引き受けるべきだし、買い出しもそれに含まれるから外出しないのは無理だけど。

 

 スーパーまでは往復一時間もかからないものの、ここは死の街『米花町』。ヨハネスブルグを歩くぐらいには警戒して外出するべきだ。

 

 今も買い出しで家を出ているわけだが、目的地が目前に迫った頃──遂にと言うべきか、彼女たちは現れた。美少女JKが三人と、その傍らを歩く眼鏡の少年……コナンくん。

 

 普通に考えれば、蘭ちゃんと園子ちゃんと世良ちゃんの三人だろうか。コナンくんはまだこちらに気付いていないから、避けようと思えば避けられるが……もちろんそんなことはしない。友達を見つけて声もかけないなんて、そんな失礼なことってないぜ。

 

 けして『鈴木財閥のお嬢様の覚えを良くしときたい』なんて思ってはいない。『いつかスポンサーになってくれないかな』なんて思ってはいないのだ。僕は小走りで駆け寄って、精一杯の笑顔で彼の名を呼んだ。

 

「やっほー、工藤くーん!」

「バッ…! おま、ちょっ…」

 

 うーん、慌ててるコナンくんも可愛い。でも今までだって服部くんにそう呼ばれまくってんだから、そんな焦らなくとも。というか蘭ちゃん以外の人間の前では普通に工藤って呼んでるけど、他の人は気にならないのだろうか。大滝警部とかさ。

 

「あの、いまコナンくんのこと『工藤』って…」

 

 蘭ちゃんが疑問符を浮かべながら聞いてきた。後ろの世良ちゃんは『やはり』といった風な雰囲気を見せ、園子ちゃんは『誰コイツ』的な視線を隠そうともしない。庶民派のお嬢様ではあるが、それでも金持ち特有のアレな部分はあるよねこの娘……おっと、先に言い訳をしとかないと。

 

「ちゃうちゃう、工藤やなくて極道や! ご・く・ど・う!」

「余計におかしくない!?」

「ほら、コナンくんって大きくなったらベッドヤクザなイメージあるから」

「べ、べっどやくざ…?」

「それはともかく、ああ……コナンくん、少し見ない内に大きくなって」

「昨日会っただろうが──あ、会ったでしょ? 直哉兄ちゃん」

 

 コナンくんを持ち上げて、独楽みたいにくるくると回転する。『直哉兄ちゃん』だって、『直哉兄ちゃん』。ははは、こやつめ。

 

 まあベッドヤクザかどうかはともかく、犯人の追い詰め方は極道も真っ青なとこあるからね。でも足をバタバタさせて抜け出そうとしてる様子は、そんな恐ろしい一面をまったく感じさせない。

 

 しかし彼女が『毛利蘭』か……妙だな、頭に角がない。凶器にすらなりそうな、そびえ立つあの角が。現実的に考えればあの髪型はありえないだろうが、それでもマジマジと見つめずにはいられない。蘭ちゃんといえば角、角といえば蘭ちゃんなのだから。

 

「あ、あの……私の髪に何か付いてる?」

「いや、何も付いてないのが奇妙(おか)しくて…」

「どういう意味!?」

 

 顎に手を当てながら観察すること数秒、とりあえず無いものは無いのだから気にしても仕方ないか。釈然としない表情の蘭ちゃんに軽く会釈をして、隣の世良ちゃんに視線を移す。

 

 赤井さんの妹にして、哀ちゃんの従姉妹(いとこ)の女子高生。八重歯がチャームポイントで、ボーイッシュな衣装を好む女の子だ。

 

 作中でよく貧乳をネタにされるが、『名探偵コナン』の作風で“貧乳ネタ”を入れてくるのってちょっと違和感があったのをよく覚えている。そもそも貧乳弄り自体、ちょっと古臭い感じするよね。

 

 二周ぐらい回って逆に新しいような気がしなくもないが、最近はポリコレ的にあんまりそういう描写を見かけないからなぁ……でも確かに貧乳だ。というか無乳?

 

 男の子に間違われる描写が結構あったけど、これなら納得だ。この体型で男っぽい服装をすれば、パッと見はそう見えなくもないだろう。顔が完全に美少女だから、近くに寄れば一目瞭然だけど。

 

「…なんだよ、ボクの胸に何か付いてるのか?」

「いや、何も無いのが可笑(おか)しくて…」

「失礼すぎないか!?」

「ごめんごめん、すごく可愛い娘だったからつい揶揄(からか)いたくなっちゃってさ」

「背中に話しかけるなぁ!! ボクの胸と背中が区別つかないってのか!?」

「ううん、顔が美しすぎて直視できなかったんだ」

「えっ……や、やだな、そんなことないって…」

「確かに」

「蹴っていいか?」

 

 胡散臭そうなものを見るような表情で僕を観察してくる世良ちゃん。コナンくんもそうだったけど、この世界の探偵ってホント人間観察が当然みたいなところあるよね。

 

 ──最後に園子ちゃんへ視線を移してみると、なにやらコナンくんの首根っこを引っ掴んでいた。

 

「ちょっとガキンチョ、誰よこの失礼な奴……って、な、なに? 私の顔、なんか付いてる?」

「いえ、あまりに美しかったので見惚れてしまって」

「へっ? …そ、そう? ──うんうん! アンタ見る目があんじゃない!」

「待った園子君。何か企んででもなきゃ、君に見惚れるなんてことある筈が──」

「ひどくない!?」

「くっ、なぜバレた…!」

「ホントだった!」

「あ、いや、企むってほどのもんじゃなくて……その、なんて言えばいいのかな。大金持ちのお嬢様から少しでもお金を引っ張れないもんかと…」

「本音が過ぎる!」

「ところで自己紹介はまだかな?」

「なんなのコイツぅ…」

 

 ──もうある程度この世界の技術レベルも把握できたし、僕のスキルでも充分にやっていけるのは確信している。もちろんクリエイター業においてヒット作を飛ばせるかどうかは水物だが、『知識』は財産だ。

 

 ソフトウェア特許とプログラム著作権──いわゆる知的財産になる技術が、前の世界とは違って登録されていないものがいくつかある。

 

 根本的な設計概念が違う部分も多々あったから、僕が学ぶべきものも沢山あるし、逆にこの世界へもたらすことができる技術もある。その辺、色々と利用していけば充分な利益を叩き出せるだろうが──肝心なゲーム製作費用に関しては、やはりスポンサーの有無がものを言う。

 

 フリーゲーム程度ならともかく、コクーン並みのVRゲームを製作しようと思えば、競馬での儲けなんかちょっとした足しにしかならないだろう。

 

 鈴木家はこの世界でも有数の財閥だし、バックについてくれれば嬉しいと思って彼女におべんちゃらを使ってみたのだが……うん、慣れないことはするもんじゃないな。

 

 微妙な雰囲気のまま自己紹介が始まり、三人娘が実際に『毛利蘭』『鈴木園子』『世良真純』だと確認できたわけだが──なにやら彼女たち、このままコナンくんを連れて世良ちゃんのホテルへ遊びに行くらしい。ということは、原作八十三巻の『恋愛小説家』の事件の時かな?

 

 …どうしたもんだろう。どこで誰が殺人を犯そうが、僕に関係ないなら特に気にはしないつもりだが……ちょっとした一言で悲劇が回避できるなら、口を出す程度の良識はある。

 

 ただ初対面の女子高生のお茶会についていく理由がない……というか『僕も行っていい?』とか言い出したら、絶対にドン引きされるだろう。

 

 んー……あ、そういや犯人になるかもしれない人は売れっ子小説家だったっけ。ハゲの犯人に向かってコナンくんが『この人がシャンプーなんて使うわけないよね?』などと鬼畜発言を放つ回だ。ナチュラル畜生にも程がある。

 

 まあそれはともかく、世良ちゃんは同じ階にその小説家が宿泊してるって知ってたから……その話に水を向ければ自然についていけるかもしれない。ダメだったら諦めよう。

 

「じゃ、僕はこのへんで。帰って『電話と海と私』の続きを読むんでね」

「あ、それ私も読んでる! 早く下巻が出ないかなーって…」

「うんうん、面白いよね火浦京伍の作品」

「へぇ……確かその人、ボクが泊まってる部屋のすぐ近くで缶詰めしてたよ」

「わあ、ほんと? …だったら僕もついていっていいかな。サイン貰えたら嬉しいし……あ、君らの女子会にお邪魔するってわけじゃないからさ。会えなかったらすぐ諦めるつもりだよ」

「別にいいけど……ふぅん」

「…」

 

 なにやら世良ちゃんとコナンくんに怪しまれている。ちょっと演技臭かったか? この世界の探偵って明らかに俳優適性ありそうな『役者』ばっかりだし、人一倍そういうのに敏感なのかもしれない。

 

 とはいえ、彼女たちがお喋りしてる間にちょちょっと『お話』するだけだし、コナンくんの動向と盗聴器にさえ気を付けていれば問題はない筈だ。

 

「そういやコナンくん、哀ちゃんたちは?」

「なんか用事があるとかで先に帰っちまったけど……なんも聞いてねーのか?」

「聞いてないねぇ。はて……あ、まさか僕への歓迎サプライズパーティーの準備…!?」

「遅すぎんだろ…」

「やーい、コナンくんだけ仲間ハズレー」

「小学生かオメーは」

「な、仲いいね二人とも…」

 

 蘭ちゃんが目を点にして僕らを見る。ふふふ、この一週間ちょっとで更に仲を深めた僕に隙はない。そうだ、ポスト服部平次でも狙ってみよう。いつか『せやかて工藤!』って言ってやるんだ。ちなみにかなり有名なこのセリフだが、実際に使われたことはないらしい。

 

 蘭ちゃんに指摘されたことで慌てて猫を被ったコナンくんだが、こういった際の彼を見て彼女はどう思ってるんだろうか。もし僕がこんな二面性のある子供を目撃したら、二度と『純粋な子供』という存在を信じれなくなる自信がある。

 

「というかどこで知り合ったんだい? 小学生と高校生が友達になるシチュエーションって、あんまり想像つかないけど」

「それに哀ちゃんとも知り合いみたいだし…」

「ああ、阿笠博士の家に居候してるからその関係でちょっとね。あと僕、高校生じゃなくて二十歳だから」

「えっ? ──ご、ごめんなさい! てっきり同じくらいかと思ってました!」

「いやまあ同じくらいなんだけど、設定上は二十歳ってことにしてるっていうか…」

「せ、設定上…?」

「ちょっと生まれが複雑で、無戸籍状態なんだよね。いま就籍申請はしてるけど、未成年じゃなにかと面倒だから成人ってことにしてるのさ」

「へー、ガチで怪しい奴だったわけだ…」

「…まあ、世間一般的に見ればそうだね」

「そ、園子!」

「へっ? あ……ご、ごめん、つい…」

「いいよ、気にしてないから。ただもう少し──自分の発言がどう受け取られるかは気にした方がいいと思う」

「う…」

「心の傷ってのはそう簡単に治らない。それに受けた方もそうだけど、言った自分自身が傷付くことだってある……たとえば君がいま感じてる良心の呵責がそうだ。だから僕はそれをなんとか軽くしてあげたいんだ──謝罪と賠償を受け取ることで」

「その発言で呵責が消え去ったんだけど」

『園子君、彼は自ら道化を演じることでそう仕向けたんだよ。だからお金を恵んでやるべきだ』

「ボクの真似はやめてくれないか?」

 

 いやぁ楽しい。若い女の子と会話してると、自分も若返った気分だね……ん? あ、若返ってたんだった。体格が元の体とほぼ一緒なせいか、鏡とか見ないとあんまり違いを意識できないんだよね。哀ちゃんやコナンくんみたいに、視点が大幅に低くなると違和感も凄いんだろうけど。

 

「そういや蘭ちゃんと園子ちゃんは、工藤くんと幼馴染なんだっけ? 僕も彼とは親しい間柄なんだ」

「えっ? 新一と…?」

「だよね、コナンくん」

(おい待てコラ)

(君と僕は友達。つまり僕と工藤くんも友達。そういうことさ)

(あのなぁ…)

(そういえば、コナンくんって蘭ちゃんと一緒にお風呂とか入ったりも──)

「し、新一兄ちゃん、直哉兄ちゃんとすっごく仲が良いって言ってたよ!」

「そうなんだ……新一、電話じゃ何も言ってなかったのに」

「彼がいま扱ってる難事件に、僕も少し関わっててね。探偵の守秘義務ってやつさ」

「へぇ……君の戸籍が無いのも、それと関係があるのかな?」

 

 コナン界隈でよく見るドヤ顔チックな表情で、世良ちゃんが詮索してくる。正直ドン引きである。さっき知りあったばっかの人間の、明らかに深い事情がありそうな部分に突っ込んでくるか? 普通。プライベート・アイっていうかプライバシー・アイって感じ。

 

「うわぁ…」

「なっ、なんだよ! ボク、そんなに変なこと言ったか?」

「いやさ、詮索好きのオバチャンだってもうちょっと遠慮するよ。あからさまに深い事情がありそうなのに、そこまで踏み込んで質問するのって──親友でギリ許されるくらいのレベルじゃない?」

「うっ…」

「つまり君は僕と親友になりたいと」

「そっちに(かじ)切っちゃうんだ」

「オッケー、君の気持ちは理解した」

「たぶんしてないと思う」

「まあ親友なんてなろうとしてなるもんじゃないし、まずは形から入ってみよっか!」

「ねえ聞いてる?」

「とりま愛称からだね──でも『世良』って二文字じゃ縮めて呼ぶのも難しいか。世良……世良……んー……世良、世良…」

「変に捻らなくてもそれでいいってば!」

「そう? じゃあよろしくね、世良世良んー世良世良」

「ぜんぶ拾うなぁ!」

 

 世良ちゃんをからかっている内に、目的のホテルに到着した。件の小説家の部屋番号だけ聞いてから、彼女たちと別れる。色紙を買ってくるからといって誤魔化したが、なんかコナンくんから怪しまれてる気がするなぁ……そんなに僕の演技って下手か? 人の真似は割と得意なつもりなんだけど。

 

 ──まあ盗聴器を付けられるような隙は見せなかったので、実際に近くに潜まれでもしなけりゃ大丈夫だろう。変に勘ぐられるのも嫌だし、一応サイン色紙は買っておくか。

 

 コンビニには売ってなかったので近くの文房具屋を探して購入し、ホテルへとんぼ返りして火浦京伍さんの部屋を訪ねる。

 

 でも急に見知らぬ人間が『サインください!』なんて押しかけても門前払いされるだけだよなぁ……と思っていたが、快く了承してくれた。うむ、このハゲはどうやらいいハゲのようだ。殺人を計画してはいるがいいハゲだ。

 

 …周囲にコナンくんがいないのは徹底的に確認したので、サインを書いてくれている彼にこっそりと耳打ちをしてみる。

 

「──あなたは今日、とんでもない計画を実行しようとしていますね?」

「…っ、急になんだね?」

「そう……たとえば殺人とか」

「なっ──!?」

 

 顔色変わりすぎで草生える。いやまあ、人を殺そうとする直前にそれを言い当てられれば、それも仕方ないか。まさか実行書なんて作ってないだろうし、となればその計画は彼の頭にしか存在しない筈。まだ事を起こしていない段階でそれを知っている人間なんて、本来ならいるわけないのだ。

 

「ホテルのラウンジに喫茶スペースがありましたね。よかったらそこでお話でもどうですか?」

「な、なにを…! …そもそも人を殺人鬼よばわりとは、失礼極まりない! さっさと帰りたま──」

「いま外に出てしまうと、ベルガールに扮してやってくる筈の水無月千秋さんを殺せない……ですか?」

「なっ、な…!?」

「なんにせよ、いまこの状況で殺人は悪手も悪手。僕はあなたが彼女をどう殺そうとしているかも、トリックもすべて知っています。本当に決行するというなら、逮捕は免れませんよ? 日を改めても同じことです」

 

 化け物を見るような目で僕を見てくる火浦さん。ただでさえ殺人を前に軽い緊張状態にあっただろうから、既にキャパオーバーに近いんだろう。そんな彼の肩をポンと叩いて、ラウンジへ行こうと促す。火浦さんは観念したように水無月さんに連絡をとり、編集者たちに断りを入れて部屋を離れた。

 

 ──高級ホテルに相応しい豪奢なラウンジの、ふかふかなソファーに座って彼と対面する。冷や汗をかきながら僕を見てくる火浦さんへ、さっそくとばかりに話を切り出した。

 

「──アム○ェイって知ってる?」

「帰らせてくれ」

「冗談です……さて、まず僕があなたを訪ねた理由ですが…」

「…脅迫かね?」

「まさか! まだ何もしていないあなたに対して、脅迫が成立すると思いますか?」

「む…」

「僕はあくまで助言をしにきただけですよ──()()()()()()

「う、占い? 何を言って…」

「それ以外にこの状況がありえますか? どれだけあなたを入念に調べようと、今日起こる筈だった殺人を言い当てるようなことは不可能だと思いますが」

「それは……確かにそうだが…」

「詐欺師まがいの占い師のように、考える暇を与えず騙すようなことはしませんよ。どうぞよくお考えください……普通の手段でそれを知りえる機会があったかどうか」

 

 両手を顔の前で組み、深く考え込む火浦さん。彼にとってミステリ小説は畑違いだが、それでも大物作家だ。大概のジャンルは読み込んでるだろうし、まやかしやトリックへの造詣も深いだろう。

 

 ホットリーディングなりコールドリーディングなりで、殺人計画を看破する可能性があったかを考えて……それでもなお有り得ないと結論を出すのに、そう時間はかからないと思う。

 

「…なるほど。確かにオカルトの存在を肯定しなければ、君の言動はありえないようだ」

「ご理解いただけて幸いです」

「それで、君は占いの結果を私に伝えてどうするというんだ? まさか『悪事を見逃せなかった』などと言うつもりか」

「いえ、どちらかというと『悲劇を見逃せなかった』……でしょうか。殺害の理由が勘違いというのは、なんとも心苦しいですから」

「勘違い?」

 

 この事件の発端は、彼の助手である水無月千秋さんが『愛人疑惑』をスクープされたことから始まっている。実際のところそんな関係ではなく、むしろ彼女は子供の頃から大の火浦京伍ファンだったのだ。ファンレターを送り、それに自分が書いた物語まで同封するほどに。

 

 その物語をアレンジして書き直したのが、彼の最新作『電話と海と私』なのだが──水無月さんは『大元のストーリー』を自分が書いたものだとは、火浦さんにまだ伝えていない。

 

 要はサプライズをしたかったのだろう。『ファンレターと一緒にこの物語を送ったの、実は私だったんです! 子供の頃から先生の大ファンだったんですよ!』と。

 

 物語のタイトルはアナグラムで構成されており、そしてファンレターのあて名も同様のアナグラム。つまり物語の完結でタイトル回収がなされたと同時、彼女のサプライズは完成し、ほっこりした笑い話になる筈だったのだ。

 

 しかし助手というよりもゴーストライターに近かった彼女の立場と、愛人疑惑の噴出、そして物語の核心を意味ありげに隠す態度がすべて悪い方向へと転じた結果、悲劇の殺人事件へと繋がったのだ。

 

 根拠を示しつつそれを説明していくと、彼は愕然とした表情でソファへともたれかかった。全身の力が抜けたようなその姿は、漏らしていないかちょっと気になるレベルである。

 

「そう、か……そうだったのか…」

「…もう彼女を害する気はありませんね?」

「ああ、いや……恐ろしい間違いを犯すところだった…! 君にはなんとお礼を言ったものか──」

「お気持ちだけで結構ですよ」

「し、しかしそれでは私の気が済まん!」

「ええ、ですからお気持ちだけで結構ですよ」

「え? あ、ああ、うむ…」

 

 占いの料金は『お気持ちだけで結構です』と書いてたりするけど、なんだかんだ十五分で三千円くらいはとるものだ。お気持ちって意外とお高いのである。

 

 微妙な表情で財布を取り出した彼は、諭吉さんをざっと十枚は取り出して僕に差し出した。ひゅー! ひゅー! …いや、もう一声いってみるか。言うだけならタダだし。

 

「…本当にお気持ちだけでいいんです。水無月さんを死の運命から救いだし、あなたが道を踏み外すのを防いだだけなんですから。そう……たった二人を救っただけなんです。それだけなのです…」

「…」

 

 冷や汗を掻きながら財布の中身をすべて取り出し、おおよそ三十万ほどを差し出してきた火浦さん。余裕ありそうだし、ワンチャンまだいけるか? 頑張れ売れっ子小説家!

 

「…こんな話を知っていますか? 家を建てるための地鎮祭を渋り、お祓いにきた神職の方をぞんざいに扱った男が不幸に見舞われた話ですが──」

「い、いくら払えばいいんだね」

「百万!」

「いきなり俗になるな!」

「まあ払わないと言われたらそれまでですから。余裕があるなら払ってほしいですし、お財布的に厳しいならお金は本当に結構ですよ」

「う、む…」

 

 少し悩んだあと、ふっと苦笑交じりのため息をついて、火浦さんは席を外した。ほどなくして戻ってきた彼は、厚めの封筒を僕に差し出したあと、深いお辞儀をして去っていった。いやぁ、気っ風の良い御仁だ。毛は無いけど。

 

 ふふふ、これで快斗くんにお金を返せる。いくら結果を知っているレースで儲けるつもりだといっても、物事に絶対はないのだ。

 

 借金した金でギャンブルして、もし外れたら洒落になんないしね。この金をそのまま借金の返済にあてて、残金の八十九万をレースに突っ込むとしよう。

 

 鼻歌交じりに二階のラウンジを後にして、エスカレーターをくだりホテルを出ようとしたが──出口近くのソファに眼鏡の少年を発見し、足を止める。

 

「…コナンくん? わお、もしかして僕のこと待っててくれ──」

「話は終わったのか? …占い師さんよ」

 

 …ん? いやいやいや。待て待て待て。は? 盗聴器なんて絶対に仕掛けられてなかったし、周りに彼がいなかったのも確認した。

 

 ラウンジで会話していた場所は奥まったとこで、僕が壁を背にしていたから誰かが近付いてきたらすぐにわかった筈。コナンくんがさっきのことを把握する手段なんてあるわけが──……っ! ま、まさか…!

 

「──ああそうだ。オメーがあの人に会う前から、彼に盗聴器を仕込んでおいたんだよ」

「いい加減に言っときたいんだけど、何かにつけて盗聴器つけるのやめない? しかも無関係の人間ってアンタ」

「それはともかく……超能力と占いは別枠ってわけか? なぁオイ」

「ともかくしないでほしいんですけど」

「そういや前の時から一週間以上経っちまってたな……ここで一つ答え合わせといこうじゃねぇか、久住ィデデデッ!? なにすんだテメー!」

「こっちのセリフなんだけど! 君さ、プライバシーって知ってる? こう何度も何度も盗聴されて、僕がどう思うかとか考えないの?」

「うぐっ…」

「ふんだ、もうコナンくんのことなんて知らないもんね! 変態! ストーカー! 自分のことを工藤新一だと思い込んでる異常者ー!」

「おぉい!?」

 

 よし、今のうちに逃げ──ても意味ないよなぁ、阿笠博士の家に住んでる以上。まったく、いくらなんでも赤の他人に盗聴器をつけてるとは思わなかったぜ。油断といえば油断だが、この世界の探偵のモラルハザードっぷりを舐めていたようだ。

 

「ハァ……わかったよ。『久住直哉は未来を見通す占い師。根拠はさっきの会話』……今回の答えはそれでいいのかな?」

「ああ。認めたくはねーけど、火浦さんとの会話は完全に未来予知を証明してたからな」

「なら答えは“ノー”だね」

「お前なぁ、この期に及んで…」

「君に嘘はつかないと言ったけど、火浦さんに真実を話したかどうかは別だろ? 僕は確かに彼の殺人計画を知ってたけど、『占い師』ってのは信用を得るためについた嘘さ」

「だったらなんであの人の動機も事情も計画も知ってたんだよ。それも“言いたくない”で通すつもりか?」

「…」

 

 んー……“どこまで話すか”は僕の匙加減だが、ある程度しっかりとした証拠を突き付けられてなお見苦しく言い訳をするのは、ルールを明確に決めていないとはいえ信義にもとる。まあコナンくんの盗聴も道義的にどうかとは思うが、怪しすぎる僕にも責任はあるから強く言えない。

 

「…すごく限定的ではあるけど、未来を知ってるのは認めるよ」

「…! それは、超──」

「“超能力”の定義は『念力』『テレポーテーション』『読心』『未来予知』に限定しようか。すべての超常的な能力をあてはめると曖昧過ぎる。その上で言わせてもらうけど、僕は超能力者じゃない」

「──ならオメーの正体は…」

「おっと、それはまた一週間後だね」

 

 うむ、次の答えはおそらく『時間遡行者』とか『タイムトラベラー』とかそんな感じになるだろう。それなら前に言ってしまった『僕の正体は地球上の誰も知らない』という発言にも矛盾がなくなる。誰も知らない人物が急に現れたというのも、未来からやってきたのなら当たり前のことだ。

 

 色々と情報を知っているのも、未来で得たものってことで納得もできるだろうし。詳細を知りすぎているのは、関係者の『未来の子供』だからって感じで疑われてるんじゃなかろうか。『コナンパパ…』とか呟いてやろうかちくしょうめ。

 

 まあ一週間後の推理はとりあえずそれで凌げるとして、その次……あるいは一ヶ月後あたりになるとかなり怪しい気がする。予想以上に追い詰められてて草も生えない。

 

「それとルールを一個追加するね」

「うん?」

「無断で盗聴器はつけないこと。君はちょっとモラルが低すぎる」

「…わーったよ」

「まさか僕の部屋にもつけてたりしないだろうね」

「してねーよ……けどしてたとして、なんか聞かれて困ることでもしてんのか?」

「僕は別にいいけど、たまに哀ちゃんと一緒に寝るから彼女が嫌がるだろうし…」

「…っ!? お、おまっ、嘘だろ!?」

「嘘だよ。でもいまの反応で盗聴してないのは確認できたかな」

「マジでビビった…」

 

 …ふーむ。なんかちょっと気安い雰囲気になったような……ああ、情報元がオカルティックな可能性が高くなってきたから、まだ僅かに残っていた『組織の関係者』という疑念がほぼ無くなったのか。

 

 コナンくんが真実に近付いた代償として、多少の信頼と百万円をゲット……痛し痒しってとこかね。

 

「いつかぜんぶ話すから、今はゴメンね……パパ」

「嘘だろオイ!?」

「嘘だよ」

「テ、テメー…! つーか嘘ついてんじゃねーか!」

「今のは冗談でーす」

「ガキか!」

「そのままそっくり返すよ」

 

 これで借金もなくなるし、ちょっと肩の荷が軽くなった気分だ。既に阿笠博士の名義で新規契約してるから、あの怪しいスマホも返せる。今後がどうなるかはわからないけど……ま、なるようになるか。




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