言論では届かなかった氷河期世代の声

安倍元首相銃撃事件の山上容疑者は41歳。就職氷河期世代だ。
彼を語るのに「元派遣社員、現在無職」という要素は欠かせないと思うが、ニュース記事の見出しに「派遣」の文字が大きく載ることはない。

今年5月までの約1年半、派遣社員としてフォークリフトで倉庫の荷物を運搬する仕事をしていた。
4月に体調不良で退職を申し出て、おそらく傷病手当も使えなかったのだろう、有給休暇消化のみで5月中旬に仕事を辞めている。

高校は進学校を出ているが、母が自己破産。
(その影響で、同志社大学工学部を中退しているという説もある)
任期制の海上自衛隊で3年を過ごした後、アルバイトとして測量会社で働きながら測量士補の資格を取得。
宅建やファイナンシャルプランナーの資格も取るが、人生は上向かない。
直近10年ほどは職場を転々とする。家賃は3万8千円、一人暮らし。

「夜にギコギコという音が聞こえた」 銃撃事件容疑者の隣室の男性:朝日新聞デジタル

「口数少ない」「仕事は時間内に」 安倍氏銃撃、容疑者を知る人は:朝日新聞デジタル

《安倍元首相銃撃》「家を全然出たがらない子だった」「挨拶しても俯いたり、目をそらす」“計画的な犯行”で元首相を銃殺した山上徹也容疑者(41)の“正体”とは | 文春オンライン

事件の動機は、現時点では、宗教団体への恨みの転嫁と言われている。
しかし、恨みはいつも同じ濃度で人を駆り立てるわけではない。
正規雇用で安定した生活を送れれば、過去の恨みも次第に薄れていく。
彼は複数の資格を取るなど、人生を立て直す努力をしていた頃もあった。
彼の人生につきまとう経済苦は、直接の動機ではなくとも、心の暗がりで燃え続ける恨みの火を絶やさない燃料になっただろう。

就職氷河期世代は、政治から無視され、上下の世代からも孤立している。
政治家含む上の世代からは存在を無きものとされ、下の世代からは「自らの境遇を社会のせいにする無能な老害」と忌み嫌われている。
同じ氷河期世代同士でも、正規雇用の地位を確保できた人はそうでない人を「努力不足、自己責任」とあざ笑って連帯できない。

氷河期世代が政治から無視されてきたと訴えるのは、非正規雇用の人が多い。
つまり、それまでのキャリアに対して、他人が「自己責任」と批判できる隙がある。
だから、言論などの正当な方法で主張しても「自己責任」ばかりがクローズアップされ、話を聞いてもらえない。
そんな主張をする氷河期世代の貧民ごと死ねばいいと思われている。

私もそうだ。 受験競争が激しかった時代に一橋大学に入った。
しかし40代の今、私はパートの介護職で、しかも身体の病気で辞めようとしている。

私の境遇には、自己責任の部分と、社会や政治の影響を受けている部分とがある。
まだブラック企業という概念がなかった時代に、大卒後の就職先では毎晩遅くまで働き、家に仕事を持ち帰り、土日も正月休みも働いた。
その結果、過労でパニック障害になって退職するが、その後も人生を立て直したいと努力はしてきた。

司法書士の勉強をしながら、法務部で派遣として働いた。
パニック障害が再発後、英語とプログラミングを勉強して、別の会社の法務部で派遣として翻訳と社内HP制作をやっていた。
再々発後は、介護福祉士(3年の実務と試験合格が必要)を取るために、パートで介護の仕事を約2年、コロナ禍のなか他人の糞尿にまみれながら、前向きな気持ちで頑張ってきた。

自らのキャリアを振り返ると、努力の方向性が一貫しておらず、自己責任と批判される隙だらけだ。
しかし、氷河期世代の非正規雇用で、綺麗にキャリアを積めた人などいるのだろうか?
就けた仕事をやるしかなかった。
私の場合、パニック障害が人生の中心を占め、それでもできる仕事、病気でも通える近くの職場を優先した結果、お粗末で書かなかった部分も含めてキャリアはぐちゃぐちゃだ。

一度レールを外れたら、どうすれば人生を立て直せるのかが分からない。

山上容疑者も、銃を自作してその手で要人に向けるまで、いくつか分岐点があったと思う。
非正規雇用は、低賃金で雇用が不安定なだけでなく、職業訓練の機会やコミュニティからも分断される。
彼も一度でも、どこかの会社で居場所ができ、気にかけてくれる知り合いができていたら、結末は違っていたのではないか。

私が人生を立て直せないのは、何割かは私個人の資質のせいだ。
それでも人生を投げずに、自分の力でなんとかやっていく。
同情や承認が欲しいのではない。

しかし、私の個人的事情とは全く別に、KやTが日本を下請け・派遣の中抜き天国にして、格差を拡大し日本全体を貧しくしたのは事実だ。
中抜きの構造がなくならない原因は、氷河期世代の非正規雇用を「お前が貧しいのは自己責任だ」と非難するだけで思考を停止し、貧困に陥らせる社会構造をあえて考えない社会ではないか。
貧しい人を「自己責任」の名のもとで切り捨てるだけの政治ではないか。

私のような氷河期世代は履いて捨てるほどいる。
皆、凸凹なキャリアしか積めていない。「自己責任」と切り捨てられる隙に溢れている。
氷河期世代の「自己責任」に目を奪われ、失われた30年でなぜ日本が貧しくなったのか、真の元凶にはだれもが思考停止で切り込まない。

日本経済を本当に再生したいなら、真っ先に取り組むべきは下請け・派遣の撤廃だ。
なのに、政治家は中抜きがもたらす利権、ただただ利権だけが欲しくて政治をやっている。

言論という正当な方法では、氷河期世代の声は届かずに無視されてきた。
無敵の人は、正当でも遠回りな方法を選ぶ余裕がない。
自己責任論を推し進めた政商は、今後「自己責任」の真の意味を知るのかもしれない。

……………

安倍さんのご冥福をお祈りいたします。
突然、暴力によって命と明日を奪われるのは決してあってはならないことで、無念だったと思います。

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ここ2年ほどブログを更新しなかったのは、氷河期世代の言い分など「言ってもムダ」だと思い知らされたからだ。
こんな負け犬のブログを書くくらいなら、その時間を働いた方がよっぽどいい。

しかし、それでは社会は何も変わらないと、この事件で意識が変わった。
たぶんこれから、経済と治安はどんどん悪くなっていくだろう。
私には資金がなく政治家にはなれないが、できるだけのことをすべきでは?
たとえば、派遣制度がどれだけ日本を貧しくしたのか、メディアのバックには政商がいるためどこも取り上げない事実を、このブログで淡々と検証していくべきでは?
ただ、私にはお金がない。だから、今日はそう思っても、明日は生きる糧稼ぎに必死になっているかもしれない。
(noteで活動費を集める方法はあるが、続けられる経済的基盤が今の私に作れるか…)

言論では届かなかった氷河期世代の声

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