昭和の男社会を「溢れるしずく」を武器に、その身ひとつで生き抜いたストリッパーの本格評伝『踊る菩薩 ストリッパー・一条さゆりとその時代』。普通の生活がしたいと願うも、周囲はそれを許さず、本人もまた酒と嘘と男に溺れていく。
人間が持つ美点と欠点を、すべて曝け出しながら駆け抜けた彼女の生涯を描いた『踊る菩薩 ストリッパー・一条さゆりとその時代』より特別掲載。
開演の1時間以上前から満席
吉野ミュージック劇場は阪神電鉄野田駅から、商店街を歩いて5分ほどのところにあった。隣はスーパーマーケットで付近には住宅や大手銀行の支店がある。
東京のストリップ劇場でプロデューサーなどをしてこの業界に25年間、身を置いた一色涼太が劇場に着くと、2階建ての建物周辺に大きな花飾りが置かれ、なぜか万国旗が掛かっていた。前例のない派手な興行である。
劇場を入ると、手前に客席(168席)があり、奥に舞台(横7メートル、奥行き4メートル)が広がっている。客席に突き出るように、「でべそ」「盆」と呼ばれるエプロンステージが迫り、客席右のテープ室から音楽が流れてくる。
劇場内は熱気で蒸し返り、北海道からわざわざ飛行機でやって来た客もいた。むんむんとするほどのひといきれから、一色は一条の人気を全身で感じた。
「開演の1時間以上前に行ったんですが、もう満席でした。日本各地から客が来ていましたよ」
公演は1日4回公演となっている。一色が後方席で待つこと約1時間。最初の踊り子が長襦袢姿で登場して、はっきりとあそこを見せた。2人目の太った年配の女性はヤクザ風の着物を着て現れ、それを脱いでいく。その後、金髪に染めた踊り子や日本髪のカツラをかぶった女性が舞台上で次々と裸体を披露する。
7番目はレスビアンショー。和服の金髪と黒いドレス姿の2人が濡れ場を演じている。続いて8番目もレスビアン。舞台の女性たちは例外なく、陰部をオープンさせていた。
どの踊り子たちも気前良くオープンするのに一色は感心した。
「さすがです。みんなプン(オープン)ですから。東京の劇場は警察の手入れを怖がっていました。その意味では、大阪の経営者のほうが根性は座っていました。浅草(の劇場)なんて、女の子が最後までパンツをはいている。だから客が入らない。そりゃ、大阪の『特出し』が全国を席巻するはずです」
一色がやっていたフロアショーでは、踊り子のオープンは皆無だった。
「フロアショーはあくまでも店の添え物です。店に傷がつくショーは本末転倒です。ホステスの目もあり、基本的には下半身は見せない。ただ場末のキャバレーではまれに、『ヌードさんにうちはBでやってくれ』というお店もありました。Aは上半身だけ、Bは下半身もチラリとみせる。プンはなかった。それが吉野劇場では全員プンです。さすが大阪でした」
そして、いよいよ9番目が公演のトリ、一条である。すべての客は彼女のために破格の入場料を払っているのだ。
午後1時20分過ぎ、司会の男性が舞台中央に立ち、こう紹介した。
「以前のストリップはあそこをちらちらと見せる程度でした。これではお客さんを満足させることはできません。廃れる一方のストリップ界にあって、勇気を出して自分のあそこを開いて見せた最初の人がこの一条さゆりです。このように勇気ある人が引退するのは非常に残念です」
司会者に紹介され、一条が舞台に立つ。客が一条に声をかけた。
「あんた店やっているんやてな。どこでやっているんや」
「西成の松通りです」
「こんど顔見せるわ。お酌ぐらいしてくれるんやろな」
「もちろんですよ」
引退に備え、一条は内縁の夫、吉田三郎と2人で寿司屋を開いたばかりだった。
彼女は一旦、舞台のそでに引っ込み、1時半を過ぎたころ、改めて和服姿で登場した。他の踊り子と違い、化粧は薄い。録音した音楽とせりふがテープ室から流れると、一条は日舞を踊った。帯に短刀を差したヤクザ風の踊りだ。そして、いよいよ一条は身に着けた布を1枚1枚、はいでいく。
会場は静まり返っている。一色は思った。
「何となくあか抜けないな」
彼女はどんな踊りも一生懸命やり過ぎるきらいがあった。そのため自然な感じがなく、一部のファンから、「あか抜けない」「田舎臭い」と評されている。