働き方改革のキーワードは「生産性向上」 戦略的に不要なことをやめていく ── 経産省 伊藤参事官

働き方改革のキーワードは「生産性向上」 戦略的に不要なことをやめていく ── 経産省 伊藤参事官

働き方改革のキーワードは「生産性向上」 戦略的に不要なことをやめていく ── 経産省 伊藤参事官

「働き方改革」という言葉を耳にしたことはあっても、中身を理解している人は少ないのではないでしょうか。政府が2017年3月にまとめた「働き方改革実行計画」では、長時間労働の是正が注目され、実際に企業は残業時間削減などの取り組みを行なっています。

しかし、働き方改革の目的は労働時間を短くすることなのでしょうか。その本質はイマイチわかりにくいものがあります。

Fledge編集部では「働き方改革」についての連載をスタート。その第一弾として、産業政策を担う経済産業省における働き方改革の中心人物である伊藤禎則参事官にお話を伺いました。

伊藤 禎則(いとう さだのり)

経済産業省 産業人材政策担当参事官 1994年通産省(当時)入省。東京大学法学部卒、米国コロンビア大学ロースクール修士、NY州弁護士。これまでエネルギー政策、成長戦略等を担当。筑波大学客員教授、大臣秘書官を経て、2015年10月より現職にて、働き方改革、副業・兼業促進、IT人材育成、経営人材育成など人材・労働関係政策を広く担当。

働く人の選択肢を増やす

働き方改革とは、一体誰のための、また何のためのものなのでしょうか?

伊藤参事官(以下、伊藤):もともと政府は「1億総活躍社会」というスローガンを掲げていました。育児中の女性や介護に焦点を当て、それを通じて女性やシニアも活躍できるようにするための土台として、では次に「働き方を変えよう」という話になったわけです。

本日取材にいらした皆さんや私も含めた「働く人すべて」が対象です。働き方改革をブレイクダウンすると、次の2つに分けられます。1つは働く人の「選択肢」を拡大することです。最近ではリモートワークやフリーランスなど、働き方が多様化しています。個々の状況や要望に合わせて働き方を柔軟に変えられることが大切です。

もう1つは、企業が「経営改革」をすることです。個人の働き方が多様化すれば、その分企業側はマネジメントが難しくなる。でもこのことに企業は向き合ってほしい。働き方改革は、「個人の働き方の選択肢の拡大」と「企業の経営改革」の両輪によって初めて成り立つものと考えています。

働き方改革と聞くと労働時間の削減のイメージが強いですが、この点をどう思われますか?

伊藤:確かに労働時間を減らそうという動きが強いですし、そう思っている人もいると思います。日本は欧州諸国と比較すると労働時間はいまだに長い。なので、長時間労働を是正しようとする動きは意味のあることです。

現在の労働基準法が制定されたのは、戦後まもない1947年のこと。もう70年も前の法律なんです。そこに2017年3月、政府が示した「働き方改革実行計画」の中で、新たに罰則付き時間外労働の上限規制の導入が明記されました。これは大きな進歩です。

しかし単純に労働時間の削減だけを目的としてはいけません。極端な例だと、仕事はまったく変えずに夜7時には電気を消して帰りましょうというケースがありますが、これでは持ち帰り残業が増えるだけです。働く人の中には労働時間削減で給料が下がったり、働くことを通じて学びたいという願いが叶いにくくなったりと、企業と働く人の利害がうまく一致しないこともある。

そのため「生産性の向上」が重要になります。2017年3月までを働き方改革第1章とすれば、今は改革第2章の真っ只中です。いかに生産性を上げていけるがカギとなります。

いかに生産性を上げていけるか

生産性を向上させるにはどうすればよいのでしょうか?

伊藤:生産性は「アウトプット÷インプット」で算出します。つまり、費やした時間や投入した労働力があって、そこからどれだけの成果を生んだかで測ります。アウトプットとインプットの両方に働きかけることが大切です。

先述したように、単に労働時間を減らすだけではダメで、戦略的に「いらないことをやめる」ことも重要です。自分が苦手なことはやめてそれをより得意な人に任せ、自分は得意なことだけに集中する。そうするとアウトプットにも良い影響を及ぼします。

企業でも国でもそうですが、生産性の低いところから高いところへリソースを配分する必要がある。業務を徹底的に見直して得意不得意を精査し、不得意なことは、得意な人だけでなくAIや外部のリソースにもやってもらうんです。どのように業務を振り分けられるか、「自前主義からの脱却」が重要です。

個人的な感覚では、中小企業のIT投資はこの10年間、驚くほど進んでいません。第4次産業革命のもとで、AIやビッグデータなどを活用して生産性を上げていく。野村総合研究所のデータでは、10〜20年後には日本の労働人口の49%がAIに代替されることが示されていますが、経産省で研究した結果、失われる仕事がある一方で、新たに生まれる仕事もあることがわかっています。最近では金融機関のフィンテックが話題ですね。人間にしかできない仕事に集中することが大事です。

人事制度の基軸を変えていく

経済産業省・伊藤禎則1

しかし一方で懸念もあります。長時間労働の是正と副業・兼業の奨励は、見方によってはかえって労働時間を長くしてしまうリスクがあるように思えます。その点はどうお考えでしょうか?

伊藤:働く人の健康確保措置、つまり労働者の健康を確保できるかについては、今後厳格な法規制が導入されていきます。現に経産省は担当の厚労省と手を取り合い、副業と労働法令のあり方や関係についても検討を始めており、ガイドラインができる予定です。

ただ規制だけでは不十分で、人事評価の基軸が重要になってくる。何時間職場にいた、何年会社にいたという評価方法だけではなく、限られた時間でどれだけの成果を出したかで評価していく。成果主義というと長時間労働のイメージを持つかもしれませんが、実際は違います。労働時間規制と健康確保措置、そして正しい人事評価があれば、むしろだらだらと働く、残業することがなくなっていくと思っています。

しかし成果主義評価で注意が必要なことは、単純に「頭数×労働時間=成果」だけで見ないことです。そうすると長く働ける人がどうしたって勝ってしまう。育児や介護などで制約を抱える社員には不利な評価の仕組みです。労働時間当たりの生産性もしっかりと評価していくことが大切です。

やがて働く人側のマインドは、決まった時間に成果を上げようという風に変わってくる。こうなれば、副業や兼業をしても長時間労働にはならないと考えています。むしろ仕事を複数掛け持ちすることで、成果や生産性に関する意識が高まるのではないでしょうか。

テクノロジーの発達で、個人に合わせた労働管理がされていく

「ホワイトカラーエグゼンプション」や「高度プロフェッショナル制度」など、労働時間と賃金を切り離す考え方が議論されています。しかし今後こういった考えが広がるにつれて長時間労働が助長されるのではという声も挙がっています。この点についてはいかがですか?

伊藤:今年3月の「働き方改革実行計画」では、厳格な残業規制の強化が示されています。これは大きな進歩です。

しかし、労働時間で成果が測りにくい仕事があるのも事実です。そういった専門性の高い仕事に従事する人については、時間によらず成果で評価する制度を選択できるようになります。高プロがそれにあたります。厚労省が労働政策審議会に提出した際には、高プロなども含まれています。いずれにしても、働く人の健康確保措置は強化されることになります。

テクノロジーの話もしましょう。経産省が開催した「HRテクノロジー」のコンテストでグランプリを受賞したジンズの「JINS MEME」(集中力を測る眼鏡)などが話題です。中長期的に見ると、こういったテクノロジーが身近になり、労働時間の意味合いが相対的に薄れていくのではないかと考えています。その人の健康状況や年齢、現在の生活環境によって柔軟に働く時間を変えていけるようになってくる。

テクノロジーが将来発達すると、労働時間の管理は機械的かつ一律的なものではなく、もっと個人に合わせた管理になってくるかもしれません。それゆえに私は「HRテクノロジー(AIなどを用いて採用、評価などの人事活動を行うこと)」にとても注目しています。

次回予告

前編では、働き方改革とは何かということや、生産性向上の大切さ、それに合わせた人事評価制度の変革の必要性などについてお話を伺いました。

引き続き後編では、「人生100年時代。学び続けていかに「手札」を手元に増やすか 」についてお届けします。

執筆:そのべゆういち(@prepapayuyu
企画・編集:たくみこうたろう(@kotaro53