平家に縁の深い広島で、サイエンスSARUが制作した劇場アニメ『犬王』とテレビアニメ『平家物語』が上映された。8月17日から21日まで開かれたひろしまアニメーションシーズン2022のプログラムで、21日の『平家物語』の上映には、監督の山田尚子、脚本の吉田玲子、美術監督の久保友孝が登壇して、『平家物語』をアニメで描くにあたって難しかったことや、版画のような独特な背景美術が生まれた経緯などを話した。
広島国際アニメーションフェスティバルが2020年で終了し、広島市が新しく立ち上げた「ひろしま国際平和文化祭」の中で、メディア芸術を扱うイベントとして企画されたのがひろしまアニメーションシーズン2022。世界から募ったアニメーション作品を表彰するコンペティションに加え、環太平洋・アジアで優れた業績を残した個人や団体、組織を表彰するゴールデン・カープスターを実施した。サイエンスSARUはこのゴールデン・カープスターに選ばれた。
上映されたアニメ『平家物語』は、古川日出男による完全訳の小説を元に、高野文子のキャラクター原案、吉田玲子の脚本から出発した。びわという少女を観察者であり語り部として設定し、平家一門が絶頂から没落していく様を描いていった。企画にあたって原作を読んだ山田尚子監督は、「古川さんの原作はエナジーがあってものすごく頭の中をかき乱されました。そのエナジーと、吉田さんが書かれる脚本の包容力を自分の中で整理していく印象でした」と振り返った。びわという少女が語り部となったのは、吉田いわく「長い話なので、誰かの目線で編集しないといけないと思いました」。「ただ、男の琵琶法師ではピンとこなくて。改めてこの琵琶法師は男性か女性かというと女性だろうということで、びわが誕生しました」と経緯を紹介した。
「現代とは倫理観が異なる過去の時代を描くにあたって、登場するキャラクターの心情が理解できないところはなかったか」という問いに、「賛同できない部分はあっても、この時代だからこういう考えになるのかなと思いました。感情に関しては今の私たちにも理解できるものでした」と答えた吉田。「弱者の気持ちは丁寧に描かれていました」と続け、「負けていく人たちを見ていく物語、敗者の物語というところが、ここまで『平家物語』が残ってきた理由でしょう」と、『平家物語』が持つ魅力を示した。
『平家物語』では、版画を見るようなシンプルで美しい背景が使われている。こうなった経緯を久保友孝美術監督は、「最初の打ち合わせの時に山田監督が、人が亡くなる悲惨な話だからこそ世界は美しく見せたいという話をしてくれました。綺麗で古くなくポップな感じ。美術についてはそういう絵作りをしていこう、と」と振り返った。参考にしたのが「新版画です」。吉田博や川瀬巴水といった画家がいて、スティーブ・ジョブズが好んだことでも知られる絵画ジャンルで、淡い色がフラットに塗られた雰囲気は、確かに『平家物語』の背景美術と共通している。
花などの植物が多く登場することも『平家物語』の特徴だ。久保美術監督によれば、ひとつには、「建物がシンメトリーなので、そこに有機的な植物をバランス良く配置することを心がけたことがあります」。また「山田監督が、ロケハンの時から手前に植物を置くようなアングルを探していたので、そういった発注が来ると思っていました」。山田監督は、「ロケハンで目に付いたのが自然の美しさでした。苔むした庭の植物を見る目線は当時の方も変わらないと思いました」。見れば時代を超えさせてくれるアニメと言えそうだ。
背景美術を描くにあたって久保美術監督は、「海の色には気をつけました」という。『平家物語』には、厳島神社や壇ノ浦といった瀬戸内海の海が何度も作中に登場する。久保美術監督は尾道市の出身で、これまで瀬戸内海が描かれた作品を見て、「海の色が見て来た色と違うと感じてきました。自分がやるからには海の色を守りたいと思いました」。
久保美術監督によれば、瀬戸内海の海は「ちょっと緑がかって見えるんです」とのこと。ほかにも、「福原で出てきた高台は、瀬戸内海に岩がゴツゴツした高台が点在しているのを知っているので、出したいと設定に落とし込みました」。改めて海や山といった風景を気にして『平家物語』を見返したくなるエピソードだ。
建物についても、いろいろと工夫をしたそうで、久保美術監督がひろしまアニメーションシーズン2022のアーティスティック・ディレクターでアニメーション監督の山村浩二と対談したセッションでは、作中に出てくる屏風や襖絵を時代考証から外れたものにして、「ともすれば一緒になってしまう住居に違いを出しました」。暮らしている人の立場や性格などが暗喩されているそうで、こちらも見返して確認したい部分だ。
トークでは、『平家物語』を彩る多彩な人物の中で、思い入れを抱く人物が誰かをそれぞれに聞いた。久保美術監督は「徳子さんですね。徳子さんがこの作品を引っ張っていってくれたと思っています」と、平清盛の娘で安徳天皇を産む建礼門院徳子を挙げた。「高野文子さんのキャラクターデザインを見て、これは徳子さんだと直感しました。最初に描いていたイメージボードでは、徳子さんが走り回っている絵をくわえて提案しました」と、思い入れが深かったことを明かした。
吉田は、「重盛の息子たち3兄弟ですね」と維盛、資盛、清経を挙げた。「原作を読んだ時に、平家の人たちもこの先に思いをはせて、心が折れたんだなと言うことが分かって、胸に迫りました」と話して、運命にあらがえないまま滅んだ平家や3兄弟のはかなさに思いをはせた。山田監督は、「重盛と維盛ですね。忠盛から清盛へと受け継がれてきた猛々しさから、貴族のようになり上品になっていく中で生まれてくる、優しさや温かさを持っているのが重盛と維盛でした。丁寧であるが故に弱いというところに魅力を感じていました」。
トークイベントの後は、『平家物語』から3人が選んだ第三話「鹿ケ谷の陰謀」、第五話「橋合戦」、第十一話「諸行無常」を上映して、瀬戸内海の海の表現、画面を彩る花、そして山田監督が「徳子さんが“わたしは赦す”とおっしゃる場面は、どのような経緯があればこの言葉が言えるのか、凄く考えました」と言って紹介したシーンを楽しんだ。