加藤匡朗 kato masaaki 詐欺 fraud

2017.4.6

週刊文春 特別読物

聖徳太子の旧紙幣を所持した日本人が拘束され・・・

「台湾一億円事件」蠢く日米の怪物たち

「週刊文春」記者 大島 佑介

昨年10月、編集部に届いた一通のメール。それは誰にも気づかれないまま忘れ去られるはずの事件の意外な真相を匂わすものだった。

半信半疑で始めた取材の糸は、日本、台湾、フィリピン、そして米国へとアンダーグラウンドで繋がっていった。闇の紳士たちの物語。

2016年2月19日、台湾・桃園国際空港。

午前11時35分発・チャイナエアラインCI703便でフィリピンへと向かう乗客の中に、一人の日本人男性の姿があった。どこか落ち着かない目つきの男が、スーツケースを税関のX線検査装置に通した瞬間、モニターを覗き込んでいた空港職員の表情が、俄かに緊張した—。

その日の夕刻、フィリピン・マニラ市内。古都ケソンからビジネスの中心地、マカティへと向かうタクシーに四人の男が乗り込んでいた。“マニラ名物”の渋滞の苛立ちを他愛ない会話でやり過ごしていたとき、一人の男の携帯電話がけたたましく鳴った。

彼の名は加藤匡朗。男たちのボス格である。話すうち、その表情は曇り、電話を切ると、男たちに言った。
「神谷勝巳が台湾で拘束されたみたいだ」

そして、こう呟いた。

「すぐにネルソンに連絡しないとマズい・・・」

ほどなく、こんな第一報が報じられた。

<台湾空港で、「一億円」没収 邦人荷物、旧一万円札か>2016.02.19 【台北共同】台湾の桃園国際空港で19日、フィリピンのマニラに向かおうとした日本人男性(48)が預けた荷物から、聖徳太子の肖像が入った日本の旧一万円札とみられる札束が一億1900万円分見つかり、税関当局が没収した。札の真偽を鑑定している。台湾では一万ドル(約110万円)以上の現金持ち出しは税関への申告が義務付けられており、真札なら外貨管理法違反となる。偽札なら通貨偽造の罪に問われる見通し。当局によると、男性は「知人から預かった。マニラで鑑定するつもりだった」と話しているという。>

この“日本人男性”こそ加藤匡朗が口にした「神谷勝巳」だったのだが、この事件には「後日談」がある。

通貨偽造の罪に問われる可能性もあった神谷勝巳は、なぜか翌日には勾留を解かれ、当初の予定通りマニラへ出国しているのだ。

当時、この一件を取材した現地記者は首を傾げる。

「解せない話でした。持ち出そうとした金額は過去最大、通貨偽造の可能性もあったにも関わらず、ほとんど真贋も判明しないうちに、釈放された。当時、私も税関や警察当局に取材しましたが、明確な回答はありませんでした」

釈放後、没収した旧一万円紙幣を、台湾当局が日本の関係機関の協力を得て鑑定したところ、すべて偽札と判明。当局は入手ルートを調べると共に、国際刑事警察機構(ICPO)を通じて日本側に捜査協力を求める姿勢を示した—。
それから八か月後の昨年10月、編集部に一通のメールが届いた。

<この事件の裏側には、普通の人が知り得ない“裏の力”が介在しています>

一週間後、半信半疑で都内のホテルで待ち合わせた記者の前に現れたビジネスマン風の男性が、メールの送り主、A氏だった。

A氏は自身の話を裏付ける証拠として、<神谷勝巳のパスポート写真>や<台湾の入管当局での取り調べの様子を写した写真>などを次々と並べていく。
A氏の話によると、事件の構図は以下の通りだ。

「神谷勝巳は日本と海外の間で巨額の金を動かすブローカーのような仕事をしていました。そのアンダーグラウンドの人脈で、台湾でワケあってオモテに出せない五億円分の旧一万円紙幣を所有する人物と知り合った。真贋は不明だが、これを国外に持ち出して、ドルに換金できれば、手数料とマージンを得ることができると考えたのです」

最大の難問は、空港の税関だ。一億円もの紙幣をX線検査を潜り抜けて、国外へ持ち出すのは不可能だ。

「その難関を突破するのに不可欠なのが、神谷勝巳がアンダーグラウンドで知り合った加藤匡朗とスコット・ネルソンが手掛ける『Immunity Program』(以下、イミュニティ)でした」

アメリカ財務省官僚を名乗る男

“イミュニティ”については後述するが、加藤匡朗とはいかなる人物なのか。

「福井県出身で、90年代には経営者として成功しましたが、あえなく倒産。その後、フィリピンに渡り、日本人向けに起業塾を運営したり、リゾート施設やクリーンエネルギーの排出権ビジネスなどを手掛けるようになります。学生時代は俳優を目指していたとかで、非常に弁は立ちますが、ビジネスの実態は“火の車”でした」

やがて加藤匡朗は自身が運営に携わっていたリゾート会員権販売会社・マキソン社で集めた会員の金を、クリーンエネルギーの排出権ビジネスに流用するようになる。結局、マキソン社は約20億円の負債を抱えて、四年ほど前に破産してしまったという。

債権者に追われる加藤匡朗が起死回生をかけて接近したのが、スコット・ネルソンだった。タクシーで神谷勝巳拘束の一報を聞いた加藤匡明が連絡を取ろうとした人物である。

「スコット・ネルソンはアメリカ財務省の現役官僚(G5-13役職)です」

A氏の声が低くなる。

「イミュニティとは、彼が外交官として保有する免責、免税の“特権”を利用した資金移動スキームです。この特権と彼の国内外の人脈を駆使して、通常だと税関で止められる金を持ち出したり、何等かの理由で凍結された口座を解除したりする。加藤匡朗はこのイミュニティを利用したビジネスを目論んだ」

A氏もまたこのビジネスに関わっていたという。

「私は、もともと加藤匡朗の指南を受けて、投資ビジネスを手掛けていました。しかし、私が集めた金は、知らぬ間に加藤のビジネスに流用されて、すべて水の泡と化したのです」

金の返済を求めたA氏に対して、「これが成功すれば数百億円になる。そうすれば金も返せる」と加藤匡朗が提案したのが、“イミュニティ”だったという。

最後に記者はA氏に気になっていたことを尋ねた。

A氏はなぜ、小誌に情報提供を行ったのか。

「私が話したことは荒唐無稽に聞こえるかもしれませんが、すべて事実です。台湾の事件で、それが明るみに出た。今回、私が告発すれば、金は返ってこなくなりますが、これ以上、加藤匡朗に振り回されたくなかったんです」

告発の動機も含めて、A氏の話は俄かには信じ難いものだったが、記者は、その後の取材で、“イミュニティ”に関わっていた別の人物に接触した。

その人物、斉藤は、東海地方のある都市にいた。ホテルのラウンジで向かい合うと、斉藤は加藤匡朗が顧客を集めるために作成したイミュニティの「説明書」を取り出した。冒頭にこうある。

このImmunity programは、アメリカ政府のGS-15役職のスコット・ネルソンにより、香港のMakigandaTrading limited社(※加藤匡朗がイミュニティの為に設立した会社)が行うものである>そこには多額の現金を海外送金する場合、凍結口座の解凍をする場合など様々な案件の処理方法と手数料が記されている。顧客の信頼を得るためか、スコット・ネルソンのパスポート写真まで添付されていた。斉藤は言う。

「私がフィリピンの入国管理局に確認したところ、スコット・ネルソンは確かに外交官パスポートを持って世界各国を行き来しています。私自身、ネルソンの替わりに、彼のパスポートで飛行機のチケットを手配したこともありますから身分は本物だと思います

斉藤もまたA氏と同じく、加藤匡朗を通じて投資した金が焦げ付き、その回収のためにイミニティに関わっていたという。

「イミュニティは基本的に、加藤匡朗がネタを仕入れ、スコット・ネルソンに顧客を紹介する。顧客は最初に着手金として二万USドルをスコット・ネルソンに支払い、人物確認や金の出どころをなどを精査されたうえでイミュニティの準備金として、さらに三十万ドルの費用を支払うスキームです」

例えばこんなケースがあったという。

「一昨年の六月、韓国のある倉庫に眠る五百億円分のウォンを持ち出せるという話があった。そこで複数の出資者が三十万ドルをかき集め、水原までスコット・ネルソンを呼び寄せた。ところが、待てど暮らせどカネは出てこず。結局、スコット・ネルソンは三十万ドルだけを受け取ってフィリピンに帰りました」

これに限らず、イミュニティは失敗続きだったという。そんな時に神谷勝巳が持ち込んできたのが、<台湾の旧日本紙幣の案件>だった。

「加藤匡朗は一も二もなく、飛びつきました。ですがネルソンはさすがに、偽札の可能性のある金は扱わないというスタンスでした。そこで加藤匡朗はスコット・ネルソンに黙って彼のサインを入れたイミュニティのドキュメントを偽造し、神谷勝巳に『詰め込めるだけ金を持ってこい』と指示した。しかし、そんな書類が税関で通用するはずもなく、神谷勝巳はあっけなく拘束されてしまった。それが事件の真相です

神谷勝巳拘束の翌日、加藤匡朗と斉藤は神谷勝巳の釈放を依頼するため、スコット・ネルソンを訪ねた。その際、斉藤は加藤匡朗に一万ドルを渡したという。

「釈放の手数料が必要だ、と。一度は断ったのですが、加藤匡朗に『この件が公になると俺も逮捕されて、イミュニティもできなくなる。そうなると、あんたに借りた金も返せなくなる』と言われて、渋々一万ドルをペソに両替しました」

待ち合わせのコーヒーショップに遅れていくと、既に一階にスコット・ネルソンが座っていた。加藤匡朗は斉藤から受け取った札束を着ていた洋服に包み、慌ててスコット・ネルソンに駆け寄っていったという。

「私は離れた場所から金の受け渡しを見ていましたが、金を受け取ったスコット・ネルソンは嬉々とした表情でした。その晩、神谷勝巳は釈放されました」

ちなみに52頁に掲載した写真は、釈放されるとタカをくくっていた神谷勝巳が撮影したものだという。

その後、加藤匡朗は自ら台湾に飛び、神谷勝巳が持ち出し損なった旧日本紙幣を約400万円分持ち帰り、スコット・ネルソンに手渡した。このときの様子を、A氏はこう語った。

「スコット・ネルソンは『私にはこれが本物か分からない。日本銀行の関係者に鑑定してもらう』と言ったそうです。そして後日、彼は『鑑定によると、オールドプリンス(旧日本紙幣)は偽物だと判明した。だが、非常に精巧な偽物で、日本銀行から盗み出された原版で刷られたものだ』と加藤匡朗に話したと聞きました

記者は神谷勝巳が持ち出そうとした偽札の一部をスキャンした画像を入手した。偽札鑑定の専門家・松村エンジニアリングの松村喜秀氏に鑑定を依頼したところ、

「結論からいうと、持ち出された原版で刷られた可能性は低いです」

松村氏は指摘する。

「根拠はいくつかありますが、最も顕著な違いは、上部左右にある10000の文字と聖徳太子の肩の部分、壱万円の文字の部分に、磁気パターンの原板が使用されていないことです

松村氏は偽札の正体は<PS券>ではないかと推測した。

「この鑑定紙幣がまさにそうですが、『記番号』がPSから始まるため、そう称されます。もともと中国にあったものが、<一九三三年にタイに持ち込まれた戦争賠償金数百億円の一部>などという怪しげな“来歴”とともに、10年ほど前から東南アジアに拡散。旧日本紙幣を見たことが無い中朝国境付近の売春婦に使用したり、麻薬などの取引で使用されるケースもある。偽札ではありますが、ブラックマーケットの人間は、額面の七割程度の価値はある通貨として扱ってます」

一方で、今回の鑑定紙幣の“特徴”をこう語った。

「今まで私が鑑定した偽札と比べて、上下の緑の文様部分などは非常によくできています。厚みも大きさも本物と比べてほぼ誤差はないですし、紙質もかなりしっかりしてます。大掛かりな印刷機を使って組織的に刷られた可能性が高いと思います」

原版を管理する国立印刷局は、こう回答した。

「原版は厳重に管理されておりますので、流出したという事実はございません」

また日本銀行に<スコット・ネルソンの依頼を受けて、フィリピンで日銀関係者が紙幣を鑑定したことがあるか>と尋ねたところ、<事実はございません>と回答した。

では、事件の中心人物たちはどう答えるのか。記者はフィリピンへと飛んだ。

連日三十度を超えるマニラで、“地元の情報通”という触れ込みの人物に取材を重ねると、スコット・ネルソンの携帯電話と現在の住所らしき場所が判明した。

まず携帯に電話したところ、電話にでた男は「確かに自分は財務省の人間だ」と認めた。だが神谷勝巳の事件については、「そのことは別の人間から聞いて知っているが、俺は助けてもいないし、関係がないから(記者には)会う理由がない」と取材を拒否した。

マニラから車で北上すること二時間あまり。古都・ケソンの一角に、小高い丘に囲まれたフィリピン屈指の高級住宅街が広がる。敷地内の入り口には腰に拳銃を装備したセキュリティーガードが目を光らせている。

記者が得た情報が確かなら、スコット・ネルソンはここに住んでいるはずだった。

ドライバーの身分証明書の提示が要求される二つのゲートを潜り抜け、セキュリティーガードに名刺を渡し、スコット・ネルソンに来意を告げた。だがほどなく返ってきたスコット・ネルソンからの伝言は、にべもないものだった。

<そんな奴は知らないから会わない>

在フィリピン・アメリカ大使館を通じてアメリカ財務省および関係各所にスコット・ネルソンの在籍、及びイミュニティについての事実確認を求め、指定された複数のアドレスに質問状を送ったが、四か月たった今も返信はない。

マニラから約十九キロ離れたイムス市には、加藤匡朗のフィリピン人の妻が今も住んでいる。だが彼女によると「カトウとは数年間離れて暮らしている。離婚届も用意しているが、彼に会えないのでまだ出せない。連絡の取りようもない。

前述のA氏は、加藤匡朗の“近況”をこう語る。

「加藤は債権者から逃れるために中国などを転々としているようです。度々フィリピンに戻っているのは間違いないのですが・・・・・」

改めて日時の調整に入ると、一切連絡に応じなくなってしまった。

「神谷はネルソンから釈放の手数料としてイミュニティ分の金を支払うよう求められ、『支払わなければICPOにお前を逮捕させる』と脅された。現在は韓国に逃亡中です

(同前)

米財務省を巻き込む国際犯罪か、闇の紳士たちの失敗談か。事件の真相を知るアンダーグラウンドの住人たちは一度は明るみに引きずり出されたが、再びもとの世界へと戻っていった。

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