めにゅうとじる

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未来日記~ま・み・むメルシーズ篇~

2020.5.13

INFO

Introduction


笑いは料理に似ている。
それはみんなが必要なもので、誰でもつくることができる。

問題はそれを商売にする時だ。
多くの人に美味しいと思ってもらうことが正義だとするなら、
ファミリーレストランの料理が、最高の料理である。
では、最高の料理人は「ファミレスの店員」ということか?

路地裏の小さな高級フレンチのシェフはどうだろう。
ミシュランに支持されていても、多くの人は、そこに店があることすら気付かない。
その場合シェフは、一流と言えるのだろうか?

どちらも正しい場合、あとは料理人本人がどうしたいか、ということでしかない。

お笑いコンビ、ま・み・むメルシーズ。
笑響芸能事務所イチ独創的なネタをつくる2人にとっての大きな課題はそこだった。
笑いは芸術じゃない。しかしオリジナリティは常に求められる。

独特の世界観を持つお笑いアーティスト、YU。
そして、どこまでもYUを信じ、時に支えるポジティブイケメン、奇跡。

求められるものとやりたいことの狭間で揺れる2人。

しかし2人はそれを、力を合わせて乗り越えていく。
これはそんなメルシーズが、
自分達にしかできない路線を見つけるまでの物語である―――。

第1章第2章第3章


第1章


第1話

石井奇跡とYU(由良悠斗)のコンビ、ま・み・むメルシーズ(以下メルシーズと表記)は、笑響芸能事務所の若手の中でも特にファンが多い。いかした外見、流行を取り入れている今感。そしてオシャレな芸風。事務所ライブを観に行けば必ず彼らのネタの虜になってしまうと言われ、社長の和田をはじめ、事務所のスタッフからも重宝される存在である。

そのネタを書いているのは元美大生のYU。枕を持ち歩き、常に眠そうにしている彼は、自分の創作以外のことには興味を示さない根っからのクリエイター。他とは圧倒的に違う感性で独自の視点からネタを切り取るその姿勢は芸人仲間からも評価されている。高名な建築家を母に持つ彼は、その影響からかイラストデザインのセンスもあり、社長の和田からライブの映像制作なども任されている。(そのため社長の和田とは仲が良い)そんなYUの相方は、YUとは真逆の性格の持ち主、石井奇跡。かつては元ヤンだったが、子供を笑顔にできる、そんな人間になりたいという理由でお笑いの道にのめりこむ。とにかくポジティブなナルシスト。良い奴である。

似ても似つかぬ2人がなぜ一緒にお笑いができるのか。その理由はYUと奇跡の、いわば「飼い主とペット」的関係性にあった。奇跡は、YUのつくるネタが大好き。YUのネタが他の芸人達と一味も二味も違うということを感覚で知っており、それがYUに対するリスペクトへつながっている(バイク職人だった父親とYUを重ねているという一面もある)。YUはYUでそれを嬉しく思っている。ネタ作りが行き詰った時も、奇跡がお腹を空かせたペットのようにYUのネタを楽しみに待ってくれていると思うと、がぜんやる気になる(奇跡が実家のゴールデンレトリバーに似ているというのもその理由の一つである)。YUもまた、奇跡を見て癒されたり、奇跡のために頑張ろうと思っている点で、それはペットに対する飼い主の感情に似ているのだ。

YUの書くネタを信じ切って奇跡が演じるコンビバランス…。そんな2人だが、意外にも事務所の外のライブではまだ注目されていない。というのも、外部のライブや賞レースに彼らが積極的に出ようとしないからである。YUのネタは独創的ではあるが、賞レース向きというわけではなかった。賞レースでは、ボケの数や分かりやすさも加味される。そこに寄せて戦略を練らないといけない。YUはそれが乗り気ではなかった。感性のままに自由にネタをつくってきたYU。可能性を賞レースによって狭めたくない、というのが彼の持論だ。相方の奇跡はYUを信頼しているが、YUの面白さをもっといろんな人に知って欲しいという思いはある。そんな中、社長の和田に呼び出される2人。所属5年目ということで、事務所制作で単独ライブをうってみないかという提案をされる。

第2話

初めての単独ライブ。ファンも多いし、きっとすぐに予約が埋まると踏んでいた2人。しかし奇跡はある日、社長に呼び出され深刻な事態を聞かされる。ライブハウスの大きさに対して、お客さんが全く埋まっていない。このままだとガラガラの状態で幕を開けることになってしまうと知った奇跡は、一人集客に躍起になる。奇跡はこれをYUに伝えなかった。はじめての単独ライブ。YUはネタを10本以上つくらなければならない。それを知っている奇跡は、YUに創作に没頭してほしかったのだ。(だからこそ和田も本来は仲の良いYUではなく奇跡だけにこの事実を伝えた)YUがネタ作りに集中できる環境をつくってやる、そしてその間、ライブの場が盛り上がるよう、集客面で努力をする。それが自分の役割だと思った奇跡は、知り合いに声をかけ、とにかくライブに来て下さいと懇願する。

第3話

迎えた初単独ライブは大成功。(これを観に来て感化され、俺もいつか単独やるぞ!となったのがグッドバッティングの春山)しかし、YUは後で、客がほぼ奇跡の知り合いだったと知りショックを受ける。それだけではない。無理をしてお客さんを呼んだ奇跡が、一部チケット代をかぶっていたことが判明(要するに、タダ券を乱発し、その分のお金を奇跡が払っていた)。YUには心当たりがいっぱいあった…そういえば練習の時に奇跡がずいぶんげっそりしていた…奇跡はバイト代をチケット代にあてていたのだ。YUは、奇跡にそんな思いをさせてしまっていた自分が許せなかった。YUは奇跡に謝ると共に、ファンだけではライブができないほど自分達の認知度が低いと実感する。この日を境に、YUはメルシーズの知名度が上がるような戦略的なネタを考えなくてはいけない、と強く思うようになる。

第4話

事務所内の契約更新を決める不定期開催の中間審査ライブ。この事務所ライブで、YUは真剣に優勝を狙いに行く。しかし、残念ながら結果は2位。1位の後輩ハピネスコマンダーと大きく差をつけられる結果となった。しかしこれが逆にYUの創作欲にさらに火をつけた。YUは今までの方針を変え、もっと賞レース向けのネタを量産しようとする。近々開かれるコント全国大会。そこで優勝できるネタをつくる、と奇跡に言うYU。

奇跡はそれが嬉しくもあったが、どこかで不安も感じていた。どこかでYUが無理して言っているのではないかと思うからだ。

× × ×

実はメルシーズは過去に1度賞レースに出たことがあった。5年前の回想。奇跡がある日、服のテイストを変えようと初めて入る服屋に立ち寄った。その時のYUの接客態度に感動した奇跡は、次の日からその店で働くことを決める。それがYUと奇跡の出会いだった。
店員同士仲良くなるYUと奇跡。そんなある日、後輩の奇跡が勝手にYUの名前を書いて漫才の賞レースにエントリーしてしまった。彼らの初舞台は、なんと賞レースだったのだ。もちろんアマチュアでのエントリーだったが、このライブで2人は3回戦までコマを進めた。確実な手ごたえを感じる2人。しかし3回戦の審査員コメントは辛辣なものだった。「これは漫才ではない」こうして敗退した二人。以来彼らはコントをつくるようになった。実はこの賞レースが、今の事務所に入るきっかけにもなり、メルシーズの本格活動につながる第一歩だったわけだが、あの時の審査員の評価をいまだにYUは納得しておらず、それで彼は賞レースを毛嫌いするようになった。

× × ×

それから5年。お笑いの仕事は勿論YUも好きでやっていることだ。しかし奇跡は自分がYUをこの世界に引っ張ってきてしまったと感じている。そして何より奇跡は、とにかくYUが自由に書くネタが好きなのだ。だからこそ、YUがやりたいネタをできるだけ実現させてやりたい…そんな思いがあった。

第5話

結果は2人の想像以上に残酷だった。久しぶりに出場したコント全国大会で、メルシーズはまさかの1回戦敗退。(これは周りの芸人達も驚くほど意外な出来事だった)YUはただただショックを隠せない。奇跡は「やっぱり審査員の連中は分かってないなあ~!」とYUを元気づけようとするが、YUは同大会の再エントリーを奇跡に提案する。ネタだけでも書いてくるから、それを見て判断してほしい…と。

それから、思いつめたYUは、自分が絶対に守っていた睡眠時間を削ってまでネタを書くようになる。必死にネタを書き続けるYU。しかしそのネタを見た奇跡は、YUへの想いをぶつける。

奇跡「こんなネタ、YUのネタじゃない!」
YU「…」
奇跡「ずるいよ。自分で分かってるくせに」
YU「…今までと違うネタをやらないと広がらないんだよ」
奇跡「違う!結果なんてどうだっていい!
俺は…YUが生き生きしてないとダメなんだ!」
YU「…」

今のYUは生き生きしていない…たしかに奇跡の言う通りだった。YUは、いつのまにか自分の書くネタを楽しめなくなっていた。一回戦敗退という結果が彼を卑屈にさせ「きっと正解は自分の外にあるんだ」と思わせていたからだ。しかし実際は違った。YUがのびのび、自由な発想でネタを書いてこそ、メルシーズなのだ。それに気づかせてくれたのは奇跡だった。YUは、ネタをもう一度考え直すから、再エントリーしてみようと提案。奇跡は、YUが楽しんでそれをやるなら、勿論ついていくと言い、それを了承した。

YUは先輩で仲が良いまるおみすみのまると飲みに行く。まるおみすみのネタづくりはYUも参考にしたいところだった。YUはまると互いにネタの話で盛り上がる。まるおみすみは、観客を和ませ、一緒になって盛り上げるのが得意だった。YUはまるとの会話から、短尺ネタの場合、早めに客が笑いやすい状況をつくること(=「面白い」になる前の「楽しい」という雰囲気づくり)が大事なのではないかということに気付く。そのヒントはYUの中で、奇跡に言われたこととつながった。まずYUが楽しむ。そして、お客さんを楽しいという空気にさせる。それが必要なことだったのだとYUは気付いたのだ。それすらストイックに受け取りそうなYUにまるが笑って言う。

まる「楽しめない状況があったら、それを楽しむ努力が必要なのかもね…
   楽しいポイントを見つけるっていうかねー。
YUはほら、そんな見た目してストイックだからさ」
YU「楽しいポイントを見つける…ですか…」
まる「まあ、言うのは簡単なんだけど。僕達も今まるっと迷走中だし…あーあ」

YUはもう一度自分のネタを向き合うことにする。しかしその向き合い方は今までと少し違っていた。賞レースでのネタ作り。どうやってボケを詰め込むか、どうやってネタを盛り上げるかといった技術的なことを今までは考えてきた。しかしそれはニの次。YUはまず、どうやったらこのネタが楽しくなるか、を考えた。すると気楽な分、自由なアイデアがどんどん出てくるようになった。そうなってくると、短尺という制約の中でネタをつくるのもクリエイティブな作業なのだと思えるようになってくる。気が付けば、YU自身、楽しみながらネタをつくることができるようになっていた。

実はその頃奇跡も、仲の良かった後輩の小峰(あさやけレンジャーズ)と春山(グッドバッティング青春)の合同単独ライブの制作サポートなどをしていた。一生懸命もがく後輩たちの姿を見て感化され、YUともう一度賞レースに出ることへのモチベーションを高めていたのだ。YUが再び持ってきたネタを読んで奇跡は大笑い。その笑顔を見ただけでYUは満足だった。あとはどこまでこのネタでいけるか試すだけ…。2人は以前よりはるかに生き生きしていた。

第6話

ひとつだけ問題があったのは彼らのコンビ名である。実はこの大会、同じ芸名での再エントリーは禁止されており、2人はメルシーズの名前でエントリーすることができなかった。(一度ネタを書き直したため、再エントリー期間がずれこんだのである)そこで2人は、YUが趣味で描いていたイラストキャラクターの名前を借りて「ばってんにゃんこ」の名前でエントリーする。しかし!なんと2人は「ばってんにゃんこ」の名前で準決勝までコマを進めてしまう!準決勝というのはお笑い好きなら誰でもチェックするレベル。変な芸名でなんとなくエントリーしたことをここではじめて後悔する二人だった。

しかし…2人は同時に、自分達が賞レースの舞台でもここまでいけるんだということを実感していた。今度はメルシーズの名前で出よう。そう誓う2人だった。

第1章第3章


第2章


第7話

賞レースで準決勝まで進んでしまった「ばってんにゃんこ」。この名はもともとYUの描いたイラストの名前である。ヘンテコな名前ではあるが、その名で出場した賞レースの戦績が良かったため、この名前は2人にとって縁起が良いものになった。

そんなある日、SNS上で事件が。「このイラスト最近気に入ってまーす」――。ある人気モデルがインスタでYUのばってんにゃんこのイラストをたまたま投稿(実はこのきっかけをつくったのはまるおみすみの元相方の箱崎だった…)。その影響で、YUのイラストがバズりまくってしまったのである。突然のことにびっくりする2人。「このイラスト誰が描いたの?」とネットでまとめサイトが立ち上がり、すぐに2人の存在へとつながる。描いたYUは一躍ネット上で人気になってしまった。もともと子供のころから絵がうまく神童と呼ばれていたYU。生活費の足しになるなら…とはじめたイラストの仕事は徐々に増え、あれよあれよという間に、YUはイラストレーターの仕事で食べていけるようになってしまう。

第8話

自分の創作物を評価され、それを生業にしていきたいという願望が強いタイプだったYUにとって、イラストで食べていくというのも、そこまで彼のやりたいことからそれているわけではなかった。YUはかなり充実していた。しかしYUが気がかりだったのは奇跡のことだった。YUの多忙でコンビのライブ活動は極端に減った。奇跡はYUの個人活動を応援してくれてはいるが、YUはメルシーズで売れなければ奇跡にとってはマイナスになってしまうということを理解しており、その点で思い悩んでいた。

そんな折、YUは密かに奇跡がピンネタを書いて練習しているという噂を耳にする。YUはそんな話は奇跡から一度も聞いていなかった。奇跡に確認しに行くYU。しかし奇跡はしらを切り、そんなものつくっていないと言う。YUは怪しんで、奇跡を尾行してみる。

すると…やはり奇跡はYUに内緒でピンネタを練習していた。しかもそのクオリティは意外にも高く、むしろダンスやパントマイムなど動きの要素もあってメルシーズのコンビネタとはまた違う魅力を放っていた。YUはそれを観て、奇跡が解散して一人になった時のための準備をしているのだと確信する。

第9話

その後、素知らぬ顔で同じ話をしても、奇跡は何もやっていないとしらを切る。YUは、奇跡がYUに内緒でそういう活動をしていることが寂しかった。勿論ライブに出られない状況をつくっているのは申し訳ないが、自分だってコンビのことを考えて悩んでいるのだ。それを内緒で解散後の活動を思案しているなんて…。YUの不安は、次第にコンビ間のすれ違いにつながっていく。奇跡に冷たい態度をとるようになるYU。それに腹を立てる奇跡に、YUが本音でぶつかる。「自分だって解散した後のネタ勝手に考えてんじゃないか!」YUは自分が見たことを全て奇跡に言う。すると奇跡は顔を真っ赤にし、「人の後をつけるなんて最低だ!」と言って去って行ってしまう。それからしばらく、奇跡に会えない日々が続いた。言い過ぎた…と後悔するYU。そもそも自分が奇跡を放っておいてしまったからこんなことになったのだ。これからどうしよう…そう考えている時、YUは後輩のあさやけレンジャーズ小峰から連絡をもらう。(奇跡は小峰と大の仲良しで、しょっちゅう飲みに連れて行っていた)

小峰「奇跡さんは…YUさんと解散したいなんて思ってません」
YU「…?」

小峰の話によれば…奇跡は、YUと解散しようとしてピンネタの練習をしていたわけでは無かったのである。奇跡は、YU個人の仕事が忙しくなりメルシーズの活動が停滞してしまった時、自分の持っている武器が少ないということにあらためて気付いた。そして、それは徐々に「このままYUが忙しくなったらYUに捨てられるんじゃないか」という焦りに繋がっていった。そのため奇跡は、YUに見合う相方になるようにトレーニングをしていたのである。それを人知れずやってYUをびっくりさせてやりたいという思いが奇跡にはあったようで、それをYUに見られていたことが恥ずかしかったのだ。

YUも自分の仕事が忙しくなり、奇跡に対し負い目を感じていたため、奇跡の内緒の行動を誤解してしまったのである。YUは小峰に礼を言うと、再び奇跡と向き合って話した。奇跡は恥ずかしそうに言う。

奇跡「YUさ…昔、俺のこと犬みたいで好きだって言ってくれたじゃん?
   コンビの役割を考えた時にたしかにブレインはYUだよ?でも俺には何ができる?…って思っちゃったんだ」
YU「…」
奇跡「それで、パントマイムとかダンスとか習って、何か自分でもネタやったりして、動いてみようって…名犬にならなきゃいけないって思ったんだ。フランダースの犬みたいな」
YU「ごめん…そこまで考えてくれてたなんて思わなかった」
奇跡「それもきっと、今まで俺が何も考えずやってたからなんだ!
YUの役に立ちたいんだ!俺は名犬ラッシーになりたい!」
YU「奇跡…」

YUはほほ笑むと奇跡に言った。

YU「フランダースの犬はラッシーじゃない。パトラッシュだよ」

近々また開かれる全国コント大会。今年のMCはなんと満天!良い機会だ。2人は心を入れ替え、メルシーズのコントに打ち込むことを決意する。再び結果を出そう―――。

第10話

他のコンビがしてこなかった経験を生かして、更に独創的なネタを造ろうとやる気になるYU。イラストの仕事は半分に減らし、ネタを量産。自分のイラストの仕事を引き受けていたホームページに、動画コンテンツの欄を立ち上げ、メルシーズのネタ動画を配信し始める。奇跡のトレーニング?の成果もここでようやく発揮される。奇跡はパフォーマンスの幅が明らかに増え、YUはその動きから閃いたネタを書く。2人のネタはどんどん洗練されていった。コント全国大会の予選も次々勝ち上がっていく2人。準決勝進出。彼らは以前も1度準決勝に進出しているが、当時は別の芸名で勝ち上がってしまったため、純粋にメルシーズとして好成績をおさめたのはこの大会が最初だった。残念ながら決勝には届かず同大会MC、満天の2人にネタを見てもらうことは叶わなかったが、2人のやってきたことは確かに形になりつつあった。

第11話

YUのイラストのファンが、HPの動画コンテンツを見てメルシーズを知る。さらにコント大会準決勝の戦績もあって…2人のファンは以前とは比べ物にならない数になっていた。その芸術的なネタを生で見たいと言う声が多いことを受け、社長の和田は再び単独の開催を許可する。和田は2人に言う。「今までの全てをここで一つにしたものを見せてくれ。君たちの世界観の集大成を見たいんだ」

(注)なお、この頃YUの家には家出したハピネスコマンダーの明が転がり込んでいる。
  YUはこのことを和田に相談している。

× × ×

それから1か月後、とても芸人とは思えない唯一無二のおしゃれ単独ライブが幕を開けた。舞台美術は全てYUが手掛けており、その中でたった2人が様々なコントを披露する。和田含め、業界関係者からも評判が良く、ライブは成功と言ってよい出来栄えだった。

かつて集客で苦労した単独ライブを経験した2人だったが、今はそんなことは無い。回り道はしたが、できることの幅を増やし、見事やりたかった形の単独ライブを成功させることができたのである。自分たちの地道な努力によって着実に成果を出した2人。しかし、この後2人は、自分達だけではどうしようもない、大きな流れの中に呑み込まれていくことになる。

第1章第2章


第3章



第12話

2回目の単独ライブで、しっかりと成果を見せたメルシーズ。観に来ていたテレビ関係者から誘われた大型番組の新メンバーオーディションを受けてみることに。この番組は何年も続く人気番組で、今回新たな風を吹き込むというコンセプトのもと、新メンバーオーディションを行っていた。エントリー者多数の中2人は見事合格し、バラエティ番組の露出も増えていくことになった。(この時惜しいところまでいってダメだったのがあさやけレンジャーズ)

第13話

これ以来、2人はバラエティ番組に引っ張りだこになっていく。毎日のように入るロケ、収録、インタビュー…。2人は忙殺されていった。社長の和田も当初は2人のメディア露出に喜んだし、周りの芸人達も沸き立ったが、もともと彼らは独創的なネタこそが持ち味。徐々にネタを見る機会が減ることを心配する声もあった。

2人は芸人である。だから、そのゴールとして有名になるのは当然目標の一つだった。しかし、この番組はゴールデンの国民的番組。彼らが目指していたエッジの効いたお笑いというよりは、全世代的なお笑い番組だった。一番堪えられないのが番組内でコントをやらされる時であった。業界何十年というディレクターに、こういうことをしろ、と高圧的に指導され、結果出来上がったコントは100回こすられたようなベタなコントだった。間も最悪、既視感のあるキャラと冗長なやりとりを練習させられ、YUは疲弊しきっていった。メルシーズは顔が良い。若いイケメンのコント師ということで食いつかれたが、彼らのオリジナリティは無視。自分達の志とはかけ離れたことばかりをやらされる羽目になってしまったのである。

若いうちにレギュラーを持つとこうなる…2人は痛感していた。周りは育ててやるという恩をかさに、無理難題を強要するのである。彼らの口癖はこうだ。「君らのネタのオリジナリティなんかいらないんだよ。君らが有名になれば、君らが何をやっても価値がでるようになるんだ。それがタレントのゴールだろ?」

そんな中、新設のお笑い大会にエントリーする2人。とにかくネタをやって今までの感覚を取り戻したい…そんな思いだった。破竹の勢いで勝ち進むメルシーズ。しかし最終決戦で、ハピネスコマンダーに再び破れ、結果は2位。

第14話

2人がハピネスコマンダーに敗れたのは事務所内ライブに続く2回目。しかし不思議とYUに悔しさは無かった。この大会の優勝インタビューで、ハピネスコマンダーは父親が赤星大次郎であることをカミングアウトした。YUは、明が悩んでいたことも、赤星との関係のことも知っていたので、「彼らもここに来るまでにきっと色んな苦労があり、まっとうな努力をして優勝を勝ち取ったんだろうな…」としみじみ思う。そもそも1位2位にそこまで執着の無いYUは、そんな客観的な視点にたってしまうのだった。

YUの関心はむしろ、「自分達はこれからどうすべきか」ということだった。ずっと好きなお笑いをやってきた。それが結構評価されてきた。それをきっかけにテレビの仕事は増えた。しかし、それは自分たちの目指してたことだったのだろうか?自分の部屋の一角(かつてイラストの仕事をしていたころに使っていたデスクがそのままになっていて)その机の上に置かれた「ばってんにゃんこ」のステッカーを見て、YUは思い悩む。悩んでいたのは奇跡も同じだった。奇跡はYUのように難しいことは分からない。しかし奇跡は、YUが楽しくやれているかどうか、ということに関しては誰よりも先に気付くことができた。奇跡はのびのびやれているYUが好きなのだ。彼の苦しい姿など見たくはなかった。

ある日、奇跡はYUに話があるといって、一枚の用紙を持ってきた。

奇跡「これに、エントリーしてみないか?」

第15話

「20@@年国際ショートフィルムフェスティバル」短編の映像を投稿する世界規模の映像コンテストである。奇跡は、ここで俺達の笑いを具現化してみようとYUに提案した。
奇跡はこう続けた。俺達は自分達がつくったものに関しては自信を持って語ることができる…それなら、映像に自分達が出る時も自分でプロデュースしてみたらどうか、と。メルシーズは、舞台で自由にネタをつくることに関しては自信を持っていた。だから奇跡は、映像でも「作品」という形でYUの世界観を具現化させたいと思ったのだ。

ただし、国際コンテストである以上、言葉の壁を越えた、ある種ノンバーバルな映像作品を作らなければいけないという課題があった。それもきっと大丈夫だと奇跡は言う。

奇跡「ネタをつくってる奴らから言わせれば、YUのネタは玄人好みかもしれない。でも俺みたいな馬鹿だってYUのネタは面白いって思うししスゲーって思えるんだから!本当は幅広い層の人が笑えるものなんだよきっと!」

奇跡は、かつて元ヤン時代、バイクで事故を起こした過去があった。その時事故に巻き込んでしまった子供や、自分の弟を見て、子供が笑顔になれる、そんな芸人を目指した。その自分が、YUのネタを面白いと思っている。だからこそ奇跡は、YUのネタに、全世代的かつ普遍的な何かを感じているのだという。(もちろん奇跡はそんな小難しい言葉で説明できないのだが…)

YUは迷ったが、このような大胆な提案を奇跡の方からしてくれたことが嬉しかった。挑戦する価値を感じ、社長の和田に相談する。これに和田は快諾。和田は今まで事務所ライブの映像制作をYUに頼んできた。だから技術的な点はきっと大丈夫だろうと思われた。しかしそれ以上に和田が2人の申し出を快諾したのには他に理由があった。実は、メルシーズは以前とある番組の収録中、芸人達がつくった動画をみんなで見てみようというコーナーで注目を集めたことがあった。あのユーモアをもってすれば、きっといい映像を作れるだろう…そう和田は判断したのだ。

こうして、和田の許可の元、2人はショートフィルムの制作を開始する。主演は奇跡。全く芽が出ないストリートパフォーマーが寒空の下で夢をみる、という設定だった。夢の中で起こる幻想的なシーンの数々を、どうアナログで表現するかがテーマになった。制作といっても、高い機材が使えるわけではない。2人と数人の手伝いとでなんとか形にしなければならなかった。なかなか思うような絵が撮れない苦痛。しかし二人は以前よりもはるかに楽しくやれていた。YUは実感していた。お笑いのカテゴリーではないこの不慣れなジャンルで、自分が自信をもってやれているのは、自分がこの企画を楽しんでやれているから。そしてもう一つ―――。奇跡がいるからだ。

× × ×

その1か月後。2人の投稿したショートフィルムは見事、外国人審査員特別賞に輝いた。その独自のユーモアが他にない切り口だったと評価されたのだ。社長の和田に呼び出される2人。よくやったという称賛とともに、和田は2人に提案をする。

和田「それで…どうする?」

この質問の意味を、2人も分かっていた。

第16話

笑響芸能事務所はメルシーズの売り方を大きく路線転換した。今までのようにバラエティに出るひな壇芸人ではない。YUはその独特な視点を生かして、ショートドラマの脚本などの依頼を受けるようになる。基本は「笑い」を軸に置く作品ばかりだが、違うメディアでの取り組みは、YUの世界観を広げる訓練にもなった。もちろんイラストレーターとしての仕事もこなす。芸術家でもバラエティタレントでもない独自の芸人の路線に、YUは進みつつあった。一方奇跡には、役者の仕事が徐々に来るようになった。まだ若手だが、これからどんどん仕事も増えていくだろう。
2人がテレビに揃って出ることは減っていった。しかし2人の結束は強かった。いや、今までの様々な出来事で、お互いの大切さを強く感じたからこそ、個人の仕事も力強くできるようになったのだ。年1回のペースで開くコントの単独ライブには、「2人のコントが観られるのは劇場だけ!」というふれこみの元、沢山のファンが集まる。数年後は全国ツアーの実現を…!それを夢見て2人は今日も各々の仕事をこなす。テレビで2人のネタを見ることはなくなったが、2人は紛れもなく、自分達の道を開拓しつつあった。

メルシーズが今後どうなっていくか、それは2人自身もまだ分からない。ただ最終的に15年後くらいに、劇場界でチケット速完のコメディアンになり、YU脚本のドラマに奇跡が出演し、あるいは2人で『できるかな』みたいな番組をずっとやれていたりしたら…それが一番幸せなことなんじゃないかと、今の2人はそう思っている。

結成秘話キャラクター情報