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未来日記~まるおみすみ篇~
2020.5.13
INFO
Introduction
これは、とあるお笑い芸人のコンビが、失踪した元相方を探す物語である。
まるおみすみ。2人は今、大きな壁にぶち当たっていた。
流行るネタ、キャッチ―なリズム、覚えやすいフレーズ…
徹底的にお客さんと一体になって盛り上げたいという自分達のポリシーが、
彼ら自身に課せられた厳しい試練となっていたのである。
そんな時、2人は考える。
こういう時…アイツならどうしていたのか――。
実は、まるおみすみは元トリオ。
早々にして辞めた元相方、箱崎は、3人の中で最もお笑いスペックが高い、
天才と言われた男だった。
しかし箱崎は突如として脱退を宣言。
2人の前から姿を消した―――。
いったい箱崎は今どうしているのか?
アイツなら、俺達の停滞した今を見て何と言うだろう?
2人の思いは徐々に膨らんでいく。
やがて、そんな3人が再会を果たす。
5年ぶりの再会。
3人が出した、新しい結論とは―――。
第1章
第1話
丸尾円雄(まる)と三角隆(三角)。彼らは大学の軽音部で出会った同級生コンビだ。他コンビと比べ、歌ネタのストックが多いのは、彼らが元軽音部だからである(普通のネタもある)。まるは女の子っぽい服装とかわいい顔、良く言う口癖は「まるっとね!」…そのくせ性格は意外と勝ち気で思ったことはズバズバ言うタイプだ。一方、相方の三角はまるとは正反対。彼は一見怖そうに見えるが実は温厚、人見知りで無欲、とにかく寡黙な男だ。ネタ作りは、大枠をまるが作り、細かいボケを三角が考える共同作業スタイル。他のコンビと比べると、たいてい芸にストイックな方がセンス担当でボケを考えるパターンが多い中、まるおみすみは、芸にストイックなのはまるだが、細かいボケを考えるセンス担当が三角となっている。まるは根がツッコミ気質で、しっかりした考え方の持ち主だが、その分飛躍したボケを考えるのは得意ではない。対する三角は自分で面白いボケを考え付くことができても、それを自分一人で楽しむようなタイプの人間であり、周囲にひけらかそうとはしない。(ちなみに自分のボケがすべったりして傷心すると鍾乳洞へ行くという癖がある。文字通り「穴があったら入りたい」男。打たれ強いタイプではないのだ)それゆえ、その光るセンスを買っているまるがそのボケをもとに全体を構成しネタをつくるのだ。まるは三角の考えるボケが好きだが、それ以上に、軽音部の頃からまるは三角を人として慕っており、三角もそれを嬉しく思っている。笑響芸能事務所の若手班の中であっても、2人は所属6年目。そろそろ風穴を開けたいともがいており、色んなネタにトライしている真っただ中だ。そんな2人がここ1、2年特に焦り始めている理由が2つあった。1つは、近年できた新しい大会、「歌・リズムネタグランプリ」の開催である。歌ネタをやっているからにはこの大会でなんとしても爪痕を残さなければというプレッシャーが2人にかかっていた。そしてもう1つの理由、それはここ数年の歌ネタ・リズムネタに対する、飛躍的な認知度の上昇だった。今や素人でさえ曲やネタをつくれる時代。SNS上でバズるチャンスが万人に与えられる時代になってしまった。かつては漫才、コントの合間を縫ってこのような芸をやっているということ自体が業界内で需要があったが、今はもっとシビアである。さらに高いクオリティが芸人には求められるのだった。
第2話
事務所内での若手班の競争も激しくなっていた。今年鮮烈なデビューを果たした新人、あさやけレンジャーズ。他にも実力をつけてきている若手はたくさんいる。まるおみすみは後輩たちからリスペクトされている存在。しかし他ならぬ2人自身が、スランプに陥り始めていることを感じていた。そのスランプとは――。そう。2人は自分達のネタに飽きてきてしまっていたのである。彼らは当然ながらネタ音源は全て手作り。(売れてから著作権問題でモメる、そんな情けない様は見せたくないというのが口癖だった)しかしそれを量産すればするほど、当然既視感のあるものも多くなるのだった。歌ネタの楽曲づくりもネタと一緒で、フレーズやキャッチ―なメロディーは三角がギターでつくり、まるが打ち込みによって曲を構成するスタイルなのだが、ここ最近三角のモチベーションが下がり、作る曲作る曲、そのメロディーが全部最終的にグッドバッティング青春の出囃子に使われている『サバ4で3バ』になるという謎現象が起こりはじめる。三角はスランプに陥ったのだ。まるは三角のことを心配するようになる。そして今はできるだけ三角の負担を減らし、一人でネタを考えるようにするのだが、とはいえ細かなボケを思いつく力は三角の方が長けているため、まる一人の力では満足いくネタにはならない。悩むまる。
そんな悩みが露骨に表面に出てしまったのか、事務所の契約更新を決める中間審査ライブでも結果は奮わない。既に事務所内のファンもある程度出来ているため、最悪の結果は免れたが、一時期より確実に低迷しているのは明らかだった。社長の和田も2人を心配する。
和田「君たちが君たち自身に飽きてきていないかい?自分の中に目を向けて頭を悩ませるのはやめて、いったん外に目を向けて色々吸収してみよう」
第3話
このライブの結果を受け、三角は無気力になっていった。もともと三角には、上昇志向が無い。思いつく時に面白いことを考えたい…そんなのんびりした性格。そして彼は、その性格が故に自由な発想でボケを生み出してきた。いわば放し飼いでこそ力を発揮するタイプなのだ。芸人の中にはプレッシャーを与えられてこそ成長する者もいる。しかし三角はそうではない。三角にとって、追い込まれたこの状況はストレスでしかなかった。「そこまでして、なぜ俺は面白いことを考えなければいけないのだろう…」三角は根本的な部分でお笑いの活動から離れはじめてしまっていた。 それを見て更にまるは焦った。「歌ネタ・リズムネタグランプリ」予選が近づく中、新ネタもつくらねばならない…。しかし三角の性格を知っているまるは、この状態で三角に過度な練習を強いても状況が好転しないことを分かっていたため、結果として自分一人の力で引き続き頑張ろうとしてしまい、他の芸風に手を付け始めようとする。それがさらに悪循環を招く。まるもまた、ネタ作りノイローゼになっていくのだった。第4話
そんな時、まると悩みを分かち合ってくれたのはま・み・む・メルシーズのYU(以下メルシーズ)だった。YUも近頃賞レース対策のネタ作りに意欲的で、まるおみすみのネタ作りの話を参考にしたがっていたのである。まるもYUと話をしていると気が楽になる。共通の価値観を持つ2人は、いつか合同ユニットライブをしよう、などと言って盛り上がる。 一方三角は、休暇をもらってある場所に来ていた。いつもの彼なら、こんな落ち込んでいる時は決まって鍾乳洞へいくだろう。しかし今日彼が訪れたのは鍾乳洞ではなく都内某所アパート。ここは、三角にとって大事な場所だった。アパートの前に立ち、思いを馳せる三角。声が聞こえる。「まる、三角。これ、出てみないか!」× × ×
6年前の回想。まると三角の前でチラシを広げ、エントリーしてみないかともちかける一人の青年がいる。箱崎真人。実は、まるおみすみは結成当初は「まるさんかくしかく」という3人組だったのだ。
箱崎「学生お笑いコンテスト!!」
まる「賞金が出るんだね…」
箱崎「それも15万!やばくね!」
三角「ネタは…どうするんだ?」
箱崎「つくるんだよ!俺達なら絶対いける!(ニっと笑って)」
× × ×
三角は「箱崎」と書かれたポストの前に立っている。三角は元相方を久しぶりに訪ねていたのだった。しかしポストの中にはいっぱいのチラシ。様子を見に来た大家からある事実を聞かされる三角。「箱崎君なら先月出てったよ」ポストから葉書が一枚落ちる。箱崎の実家から届いたポストカードだった。湘南。ここからそう遠くはない。カードを手にし、三角は湘南に向かう。
第5話
旅の道中で、一人考える三角。自分はなぜ箱崎に会いたがっているのだろう…自分でもはっきりとは良く分からない。しかし、自分のスランプから逃げ出したくなって、気付けば箱崎のアパートを訪ねていた。それは、お笑いという未知なる世界に自分を連れて行ってくれたのが他ならぬ箱崎だったからなのかもしれない。箱崎真人。三角は今でも憶えている…彼のお笑い戦闘力の高さを。箱崎がお笑いを続けていたら、間違いなく売れていただろう。ネタもトークも完璧。その明るいキャラクターにイケメンフェイス…若手が売れる全ての要素を箱崎は兼ね備えていた。トリオ「まるさんかくしかく」は当時の学生お笑いコンテストで見事優勝。当時の大会審査員長、赤星大次郎の推薦もあって、笑響芸能事務所に所属する。誰もが夢見たスター街道…そうなるはずだった。
しかし半年後、箱崎は突然芸人をやめると言い出し、一人脱退した。まると三角が残されたのだ。その時点で解散という選択肢もあった。しかし社長の和田の薦めもあり、他にやりたいことも無かった二人はなんとなく2人で走り出した。すると周囲はことのほか高評価でコンビの活動は周りはじめ……そして、今に至る。こうして振り返ると、三角は自分が箱崎について来てお笑いの世界に入っただけなのだということを痛切に感じていた。今までは上手くいっていたから、なんとなくこのまま行けると思ってしまっていた。だからこのように壁にぶつかったことで、それまで芸人としてどうしたいかという目的を持っていなかったことにはたと気付いたのだ。そしてそれと同時に三角は、こんな自分を箱崎がどう思うか聞いてみたくなった。箱崎はトリオではリーダー的存在だった。三角は箱崎に会えば、きっと答えを教えてくれるのではないか…漠然とそう感じていた。
箱崎の実家。箱崎の母が出る。しかし母親も、彼の所在が分からないという。家族は彼が東京で暮らしていると思っていたのだ。「すぐふらっとどこかにいなくなって戻ってくる子だったからねえ…きっと帰ってくるわよ」と、あまり気にも留めない家族。
湘南の海を眺めながら、ぼーっと考える三角。箱崎は今どこにいるのだろう…。
近くから聴こえる屋台の音楽に耳を傾けながら考えていると、心の中で箱崎の声が聞こえた気がした。
箱崎 「三角。俺のことはいいから東京に帰れ」
三角「箱崎、俺、分かんなくなったんだ。どうしてお笑いやってるのか。どうして続けていかなきゃいけないのか…」
箱崎 「お前はこれまで頑張って来た。だったら、自分が何でこれまで頑張ってこれたのかを考えてみればいい。答えは三角、お前の中にしかないぞ」
そう言って箱崎の声は消えた。
第6話
結局箱崎とは会えなかった。屋台の変な音楽が耳にこびりついて離れない。せっかくなのでそこで飯も食ってしまった。気前の良い主人と寡黙な奥さんが2人でやっていた。三角「どうしてこんな人通りの少ないところでお店をやってるんですか?」
主人 「別にみんなに食ってもらいたくてやってるわけじゃねえよ。生活できりゃ十分」
三角「いや…こんなに美味しいのにもったいないなって」
主人 「いいんだよ。俺は。こいつが旨いって言ってくれっから」
奥さんを指して主人が明るく笑った。
三角「………」
× × ×
後日。三角は久しぶりにグッドバッティング青春の武島と会い、飲んだ。2人はしょっちゅうではないが、たまに2人でサシ飲みをする仲。そこで三角は意外なことを知る。
武島「俺びっくりしたんですよ。まるさんがあんなに怒ってるところみたことなくて」
それは1年ほど前のあるライブでの出来事だった。三角がネタ後の企画に出演した際、何を言っても滑る流れの中強引にボケを強要され、滑らされた経験があった。あの後、三角は知らなかったのだが、まるはそのボケを振った先輩芸人にくってかかったのだという。
武島「上下関係厳しいまるさんが先輩にあんなに怒るところ見たことなかったです…
三角さん、まるさん、本当に三角さんが好きなんすよ」
そうだ。どうしてこんなシンプルなことに気付かなかったのか。今まで自分は、好きにボケを考え、好きに演じてきた。でもその場をつくってくれたのは、他ならぬ相方のまるだ。ここまで頑張ってこれたのはまるがいてくれたから。だとしたら…三角はやる気を取り戻した。だとしたら、まるのためなら、俺は頑張れる―――。あの時の屋台の主人の顔を思い浮かべながら、三角はそう確信した。
第7話
三角は、まるに連絡をとった。このころまるは一人でネタを書きすぎて完全にパンク状態になっていた。三角「俺なら大丈夫だ。ごめんまる。一緒にネタ考えよう」
まる「…。三角…」
まるはこれまでのネタ帳を見せた。すると、三角の頭の中にメロディーが流れ込んでくる。そう。あの時屋台から流れていたリズムが、この時まるの書いていたネタにぴったりと合致したのだった。そのリズムをベースに音を作り、オリジナルの音源を完成。ついにまるおみすみは新ネタを完成させた。
そしてついに…。迎えた「歌・リズムネタクランプリ」。まるおみすみは並みいる強豪を押しのけ、決勝戦10組に選ばれ、注目を集めることに。決勝戦の結果は4位とまずまずの出来栄え。しかし、おかげで仕事も増え、霧の中を抜けたような感覚を2人は感じていた。
三角「俺がいない間、一人でネタ書いてくれてありがとう。まる」
まる 「…急にどうしたの。悩みが解決したのは良かったけど」
三角「箱崎が大事なことに気付かせてくれたんだ」
まる 「……箱崎………」
三角の何気なく言ったこの一言で、まるは少し複雑な気持ちになる。
第2章
第8話
「歌・リズムネタグランプリ」で一躍話題になったまるおみすみ。テレビの露出も増えた。どこかの居酒屋の隅の小さいテレビで見ているひとりの男の後ろ姿がある―――。× × ×
仕事も増え順調なまるおみすみ。だが、三角はどこかで、やはり箱崎に会いたいと思っている。それは以前のような精神的な甘えからくるものではない。むしろ立派になった自分達を見て欲しい、そんな誇らしげな気持ちがあったのだ。三角は、仕事の合間を縫って遠出をし、箱崎の居場所を密かに調べていた。まるには内緒にした。まるには心配をかけたくなかったのだった。
三角は、大学時代の同期に色々聞き込みを開始する。徳島県の友達の家に箱崎が居候しているという情報を手にする三角。そこまで行ってみる。写真を見せて村の人に聞き込み。そこで、似たような青年が包丁職人に弟子入りしたという話を耳にする。その包丁職人を訪ねる三角。しかしどうやらその弟子は長く続かず、師匠のもとを出て行ってしまったのだという。怪しげに包丁を研ぐ師匠「どうやらな…1本だけ店の出刃包丁が無くなってやがった…あいつに盗まれたらしいんだよ…なんも無ければいいけどな…」
唾をごくりと飲む三角であった…。
第9話
唐突に火サスの様相を呈してきた三角の箱崎捜索。とはいえ、三角も長期的に捜索はできない。三角は別に刑事では無いのだし、あくまでも彼らの拠点は東京なのだ。三角はどこまで遠くに行っても、その日のうちには東京に戻ってきていた。しかし、三角が内緒で何かをしていることを、相方のまるは見抜いていた。ある時まるは三角の鞄の中に入っていた箱崎調査記録を見てしまう。三角を問い詰めるまる。三角は正直に白状した。自分が箱崎の居所を密かに探していたことを。まる「三角、お前どんだけ箱崎のこと好きなんだ」
三角「違うんだよまる。あいつと全然連絡つかないから、ちょっと気になってさ…
そしたら調べれば調べるほど、あいつがどこにいるか分からないんだ」
まる「…とにかく、もう箱崎のことは良いじゃん。あいつは芸人辞めたんだ。どこにいたってあいつの勝手だし、ぼく達には関係ない!」
三角「まる。箱崎がいなければ、俺達はこの世界(お笑い界)にはいなかった」
まる 「……」
三角「でもまる。俺はもう、箱崎に甘えたくて箱崎を探してるんじゃない。
今だからこそ、箱崎に俺達を見てもらいたかったんだ。それに」
まる 「…それに?」
三角「まるだって箱崎に会いたいから、そんなに怒るんだろ?ていうか…まるの方が気になってるんじゃないか?箱崎のこと」
まる 「……」
まるの脳裏に6年前の映像がよぎる。
第10話
過去の回想。まると箱崎がファミレスのテーブル席に座っている。三角はいない。まる「脱退?なんで」
そう。箱崎はまると脱退の件を話していたのである。
箱崎「もう決めたことだから。俺達3人でやっていくと、きっと途中までは上手くいくと思うんだ。でもな」
まる「……」
箱崎「いや、客観的に見てそう思うってだけだ。まると三角が2人でやった方が売れる気がするんだよ。バランス的にさ」
まる「なんやそれ!自分勝手すぎるやろ!」
まる、立ち上がり、箱崎につかみかかる。
まる「いっつもだ…なんでそうやって先に自分で結論を出そうとすんだよ!」
× × ×
箱崎は、まると三角に「お前ら2人の方が上手くいく」と言って2人のもとを離れた。しかし、この提案の全てを当初まるは拒絶した。まるは箱崎の態度が気に入らなかったのだ。昔からそうだった。なんでも全て理解しきったように話す箱崎。しかしその予想はたいてい当たる。まさに彼は完全無欠のお笑いスーパーコンピューター。まるはそんな箱崎が好きで尊敬していた。しかし、箱崎は的確過ぎるがゆえに全て自分で出来てしまう男であり、独断で判断することが多かった。それがまるは嫌だった。自分達は信頼されていない、そんな気もした。箱崎と一緒にいると、自分たちが箱崎に何も返せていない…そんな焦りを感じてしまうのである。その焦りはまるの中で徐々に不満へと変わっていった。どうして箱崎は俺達の声を聞いてくれないんだ。一体なぜ…。
そんな中、ある日突然、お笑いスーパーコンピューター箱崎は、同じように精密な計算のもと、自分がこのトリオに必要無いという計算をはじき出し、あっという間に2人の間から姿を消した。許せなかった。僕達が追い付けないのは分かってる。だけど勝手にやめるなんて…。無視されたような屈辱感がまるにはあった。それから、これからは僕達2人で頑張らなければいけないんだ、とも思った。まるは今まで以上にしっかりしようとした。箱崎を頼りにしていたのは三角も同じだ。であるならば、三角が自由にボケをつくれるように、箱崎のポジションを自分がやってやらねばと言う思いがまるにはあった。それ以来…まるは箱崎がいなくなって、三角を心配させないように、今まで以上にがむしゃらに芸を磨いて来た。
そしてそれから5年、たしかに売れ始めてきているまるおみすみ。やはりこれも箱崎の言う通りだったというわけだ。これをあいつはどう感じているのか。一体箱崎、君は今どこにいるんだ―――。今の僕達を、どう思っている?―――。
三角に気持ちを言い当てられたまるは、正直に自分も箱崎の捜索に混ぜてほしい、と素直な思いを打ち明けた。
第11話
まると三角の「箱崎訪ねて3千里」が始まった。包丁職人の家に再び行くと、包丁を持って行った弟子は帰って来たという。弟子に会う2人。その男は似ても箱崎に似ても似つかぬ好青年。箱崎ではなかったのだ。一安心…。しかしこれで捜索は振り出しに戻ってしまう。他にも色んなつてと目撃情報をたどるが、皆似ているが違う人ばかり。箱崎はどこに行ったのか、会えなければ会えないほど気になるものだ。逆に、箱崎も2人に見つからないように場所を転々としてるんじゃないか…そう思えるほど箱崎の足取りはつかめなかった。暗礁に乗り上げた箱崎捜索だったが、ここで大きな進展が。
それは、東京の芸人仲間と一緒にテレビを見ていた時のことだ。ゴールデンの大型クイズ番組。グラシッククラシック浅宮が出演するクイズ番組を、番組を降ろされた悲しき相方、関崎と仲間の芸人達が見ていた時のことである。資料VTRの農家の青年の中に―――。見覚えのある男が―――!
まる&三角「ああああああ!」
関崎「ああああああああああ!」(ああああの嘆きの種類が違う。)
途端に店を出ていくまるおみすみ。徳島県の農家に、箱崎はいた。
第12話
二人は番組のデータを頼りに徳島県の該当の農家にたどり着いた。そこでは期間限定で若者のボランティアを募集し、数人の男女が働いていた。その中に見覚えのある青年が。 近づくまると三角。青年が振り向く。間違いない。青年はきょとんとした顔をした後、顔を輝かせこう言った。箱崎「…あれ…?ん…?おー!!久しぶりー!!」
2人に久しぶりに会ったことに対し全く動じない変わらぬ明るさ。笑顔で手を振る。
箱崎「元気かよー!変わってないなー!あ、テレビ見てるよ~売れてんじゃん!」
逆に拍子抜けしてしまう2人。しかしこのリアクションはまさに箱崎そのものだった。
× × ×
箱崎は全国各地の色んなボランティアを回っていた途中だったのだという。見分を広めたいというのが理由だったんだとか。
箱崎「じゃあ久しぶりに…お笑いの話でもしちゃうか!」
まる「…」
箱崎は自分が止まっている民宿の部屋に2人を招待し、お笑い談義を始めた。箱崎の口から飛び出す、最新お笑い考察。それは5年間のブランクを感じさせない程洗練されている。圧倒的な分析力。しかし2人はそれに懐かしさを憶える。あの頃と一緒だ。しかしまるは久々の箱崎を前にして、あの頃感じたモヤモヤを再び実感していた。
第3章
第13話
箱崎はいったい今まで何をしていたのか。彼は脱退後、大企業で敏腕商社マンとして働いていたが、その後退社。転職を考えていたのだが、最近まとまった金を手に入れたので、これはいいチャンスだと思い、転職の時期を1年ずらし、バックパックやボランティアを精力的に活動していたのだ。以下、箱崎の旅の途中であったさまざまなエピソードを積んでいく。× × ×
とある大型クイズ番組に出演する箱崎。「1000万円を手に入れたのは・・・こいつだーー!!」優勝して1000万円をもらっている箱崎。(これが、ハピネスコマンダーの第一クール最後で行われた若手芸人参加の大型クイズ番組。素人のエントリーも可能だった)
× × ×
海外にいた時のこと。海外の友人に日本の文化を紹介する箱崎。「最近僕、このイラストにはまってるんだよね」と言う。それを見た外人たちが大喜び。知り合いの日本人のモデルに聞いてみる。その日本人モデルもイラストのことを知らず、大喜び。これをSNSにアップする。これでこのイラストが日本で大流行した(YUの「ばってんにゃんこ」)
× × ×
またある時国内で。路地裏で一人うなだれる青年にジュースをおごってやる箱崎。
(放送作家岡沢のイベントを出て行ってうなだれるあさやけレンジャーズ小峰)
× × ×
最近は、都内某所の居酒屋の再建を頼まれ、仕事では無いが相談に乗っているという。どうやらもともと「海の家居酒屋」と言うコンセプトだったが、冬場の客入れが乏しく経営破綻したらしい。(これがグッドバッティング武島のバイト先)
× × ×
農家のテレビ取材を受けている箱崎のボランティアチーム
(先のクイズ番組/グラシッククラシック)
色んなことがあった。「でもここまで俺をアクティブにさせたのは、まると三角の2人のおかげでもあるんだ」と語る箱崎。彼はまると三角が元気にやっていて、「歌ネタ・リズムネタグランプリ」で活躍したのを見て、勇気をもらったのだと明るく言ってみせた。
(※第2章冒頭の居酒屋のシーン)
まる「それだけ…?」
まるが突如口を開いた。
まる「昔とはいえ…元相方に、そんな薄っぺらい感想言われたくない」
三角「おい…まる」
箱崎「…」
まる「箱崎…。頼みがある。もう一回、ぼく達とネタをやってくれ」
三角「!」
箱崎「?」
まる「ぼく達はあの頃とは違う。経験もある。それなりにスキルも磨いたつもり。
だから3人でもう一回「まるさんかくしかく」でネタをやりたい」
三角「……」
まる「今度単独をやるから。そこでネタをやってほしい。一回でいい」
自分で発した言葉で、まるはようやく、なぜ自分が箱崎に会いたかったのかを理解した。
まるはこれまで、箱崎に追いつけなかった自分にコンプレックスを感じていた。それを克服したくて、まるはずっとどこかで、また3人でやりたいと思っていたのである。
第14話
箱崎「何言ってんだよ。やらないよ。笑」箱崎の返答は早かった。どうして…?そう聞くまるに箱崎は話し始めた。6年前から今まで、自分のお笑いに対する情熱は変わっていない。だが、学生お笑い大会に出演し、優勝した際に、大会審査員長の赤星に、箱崎はこんなことを言われた。
赤星「いやあ、君は多才やなあ。一人でなんでもできるタイプや」
箱崎は、この言葉の意味を考えたのだという。
箱崎「赤星さんはとても頭の良い人だ。なんでトリオで優勝した俺に、こんな言葉をかけたのか…よく考えてみたんだ。そしたら意味が分かった。赤星さんは俺の欠点を指摘してくれたんだ」
箱崎は悟ったという。自分の隙の無い性格が、芸人の本質から一番かけ離れていることに。
箱崎「分かってる。それすら俺の独りよがりの判断だよ?だけど、多分俺にはやらなきゃいけないことが他にあるんだよ」
まる「…」
箱崎「ていうか、さっきお前達が俺を探してくれてた話を聞いて思ったけどさ…いや人違い多すぎだから!笑 やっぱり俺に似てる奴っていっぱいいるんだよ、結局。でも、お前らは一目でわかった。畑で遠くから見ててもお前らだって分かったんだ。
だから芸人としてやっていくべきなのはお前らなんだよ」
まるは悔しかった。また箱崎に言いくるめられそうになる。いつもそうだ。
まる「それでも一緒にやってみたいんや。頼む!一回でええ。
トリオのリズム芸も考えてきた。だからもう一回、一緒にやってくれへんか!」
箱崎「だーかーらー」
まる「うんと言うまで、ぼく達は東京に帰らへん!」
と言って部屋を出ていくまる。まるは意地になっていた。この数年に及ぶ大きなコンプレックスを解消したい、そんな思いだった。それを黙って見ていた三角。三角にも、まるの気持ちは痛いほど分かった。まるは一回だけ3人のネタをやろうと言ったが、それがうまくいけば…。まるがゆくゆくはトリオの再結成を期待していることは明らかだった。三角はたった今まるが見せた必死な表情を思い出し困惑する。箱崎をリスペクトしていたのは自分も同じだ。箱崎を入れれば、きっとうまくいくだろう。しかし…それで良いのか?何かが違う…言いようもない感情が三角を襲う。すると、葛藤する三角に、箱崎が言った。
箱崎「まるは…あいつは、結局甘えん坊なところがあるんだよな」
三角「…」
箱崎「やめた俺が言うことじゃあ無いけどさ…
三角、まるを頼む。あいつを安心させてやれるのは、お前しかいないんだ」
三角「…」
第15話
数日後の東京。まるおみすみの単独ライブ開催が正式に発表された。まるは社長の和田に、箱崎のことを伝える。単独ライブの最後のネタで、箱崎を呼びトリオのネタをやりたい、そして、もしそれがうまくいけば、正式にトリオを再結成したいと。しかし三角には、本当に箱崎を入れてトリオで再スタートするべきなのかどうかは分からなかった。三角「まる。箱崎とネタをやるのは良い。でも…トリオをまた組むのは、違う気がする。
うまく言えないけど…」
まる 「…それでもぼくは、あいつとネタをやりたいんや…」
三角「それはまる…意地になってるだけだ」
まる 「……」
三角「まる…何でも一人で抱えないでくれよ」
まる 「…。…ありがとう」
三角「……」
× × ×
一方、ここはとある港町。箱崎は農家のボランティアも終え、一人気持ちを整理させるため、またふらふら旅をしていたのだ。やはりトリオに戻るかどうか、箱崎も悩んでいたのだ。
ザザー。波の音。箱崎は昔素潜りの大会で世界チャンピオンになったことがある。箱崎の父親は豪快な男だった。「いいか真人!海はなんでも正直に教えてくれる。困ったら何も考えず海に潜れ。そうすりゃ答えが見つかるってもんさ」崖から海を見下ろす。もう一度、お笑いの世界に入るべきか、否か―――。シャツを脱ぐ。まるでこれから飛び込む海が、お笑い界であるかのように感じる。目を閉じる箱崎。今は何も考えず、飛び込んでみるか――。ダイブする箱崎。ザブーン!
海は深く深く広がっている。深い世界だ。行けるか。より深く。行けるかも…いや…行ける!
しかし、その時だった―――。箱崎の手を引っ張る者が!振り返る。なんと一人の男が箱崎の手を引っ張り上昇していく。誰だ!顔は良く見えない。ただし!ただただ泳ぎ方が気持ち悪い!人?まさか化け物!?箱崎は軽くパニックになる。待ってくれ!もっと深いところに行かせてくれ…!
× × ×
箱崎「もうちょっといきたかったのに…(海深く)」
男「いっちゃだめだ!」
男は箱崎が身投げをしたと思ったらしい。その純粋な瞳にやれやれと頭を抱える箱崎。
しかし、その男は箱崎のことを知っていて、兼ねてからの大ファンだというのである。箱崎は以前甲子園で優勝経験があり、その世代で知らない人はいない程の有名な高校球児だった。男は「自分も昔野球部で、そんな箱崎にずっと憧れていた」と言う。男の顔は、憧れの人の命を救えた喜びで満ちており、箱崎は本当のことが言えず、ただただ苦笑い。しかも!その男はつい先日まで芸人をやっていたと言うでは無いか。箱崎はその男のことは何も知らなかったが「今僕の命を救ってくれたように、笑いで多くの人を救ってあげてください」優しくそう言った。すると男は目を爛々と輝かせ、まるで大きなコンプレックスを解消したかのようにエネルギーを全身にみなぎらせ、「ありがとうございます!」そういって去って行った。(=この時の男がグッドバッティング青春の武島である)その後、箱崎はぽつりと笑いながら呟く。
箱崎「ははは…ちょっと心配になるけど、くだらなくて面白い…芸人になるべきなのは彼みたいな魅力がある奴じゃないとね…」
その後、箱崎は海を見て決心を固める。
箱崎「やっぱ俺じゃあ、これ以上深くにはいけないな…笑」
× × ×
そして迎えたライブ当日。箱崎は会場へやってきた。今や世間でも人気のお笑いコンビとなったまるおみすみ。爆笑のネタが続いていく。そして最後のネタが終わり、ライブも大成功…と思われたその時、まると三角がまだもう一ネタあると言い出した。どよめく会場。
今までのまるおみすみの経緯と、かつて3人組だったことを明かしたのち、サプライズで箱崎を呼ぶまる。みんなの視線を浴びながら箱崎が立ち上がる。
第16話
ちょっと恥ずかしそうな仕草を浮かべつつ、しかし拒否することもなく箱崎はステージにあがる。やはりここまでまるが振った上で断ったらエンタメ的に台無しになると判断したのだろう。腹をくくった箱崎が、まるおみすみの代表ネタの3人バージョンに参戦する。しかし…急きょとは思えないほどの見事な対応力を見せつけ、完璧なトリオネタを箱崎は演じきってみせる。会場からは割れんばかりの拍手。まるも三角も驚いたが、今思えば、箱崎のことだ。この展開すら予想していたのではないか、と思いニッコリほほ笑む。
トリオ「まるさんかくしかく」のネタは大成功で幕を閉じた。
× × ×
その後の楽屋。皆を出迎える和田。ライブは大成功。充実感だってある。しかし。
なぜだか楽屋は静かだった。三角の考えは変わらなかった。三角は正直に箱崎に言おうと思った。「コンビでやっていきたい」箱崎のパフォーマンスは完璧だった。しかし、何かが違う。それを言わなければ…!
しかし、それより先に口火を切ったのは箱崎だった。
箱崎「な。2人でやった方が良い。ですよね?社長さん」
和田も参りましたとばかりに笑ってみせた。
ネタはこれ以上に無いほどの成功だった。しかし、箱崎が完璧だっただけに、それがこの3人の限界を見せてしまった、そんな虚しさがあった。和田は3人に言う。芸人には「伸びしろ」がなければいけない、と。逆を言えば、いい意味での「不完全感」が無いといけないのだ。そこにわずかな隙を感じるからこそ、見ている人は「これからこいつらどうなるんだろう…」と、ワクワクし、応援したくなる。逆に、あまりにも完璧すぎると、感心はするがつまらなくなってしまう…。とてもデリケートな問題だった。まるは黙っている。恐らく、まるも久しぶりに箱崎とネタをやって、肌でそれを感じたに違いない。
箱崎「俺はこれからもずっと応援する。久々にステージに立てて超楽しかったわ!」
そう言って、来た時と全く変わらないあっけらかんとした感じで、箱崎は去って行った。
それを追いかけるまる。
まる「箱崎!」
箱崎「…」
まる「ありがとう。また……」
少し間をあけて、まるが言った。
まる「…また、ライブ見に来て」
箱崎「…。オッケー」
× × ×
それから数日後。まると三角がファミレスのテーブルで向かい合っている。
三角「なんで箱崎ともう一回組むのが…なんとなく違うって思ったのか、その理由がようやく分かったよ」
まる 「…」
三角「まる、俺達は箱崎がいたらどうだったろうっていつも思ってやってきた。
何か足りない状態で続けてきた、みたいな感じで」
まる 「…そうだね」
三角「でも、そうじゃなかった。俺達は2人で5年間続けてきたんだ。
そこに、箱崎がいたらどうとか、そういうのは無いんだ」
まる 「…」
三角「これからも頑張ろう。俺達で」
まる 「うん…」
まるは嬉しかった。三角がここまで自分から面と向かって自分の考えを言ってくれたことは無かったからだ。三角も、「ボケをなんとなく考えればいい」くらいに考えていた頃とは明らかに違うモチベーションだった。ここからまた2人でまるおみすみのストーリーをつくっていくのだ。それは、他でもない、2人にしかできないことなのだから。