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未来日記~ハピネスコマンダー篇~

2020.4.28

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Introduction


いつか、あの背中に追いついてみせる―――。
若手芸人、ハピネスコマンダーの目標はいつも、父、赤星大次郎だった。

照と明。2人は小さい頃からお笑いの世界に憧れていた。
賑やかなバラエティ番組。観ている人を幸せにさせる世界。
その中でもひときわ輝く、まるで太陽のように明るい男がいた。
周りの人々を笑いの渦に呑み込んでいくような、そんな彼に、2人は憧れた。

後に2人は、その人が自分たちの父親だということを知る。
僕達のお父さんは、赤星大次郎―――。

憧れの父のようになりたいと思う明と、自分達を捨てた父を憎み、乗り越えようとする照。
独学でネタ番組の録画を何度も観直し、ネタをつくる。
高校生の漫才コンクールで優勝。アマチュアの頃からルーキーだと注目される。
そして彼らハピネスコマンダーは、笑響芸能事務所所属のお笑い芸人になった。

しかしそんな2人は、
お笑いの世界を知れば知るほど、父親の存在の大きさに気付いていく。
近づけば近づくほど、その遠さに気付いていく。
父、大次郎も芸の世界では、たとえ息子でも容赦はしない。
なぜなら彼は、人生を芸に捧げた男だったからだ。

現実に打ちのめされそうになるハピネスコマンダー。
だが、それでも死に物狂いで闘う2人。

そして2人はついに父親MCの番組への出演を果たす。
父親との共演。これまでの全てをぶつけよう―――。
戦いを挑む2人の姿が、そこにあった。

第1章第2章第3章


第1章


第1話

お笑い事務所、笑響芸能事務所に所属して2年目のハピネスコマンダー。彼らは双子の兄弟である。芸術家肌でお笑いにストイックな弟の明。そして、優しくおおらかに見えて実は計算高く冷淡な兄の照(ただし例外として弟の明には心を許し、溺愛している)。その爽やかな見た目と軽快な漫才ネタは女子ウケも良く、ライブ終わりに出待ちのファンが列を作るほど。ネタの内容もしっかりしている2人は他の芸人達からも一目置かれている。しかし、今年一発目の事務所ライブはネタが思うようにいかず、そんな時に入ってきた新人あさやけレンジャーズに事務所ライブで惜敗(ライブ後の観客投票で)。ファンも徐々にあさやけレンジャーズに流れ、焦るハピネスコマンダー。2人の闘争心に火がついた。

照と明。2人は母親の美雨と3人で暮らしている。そして美雨の夫、つまり2人の父は、レジェンド芸人、赤星大次郎だ。この事実は事務所の社長である和田、そしてスタッフ、業界のごく一部の人間達は知ってはいるが、2人は周囲に(芸人達も含め)そのことを黙っている。有名芸人の2世という形で世に出たくなかったからだ。

大次郎と美雨は、照と明の2人が生まれてすぐ離婚しており、2人は父親が芸人であることを知らずに育った。だが血は逆らえない。2人はお笑いに魅了され、芸人になりたいと言い出す。美雨は当時まだ小学生だった2人をお笑いから遠ざけようと教育してきたが、2人は独学でお笑いを勉強し始めた。美雨は根負けし、ある日2人を呼び出すと、大次郎の話をした。照と明は、テレビの向こう側で毎日のように視聴者を笑顔にさせているその人が自分達の父親だったことを知る。

大次郎の出演作は全てチェックしている照と明。2人は、大次郎の皆を明るくさせる芸風と、太陽のようにはつらつとしたトークに憧れていた。それが父親だったとは…。弟の明は興奮し、自分もいつかああなりたいと、父の背中に憧れるようになる。しかしそれに対して兄の照は、母と自分達を捨てた憎き父親が大次郎だったと知って、それまで好きだったお笑いタレント赤星大次郎に敵意を抱くようになる。(照は自分が父親代わりとして生きてきたという思いがあった。この点が明と異なるため、父親への感情に違いが生まれている。以降基本的に照は赤星のことを父の呼称ではなく「赤星大次郎」と呼ぶ)

それぞれの思いをお笑いへのモチベーションに変えることで彼らはネタを磨いた。独学でつくった漫才で高校1年生の時に高校生漫才大会にエントリー。見事優勝を勝ち取った。だがそれでも大次郎は、2人に会おうとはしなかった。大学を出た2人は笑響芸能事務所への所属を決める。これは大次郎が社長の和田に頼んで決まったこと(和田は大次郎の元マネージャーの縁がある)だが、その一方で大次郎は美雨にこう告げる。「あいつらがプロを目指すんなら、なおさらあいつらには会えん」それはプロとしての大次郎の厳しさでもあった。
父、大次郎は明にとっての目標であり、照にとっての敵(かたき)であった。そんな2人の見ているところは他の芸人達よりももっと遠くにあり、それゆえ、芸人仲間とつるむということもそれほど多く無かった。爽やかな見た目とは裏腹に黙々と努力を重ねる2人。目指すは父大次郎。「こんなところで新人さんなんかに負けている場合じゃないんだ。僕達は…」周囲に敵対心を全く見せないが、陰で明にはそういうことを言う照。ネタを作る立場にある明は、兄の照が自分のネタに期待してくれることもまたプレッシャーに感じているが「そうだ…負けるわけにはいかない…」と、歯を食いしばり、ネタを書く。

ある日、社長の和田に呼び出された明は、根詰め過ぎて遊び心を忘れるな。と注意される。そこまでは良かったのだが、その話の中で父親が大次郎だという事実を、あさやけの小峰に聞かれてしまった。焦った明は、後日あさやけの2人にこのことを口外しないで欲しいと伝える。明は大次郎と自分達のことを全て説明した。その重圧と自分達は戦っている、だから、今度の事務所の中間審査ライブは絶対俺達が優勝してみせると…。明は、あさやけと仲が良いわけではなかったが、自分が抱えていた思いをあさやけの2人に吐露したことで、あさやけに対して戦友的な感覚を持つようになる。

それからハピネスコマンダーのライブ成績は盛り返し始めた。(逆にあさやけが徐々に戦績を落とし始める)ハピネスの2人は事務所の中間審査ライブに向けて新作漫才を考案。それは、同じ尺の中に2倍のボケを詰め込んだ完璧ともいえる漫才だった。

第2話

自分達の芸風を見直し、劇的にクオリティを上げたハピネスコマンダー。全所属芸人が出場する事務所の中間審査ライブで見事優勝。ライバルのあさやけレンジャーズは実力が出せず、結果、契約解除されてしまう。このライブは、まさにハピネスコマンダーの完全な逆転勝利に終わった。

しかし―――。2人はあさやけレンジャーズが実力を発揮できなかった理由に気付いていた。ネタの設定があさやけとかぶっていたのだ。ネタ順はハピネスが先。そのためあさやけは急きょネタを変更した。事務所を去るあさやけの2人と対峙するも、何も言うことができない明。「解散しちゃうかもね。彼ら…」焦ってネタを変更した彼らがいけないのだ、僕達のせいじゃない…、そう明に言う照。それは分かっているのだが、ライバルが自分達の実力を出し切れないまま事務所を去ることを、明は人知れず気に病んでいた。

こうして事務所内での地位を確実なものにしたハピネスコマンダーは徐々にテレビのオーディションも振ってもらえるようになる。結果は受かったり受からなかったりと様々だが、トータルの仕事量はどんどん増えていった。ある日収録で共演のタレントが遅れて次のコーナーに移れないとなった際、その前にネタを披露していたハピネスコマンダーはアドリブで長く漫才を披露し、番組の尺を稼いだ。この時の機転とアドリブ力が評価され、番組スタッフからも愛されるようになっていく。

第3話

しかし、そんな順風満帆に見えたハピネスコマンダーだったが、本人たちはいまひとつ喜べなかった。なぜなら美雨も、和田も、皆当時の満天(大次郎の解散した元コンビ)の勢いに比べればまだまだだと言うばかり。自分達は頑張っている。仕事が増えている実感もある。それなのに「当時の父」には届かない。周りは発奮させるために好意で言っていたつもりが、それが徐々にハピネスコマンダーのプレッシャーになっていく。そろそろ大次郎に会えないかと母に相談するが、大次郎の返事は一貫して「今は会えない」。それはまだ父に芸人として認められていないということを意味していた。

第4話

美雨は、息子、照と明の気持ちも慮りつつ、一方で元夫の大次郎の気持ちも理解していた。底抜けに明るい性格、裏も表も無く太陽のような性格。しかし芸に対してはとことん厳しい大次郎は、自分の生活すら甘えることをしなかった―――。

× × ×

美雨の回想。当時舞台照明スタッフとして働いていた美雨。当時絶大な人気を誇っていた満天の全国ライブツアーのスタッフに呼ばれた美雨は、そこで大次郎と出会った。次第に惹かれていく2人。やがて2人は交際をはじめ、結婚した。そして子を授かる美雨。生まれる子供の名前は「照」と「明」にしようと笑う大次郎。美雨の仕事からとった名前だった。
しかし…大次郎は依然「超人気芸人」。大型番組のレギュラーを何本も抱え、空いた時間は劇場に立つ。朝まで後輩芸人や番組スタッフと飲み明かし、トークの技術を磨く…そんな毎日を過ごす彼は、家に帰ってくることの方が少ない。美雨が離婚したのはその大次郎の奔放さに愛想を尽かせたからではなかった。自分と、生まれてくる子供たちが大次郎の枷になってはいけないと思ったからだ。大次郎には、ずっと第一線で活躍する、太陽のような芸人になって欲しい。その想いから美雨は2人が生まれてすぐ、大次郎との別れを決意したのである。

第5話

父、大次郎に会いたい。特に明の想いは日に日に強くなっていった。自分達は同世代の中では売れてきている方だ。ファンも多い。なのになぜ父は認めてくれないんだ…そんな折、とあるクイズ番組に出演が決まるハピネスコマンダー。その出演者欄を見て目を丸くする2人。「特別ゲスト 赤星大次郎」遂に…遂に…父親との番組共演の夢を果たせる!そう大興奮の二人。しかし、現実はそんなに甘くはなかった。
収録当日。二人は驚愕した。楽屋の大部屋に、所狭しと芸人達が待機している。中には養成所生や、俳優の卵まで。そう、この番組は、「貧困にあえぐ売れない芸人達を集めて、優勝者に賞金がもらえる」という企画意図の番組だったのである。ADに「こちらに着替えてください」と囚人服のような衣装を着させられる2人。そして、収録会場へ…ぞろぞろと進む2人。自分達は、まだこの中のワンオブゼムにしか思われていない…そう痛感する2人だった。そして大会場に着く。目の前の超巨大なモニターに、爆音と共に登場したのは、ゲームマスターの赤星大次郎。まさにその迫力は、神が下界へ降りてきたような迫力があった。厳格なゲームマスター。しかしそこは赤星大次郎。一言一言で確実に笑いを取っていく恐るべきトーク力。500人はいるであろう参加芸人の前で赤星は言い放つ「1000万円が!ほしいかーーー!!!!」

2人は声が出なかった。目の前に文字通り君臨する赤星大次郎。みすぼらしい衣装を纏いエキストラ程度の扱いを受ける自分達。奇しくも可視化された圧倒的な「格の差」だった。挙句1回戦の○×問題で不正解した2人は早々に敗退。早々に帰されてしまう…。 (この時、優勝したのはアマチュアの素人だったが、実はこの男がまるおみすみの元相方、箱崎である)

その日の夜のスケジュールが空いてしまった2人。明はもともと行く予定の無かったあさやけレンジャーズとグッドバッティング青春の合同単独ライブを見に行こうと照を誘う。
しかしそこで2人は、かつてのライバルが大きく成長した姿を見ることになる。面白い!彼らのネタははるかに進化していた。一番変わったのは覚悟。窮地をも笑いに変えるその姿勢に、照と明は震えた。もっと鋭く、もっと自由に…。そのがむしゃらさが、ハピネスコマンダーに、自分達もまだやれるという勇気を与えた。

明は、面白かったという素直な気持ちを伝えに楽屋に行く。そして、また必ずコンビを続けろよと声をかけた。明は大きな挫折を感じた今日この日に、彼らのライブを見れたことに感謝していたのだ。その想いは照も同じだった。自分達をみくびっちゃいけないんだ。僕らにだってできるはず。いつかあの男(赤星)を超えるためなら、何にだってなってやる…静かな闘志をたぎらせる照だった。次の日、2人の顔は晴れやかだった。決意を新たに走り出す。父を超える。何としても―――。

第1章第3章


第2章


第6話

ハピネスコマンダーは、父を超えるため、とにかくがむしゃらに仕事をこなした。しかし、依然彼らの爽やかな見た目から決まる仕事が多く、出演番組も、徐々に直球のお笑い番組では少なくなっていく。ある日、元満天の藍月が局の廊下で遠くからハピネスコマンダーを見かけた際、一瞬ではあるが若かりし日の大次郎の姿に重なる。「そうか…あれが例の息子さん達か…」と妙な嬉しさを感じる藍月。久しぶりに美雨に連絡を取る。

第7話

ハピネスコマンダーは、自分たちの仕事が、実力とは別の部分で決まっていることにもどかしさを感じていた。そんな時、ばったり局の廊下で大次郎に会ってしまう二人。初めて会う父親。しかし2人にとっても赤星はレジェンド芸人。半端ないオーラに立ち眩みしそうになる。何と話したらいいか…考えあぐねているうちに、赤星の方から辛辣な一言が。

赤星「つらかったら、やめてもええんやで」

それはほんの数十秒の出来事だった。しかしそれは確実にハピネスコマンダーのトラウマになってしまう。「やめてもええんやで」と言い放った時の赤星の冷たい顔。思っていた父親像からはあまりにもかけはなれたその態度にショックを感じる明だったが、徐々に本当に自分達に才能が無いのではないかと思い始める。(自分達はどうあがいても、満天ほどの器にはなれない…一生父親は超えることができないんだ…)ふさぎ込む明。照は赤星への反感を露わにする。

照「赤星が何だっていうのさ。明なら絶対に赤星大次郎を超えることができる。だから…」
明「お前に何がわかるんだよ!」
照「………。明、お兄ちゃんにその態度は無いんじゃない?」
明「うるさい!俺より3秒早く生まれたからって兄貴ヅラするな!!」

去っていく明。

照「…あーあ、参ったなあ…」

徐々に悪くなっていくコンビ仲。2人の険悪な状態は当然母の美雨も感じていた。このままでは2人がくじけてしまう。美雨は辛くなり、藍月と和田にそのことを相談するようになる。藍月は2人の辛さも分かるが、大次郎も同じように辛いはずだと言う。赤星が2人にあんな態度をとったのは、自分が父親として失格であることを自覚していたからだ、と…。

第8話

コンビ仲が悪くなる中、子供番組のオーディションに合格する2人。毎週のレギュラー番組で、オーディションにも沢山の芸人が参加した。その中で受かったのはほんの数組。普通ならば喜ぶべきことだ。しかし明はちっとも嬉しくなかった。自分たちの合格の理由がルックスによるものだと自覚していたからだ。(最近の子供向け番組は、結局、親がチャンネルを合わせるため、お母さま達への好感度が勝敗を分けるのである)もっとゴリゴリのお笑いの舞台で戦いたい…自分達は、ぬるま湯の中にいるんだ…もはや明の思考回路では、この番組に出られる悦びを感じることはできない。

一方その頃藍月は、一人、赤星に連絡をとり、久しぶりに飲みにいかないかと誘う。赤星と藍月。2人はテレビの顔だ。しかし2人が揃って同じ番組に出ることは、今はほとんど無い。藍月は赤星に久々に共演することになった番組の話をした後、そろそろ息子達に会ってやってもいいんじゃないかと言う。赤星は本音を漏らす。

赤星「俺が会えんのかもしれん…
だって俺はあいつらに何にもしてやれんかったから…」

本当は赤星も息子達との接し方が分からなくなっていたのである。

藍月「このままでいいのか。あいつら、解散してしまうぞ」

解散という道をたどった自分達を思い、藍月は赤星にそう伝える。

第9話

ここ明かされるのは、超人気芸人満天が、解散に至るまでの話。藍月は、芸人として赤星をリスペクトしながらも、赤星の芸人としての生き方に不安を感じるようになったという。次第に互いの仕事も増えていく中で、生活のことも考えなくてはならないと考える藍月、対して「お前は落ち着いちまったな」と非難する赤星の対立。それがそもそものはじまりだった。生きることに不器用な赤星と、それについていけなかった藍月。2人は自分たちの解散に後悔はしていない。しかしハピネスコマンダーにはまだ未来がある。今ここで彼らを解散させてしまって、父親としてそれでいいのか、と藍月は赤星に訴える。それでも赤星の結論は変わらなかった。「すまん藍月…今の生き方を俺は貫くしかないんや…」

第10話

満天の2人がコント全国大会決勝戦のMCをすることが発表されたのは、その2日後であった。長らく共演してこなかった2人の夢の共演に、エントリーしていた芸人達は大いに沸き立った。ハピネスコマンダーは普段は漫才が多いのだが、コントの大会も毎年出場はしており、現在2回戦の真っただ中である。再び、父と共演できるかもしれない…様々な感情を胸に、ネタを磨き続ける2人。
しかし、結果は残酷にも準決勝敗退。この大会で決勝に残ったのは、力をつけてきたあさやけレンジャーズだった。ハピネスコマンダーは黙って会場を後にする。

第11話

コント全国大会決勝で大次郎に会えない…この挫折は明にとっては決定的なものとなった。明は何処へ行ったのか家に帰って来なくなった。明は芸人をやめてしまうかもしれない…そう照は危惧する。

家出をした明は、先輩のYUの家に転がり込む。普段飲み仲間でも無いYUのもとへ行ったのは、もともとのYUへのリスペクトは勿論、きっと家が清潔そうだからと言う理由だった。実はYUは社長の和田と仲が良く、ハピネスの親が赤星だということも知っていた。(YU自身はそれを気にするような性格ではないので、誰にも言っていない)そのためYUも明の相談に乗ってやることができた。

後日。YUからそんなハピネスコマンダーの状況を聞いた社長の和田は、2人を社長室に呼び出した。彼らはそこで、ある1冊のノートを渡される(199@年、@月➀)と書かれたノート。そこには黒鉛筆でぎっしりと書かれたネタ帳が。和田はおもむろに話し始める「これは…君たちのお父さんのネタ帳だよ。表紙をご覧。1月の➀とあるね。彼らは毎週このノートにネタをためていた。分かるかい?毎週だ。毎週このノートを使い切っていたんだ」

それから和田はこうも言う。「このボケ見てごらん。つまんないよね。これも。これも。このノートに書いてあることの9割はスベってるんだ。断言しても良い。何が言いたいか分かる?」和田が言いたかったのは…満天は最初から化け物だったわけではないと言うことだった。今では伝説のルーキーと語られる満天。しかし彼らは才能ではなく、誰よりも努力して、更にそれを隠してルーキーを演出し、神話をつくりあげた。「才能だけでのし上がる人なんていないんだ。僕は努力が必ず報われるとは限らない。でもあらゆる業界で頂点に立つ人ほど、言わないだけで本当は泥臭くやっているんだ」和田はこう続ける「君達もくじけるなら、ここまでやってからくじけなさい」この言葉が2人の胸に突き刺さった。

和田「あ、それから。もう一冊――――」

和田は別のノートを渡した。
その最後のページに記されていたのは…漫才「太陽と月」の台本。

和田「満天はね。この日ライブを急きょキャンセルしたんだ。その直後さ、彼らが解散したのは。そこで初めて披露するはずだったこのネタは、結局誰にも見せることができなかった。…………この漫才、君達で完成させてくれ」

第1章第2章


第3章


第12話

「君達もくじけるなら、ここまでやってからくじけなさい」和田の言葉を反芻する明。もらった満天のネタ帳を読み直す。漫才「太陽と月」。ネタの中身は今やってもおかしくない面白さだった。

明「俺達が…このネタを…」
照「やる必要なんてないよ、明。どうして僕達が満天の…。
赤星大次郎のネタをやらなきゃいけないんだい?」
明「でも…」

俺はこのネタ、やってみたい―――。そう言いかけたその時。ノートを見てハッとする明。照もノートをのぞき込む。ノートにはライブの予定日が書かれていた。「1996年12月25日」その日は、照と明の誕生日だった。どういうことだ。この日を境に満天はネタをやめ、その直後に解散…。(まさか…)2人は同じことを考えていた。僕達2人がその日に生まれたことが何かのきっかけになり、満天は解散した―――。だとしたら。ひょっとしたら大次郎は、満天のお笑いの障壁になった自分達を恨んでいるのかもしれない…だから会おうとしないのでは…。そう思う明。今まで大次郎を恨んできた照も、自分たちが赤星達の将来をダメにしてしまったかもしれないという真実を知り戸惑う。

明は、照に「太陽と月」を完成させたいと申し出る。もし自分たちが原因で満天がこのネタをできなかったのだとしたら、俺達がその代わりにこのネタを完成させるべきだ、と――。複雑な表情で黙り込む照。照はずっと父親を憎き敵だと思ってきた。その負の感情をエネルギーに変え、必死に明と歩んできた。味方は母の美雨と明だけ。周囲にはその内なる闘争心を悟られまいと笑顔を振りまいて来た。全ては父への復讐のためだった…。しかし照のその感情は今、揺らぎはじめた。

照は答えを出さなかった。とにかく今は自分達のお笑い活動を再開させよう、そうしなければ何も始まらない…そう明に言う。その思いは明も同じだった。明はこれを機に創作のやる気を取り戻した。とはいえまだ自分のネタに自信が持てないでいる明だったが、照はそんな弟を気遣いながら、兄として再び奮起させようとする。収録の合間を縫ってネタ合わせ。照はできるだけ明がネタに集中しやすいような環境づくりを配慮する…。その姿勢に明は胸打たれ、徐々にもとの熱意を取り戻していく。それだけではない。そんな2人の様子に周囲も動かされ、周りの事務所スタッフ、番組スタッフも2人に協力していく。

第13話

満天は先のコント大会決勝特番の直後、同局で2人が司会を務めるトークバラエティをスタートさせる。毎回色々なゲストを招いてトークする番組。その収録後の楽屋で、藍月は赤星に再び息子達に会うよう説得する。藍月から見れば、赤星はもはや意地になっているだけのように思えた。何も言わず俯く赤星。藍月は思う。何かきっかけが必要だ。この親子が再生するきっかけが…。 今年新創設された新しいお笑大会、異種格闘技大戦に出場する2人。この大会はジャンルを一切問わず戦ういわばネタバトルの集大成的大会である(トーナメント形式)。ハピネスコマンダーはその予選にエントリーし、順調に勝ち上がっていく。この大会でハピネスコマンダーが優位だった理由…それは、長年の研究で様々な芸風を獲得し、対戦相手に合わせてネタを変えられたことであった。しかも、予選を勝ち上がったネタは全て違うネタ!そのために捨てたネタは数知れず。まさにハピネスコマンダーは当時の満天に匹敵、或いはそれ以上の努力を重ねて更に上のステージに行こうとしていた!!なみいる強豪を相手に勝ち上がり、遂に決勝。同事務所のま・み・むメルシーズをくだして、見事優勝を勝ちとる。優勝者には来年1年間の冠レギュラー番組が約束されている。ハピネスコマンダーは確実に1ランク上のステージに進んだ。

第14話

優勝後の生放送インタビュー。全国のお笑いファンが注目する中、ハピネスコマンダーは衝撃的なコメントを残す。「僕達の父親は、赤星大次郎です…」

この衝撃発言が世間の注目を集めないはずはなかった。世間ではさまざまなニュースが報じられ、赤星サイドも対応せざるを得なくなった。実はこの大会の決勝戦前夜、藍月は和田と共にハピネスコマンダーの2人に会い、優勝したら父親のことを公表しろと伝えていたのだ。

× × ×

照 「お断り…します…。僕達は、父の力をつかって上にあがりたくはないです」

前夜。照はカミングアウトしろとの藍月の申し出を断った。目の前に座っているのは父親の元相方のレジェンド芸人、藍月凍。照も自然と真剣な表情になる。

藍月「それは違う。君たちはもう十分父に会える実力と実績を積んでいる。
これ以上君たちが大次郎に対して卑屈になることなんかない」
照 「……」
藍月「君達は、赤星を追いかけるふりをして、赤星から逃げているだけだ」
2人「…!」
藍月「そして…それは赤星も同じだ…あいつも逃げてる。君達から」
明 「父さんも…?」

藍月は、赤星も本当は君たちに会いたがっているのに、意固地になっているだけだと打ち明ける。父さんも僕達に会いたがっている…その言葉で2人は、父親と向き合う決心を固めたのだった。

× × ×

藍月の言った通りだった。この生放送以後、誰もハピネスコマンダーを2世芸人というレッテルでは見たりはしなかった。報道や記事の見出しもすべて、「あのハピネスコマンダーが、実は…」ではじまっている。それはすでにハピネスコマンダーの名前が認知されていることの証明でもあった。

それから1か月が経ち、和田から新しい仕事のオファーが来た。それはなんと満天MCの例のトークバラエティのゲスト出演だった。「親子初共演」がついに実現…以前のような共演の仕方ではない、れっきとしたMCとゲストの関係。ハピネスコマンダーは震えた。相手はずっと憧れ、ずっと恐れた、あの赤星大次郎…。しかし臆することは無かった。これまでのキャリアと実力で、正々堂々勝負しよう。2人の覚悟は決まった。

第15話

収録当日…楽屋挨拶で再び赤星に会うハピネスコマンダー。赤星の態度はうって変わって穏やかだった。「お疲れさん。今日頑張ろうな。よろしく」拍子抜けしたが、ようやく一人前のゲストとして認められている気がして2人は嬉しかった。藍月は、いつも通りやろうと、赤星が努めてそうしていることを肌で感じていた。

ジングルがなり、満天の二人がスタジオに登場。MCトークから既に会場は爆笑の渦。赤星は自在にボケ倒し、藍月は寸分狂わない的確なツッコミでそれを打ち返す。どの1カットをとっても作品と呼べるほどの絶妙な掛け合いを目の当たりにし、裏で控えている2人は緊張している。

やがてゲスト呼び込みのコーナーがあり…今、大注目の漫才師、ハピネスコマンダーの呼び込みが!ド緊張しながらも登場するハピネスコマンダー。
しかしこれは仕事、一芸人として成果を残さねば!その思いで、満天と努めて軽快なトークを繰り広げるハピネスコマンダー。最初は客席にも緊張が伝わっていたが、次第にそれもやわらいで…徐々に客席を巻き込んだ大笑いが。最後は大爆笑に次ぐ大爆笑。2人は満天と渡り合ったのだ。収録は間違いなく成功と言ってよい出来だった。そして番組最後…告知のコーナーで明がおもむろに口火をきる。「来月の単独漫才ライブ、観に来てくれませんか?」と―――。明は続ける。あの漫才、「太陽と月」をそこで披露すると―――。明の声は震えていた。赤星はしばらく考えた後に言った。

赤星「……。よし決めた。行くで」

明の目から涙がこぼれた。収録中でもおさえられなかった。父、大次郎が2人に歩み寄ってくれた初めての瞬間。明は、満天が自分たちのせいで最後の漫才ができなかったこと、それを本当に申し訳なく思っていたこと、その全ての胸の内をぶちまける。これには大次郎も藍月も驚いていた。
× × ×

収録が終わり―――。
赤星は明に言った。「あれはお前らのせいやないし、それで俺がお前らを嫌いになるわけないやろ…謝るのは…謝るのは俺の方なんや…」赤星は息子達に本心を語り始めた。

第16話

大次郎は、正直に息子達に言った。自分は父になることを恐れたのだ、と。大次郎はお笑いに魂を捧げ、全ての時間をお笑いのために費やしていた。しかし、彼には守らねばならない命ができた。美雨が破水した知らせを受けた大次郎は、死に物狂いで美雨のもとへ行き、藍月と共に美雨を助けた。そして照と明が生まれた。しかしその後、大次郎はこれから先、自分が息子達のことを優先してしまうだろうことを確信し恐怖した。その大次郎の不安は妻である美雨にも痛いほど伝わった。美雨は大次郎を愛している。そしてまた彼女は、芸人としての大次郎も愛していた。だからこそ2人は離婚を決意した(その後満天も解散した)。
こうして大次郎は照と明のもとを去ったのだった。父になることから逃げたのだ。意地でも2人には会えない理由がそこにあった。大次郎は2人に告げる。「俺は最低の父親なんや…」そして―――。大次郎は照の手を握る。「照もな…ほんま…ほんまごめんな…美雨から聞いとったで。お前が父ちゃんやってくれたおかげや…」今まで溜め込んだ感情が堰をきったようにあふれ出し、涙する照。「父さん…」照は大次郎を初めて父として受け入れた。抱き合う照、明、赤星。父子がはじめて一つになれた瞬間だった。

するとその時…。藍月が「父さ~ん!」と泣きながら突如大次郎に抱き着く。明らかな嘘泣きである。藍月のボケであった。すかさず大次郎が突っ込む「お前家族ちゃうやろ!」互いに笑う。それを見た照が勇気を出して、実際よりオーバーに泣いてみせる。「父さ~ん!」と藍月に抱きつく。すかさず今度は藍月のツッコミ。「お前家族ちゃうやろ!」すると大次郎も藍月に「父さ~ん!」藍月「お前だろ!」そして明も…乗っかり大次郎に「父さ~ん!」、大次郎「お前…は…家族やあああ…!お前は正解やああ…!」一同、また大笑い。親子で共に笑いをつくり、互いに笑いあったのは初めてのことだった。

第17話

それから一カ月。ハピネスコマンダー単独ライブ会場に足を運ぶ大次郎、藍月、和田、そして美雨。美雨は楽屋廊下で藍月にあらためて礼を言う。照と明が大次郎と心を通わせることができたのは藍月のおかげだった。思えばいつも藍月がそばにいて、大次郎と美雨を支えてくれた。「そんなこといちいち言うなよ」…かつての美雨への恋心を回想しながら、笑って見せる藍月。美雨に好意を寄せていたのは大次郎だけでは無かったのだ。藍月は、大次郎なら美雨を幸せにしてくれると思っていた。だが大次郎は美雨達をないがしろにして家庭から逃げた。当時の藍月はそれが許せなかった。これが、藍月が解散を決意したもう一つ理由だった。

そして、その満天の行く末を見届けた、当時のマネージャー、和田。彼が例のネタ帳を照と明に見せたのは、2人に出生当時の辛い思いをさせたかったからではない。単に「太陽と月」のネタを見たかったからだ。満天最後の漫才は見れなかった。しかし、今は父の背中に憧れ芸の世界に挑む照と明がいる。二人なら必ずやこの台本を演じきってくれるだろうと。

大次郎、藍月、美雨、そして和田。彼らはそれぞれの今までを振り返りながら、ハピネスコマンダーの漫才ライブ開演の時を待つ―――。

× × ×

洗練された漫才単独ライブがはじまった。ハピネスコマンダーは自らの新章として、全てのネタを新ネタで披露。会場は爆笑につぐ爆笑…。そして最後のネタは、「太陽と月」。照と明はさらにそれを現代版にアレンジし演じきって見せる。

美雨は想う。センターマイクの前に立つ満天の2人が、好きだった。今の息子達の立ち様、それはかつての満天そのもの。笑いながらも、その目にうっすらと涙をためる美雨。

× × ×

終演後、楽屋で大次郎は2人に軽快に言う。「フリが甘いな!まだまだや!」
照と明も笑って頷く。まだまだなのは当たり前だ。
ハピネスコマンダーは、まだ始まったばかりなのだから―――。

結成秘話キャラクター情報