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未来日記~グッドバッティング青春篇~
2020.4.28
INFO
Introduction
人は一生に、何回の「ミラクル」に遭遇するのだろう。
ここに一人の男がいる。
小学校の頃のあだ名は「ミラクル」(自称)。事実、彼の周りでは昔から奇跡がよく起こった。
そう彼は語る。しかし、彼の周りで起こる「奇跡」には、からくりがある。
―飼っていた文鳥が逃げたが、1年後ちょっと大きくなって戻って来た―
―欲しかったラジコンがたまたま道に落ちていた―
楽天的な彼は、そのひとまわり大きい文鳥が、1年前いなくなった文鳥と違う文鳥なんじゃないか?と疑問には思わない。ラジコンがそこまで欲しくなくても、見つけた後で「そういえば欲しかったやつだ」と思い込めるタイプ。
とにかく「いつか必ずビッグになれる」と信じて疑わない。
春山晃一(26)はそういうタイプなのである。
そんな彼が選んだのは、漠然と憧れていた、「笑い」の世界だった。
同級生の武島海人(26)。同じ徳島の地で育った心優しい相方と共に、コンビを結成。
お笑いコンビ「グッドバッティング青春」の誕生である。
周りから「スベリ芸」と言われる。
フラフラしているようにしか見えない。実力も評価されない。
しかしグッドバッティング青春は、2人にとってまさに「ミラクル」なコンビだった。
これは、そんなグッドバッティング青春が、
お笑い界の厳しい現実にメッタメタにされ、ボロボロになった先で
まさかの「本当のミラクル」に救われるまでの物語―――。
第1章
第1話
グッドバッティング青春。彼らは笑響芸能事務所に所属するお笑い芸人である。海を題材にした体を張った一発ギャグからとぼけたショートコント、たまにはダジャレも織り交ぜて…とにかく自由な芸風。彼らに衣服などいらない。水着姿に浮き輪を持って今日も2人はステージに立つ。事務所ライブでは華やかな賑やかし的ポジション。能天気な野心家、春山と寡黙だが誠実なムキムキ男、武島のギャグショー。その明るい世界観は彼らの持ち味であり、箱推しのお客さん(事務所ごと推すファン)からは名物のように愛されている。しかしそのネタが全て面白いわけでは無い。むしろ彼らのネタはスベリ芸が中心。ライブの成績も悪ければ、なかなか番組のオーディションにひっかかることもない。春山晃一。彼はとにかく自分は運が良いと思い込んでいる楽天家。今までラッキーなことの連続で生きてきたと彼は語る。仲良しはま・み・むメルシーズの石井と、あさやけレンジャーズ小峰。良いことがあると決まって石井と声を合わせて「ミラクルだぜ!」と言っては周囲に笑われる。同じポジティブ野郎でも、春山が石井と違うのは、野心がありプライドが高いところ。しかし相方の武島はそんな春山が好きだった。ネタの反省会はたいてい徳島居酒屋「しわしわ」で。そこで反省会と称して飲んだくれる。それがまた良い。
しかし彼らも今年、所属して3年目。事務所ライブでは、後輩たちの成績の方が良くなってきた。そんな中、武島に一本の電話が。母の芳江だ。こっそり上京し事務所ライブを内緒で観にきていたのである。武島の父親は漁師。お笑いの活動には今もずっと反対している。そして当然、母親に彼らのスベリ芸ギャグシリーズが理解されることもなく…。「あんたのこんな姿みたら父ちゃん泣くわ!もう家(実家の徳島に)帰っておいで!」嘆願される武島。武島は焦り始めていた。恐る恐る春山に相談する武島。すると春山は元気よくこう答えた。
春山「安心しろ武島!俺達、ビッグになるから!」
第2話
事務所が開いた中間審査ライブ。これは社長の和田も参加し、今後の契約更新を決める重要なライブだ。ネタを練習する2人。しかし迷いが出ているのか、武島にキレがない。実は、集中を欠いているいるのは春山も同じだった。実は数日前から、姉の灯里が実家から東京の春山の家にやってきていたのだ。東京の友達と遊ぶため泊めて欲しいとのこと。春山に負けず劣らずうるさい性格の灯里が連日家にいるので、春山はなかなかネタに集中できない。(実は灯里は母親に言われ、弟の様子を見に東京に来ているのだが、それは黙っている。姉の灯里はそんな優しい性格の持ち主である) コンセントレーションを乱された2人は、中間審査ライブで未だかつてない大スベリをする。スベリ笑いとは、スベったことをフォローして笑いにする形態。しかし今日の彼らは違った。スベリのフォローもまたスベる。そのフォローもまたスベる…スベリの螺旋階段をグッドバッティング青春はものすごい勢いで駆け降りていく。後日事務所に集められた2人は、社長和田から解雇通告を受けることに。 和田「君たちは今迷ってる。いったん頭の中を整理して、次の一歩を考えるんだ。 僕も出来る範囲で協力しよう」第3話
突如宣告された解雇通告。これが良いきっかけなのかもしれない…もうそろそろお笑いの道を諦めるか…そう思いはじめていた武島。しかし春山は「諦めるな!」と武島を一喝。テレビ界から干されても、のし上がった芸人だっている。3年目でちょっと事務所にクビだって言われたくらいでへこたれるんじゃねえよ!と不敵に笑ってみせる春山。武島は春山を信頼している。だからこそ、こんな根拠のないセリフを聞いても、春山が言えば本当にここから逆転できる気がしてくるのである。事務所からの解雇通知を受けたコンビはもう一組いた。あさやけレンジャーズ。後輩だが、彼らもショックを感じているに違いない…そう思った春山は「ここから逆転だ!所属組をぎゃふんと言わせてやろうぜ!」と奮起。仲良しの小峰に電話。春山「よう小峰!!俺達とさー面白いことやってみないか?」
第4話
春山が目論んだのは、グッドバッティング青春×あさやけレンジャーズの合同単独ライブだった…雑草チームからの這い上がりを見せつけようという魂胆。しかし事はそう上手くは進まない。まず、お笑いの実力において、グッドバッティング青春は認められていない。そして解雇通告で自信を無くしたあさやけレンジャーズの福士は、彼らの申し出に難色を示す。結果、小峰のみが参加する変な形に。小峰の持ち前の明るい性格もあって、なんとか計画は動き出したが、ここで春山にとって計算外の出来事が。急遽グラシッククラシック関崎がネタ見せの協力を買って出たのだった。春山は、所属組の同期の関崎がチームに入ることで自由にできないんじゃないかと恐れたが、同期の関崎にビビっていると思われたくなかったので、関崎の申し出を許可した。仲の良かったま・み・むメルシーズ石井も制作サポートを買って出てくれた。こうして合同単独ネタ作成チームが動き出す。そこで武島が知ったのは…他の芸人達がどうやってネタと向き合っているかということだった。まずは後輩、小峰の練習に対する真摯な姿勢。こんなに真面目にお笑いに取り組む奴だったのか…。そして、お笑い戦闘狂の関崎。同じ野心でも、春山のそれとは明らかに違う。春山は漠然としたことしか言わないが、関崎はお笑いのスキルにおいてものすごく細かくダメ出しをしてくる。それが辛くもあったが、同期がここまでお笑いを突き詰めているということへの感動の方が武島には大きかった。
一方それに比べて春山は…。練習には遅刻。疲れているとすぐ飽きるし、難しいことは考えない…。武島はこれまでそんな春山を「器の大きい奴」という認識で片付けてきたが、いざこうして一緒に皆で練習すると…どんどん…どんどん「春山神話」が崩れていく。武島は終盤では、小峰や関崎の提案するボケばかりを採用するようになっていった。しかしそれすら春山は気付かない。「小峰も徐々に俺みたいな発想ができるようになってきたか!」などと言う始末。周りはボケていると思っているが本人は意外と本気で言っているパターンである。武島の心は、徐々に春山から離れていく。
それだけではない。実は武島は親に事務所を解雇されたことを黙っていたのだが、母、芳江が武島の知らないところで事務所に問い合わせ、解雇の話が伝わっていたという。母は武島の頬を打ち、いい加減目、覚ましなさい!と訴える。武島は、母に頭を垂れ謝る。
武島「ごめん母ちゃん。けじめとして次のライブはちゃんとやる。そんでもう…芸人やめる」
実はこのやりとりを関崎が偶然聞いてしまう。関崎も実は現在解散の危機に直面しており、それを隠している。そんな関崎にとって、武島のこの電話は胸に響くものがあった。
第5話
こうして武島の心は完全に春山から離れてしまった。もう今の武島に映っている春山は、ただただ、だらしない同級生。しかし武島は、このライブ後に自分が芸人をやめる決断をしたことも、春山への尊敬の念が無くなってしまったということも、春山に打ち明けることができない。春山を捨てきれない。今日は先輩コンビ「まるおみすみ」のみすみと年に1度、2人で飲みに行く日。お互いに相方の話をしながら酒を飲む。めずらしく酔っぱらいながら武島はみすみに言う。武島にとって春山は人生を変えてくれた、いわば恩人だったと…。
× × ×
彼らの過去の回想。それは2人が高校に入学したての頃の話…。春山は一緒にバッテリーを組んで野球部に入部しようぜと武島を誘う。当初の春山は武島をリードしようと高圧的だったが、武島が一度怪我をした際に、春山の態度が変化し、武島を気遣ってくれた。武島は、その時の春山の気遣いに今でも感謝しており、そこで2人に信頼関係が芽生えた。怪我が治った後、武島は春山と共に野球に打ち込み続けた。武島の人生は野球部に入って劇的に変わった。野球は武島にとっての青春。そして、そのきっかけをつくったのは他ならぬ春山だったのである。だから武島は春山に、今も感謝している。
それから月日は流れ…。武島はライフセイバーのバイトの合間で海の危険を伝えるピンネタをやりながら、地元で生計を立てていた。そこに再び目をつけたのが春山だった。再びコンビで活動しようと誘われた時、武島は嬉しかった。あの時とおんなじだ――。武島はその話に乗った。あの日バッテリーを組んだ時と同じように。また春山が人生を変えてくれるかもしれないと思ったから――。
そして今。武島が春山に過度な期待をしすぎただけだということは分かっている。でも武島は、それでもどこかで春山を信じたかった。躊躇する武島。解散の話も切り出せない…。
× × ×
迎えた合同単独ライブ当日。
春山「練習でやったことはいったん全部忘れよう。目の前の客に集中するだけ。
そうすればミラクルは起こる!そういうもんだ」
春山はまた、それっぽいことを言ってのける。複雑な表情の武島。
そんな武島に声をかける関崎。
関崎「悩む気持ちは分かる。だがここで悩んでいたら客に伝わる。
解散するなら、やるだけやってから解散するべきだ」
武島「…」
(関崎は自分に対してもこのセリフを言っている)
そして開演…。ライブ初日は、見事成功を収めた。今まで無かった手ごたえ。真剣にお笑いをやればダイレクトに反応が来る…その喜びを武島はあらためて感じた。しかし、ライブ2日目の準備中、武島に悲劇が―。リハ中に舞台袖の壁が武島の前に倒れてきたのである。大事故にはならなかったものの、足を怪我した武島はライブに出られなくなってしまった。武島は自分が許せなかった。
第6話
ライブ自体は、小峰の相方、福士が急きょ代役で対応してくれることになった。福士は初日のライブを見ていたのでなんとか対応できるとのこと。ライブ自体もあさやけレンジャーズの活躍に救われ、なんとか形にはなった。車いすに座り、それを袖から見るしかない武島。なんのためのライブだったのか…絶望と虚無感しかない…。これで俺は引退…その時だった。ライブの後半で春山が急に語りだす。春山「それでは袖から見ていた馬鹿野郎を呼んでみたいと思います!武島―!!」
武島「…!!?」
春山が武島の車椅子を無理やり押す。そこで春山は観客にもう一度頭を下げる。
春山「皆さん本当にすいません!こいつはね、こういう肝心なところですぐポカやるんです!でもこうやって僕らがネタやるってだけでこんな沢山の人が来てくれます!
ミラクルです!だから大事にしたいんです!
これからも武島と一緒に続けていきたいんです!だから海人も…
海人もやめるなよ…」
春山のアドバイスは、急すぎて結果ちょっとスベった空気になってしまった。武島もちょっと引いた。しかし自分が芸人をやめようとしていることに春山が気付いていたことには、素直に感動した。
そしてもう一つ…。後で分かったのだが、なんと武島の親がライブを観に来ていたのだった。しかも2日間とも。父、海治は武島のライブを観たことが無かった。ライブを終え、緊張と怪我のふがいなさが一気に押し寄せ焦る武島。海治は楽屋に来なかった。やはり伝わらなかったか…しかし、母芳江の反応は意外なものだった。
芳江「なんか今日の舞台は今までと違ったねえ…私達がああだこうだ言えん感じがした。
普段からこれくらい真剣にやりんさい!」
それから芳江は一言付け加えた。
芳江「父ちゃん、笑っとったよ」
賛成反対については明言しなかったものの、武島の思いはライブを通してちゃんと親に伝わったようだ。後日武島は実家に帰り親に謝ると共に、もうしばらく続けさせてほしいと訴えた。
そして、春山とも相談。
春山「海人!お前を不安にさせてしまったのは俺の責任だ。すまない」
武島「いや…そんなことない」
春山「だがしかし海人!」
武島「え?」
春山「俺はこの合同単独を通じて一つの戦略を思いついちまったんだ!
だから俺を信じて欲しい!間違いない!俺達、ビッグになるから!」
100回聞いたお決まりのセリフが今日は一段と明るく聞こえた。
こうしてグッドバッティング青春は、継続していくこととなった。
第2章
第7話
春山「なんだよ~!あさやけはすぐ再所属になったのに俺達は何もねーじゃねーかよ!」徳島居酒屋「しわしわ」にて。そう。あさやけレンジャーズは先のライブ後、ほどなくして事務所の再所属が決まった。しかしグッドバッティングには…何にもない。しかし春山にはある算段があった。今日はそれを武島に報告する。そのために春山は武島を飲みに誘ったのだった。
春山の算段…それは、先日の合同単独ライブでのお客の反応に基づいていた。最前列の子供たちが、俺達のコンビネタでめちゃくちゃ笑っていたというのである。すなわち、客席が全員子供であれば、俺達のネタは死ぬほどウケるに違いない…そう春山は主張した。もとより春山のモットーは「笑いは質ではなく量」。老若男女に受け入れられる笑いこそ本物だという思いはずっと変わらない。そこで春山は、各地の保育園や幼稚園にグッドバッティングの笑いを届ける営業活動をはじめよう、と言い出す。武島もこの春山の意見には賛成だった。もともとピンの時代に海の家でネタをやっていた過去を持つ武島は、野外での営業も嫌いではなかった。むしろ子供達にも分かる笑いが自分達に合っているとも思っていたので、早速身近な幼稚園で実践を試みる。
こうして、新しい2人のプロジェクト、「グッドバッティングの笑いを世の子供達に伝えよう大作戦」がスタートした。たしかに営業先でグッドバッティングは大ウケ。うまくいくかと思われた。しかし…残念なことにこの作戦には大きな欠陥があった。それは、この営業での評判がなかなか拡散していかないという点。子供達にはウケても、彼らに拡散力は無い。非常に燃費の悪い方法なのだったのである。やはり営業ばかりしていてもダメなのか…2人が諦めていたその時、1本の電話がかかってくる。久しぶりに聞くひょうきんなようで優しい声。それは笑響芸能事務所社長、和田であった。
第8話
和田は久しぶりに会社に2人を呼んだ。和田は、契約を解除したのちも、2人のことを気にかけていたのだ。和田「このオーディションを受けてみないか?うちの若手は全員エントリーするんだ。
君達には是非受けて欲しいと思ってね」
それは、来クールからはじまる子供番組のレギュラーメンバーオーディションだった。
和田は、漠然とお笑いをやっていたグッドバッティングに対し、わざと契約を外し試練を与えた。しかし今のグッドバッティングはそうではない。自ら主宰の合同ライブを成功させ、子供達というターゲットを分析し、そこの層にあててネタをつくっている。彼らは成長していないようで確実に意識が変わっている…そう和田は判断した。だから彼らに手を差し伸べたのである。
2人、殊、春山は大いに喜んだ。是非これをモノにします!そう言って特訓に励んだ。和田がずっと自分達の頑張りを見ていてくれたことも嬉しかったし、何より、このオーディションに受かれば一発逆転できる…その思いが2人をさらにストイックにさせた。
そして迎えたオーディション当日―――。
現実は甘くなかった。磨きに磨いた鉄板ネタで勝負に出た2人。しかし、全く審査員にはまらない。ネタがおわり質疑応答が始まるが、春山はネタがダメだったからか不機嫌そうである。しまいには審査員と口論に。
春山「俺達は、子供の心をつかむために芸人になったんです!子供には刺さるネタやってるつもりなんで!」
すると、中央に座っていたプロデューサーが一言。
P「そうだね。でも子供番組だとしても、子供番組はおじさんがつくっているから。
言ってること。分かるよね?」
2人「…………」
そのオーディションで受かったのはハピネスコマンダーだった。
第9話
このオーディションは2人にとっての一縷の望みだった。それだけに2人のショックは大きかった。特に春山は先の口論で完全に心が折れた様子だった。プロデューサーに言われた一言で、それまでの自分達を全否定された気がしたのだった。春山は、武島に、暫く休みたいと告げる。春山が弱音を吐くのは初めてのことだった。武島は、春山の意思を尊重し、暫く活動を休止することに了承する。武島は、このまま解散になってしまう可能性も感じ始めていた。この結果を受けた和田は、二人に声をかける。和田「結論を急ぐ必要は無い。結論を出すまでのスピードはそれぞれなんだ。
ゆっくり考えて悔いのない結論を出してくれ」
第10話
こうしてグッドバッティングは大きな目標を見失い、完全な低迷期に入ってしまう。その頃、武島にも厄介な問題が降りかかっていた。武島は友人に新しく開店する居酒屋の仕事を紹介されていた。その居酒屋は「海の家居酒屋」といって、海の家をコンセプトにする居酒屋という話だった。武島も良いバイトになるだろうと思ってそこで働くことを了承したのだが、入ってみると当初聞いていた話とは違い、人員も不足していていきなり店長を任されそうな勢い。話が違うと小競り合いになっていたのだった。一方春山は、どうしたら良いのか考えながら、何も行動を起こせずにいた。結果悶々と過ごして飲んだくれたり、知り合いの芸人と話したり、そんな毎日を繰り返しているだけ。
それを見るに見かねたメルシーズの石井が、春山と久しぶりに飲みにいく。春山に1枚のチケットを渡す石井。「これでも見て来いよ」それは落語家の独演会だった。なんだよ、古くせえな…と思いつつ、かといって特にやることも無いので観に行く春山。
(そもそも春山はこういう勉強すらしないタイプだった。)
しかし、春山はここでまた「ミラクルな出会い」をしてしまう。会場で目を見張る春山。春山は自分の視野が開けていくのを感じた。俺にはやるべきことが…ある…!!!
第11話
それから数週間がたち。春山は徳島居酒屋「しわしわ」に久しぶりに武島を呼び出した。春山は、珍しく真剣なトーンで語り始めた。何が言いたいかはなんとなく武島も分かっていた。解散についてだ。
武島「どうするの?これから」
春山「色々考えたんだ。俺………落語家になる」
× × ×
あの独演会以降、春山は毎日のように演芸場に通い詰めていた。あの舞台を見た時、春山は、自分の芸がいかにちっぽけなものだったのかを深く感じたという。このままグッドバッティングを続けても今の自分のポテンシャルでは限界があることを素直に感じたのだと…。
× × ×
落語家への道は当然厳しい。芸人と並行してやっていけるわけがなかった。
春山は自分がどれだけ勝手なことを言っているか分かったうえで武島に頭を下げた。
本当にごめん、と…。
× × ×
それからさらに2週間がたった。武島は色々考えた末に春山の申し出を受けることにした。たしかに一緒にネタができなくなるのは辛い。しかし武島は春山をリスペクトしている。
そのため、春山が自ら成長したいと言った申し出を、断る気持ちにはなれなかったのである。
悔いはない。もともと閉塞感を感じていたのだ。むしろこれからに向けて前向きにならなくてはいけない。
こうしてグッドバッティング青春は、解散した。
第3章
第12話
後日。武島が店長になった居酒屋「海の家」には、今日も仲の良い芸人達があつまる。しかし常連の小峰はあることに気付く。
小峰「ここすごく居心地いいんですけど…毎日…お客さん僕らしかいませんよね…」
ノウハウもないまま店長にされ、武島の店は完全な赤字になっていた。後から聞いた話では、もともと経営が傾いている居酒屋の店長だった友人が、代わりにやってくれる奴を探していたのだという。ひどい話である。そもそも居酒屋「海の家」なんて、冬場そんな寒そうな店に入る客なんかいない…後々思えば、武島は騙されたのである。ある日小峰が「海の家」に行ってみると…そこはもぬけの殻。
小峰「武島さん…どこ行っちゃったんだろう…」
一方春山は、落語家、多摩ノ亭罰丸の元で今までの生活と180度違う、厳しい修行の日々を送っていた。最初は熱意に燃えていた春山だったが、あまりにも厳しい修行の日々と、道のりの遠さに春山は早くも諦めかけていた。ストレスで眠れない日々。そんなある日、春山は地方公演への移動中、朦朧とする意識の中で運転する車のナビを間違えて行き先を秘宝館に設定してしまったことで師匠の怒りをかい、破門されてしまう。
第13話
春山「お…俺はいつか、『落語こわい』っていう落語つくってやるぜ…」言うことがいよいよダメ人間の様相を呈してきた春山。奇跡の男春山にとって、実はこれが人生最初の挫折なのかもしれなかった。(今までこういうことがあっても、ポジティブな考え方で傷つくことを回避してきた。これはある意味で春山の精神的な成長でもあった)わずかばかりの札束を握りしめ久しぶりに徳島居酒屋「しわしわ」へ。するとそこにはなんと武島が。
春山「海人…!!海人!!」
久々の再会に大喜びの春山。武島といろんな話で盛り上がる。
春山「海人…俺にはやっぱりお前しかいねえよ~助けてくれよ~!!」
「助けてくれ」春山はこんな言葉を人に言う男ではなかった。コンビ時代は「お前を100%生かしたネタを俺がつくってやる」と言っていた男である。
夜も更けて―――。飲みすぎてハッと目を覚ます春山。何してんのさ全く…と笑う店主。
「珍しいねえあんたが一人で酔いつぶれるなんて」
一人で―――?春山が見た武島は幻覚だった。再び孤独の波が襲ってくる…
第14話
数日後。武島は、どこか知らない港町に来ていた。友人に騙された傷を癒すため、日本全国を放浪していたのである。精神的にボロボロ。お笑いという支柱を失い、職も失い…これから自分はどうしたら良いのか…悩みながら、とある浜辺を武島が歩いていたその時。向こうの崖に人影が見える。武島は直感した。まさか…自殺!?崖に駆けつける武島。すると次の瞬間…!男が崖から身を投げた!!救わなければ!ライフセイバーとして久々に活動する時が来た。武島は海に飛び込んだ。ザブン!武島はかつて、ライフセイバーとして活動していた。その仕事を目指したきっかけは、溺れた弟をライフセイバーに助けられた過去があったから。しかし、武島のライフセイバーとしての評判は今一つだった。なぜなら…そう。武島は泳ぎ方が気持ち悪かったのだ。それはもう、本当に。本当に気持ち悪い泳ぎ方をするのである。武島自身も自覚していた。しかし今はそんな過去の悪評で躊躇している場合では無かった。武島は一心不乱に海を泳ぐ。気持ち悪く。気持ち悪く…。
それから数十分後。武島は助けた男と二人浜辺に戻って来ていた。男は助かったのである。
武島「いいですか!命だけは大事にしなきゃいけないんです!」
しかし、武島は、男の顔をみるなり驚愕する。
武島「あ…あなたは…!!!」
ミラクルがあるとしたら、これをミラクルと言わずして何をミラクルと言うんだ…!武島はそんな気持ちになった。なんとその男は武島が野球部時代ずっと憧れていた英雄、そしてまるおみすみの元・第三の相方・箱崎真人選手だったのだ。武島はここで会えた感動を伝えると共に「身投げなんかしちゃ絶対ダメですよ!」と強く主張する。箱崎は武島に温かく「ありがとう」とつぶやき、こう言った。
箱崎「今僕の命を救ってくれたように、笑いで多くの人を救ってあげてください」
武島は全身にエネルギーがみなぎるのを感じた。そうだ。俺は何をやってたんだ。フラフラしているのはもう終わりだ。もう一度、もう一度頑張らねば…!箱崎選手に「ありがとうございます!」と伝え、走り出す武島。「俺は…まだやれる…!」武島の覚悟は決まった。東京に戻り、ピン芸人として再スタートを切る…!
第15話
一方もはや、ただのへっぽこ野郎になってしまった春山は、姉の灯里に助けを求めていた。そんなんだったら帰って来なさいよ、と言う灯里。今までの春山なら「絶対帰らないからな!」とタンカを切っていたところだったが、今の春山にそんな強がりを言うヒットポイントは残されていなかった。春山はとにかく徳島に帰って一から人間やり直そうと、車を走らせる。しかし気づけば、車が見に覚えのある山道に入っていく。そう。春山の車はナビの履歴に沿って、前に行った秘宝館に行こうとしていた!「やべえやべえやべえ!」気付くのが遅すぎるあたりもバカっぽい。引き返そうとする春山。しかし、引き返してなお道に迷うのが春山クオリティ。あげく、その車は山道でエンストした。最悪である。なんでこんなことになるのか…日も落ちようとしている。奇跡の男春山の命運は、このどことも知れぬ山奥で途絶えようとしていた。その時――。
第16話
ザッザッと山奥から聞こえる足音、間違いない!盗賊だ!(この判断もちょっとバカっぽい)しかし出てきたのは…春山「海人……み…ミラクルだぜ…」
山奥で知り合いと出会う確率は、一体何パーセントなのだろう。
再会を喜び合う二人。春山は武島に土下座する。
春山「許してくれ…!海人!俺は…ただのダメ人間だった!でも分かったんだ!
俺にはお前が必要なんだ!一緒にコンビを組み直してくれ!!!」
武島「…俺は…」
すると、今度は森全体がガサガサと揺れる…!山奥から現れたのは…
春山「く…熊だ…」
しかもこんな揃いますかってくらいデカい奴が5匹。これには春山もビビり散らす。
絶望だ。このままグッドバッティング青春は、5匹の熊になぶり殺される…。
バッドエンディング青春。二人が神に祈りをささげた、その時――――――。
× × ×
数か月後。笑響芸能事務所入口にて。
グッドバッティングを囲む笑響芸能社若手芸人メンバー。春山が意気揚々と語っている。
春山「で、で、で、何が起きたと思います?」
奇跡「知らねえよ。さっさと話せよ。気になるじゃん」
春山「俺はびっくりしたね。本当にあるんすよ。ミラクルってさ…」
× × ×
以下は回想(なので春山の主観です)
熊に襲われそうになった、その時…!宇宙から一筋の光が―――。ピカーーーー!
春山と武島を包む。そしてどこからともなく声が
「あなたたちがそんな顔をしてどうするの?あなたたちは何?コメディアンでしょ?
でしょ、でしょ、でしょ…(エコー)」
そうだ。俺達はコメディアンだ!やるぞ海人!春山と武島は頷くと、久々にネタを披露。
春山「シースルーショートコント!クラゲ!」…
奇跡のスベリ芸、ここに炸裂。しーーーーーーーん。
そしてまた、奇跡が起きる。5匹の熊はだまってそのギャグを見た後に、ゆっくり去って行ったのだ。グフッと聞える音。「熊が…笑った…?」
× × ×
一同「嘘つけ―――――!!!!!!!」
春山「嘘じゃねえよ!実録だよ!なあ!」
武島「…………うん」
関崎「嘘の間じゃねえか!検挙だ馬鹿野郎!」
× × ×
なにはともあれ、2人は無事に山を下った。熊事件以来、武島と春山は再結成について話し合ったという。そこで聞いた驚きの事実。実は…。春山が武島の幻覚を見たあの晩…武島は居酒屋『しわしわ』に本当にいたのだった。しかし春山の様子を見て、彼のもとから姿を消した。「今コウイチと会えば、コウイチは絶対俺に甘えてくる。俺もそのコウイチに甘える。だから、今2人で一緒にいるべきじゃないって思った…お互い、それぞれ成長しないと。それで…居酒屋のおっちゃんに口裏併せてもらって…」あれは夢じゃなかったのである。 苦悩の時期を経て2人は再結成することにした。売れるかどうかはわからない。だが、俺達は熊を笑わせた2人だ。いつか成功できる。しわしわ(ゆっくり)行こか―――。
武島「久しぶりに、「しわしわ」で一杯やるか」
春山「今日はやめとくわ。また……夢になるといけねえ」
それから後日、本当の奇跡が2人に起きた。かつて彼らが営業していた幼稚園、保育園から、もう一度グッドバッティング青春に来て欲しいと営業依頼が殺到。連絡先が分からず、元所属先の笑響芸能事務所へ出演オファーが。今まで地道にやってきたことが、本当のミラクルを引き起こした瞬間だった。これを受け、和田は2人を再契約することになる。
× × ×
他のコンビもこのニュースに喜んだ。そのため今日はそれを祝して、皆、笑響芸能事務所に集まったのである。相も変わらず自分達のミラクルストーリーを自慢し、総ツッコミを受ける春山。それを笑って見つめる武島。子供達を笑顔にするミラクルな2人組、グッドバッティング青春は、こうして新しい一歩を踏み出した。