京セラ創業者で名誉会長の稲盛和夫(いなもり・かずお)さんが24日午前8時25分、老衰のため京都市内の自宅で死去した。90歳。鹿児島市出身。葬儀・告別式は近親者を中心に行った。後日、お別れの会を執り行う予定。

1955年に鹿児島大を卒業。京都のメーカーを退職後、59年に27歳で京都セラミック(現京セラ)を創業した。セラミックを用いた電子部品で業績を伸ばし、売上高1兆円を超える世界的メーカーに育て上げた。

電気通信事業が自由化されると、第二電電企画(現KDDI)を84年に旗揚げして、情報通信分野へ参入。携帯電話の事業化にも力を注いだ。

会長を経て97年に名誉会長に退いた後も、経営破綻した複写機メーカー、三田工業(現京セラドキュメントソリューションズ)の経営再建の支援に采配を振った。

2010年には政府の強い要請で、経営危機に陥った日本航空の会長に就任、無給で再建の指揮を執った。会社の組織を小さな集団に分けて採算を管理する京セラの経営手法「アメーバ経営」を移植し、業績を回復させ、12年に東京証券取引所第1部への再上場にこぎ着けた。

「人間として正しいことを正しいままに貫く」など独自の経営論でも知られ、多くの経営者に慕われた。自身も、後進の育成や社会貢献に熱心に取り組み、中小企業の若手経営者らに人生や経営の哲学を教える「盛和塾」は、国内だけでなく、米国や中国など海外にも広がった。200億円相当の私財をもとに財団をつくり、「京都賞」を創設、世界的業績を上げた研究者や芸術家を表彰している。(共同)