漆黒の鋼鉄   作:うづうづ

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思ったより見られているようなので初投稿です。

トレセン学園のコースについては調べても特に出てこなかった(モデルは美浦トレセンらしい?)ので、オリジナルで手を加えています。


第二話 選抜レース

 入学式から数日。今日は新学期が始まってから最初の選抜レースである。

 年4回だけ行われるそれは、ウマ娘たちが有能なトレーナーにアピールを、そしてトレーナーたちが有能なウマ娘たちを勧誘するための場である。

 試験時のレース結果とこの選抜レースの結果を含めて、トレーナーたちは勧誘合戦を繰り広げるのである。

 なので、私たちはこのレースに全力を尽くす。自分たちの夢のために。

 今のところ私の夢は『楽しく、そして出来るだけ沢山のレースを走りぬきたい』というもので、特に目標レースがあるというわけではないのだが。

 

 

 さて、私が出走する選抜レースは芝2000m。 ホープフルステークスや皐月賞などと同じ王道距離だ。

 私はスタミナに物を言わせた走りを得意とするので欲を言えばもう少し長い方が得意なのだが、ジュニア級のウマ娘は2000mより長い距離を走るレースが存在しないため、選抜レースにも同じように2000mを越えるレースはないらしい。

 今回使用する芝コースは一周約1700mのコースだ。カーブの形こそ違えど、内回りの中山レース場とほぼ同じ長さと傾斜を再現しており、実レースに即したトレーニングが行える改修が施されているらしい。

 芝2000であれば、第4コーナーの終わりからスタートして、一周して帰ってくるレースになる。

 選抜レースは最大9名で行われる。今回のレースは私含め8名だ。

 本来は9名フルゲートの予定だったが、内一人が熱発により回避する形になった。

 私は1枠1番の最内からの出走となる。私が走る前にも何走かしており、多少内側は荒れているが、私は荒れたバ場も問題なく走れるので特に気にしなくていいだろう。

 

『次の芝2000選抜レースに出走するウマ娘は既定の位置にお集まりください』

 というアナウンスが流れる。そろそろ本番のようだ。試験レースの時もそうだったが、やはり他のウマ娘と一緒に走るとなると、少し緊張する。

 

 芝コースにウマ娘たちが集まってくる。目を引くウマ娘は……一人、居た。

 私より15cmは低いであろう、小柄で、腰まで届く長い栗毛のウマ娘だ。

 入学式では見た覚えがないので、おそらく先輩のウマ娘だろう。

 

 私がじっと見つめているのに彼女は気づいたのか、振り向いた彼女と目が合う。

 

「こんにちは! 新入生の子かな? 今日はよろしくね~♪」

 

 微笑む彼女に、目が奪われる。可愛く微笑む彼女だが、自信に満ち溢れた姿だ。そして、震えあがるくらいのモノを感じる。上手く言い表せないけれど……

 

「ん~? ねえ、キミ大丈夫? ぼーっとしてるみたいだけど」

 考え事をしていると、栗毛のウマ娘がこちらを見上げてくる。

 どうやら心配をかけてしまったようだ。

 

「あ、はい……大丈夫です。少し考え事をしていただけで。今日はよろしくお願いします、先輩」

 心配をかけたことにお詫びをして、ぺこりと一礼する。

 

「よかった♪ マヤに見惚れるのはいいけれど、レースに集中できないのは危ないからねっ。あ、マヤはマヤノトップガンだよっ。先輩じゃなくて、名前で呼んでほしいな♪ ねえねえ、始まるまでおしゃべりしよっ♪」

 どうやら目が奪われていたことはバレバレのようだ。可愛く微笑んでぐいぐいと距離を縮めてくる。

 ……お世辞にも友達が多い方ではなかったので、こうやって距離を縮められると接し方がわからない……! 

 

 その後、何とか名前を名乗ったが、レースが始まるまではひたすら彼女の言葉に相槌を打つbotのような対応になってしまった。

 それでも彼女……マヤさんは楽しそうに、ゲートに入るまでずっと話し続けてくれた。おかげで緊張がほぐれた気がする。

 話をしていた感じ、彼女はとても聡いウマ娘のようなので、私が緊張していたのに気付いて話しかけてくれていたのだろう。

 

「あ、もうそろそろゲートインだね! それじゃ、ワクワクする楽しいレースにしようね、テウスちゃん♪」

 

「はい、ありがとうございました。マヤさん、いいレースにしましょうね」

 

 彼女は大外8枠8番のようだ。笑顔でこちらに手を振ってゲートに向かう彼女に、私も自然と笑みが出て、小さく手を振り返す。

 彼女はそれに満足そうに笑うと、両手を飛行機のように広げてゲートのほうに駆けていった。

 

 

 

 ついにゲート入りだ。奇数番から順にゲートに入るので、最内枠である私は一番最初にゲートに入ることになる。

 

 ゲートは幅約1mと狭い。 両手を広げれば簡単に両端に手が届いてしまうくらいの広さしかないそのゲートを、ウマ娘たちは苦手とすることが多い。

 基本的に、ウマ娘は狭いところが嫌いなのだ。ゲートに入るということは、ウマ娘にとってそれだけで強いストレスになる。

 その強いストレスで、ゲートが開いても出遅れてしまったり、ゲートから出てこなくなったり、中には出走前にゲートをくぐってしまうウマ娘も居るほどだ。

 私もその例に漏れずゲートは嫌いなのだが、不思議と試験レースの時よりも落ち着いている。

 マヤさんが私の緊張をほぐしてくれたから。このお礼は……彼女の言う、『ワクワクするレース』で、返すべきだろう。

 

『さあ、大外8枠8番、マヤノトップガンが綺麗にゲートに入りました』

 

 選抜レースは、本当のレースと同じように実況が入る。 何と実際に本当のレースで実況を行う実況者が実況してくれるというのだから驚きだ。

 ウマ娘のレースを見るファンたちにとっても、これからのジュニア級、そしてクラシック級を担うウマ娘たちを発掘できる場として、

 選抜レースは人気があるのだという。全員がゲートに無事収まり、ゲートが開くのを、今か今かと待ちわびる。

 

 

 そして──ゲートが開き切る、その瞬間。私は飛び出した。

 

 

『各ウマ娘、体勢が整いました。今一斉に──スタートしました!』

『風のように飛び出したのは最内、ブラックプロテウス! 試験レースでも後続を突き放して1着となっている、今後が期待されているウマ娘です!』

 

 フライングぎりぎり、ゲートが開き切った音より早く、前方に飛び出す。

 私の一番得意とする脚質は逃げ。自分のペースだけを貫いて、最初から最後まで先頭で走り抜けることだ。

 

 普通の逃げウマ娘であれば、終盤ヘロヘロになりながら逃げきるような走りをする。

 だが、私は違う。幼少期から山道の、急勾配の──坂路の様な5%程度の傾斜じゃない。

 傾斜10%、15%を超えることもある急斜面を、ずっと駆け抜け続けてきた。

 スタミナだけであれば……私はクラシック級の、シニア級のウマ娘にすら太刀打ちできると、そう自負している。

 

『さあ、先頭はブラックプロテウス! 先頭から大きく離されて、二番手はルーラルレジャー、三番手に2バ身離れてスノーフロスト、そののち続いて1バ身差、マヤノトップガン』

 

 どうやら一気に突き放すことに成功したようだ。

 確かルーラルレジャーさんは私と同じ逃げ、スノーフロストさんは先行だったはずなので、マヤさんも先行策を取っているようだ。

 こうなるともう私にできることは一つしかない。最初から最後まで、私にできるトップスピードで突っ走ることだけだ。

 

『トップスピードのまま第一コーナーに差し掛かって行くブラックプロテウス! 減速は……しない! 内ラチぎりぎりを全速力で駆け抜けていく! こんな走りで脚は持つのかブラックプロテウス!?』

 

 コーナーでの体重移動も、狭い山道で学んだ。

 少し足を踏み外せば滑落するような細い道を、スピードを落とさずに全力で駆け抜けていたから。何度も滑落して、その度に両親に叱られてなお止めることなく身体に刻み込んだ曲がり方だ。

 

 お世辞にも私の最高速は速いとは言えない。ジュニア級のウマ娘ならまあ、平均的な速度と言えるくらいの速度しか私はまだ出せない。

 祖父が元トレーナーで、走り方の基礎は学んでいるし、速度の出し方も学んだが、未だ速度には乏しいのである。

 その平均的な速度しか出せない私が、他に差をつけるためにどうすればいいのか? そう、コーナーで差をつけるしかないのである。普通のウマ娘が速度を落とし、息を入れるそのタイミングで私は差をつけるのだ。

 

『第二コーナーを越え向こう正面、先頭は変わらずブラックプロテウス。単身で飛ばしに飛ばしていきます。少し掛かり気味か? 続きまして二番手はスノーフロスト、後からマヤノトップガン、四番手、ルーラルレジャー、一バ身離れてスイートオブハートと続きます』

 

『おっとここで直線で飛ばして追いついてきたスノーフロスト、一番手に代わります』

 

 直線で後続に追いつかれて、抜かれた。スタートとコーナーで作ったリードを、直線で巻き返される。今後の課題はやはりスピードだ。

 

 だが、第三コーナーで追いつき、第四コーナーで差し返す。

 

『第四コーナーを越えてここからスパート! 一気にレースが動きます! 先頭はブラックプロテウス。一度抜かされましたが、得意のコーナーで加速し後続を突き放しにかかります!』

 

 中山レース場のコースを模したこのコースの直線は、短い。だが、その短い直線でも、スピードで劣る私は抜かれてしまうかもしれない。

 

『スノーフロスト、追いすがる! マヤノトップガンも追走してきている! 逃げ切れるかブラックプロテウス!』

 

 私は今まで『楽しく、そして沢山のレースを走りたい』としか思っていなかった。

 けれど、今は炎が宿ったかのように、強い想いが胸に、心に灯っていく。

 

 ──勝ちたい。負けたくない。誰よりも速く、先頭を駆け抜けたい! 

 

 強く、一歩を踏み出す。今の自分の限界を超えた力で、芝を蹴りつける。

 今まで自分が出せなかった、最高速のその先の速度を、強引に引き出す。

 

『最終直線で伸びてきたぞブラックプロテウス! 速い! 速いぞ! 追いすがったウマ娘たちを突き放して、独走状態だ! 残り200を過ぎてもまだ加速する! リードを開いていく!』

 

 脚が軽い。自分の中の箍が外れたかのように、身体が飛んでいく。

 

『ブラックプロテウス、逃げる!! これは途轍もない末脚だ!』

 

 

 

 ──そしてそのまま、私はゴール板を先頭で駆け抜けた。

 

 

 

 

 

 




レース描写は難しい……

作品の時期としてはアニメ二期、テイオーの有馬勝利の翌年入学あたりを想定しています。アニメでは寝てばかりいたマヤちゃんと同期のデビューとなります。
史実のマヤノトップガンは初勝利は4戦目であった為選抜レースはこの結果に。

作中に登場するモブウマ娘はアプリに実際に存在する娘たちの名前を使用させていただいております。

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